仮想化で高まる相互運用性が背景に
iPad対応電子カルテが切り開く医療分野のBYODへの道
多くの医療機関は、iPadから電子カルテにアクセスしたいという医師の要求にどう応えようとしているのだろうか、また実際の導入状況はどうなのだろうか。
iPadが2010年にリリースされた時点で、米Beth Israel Deaconess Medical CenterのCIOを務めるジョン・ハラムカ医師と同氏の同僚を除けば、この端末が医療現場を大きく変革すると考えた医療業界のITリーダーは少なかった。しかし最近、医療業界のCIOたちは、iPad対応電子カルテ(iPad EHR)の導入が、iPadが好きな医師の間で「Meaningful Use」(訳注:医療ITの有意義な利用、米HITECH法の規定の1つ)に関するコンプライアンスの促進手段になると考え始めている。一方、仮想化ベンダー各社は、iPad EHRの実用性をさらに高める取り組みを進めている。
iPad EHRの利用拡大に伴い、一部の医療機関の間には、BYOD(個人所有端末の業務利用)の潮流に乗ろうとする動きも見られる。だがBYODはセキュリティとコンプライアンスに関して新たな課題を持ち込む。一方、プラス面としては、BYODポリシーを採用することにより、タブレット購入の費用を従業員に負担させることができ、ハードウェアのアップグレードを管理する苦労からも解放される。
医療機関で勤務するITプロフェッショナルであれば、現時点でまだiPad EHRの導入にかかわっていないとしても、近いうちにその導入に関与することになる可能性が高いと言えそうだ。米Deloitteが実施した「2011-12 Open Mobile」調査によると、医療業界に変革をもたらすモバイル技術の分野でiPadは大きなシェアを持っている。また、医療業界そのものに関しては、今後登場する4G(第4世代)技術の恩恵を受ける可能性が特に高い分野だとしている。
米Deloitte Center for Health Solutionsのシニアアドバイザーを務めるハリー・グリーンスパン医師は「モバイル技術は医療分野で重要な役割を果たすようになる」と話す。同氏によると、医療業界は他の市場分野よりも少し遅れているという。「よく人に聞かれるのは『医療の将来はどんな姿になるのか』ということだ。これについては、他の全ての業界の現在のような姿になると考えている。モバイル技術が小売り、金融、旅行など人々の生活のさまざまな側面を変革したことを考えれば、医療分野でも同じ変革が起きるだろう」
グリーンスパン氏によると、医療関連ソフトウェアベンダーが解決しなければならない最大の相互運用性についての問題は、ディスプレーのサイズやOSがさまざまに異なる現状において、どの端末でもデータを等しく利用できるようにすることだという。しかもワークフローという問題も考慮に入れる必要がある。「タブレットは情報の表示には非常に有効だが、多くのユーザーにとって、タブレットで大量の情報を入力するのは容易ではない」と同氏は指摘する。
iPad EHR仮想化のメリットとデメリット
iPad用アプリを提供しているEHRベンダーの他にも、一部の医療機関では独自にカスタマイズしたiPad EHRアプリを開発している。しかし医師と看護師をiPad EHRのクライアントにする上で一番手っ取り早くて人気の高い方法が、VMwareやCitrixによってPCデスクトップを仮想化してiPad上で利用できるようにするというものだ。ただしこの場合、ネットワークアーキテクチャが複雑になり、仮想化の管理に伴うトラブルシューティングも必要となる。
今のところ、仮想化されたEHRアプリは、ネイティブのEHRアプリと比べて動作速度や操作性という面で見劣りする場合もあるようだが、CIOたちは仮想化によるセキュリティの向上を優位性として挙げている。すなわち、端末を紛失した場合でも容易にユーザーをログアウトさせることができ、また、患者のデータが端末に保存されないのでデータが盗まれる心配がないことが、短所を帳消しにする魅力だというのだ。
VMware Viewを担当する医療製品ラインマネジャーのティサ・マードック氏は「当社の顧客は、仮想化への移行を促す最大の要因の1つがセキュリティだと指摘している」と話す。これは、CIOたちがiPadは潜在的に「巨大な記憶装置」であり、それゆえHIPAA(医療保険の相互運用性と説明責任に関する法令)に対するコンプライアンスリスクになり得ると考えているからだ。このため、CIOはネイティブアプリよりも仮想化環境に魅力を感じている。新バージョンが出るたびに性能の向上やタッチスクリーン操作の改良が進むことも、彼らの関心を引き付ける要因となっている。
マードック氏によると、他の理由でネイティブのEHRアプリよりも仮想化を選択する顧客もいるという。それは、一部のベンダーは機能を限定したアプリや読み込み専用のアプリしか提供していないというものだ。しかし現実には、EHRアプリのフル機能にアクセスする必要がある場合もある。その点、仮想化を利用すれば、iPadユーザーでも全ての機能にアクセスすることが可能になる。
iPad EHRで開かれるMeaningful UseとBYODへの道
「iPadが人気タブレットとしての現在の地位を獲得したのは当然だ」とマードック氏は話す。iPhoneユーザーである同氏は、迷うことなく直感的にiPadを選んだという。「iOSを搭載したiPhoneに慣れた後では、Androidタブレットを使う気になれない」と同氏は付け加える。
米Children's Hospital of Central Californiaのカーク・ラーソンCIOによると、2011年夏に同病院の看護師は、従来の紙カルテから米MeditechのiPad対応型電子カルテシステムに移行した。看護師たちはその時点で既に、iPadの基本的なスキルを身に付けていたという。自分自身がiPadを使っているか、他の人がタッチスクリーン操作をするのを見ていたからだ。この移行は“ビッグバン”方式で一斉に実施された。その一方で、CPOE(医師向けオーダーエントリー)システムを仮想化してiPadでも利用可能にする取り組みも段階的に進められたという。
病床数384床の同病院にこれらのシステムを導入するのに先立ち、ラーソン氏の部下は各科の看護師グループを対象に端末の説明会を開催し、ノートPC、iPadおよび各種端末上でEHRとCPOEシステムのデモを行った。
「医療用アプリケーションの中にはタッチ方式になじまないものもある」とラーソン氏は語る。これは、EHRをiPadで利用する際に直面するトレーニング上の課題だという。「iPadを選んだグループに、データ入力やユーザーインタフェースについてしっかり理解させることが重要なポイントだ。これはVMwareの問題ではない。要するに、こういったアプリケーションをタッチスクリーン型端末で使用するとはどういうことなのかという問題だ」
iPadの仮想キーボードによるデータ入力が簡単でないということは、仕事で大量のデータを入力する必要がある分野の看護スタッフの場合は従来のPCを選ぶ可能性が高いことを意味する。ラーソン氏によると、今のところ、iPadは仕事で大量のデータ入力を必要とせず、データをチェックする作業が多い医師に向いているように思えるという。
Meditechからの技術サポートはほとんど得られなかったものの、看護部門でのiPad EHRの導入が成功したことが次のフェーズにつながった。医師を対象としたBYODの実証試験プログラムだ。Children's Hospitalは、このプログラムでVDIセッション(およびEHRアプリケーション)を実行し、医師が選んだ端末で利用できるようにする考えだ。医師が自身の仕事の流れをどう認識しているかについて、ラーソン氏は「彼らがどんなタイプの端末を選ぶのかが大きな判断材料になるだろう。BYODで医師が何を使うかという点では、文字通り100%自己選択ということになる。iPadを持ち込む人もいれば、ノートPCを持ち込む人もいるだろう。自宅のMacを持ち込んで自分のデスクに設置する人がいるといううわさも耳にした」と話す。
iPad EHRの導入は、BYODの実証試験につながる「貴重な呼び水」になった、と同氏は結論付ける。それによって、端末用として分離されたセキュアな無線ネットワークなど、BYODポリシーをサポートするネットワークインフラが構築されたからだ。「患者データやその他のデータが端末上に置かれることは一切ない。われわれはこの状況に非常に満足しており、エンドユーザーにとっても大きなメリットがあると思っている」
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