今こそIFRS再入門【第4回】
これからのIFRS導入、トライアルは必須
IFRSへの移行では、比較のために過去の財務諸表をIFRSベースで開示することが求められる。手間は掛かるが、この作業をIFRS開示本番のためのトライアルと位置付けることも可能だ。
IFRSに移行してもすぐに決算を公表できない!?
IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)は2010年以降、日本でも任意適用が認められ、徐々に適用企業が増えてきている。2013年には旭硝子、2014年3月期にアステラス製薬、武田薬品工業、小野薬品工業、2016年にLIXILグループがIFRSを適用する予定である。金融庁がIFRSの任意適用企業を増やしていく方針を打ち出していることもあり、今後さらにIFRSを導入する企業が増えていくことが予想される。
自社でIFRSを導入することとなった場合、通常はいつの決算期から適用を始めるかというゴールを最初に決めることになるだろう。しかし、ここで勘違いしてはならない。その任意適用を行う決算期に初めてIFRSを適用した決算書を作成すればいいということではないのである。IFRSによる決算を公表する年より前の財務諸表もIFRSベースで作成し、適用初年度に公表することが求められている。これはIFRSを適用した初年度においても期間比較ができるようにするためで、IFRSでは「比較財務諸表」と呼ばれる。
IFRSではIFRS適用前の会計期間の期首に「開始貸借対照表」としてIFRSベースでの貸借対照表を作成し、そこからの1年を対象として「比較財務諸表」を作成する。その次の会計期間が初年度財務諸表の対象となるのである。ちなみに開始貸借対照表作成時点を「IFRS移行日」といい、初年度財務諸表作成日、つまり初めてIFRSベースでの決算を公表する期の期末日を「IFRS報告日」という。
過去分の決算もIFRSベースで公表しなければならないのは非常に面倒なルールであるが、それをIFRS導入のトライアルと位置付けてスケジュールに組み込めば、IFRS導入を確実に成功させるのに有効なタスクとなる。IFRS導入プロジェクトを成功させるにはそのような視点を持って進めてほしい。
トライアル実施前に知っておくべき2つの注意点
IFRS導入プロジェクトの成功につながるトライアルを実施していくために、2点注意すべきことがある。1点目は、トライアルを実施する業務の単位である。新しい業務単位で個々にテストを行うだけでは不十分だ。新業務と前後して行われる周辺業務との連携を確認するためにも、もっと大きな業務サイクル単位でトライアルを実施する必要がある。そのため、新しく追加された業務などについては、個々にトライアルを行うだけではなく、前後の周辺業務も合わせて検証できるように計画すべきである。
2つ目の注意点は、トライアルは新業務移行の直前に実施してもあまり意味がないということである。トライアルで問題点が発見されたら、問題を解消するために時間が必要になる。そのことを考慮すると、最低でも新業務に移行する3カ月前にはトライアルに着手するのが望ましい。
また、トライアルの実施は部門内のみの対応で終わらせず、IFRS導入プロジェクトメンバーが立ち会うなど、できるだけプロジェクト全体で関与をしていくべきである。トライアルで発見される問題点をプロジェクトメンバーが把握することで、問題解決を確実に推進できるからである。また、部門に任せてしまうと、どうしても日常の業務を優先させてしまい、十分なトライアルが行われない恐れもある。
トライアルとしての開始貸借対照表作成
IFRSベースの新しい会計方針を適用して、実際の開始貸借対照表を作成することは、トライアルとして非常に有効である。IFRS導入では経理部門以外の現業の業務を変更するよりも、IFRSベースに修正する会計処理を変更・追加するという対応が多い。実際に金額を算出するところまでやってみるのが、本番に一番近いテストとなるからである。やり方としては、IFRSに実際に移行する日以前に残高が確定できる勘定科目から修正処理を行い、開始貸借対照表の金額を算出していく。これによって、実際の報告にも同じ数値を使うことができ、効率的である。
開始貸借対照表の作成に当たって実務上大きな問題となるのは、IFRS報告日に適用するIFRSの基準書に従って、開始貸借対照表を作成しなければならないことだ。IFRS移行日に適用されていないIFRSの基準書であっても、IFRS報告日に強制適用となっている基準書があれば、それに準拠しなければならなくなる。多くの新しい基準書は強制適用される前に任意適用を認める期間があり、基準書が公表されてから強制適用となるまで一定の期間が設けられている場合が多い。そのため、将来適用される基準書を対象とするといっても、大抵の場合は既に公表されているものを考慮しておけばよいことになる。しかし、この新しい基準書の任意適用期間については企業が以下のいずれかを選択しなくてはならない。
- 移行日から任意適用を行う(経過措置は使わない)
- 報告日以降に任意適用を行い、経過措置を適用する
- 報告日以降に任意適用を行い、経過措置は適用しない
- 強制適用まで適用しない
一番負担が軽い方法は、「移行日にできる限り新しいIFRS基準書を適用すること」である。任意適用であっても、採用が可能なものは全て適用すれば、後になって会計方針を変更する手間が省くことができる。しかし、その他の選択肢については全く検討の余地がないかというと、そうではない。基準書を適用するタイミングをずらすと財務数値への影響が変わることになる。タイミングをずらすことが財務上有利ならば、「適用を遅らせること」も選択肢の1つとして検討すべきである。
内部統制の観点からトライアルを進める
内部統制の評価についても、トライアルの実施が必須である。 内部統制報告制度(J-SOX)導入初年度でも、内部統制の整備状況や運用状況のプレテストを行い、本番の評価に備えた企業は多く存在した。それと同様に、IFRS適用で多数の業務が変更されている場合は、事前にテストを行うことが必要である。IFRS移行後に内部統制上の問題が発見されてしまうと、その対応に現場が混乱することになるので、事前に問題を解決しておくことが重要だ。
また、新たに重要拠点に加わることになったグループ会社がある場合には、重点的にプレテストを行う必要がある。新しく追加された拠点に対しては、他の拠点で行っている統制内容や関連文書などを展開して準備をすることがほとんどだが、その場合、特に運用面での対応がきちんとなされているかを事前にテストしておかなくてはならない。
システムのトライアルを効率的に行うには
IFRS導入に伴ってシステムの改修や新規導入を実施した場合、忘れずに行っておくべきことが、そのシステム投資プロジェクトと新業務のトライアルとの関係性の整理である。これを怠ってしまうとムダな作業が増えてしまいかねない。
通常、システムの検収に当たっては、UAT(User Acceptance Test:受け入れテスト)を実施する。UATはスケジュールや参加する担当者によって、新業務のトライアルと一本化できる可能性がある。実際にはスケジュール上の制約が大きく、簡単に一本化できない状況になることが予想される。だが、類似の作業を実施しなければならないため、現業部門などから「一本化」あるいは「トライアルと UATとのどちらかの簡略化」を求められる可能性が高い。
UATの位置付けはプロジェクトによっても大きく異なり、「疑似本番テスト」「移行テスト」などの名目で別のテストが計画されている場合は、それらのテストと一本化することも検討できる。その場合、IFRS導入プロジェクトにおける新業務のトライアルと、その文脈における「システムの動作確認」の必要性を確認した上で、システム投資プロジェクトの関係者と調整をすることになる。
新しいシステムの動作確認を行うためにも、トライアルは新システムを土台にして行うことが重要である。システムが開発中であれば、「テスト環境」あるいは「開発環境」を対象にすることになり、新システムと旧システムの並行運用期間であれば、「新システムの本番環境」を対象とする。
IFRS導入プロジェクトは通常、時間が限られるため、トライアルを軽視して省略しがちである。しかし、実際にはトライアルを行えるようスケジュールを立てておかないと比較財務諸表と初年度の財務諸表を同時に作成することになってしまい、対応しきれなくなってしまう。IFRS導入ではさまざまな観点からのトライアルが不可欠であることを念頭に置くべきである。
本連載は、「現場で使えるIFRS導入の実務」(日本実業出版社)の一部を抜粋、再構成したものです。
野口 由美子(のぐち ゆみこ)
株式会社イージフ フェロー。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、公認会計士3次試験合格。あずさ監査法人勤務、中央大学専門職大学院国際会計研究科兼任講師を歴任。
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