今こそIFRS再入門【第3回】
IFRS導入で見過ごしがちな会計、業務、システム対応の勘所
IFRSプロジェクトでは要件定義を経て最終的に既存システムの改修やリプレースにつながる。自社に最適な形でシステム対応を進めるには、会計、業務へのインパクト、IFRS特有の課題についての理解が不可欠だ。
IFRS適用には会計、業務、システムの連携が不可欠
IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)を自社の会計基準として採用することは、経理部だけで対応できるような簡単な問題ではない。会計は、製造や営業といったさまざまな業務の活動が帳簿上の会計処理として落とし込まれるプロセス全体に関わるものである。会計基準を変えることは、会計処理だけでなく、業務の手順や手続き、システムにまで影響が及ぶ。前回の記事「IFRSプロジェクト、成功と失敗の境目は」ではIFRS適用の影響の調査と調査結果に基づく計画の立案についてポイントを紹介した。今回は、計画実行段階において、知っておくべきIFRS導入ならではの課題と対策について解説する。
会社に最も適した会計方針を選択するには
IFRSプロジェクトの「計画実行段階」では、会社の会計方針、業務、システムとさまざまな変更、改修を行うことになるが、最も難易度の高い作業は自社の会計方針の策定である。「調査段階」で行った会計方針の差異分析により抽出された差異に対して、新しい会計方針を策定し、新しい業務を定義する方法を具体的に記述していく。
会計方針の策定と一口に言ってもそこには解釈の問題があり、作業を難しくしている。IFRSは日本の会計基準と比べて内容がシンプルであり、実際に会社でどのような会計処理を行うかについて詳細な指示をしていない。そのため会計処理を各社で判断し決めなくてはならない。たとえ既存の会計方針から変更のない場合でも、その方針がIFRSに照らして適切であるという判断を根拠と共に示さなくてはならない。
例えば、固定資産の耐用年数や減価償却方法について、従来と同じ会計処理を採用することになった場合を例に考えてみよう。今までの日本基準では、税法の基準を採用することが容認され、税法と同じであることの合理性をきちんと説明することはほとんど求められることがなかった。しかし、IFRSの下では、今までと状況が変わらなくても、「耐用年数や減価償却方法が経済的実態を表したものである」と説明できなくてはならない。
会計方針の策定は判断の幅が広く、慎重な検討が求められる作業である。会社として適切な処理の選択において、ある程度裁量の余地があるのであれば、できるだけ負担の小さい処理を選択したいのが本音である。しかし、社内にIFRS実務の蓄積がない現段階でそのような判断をすることは難しく、最適な選択ができない可能性がある。そのため、コンサルタントなどの知識を活用したり、担当監査人に監査上の見解を求めたりするなど、足りない知識を補いながら作業を進めていくことが重要だ。
現業の業務変更に欠かせない5つの視点
IFRS導入に伴う現業の経理業務の変更では、ただ新しく追加や変更する手順を決めておけばいいというわけではない。主に次の5つの視点を持ってIFRS導入後の業務の内容を明確化していくことが必要だ。
- 業務体制
- 業務の設計
- 情報のリレーション
- 業務の頻度
- 人材スキル
最初に挙げた業務体制では、「担当者の役割分担」を明確にしておき、IFRS導入後の業務をどの程度集中させるかを検討する。一般的には、業務を集中させる方が効率的だと考えられがちだが、集中の仕方によっては業務負担に偏りが生じ、かえって非効率となる場合もある。
次の業務の設計では、「IFRS導入に伴って変更する業務のルールや手順」を決定する。承認権者や承認のタイミングを決めておくことも重要だ。内部統制報告制度が運用されるようになって、承認などの業務への統制に、これまでよりも注意を向けなくてはならなくなっている。IFRS導入後の業務を設計する時点から内部統制上の問題点をクリアするように検討しておくべきだ。
3番目の情報のリレーションは、IFRS導入後の新しい業務に必要な情報について、「項目」「入手方法」「入手のタイミング」を検討する。情報の入手方法やタイミングには、対象となる業務の前後の工程やシステムなどによって制約のある場合がほとんどだ。そもそも、情報はできるだけ入手しやすいことが望ましく、新しい業務においても既にあるデータを流用する場合が多い。このように導入前の段階では、もともとあるデータの入手タイミング・方法によって業務情報が決定される。
4番目の業務の頻度では、「日次」「週次」など、適切な業務報告のサイクルを決定する。業務サイクルでは、変更となった元の業務を踏襲する場合が多い。できるだけ変更による影響を少なくしようとする場合、元の業務を踏襲することが適切だが、業務の平準化を図る観点から、頻度を変えることで業務改善につなげられることがある。
最後の視点である人材スキルにおいては、「IFRS導入後の業務担当者に必要なスキル」を明確化する。ここで必要とされるスキルが担当者に不足しているのであれば、教育を行うなどして補完する必要がある。
通常のシステム対応とIFRS導入のシステム対応の違いは
通常のシステム開発・導入のプロジェクトでは、企画プロセスに「費用対効果の検証」「業務モデルの作成」「各種システム計画の方針策定」など、“重い”作業が必要となる。それに対してIFRS導入では、重い作業項目の幾つかは、既に方針策定の段階で決着がついていると考えることができる。そのため、少々乱暴だが、IFRS導入プロジェクトでは「システムの企画」を「要件定義から企画に参加するシステムインテグレーター(SIer)を選定する作業」だと捉えるのが分かりやすい。
システムを開発するSIerの選定においては、RFP(提案依頼書)を作成した上で複数のSIerから提案を受け、あらかじめ設定した基準にのっとってそれらの提案を評価し、決定するという流れが一般的だ。IFRS導入においては、ほとんどのケースは現行システムの手直しやアップグレードによる対応になるため、上記の流れが省略されることが多いが、新規にシステムを導入するような場合は、必ず以下の2点を押さえた上で評価を行うべきである。
過去のデータの取り扱い
IFRS導入では過去の取引事実に対しても遡及して再計算しなければならないケースが出てくる。特に、固定資産の償却で顕著なのだが、他のデータに関しても過去分の把握が求められる場合がある。SIerからの提案を評価するときにも、単に「過去のデータを開示してもらえさえすれば、対応できる」といった意思の表明だけではなく、データの保全や将来の対応負荷の軽減なども含めた現実的な提案をできるSIerを選出することが望ましい。
代替案の実現性および発生するコストの把握
IFRS導入プロジェクトにおいては、新しい基準にのっとった財務報告を行なうことが、最初の最重要目標となる。システム改修の案件に関しても、「そのシステムがなければ、正しい数値を算出することがほぼ不可能といえるか」「時間さえかければ、手作業でも算出可能なのか」「可能だとすれば、いつまでに着手すれば間に合うか」などを把握しておかなくてはならない。
システム改修の完了までには想定外の障害が生じることがある。そうした場合に、スケジュール遅延がどの程度許されるかについての情報を把握することは、プロジェクトマネジメントにおいて非常に重要だ。IFRS導入プロジェクトでは、スケジュールの遅延により、その年の財務報告にシステムを利用できない事態に陥った場合、開発中のシステムに頼らずに手作業で計算するのか、あるいは、開発中のシステムを部分的に利用して計算するのかなど、各手法のコストとリスクの実態を踏まえた決断が迫られる。
要件定義段階で見落としがちなIFRS導入特有のポイントとは
「要件定義段階」に関しては、それがどういったアプローチで行われるシステム改修であるのかによって、その作業内容は大きく変わる。アプローチの類型として、「現在利用中のパッケージのアップグレード」「新しいパッケージによる既存システムのリプレース」「既存システムの個別カスタマイズ」の3種類がある。いずれのアプローチにおいても、既に確立された方法論があり、自社あるいはSIerで標準として受け入れられているのであれば、基本的にはその方法論に準拠して要件定義を進めるべきだ。ただし、特にIFRS導入に際しては、次のポイントに留意しておくべきである。
現在利用中のパッケージのアップグレード
既にパッケージソフトウェアを導入しているのであれば、パッケージをアップグレードするアプローチが最有力候補となる。しかし、このアプローチは本命であるが故に、適切な判断が出来ない恐れがある。そこで「このアプローチを推進する/諦める」という基準を事前に明確化しておくと、SIerに対する交渉もスマートに進めることができる。
既存システムのリプレース
新しいパッケージで既存システムをリプレースするアプローチでは、フルスクラッチ(オーダーメード)で開発されたシステムをリプレースする場合もあれば、前出のアプローチを断念して、他のパッケージにリプレース(刷新)する場合もある。このアプローチの留意点は、IFRSを導入するための機能だけに特化した議論ができないことだ。もちろん、前出のアップグレードによるアプローチであっても、追加実装された機能や、新しいバージョンから利用できなくなる機能が問題となり得る。しかし、リプレースと比べれば、相対的にそのリスクや負荷は低い。
既存システムの個別カスタマイズ
このアプローチは、“必要最低限”の対応を行なえる可能性が高いアプローチだ。しかし、採択されたシステム要件がIFRSの基準に適したものであるかどうかの確認は、最終的には自社で行わなくてはならないことに留意すべきである。そのため、担当監査人やコンサルタントと相当綿密に相談しながら推進することをお勧めする。
各システム改修の案件の要件定義が完了した後は、実装段階に移ることになる。この段階においては、「進捗のモニタリング」を重視するべきだ。システムの改修がうまくいかなくなった場合は代替案を実施しなければならず、その代替案にも工期やコストなどの制約条件がある。各プロジェクトの進捗を細かく確認し、代替案の実施判断を的確に行なえるようにしておかなくてはならない。
本連載は、「現場で使えるIFRS導入の実務」(日本実業出版社)の一部を抜粋、再構成したものです。
野口 由美子(のぐち ゆみこ)
株式会社イージフ フェロー。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、公認会計士3次試験合格。あずさ監査法人勤務、中央大学専門職大学院国際会計研究科兼任講師を歴任。
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今こそIFRS再入門
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