今こそIFRS再入門【第1回】
IFRS任意適用を真剣に考えるべきこれだけの理由
IFRS任意適用300社時代の到来か――金融庁などの方針で企業のIFRS任意適用が今後、大幅に増える見通しだ。いつ、どのようにIFRSを適用するのか。「関係ない」と言えなくなった担当者にIFRS再入門記事をお届けする。
過去の話ではない日本企業のIFRS適用
日本で今、IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)が再び注目を集めている。これまで日本では一定の基準を満たした企業が任意でIFRSを適用できるのみであり、実際にIFRSを適用している企業は一部に限られていた。そのためIFRSは多くの企業にとって「関係のない話」と捉えられていた。しかし、その適用要件が大幅に緩和され、多くの企業がIFRSを選択できることになった。また、IFRS適用企業数を300社以上とする数字目標を設定することも検討されており、一定以上の規模で国際的にビジネスを展開している企業はIFRS適用に踏み切ることになると考えられる(参考記事:「J-IFRS」契機に動き出す日本企業、任意適用は300社?)。もう日本企業もIFRSを「関係のない話」と言ってはいられない状況になっているのである。
もともとIFRSについては、金融庁が2009年に全上場企業に対する強制適用も含めた今後の方針を発表。2015、2016年には強制適用されるとの予測があった。しかし、2011年の東日本大震災などさまざまな状況の変化により、その方針が取り下げられ、IFRS適用の是非が再検討されていた。強制適用がなくなったことで、日本においてIFRSはもう過去の話であるかのように思われてきたのだ。
一方世界では着実にIFRSが広まり、またIFRSを適用していない米国もIFRSに対して独自の戦略を展開している。金融庁や日本経済団体連合会などもIFRS推進に方向転換した。今の情勢を理解し、これから日本企業の取るべき選択肢とは何か、考えなくてはならない時が来たのである(参考記事:IFRS任意適用要件が8月にも緩和、4000社が適用可能に)。
世界へ広がったIFRSと日米の動き
IFRSは当初、2005年にEU諸国で適用されたことで注目された。当時はEUのローカル基準という位置付けで捉えられていたが、その後、IFRSは適用国を増やし、多くの発展途上国を中心に採用されるようになった。アジアでも韓国やシンガポールがIFRSを適用し、カナダ、オーストラリアといった北米やオセアニア地域でも適用が進んだ。現在は経済規模の大きい国でIFRSを強制適用していないのは米国、日本を残すのみとなっている。確かに、米国、日本は独自に会計基準を設定、開発してきた歴史が比較的長く、さまざまな要因からIFRSに切り替えるのが難しい国である。
米国、日本はこれまで、IFRSの基準設定主体であるIASB(国際会計基準審議会)と独自のコンバージェンスプロジェクトをそれぞれ立ち上げ、自国の会計基準とIFRSが同じ内容に近づくよう協議を重ねていた。日本と米国はそれぞれ同じ時期にコンバージェンスプロジェクトを進めてきたが、実際は米国の会計基準設定主体のFASB(財務会計基準機構)とIASBが協議してそれぞれの会計基準が改訂されるのを受けて、日本の会計基準がIFRSの規定を取り入れてきた。このコンバージェンスプロジェクトでは多くの日本の会計基準が改訂され、現在、日本基準はIFRSと同等であるとEUから評価されている。
コンバージェンスプロジェクトは米国、日本とも自国でIFRSを適用する過程における1つのステップと位置付けられていた。しかし、米国がその後に方針を転換し、IFRSを適用することを当面見送り、どのような形でIFRSとの関係を構築していくかを再検討すると立場を後退させた。この背景には2008年のリーマンショック以降の混迷する経済情勢などがあり、米国にとって会計基準をIFRSに統一することへのメリットがあまり感じられなくなったことがある。それよりも別の形で国際的な会計基準の統一の流れに影響力を行使する方法を模索し始めたのである。
今後米国がどのような方針を打ち出していくか。現在でも立場は明確にしていない。米国がIFRSを適用するということが現実的に語られなくなり、これまでよりもIFRSとの距離が遠くなっているようにみえる。しかしながら、IASBのメンバーは15人中4人が米国から選出されており、日本人が1人であるのと対比しても、米国はIFRSへの影響力を維持もしくはより強化していると考えられる。IFRSを既に適用している国や、米国のように独自の影響力を行使する国によりIFRSが世界で単一の会計基準になり得るものとして機能しようとしているのである。
IFRSの議論は多国間協議に
日本は2005年から会計基準のコンバージェンスプロジェクトを進めてきたが、その後どうなったのか。コンバージェンスプロジェクトに基づく作業は2011年6月に終了し、現在は一部未了となっている項目についての作業が続いているのみである。その一方でIFRSは独自のスケジュールに基づいて絶えず基準書の改訂が続いているので、日本基準とIFRSとの差異は再び広がろうとしている。
また、IASBとASBJで行われていた2者間の定期協議は、各国の会計基準設定主体がメンバーとなる会計基準アドバイザリー・フォーラムに置き換えられた(参考記事:今後のIFRS開発に助言、国際的な会計基準フォーラムにASBJが参加)。IFRSを適用している国々の中でIFRSを適用していない国である日本がどれだけこの場で影響力を行使できるか、または日本の立場が理解されるのか、ということを考えると、楽観的にはいられない。日本の会計基準が世界から背を向けて独自の路線を歩むことは、世界経済がこれだけ発展した現在において不可能である。そのような状況の中で、日本の会計基準がIFRSといかに整合を取っていくか、かじ取りは非常に難しくなっているといえる。
既に適用タイミングを見極めている企業も
今回日本はIFRSの任意適用を広げていく方針を示したわけであるが、IFRSを将来的に強制適用することになるのかは分からない。加えて日本の会計基準自体がどのような方向に進んでいくかは明確ではない。このように先行きが分からない状況に置かれている日本企業はどのように対処していけばいいのだろうか。
重要なのはIFRSを適用すること、しないことのメリットとデメリットを確認し、各企業が最善の策を取ることだ。まず、IFRS適用のメリットを大きく享受できるのは、ビジネスや財務活動を海外で行っている企業。具体的には、
- 海外での資金調達コストの低減
- 外国人投資家へのアピール
- 海外のグループ企業管理の強化
などがある。また、現実には日本の会計基準とIFRSとの規定の違いを利用し、IFRSに切り替えることで利益を積み増すことに成功する企業もある。
IFRS適用のデメリットはコストの問題が大きい。IFRS適用には、通常3年から5年程度の準備期間が必要と言われ、システムの改修や開示情報の増大に対応する体制の整備が欠かせない。しかし、実際にIFRSを適用した日本企業が準備に掛けたコストや時間はさまざまだ。一様に莫大なコストや時間がかかるものではないようである。また、システムの改修やグループ企業管理体制の改善など他のプロジェクトと連携して進めることでコストの節減につなげる場合もある。
一方、IFRSを適用しないことのメリットは、とにもかくにも「何も変えなくてよい」ということだろう。これまで通りに同じことをすればよいというのは一番簡単でコストも掛からない。だから、多くの日本企業にとってIFRSとは無関係でいることが最善策であったわけである。
しかし、日本基準の継続適用に対するデメリットが大きくなってきていることに注目する必要がある。これまで紹介したように日本基準の立場が曖昧であることが、日本基準適用のデメリットとなりつつある。つまり、日本の会計基準がこのままの状態で続き、IFRSとの乖離が大きくなっていくと、ある時突然その乖離を是正するために「会計ビッグバン」のような会計基準の大幅な改訂が日本で行われる可能性がある。その際、制度対応で混乱が生じ、多大な労力を要するだろう。かつて米国に倣って導入した「財務報告にかかる内部統制報告制度」(日本版SOX法)の対応では、制度の理解を巡って実務現場で混乱したため、莫大な時間とコストを掛けることになった企業も多かった。IFRSでも同じような経験をすることは避けなくてはならない。
また、日本取引所グループなどが検討を進めている新しい株価指数も意識しなくてはならない。新指数はグローバルに投資対象となり得る企業を対象とする株価指数となることから、ビジネスを海外展開している日本企業はこの指数を意識しなくてはならなくなるだろう。現在の方針によると、この指数に指定される銘柄となるには一定以上の業績が達成されていることなどだけでなく、IFRSの適用が必要となる可能性がある。この方針が採用されれば、グローバルに活躍する企業にとってIFRSは必須となる。
このような状況の下、IFRSの任意適用を実際に検討し始めている企業は多いが、検討の進み具合はさまざまである。既にIFRSを適用できる体制が社内で整っており、いつでも適用に踏み切れるという企業もあれば、IFRSに対応するシステムの改修を含めたスケジュールを策定し、準備を進めている企業もある。適用のタイミングだけは社内で合意が形成され、これから準備を始める企業もある。
適用のタイミングを見定める必要性
中長期的な企業の財務戦略やグループ企業などの管理体制の方針が明確であれば、IFRSの適用は積極的に進めるべきである。これらの目標を明確に定めた上で、IFRS適用のタイミングを設定するのが理想だ。準備期間の不足、社内体制の不備などにより、最適なタイミングを逃してしまわない周到さが必要なのである。
次回は、IFRSを適用するために不可欠な準備と計画について解説する。IFRSという会計分野にとどまらず、システムや業務全体を俯瞰して実務的なポイントを紹介するので、IFRSの適用を検討する企業は参考にしていただきたい。
※本連載は、「現場で使えるIFRS導入の実務」(日本実業出版社)の一部を抜粋、再構成したものです。
野口 由美子(のぐち ゆみこ)
株式会社イージフ フェロー。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、公認会計士3次試験合格。あずさ監査法人勤務、中央大学専門職大学院国際会計研究科兼任講師を歴任。
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今こそIFRS再入門
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