医療のIT化コラム:第1回
モバイル端末導入による医療現場の変革
携帯電話やスマートフォンといった汎用的なモバイル端末が医療機関で導入されつつある。専用端末ではない機器が利用される現状を踏まえ、医療分野におけるIT利活用の変化を考察してみる。
メディアが「医療の現場におけるモバイル端末活用事例」を取り上げる機会が多くなってきた。例えば、MRが営業用ツールとしてiPadなどのモバイル端末を常備したり、手術室で携帯電話やiPhoneを用いてCT・MRIの画像を参照したりするなど、さまざまな活用がなされている様子だ。
“医療分野におけるモバイル端末の活用”という発想自体は、目新しいものではない。患者が医療行為を必要とする状況は、時間や場所に関係なく起こり得る。医療現場では「医師が適切な意思決定を行うために必要な情報の参照や入力が、“いつでもどこでも”可能な環境」が求められてきた。そのため、患者の側で、あるいは医師が病院外にいるときでも使える携帯型のコンピュータ機器を活用したいというニーズは以前から存在していた。
医療分野におけるモバイル型端末のニーズの例
- 検査結果を患者に分かりやすく示し、説明したい
- 病棟の患者を診るときに持ち運ぶ書類の量を減らしたい
- 重篤な患者の状態を外出先でもリアルタイムで確認したい
例えば、オーダリングシステムが世に出回り始めた時期には、初期の医療用PDA(※)を採用する医療機関もあった。しかし、当時の端末は、看護師の手にフィットしない大きさや重さの機種が多かった。そのため、モバイル端末に魅力を感じつつも、看護師がノートPCをワゴンに乗せて病棟を回るという運用を選択した病院も多く、その状況は長い間変わることはなかった。
※PDA:Personal Digital Assistant(個人用携帯情報端末)。
スマートフォンや電子書籍などで話題を集めているモバイル端末は、これまでの端末と比べると、技術的な進歩や利用形態の変化などが見られる。医療分野での活用は今後さらに拡大することだろう。今回は、医療分野におけるモバイル端末の活用がもたらす価値を考えてみる。
技術的な進歩が進むモバイル端末
現在のモバイル端末は以前の端末と比べて、以下のような変化が見られる。
ハードウェアの進化
オーディオやビデオの録画・再生にも可能になるなど高性能・大容量化が進んでいる。また、端末の軽量化も進みながらも高詳細な画面描画や画面をタッチする操作が可能になるなど、ユーザーインタフェースや操作性も向上している。
多機能化・利便性の向上
従来の携帯電話で利用できるアプリケーションは、各通信キャリアが提供するコンテンツにほぼ限定されていた。しかし、現在ではメールの閲覧やスケジュール管理、インターネットの利用など、PCと同等の機能が多く搭載されている。また、無線通信でも通信速度が高速化し、その適用エリアが拡大するなど利便性も高くなった。
モバイル端末を取り巻く市場の変化
多くのアプリケーション開発環境がオープンなものとなり、一般ユーザーがアプリケーションを開発して市場に公開することや、ほかのユーザーが気軽にダウンロードして利用することなどが可能になった。
医療機器に与える影響も改善されつつある
総務省は2000年から、携帯端末の電波がペースメーカーなどの医療機器に与える影響を調査する活動を継続している。その調査によると「第2世代携帯電話端末の一部の機種については、装着部位から22センチ程度以上離す」という1997年からの指針は引き続き妥当性があるが、「HSUPA方式を用いた携帯電話端末の電波が心臓ペースメーカーなどの医療機器の機能に影響を与えないことを確認した」と報告している(2010年5月17日の発表より)。
新しいコミュニケーションツールとしてのニーズ
かつてのITシステムは「給与計算などの特定業務を自動化・効率化するためのツール」としての利用形態が取られていた。しかし、今では業務の効率化という用途だけでなく、個人と個人、社会をつなぐ「コミュニケーションツール(コラボレーションツール)」としての側面を強く持つようにもなった。
例えば、個人のブログやソーシャルネットワークサービス(SNS)などが爆発的に普及し、また情報の検索機能やメッセンジャー、コミュニティーなどの利便性、“使うことによる楽しさ”が着目され、その利用普及を後押している。特に、モバイル端末で撮影した写真や画像をその場でアップできるといった“リアルタイム性”は「どんな場所でも好きな時間に情報のやりとりを可能にする、新しいコミュニケーションスタイルを確立した」といえるだろう。
モバイル端末活用のメリット
こうしたモバイル端末の魅力に医療の現場も注目しないわけがない。かつての電子カルテでは1台のPC端末のみが用いられ、1人の患者には1人の医療従事者のみがアクセス可能であった。必然的にITを活用したサービスも「1対1」が基本となっていたが、モバイル端末の利用によってそうした形態が変革を遂げようとしている。
従来の電子カルテでは、患者情報にアクセスする手段は診察室のPC端末だけだったが、モバイル端末を活用することで「院内外を問わず患者情報にいつでもアクセスすることが可能」となった。これにより、緊急時の診断や処置の指示などに迅速に対応できるようになった。
また、「患者サービスの面での変化」も見られる。患者に対する病状の経過報告や説明などは、端末が設置されている場所で行うか、あるいは紙媒体の情報をかき集めて持参することもあった。しかし、モバイル端末の活用により、「いつでも、どこでも患者に必要な情報を提供する」ことが可能になった。さらに、カルテ情報だけでなく、検査結果の表示や服薬および栄養指導なども含めたより幅広い情報を、必要に応じてリアルタイムに提供できるようにもなった。そのほか、十分なセキュリティ対策が取られていれば、患者自身が所持するモバイル端末に検査結果を直接配信することも可能である。
その利用には弊害もある
ただし、モバイル端末の利用は必ずしもメリットだけではない。“いつでもどこでも”は裏を返せば、今まで以上に医師を診療業務に拘束して、献身的な努力を半強制的に強いることになるかもしれない。
常に監視されているという感覚は、誰しも一度は抱いたことがあるのではないだろうか。筆者も、15年以上前に某金融機関の大規模な基幹システムの運用保守プロジェクトにいたことがあった。夜間にトラブルが起こると即座にポケベルが鳴る。当時、ある家電量販店のCMでもそのポケベルの音が使われており、テレビCMに反応して飛び起きたことも数知れない。あの音に軽微なトラウマがある。
さらに、医療向け専用機器ではない端末にデータを保存することは、重要情報流出のリスクに直結することもある。院内のPCでは端末認証やデータ暗号化などのセキュリティ対策が施されていることは当たり前だが、モバイル端末の利用にかかわるルールの整備やその徹底が必要となることは言うまでもない。
そのほかにも画面の視認性やデータ入力などの面においては、やはり大画面とキーボードを備えているPC端末に軍配が上がることもある。求められる機能や利便性を考慮して、PCとモバイル機器、それらを組み合わせたり(コラボレーション)することで、患者および医療機関双方の満足度を確保することが可能になる。
患者や医療機関だけでなく、システム開発側にも変化が
また、モバイル端末を取り巻く状況の変化は「医療分野におけるITシステム構築の変化にもつながる」といえる。例えば、医療システム構築・活用についてもこれまでとは異なった発想の転換が既に発生している。
「コストを掛けずに汎用的な製品を導入する」という選択肢が現実のものへ
高価な専用(特別仕様)機器ではなく、一般的で比較的安価な汎用機器をベースにしたシステム構築を進めることが可能になった。
「リッチ(All in One)な機能から、シンプルな機能を組み合わせる」傾向へ
1つの機器(システム)にすべての機能を集約するのではなく、シンプルな機能を提供する製品や技術群を組み合わせることで、必要としている業務へ適用させていく。
こうした状況は、システム開発の費用や期間短縮にもつながる。医療機関の情報システム部門の方の中には、新しく中小規模ベンダーが医療分野に参入してきていることを実感される方もいるだろう。モバイル端末に代表されるIT利活用の変化が、医療ビジネスや製品開発の在り方さえも変える可能性がある。
本来、医療の現場における情報活用は「一般的に、普遍的に、すべての人にかかわる」という意味で“ユニバーサル”であるべきなので、医師や看護師などの医療従事者だけでなく、患者自身が必要なときに情報を参照できる環境の構築が求められる。患者や医療機関だけでなく、システム開発側も待ち望むような多様でかつ革新的なサービスの誕生に期待が高まる。
井形繁雄(いがた しげお)
アクセンチュア株式会社 テクノロジーコンサルティング本部 公共サービス・医療健康SIグループ パートナー
同社に1990年入社。金融機関の基幹システムの保守・運用業務を経て、現在は病院や健診機関、健保組合、中央省庁などにおける医療情報システムのインテグレーションを数多く手掛けている。
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