楽しみながら知識の習得を競う
営業パーソンの“本能”を刺激するモバイルゲーミフィケーションの出来の良さ
ある医療機器メーカーが営業担当者の知識向上を通じて営業成績を伸ばそうと、彼らの持ち前の競争心を利用した。
医療機器メーカーの米American Medical Systems(以下、AMS)は、営業担当者に自社や業界に関する重要知識を身に付けさせるのに苦労していた。そこで、試みにモバイルゲーミフィケーションアプリ(訳注:ゲーミフィケーションとは、ゲーム以外の活動にゲームの仕組みを利用すること)を採用し、営業担当者の持って生まれた本能を利用することにした。
ゲーミフィケーションで「結果を出す」ために
このアプリのおかげで、営業担当者は地道な学習を競って行うようになった。
「競争本能こそ営業担当者の99%を駆り立てるものの1つだ。彼らはビリになることを嫌うからね」と、AMSのグローバルカリキュラム設計・開発担当マネジャーを務めるライアン・ケーシー氏は語る。
ゲーミフィケーションの導入は大きな流れになりつつある。調査会社の米Gartnerは、グローバル1000企業の40%が2015年までにゲーミフィケーションを業務に採用するようになり、2016年にはゲーミフィケーションの世界市場規模が28億ドルに達するとの見通しを2012年10月に示している。しかし、一方で同社は、ゲーム化されたアプリケーションの80%が、ビジネス上の目標を達成していないとも報告している。つまり、取り組みが結果に結びついていないということだ。企業はゲーミフィケーションを導入しているが、それがビジネス価値につながっているケースはほとんどない。
AMSは、ゲーミフィケーション導入の流れに加わるに当たって、モバイルアプリを取り入れることにした。商品を売る企業の常として、同社は営業担当者にもっと販売に役立つ知識を身に付けてほしいと望んでいた。同社が手掛ける医療機器は、失禁症など骨盤周辺部位疾患の治療に使われる。ゲーミフィケーションを導入する以前には、AMSは新入社員研修や地域別ミーティングなどの方策を試し、研修後にテストを行ったりメールや電話会議を通じて知識の向上を図るなどしていた。営業担当者に数週間ごとにテストを受けることを義務付けようとし、米Cisco Systemsの「WebEx」を利用したWeb会議も実施し、営業担当者が車の運転中に聞けるCDまで作った。
それでも、AMSが習得を求める知識を身に付けた営業担当者は、全体の68%程度にとどまった。同社としてはこの数字に満足がいかなかった。
「取り組みがうまくいっていないことを痛感した。営業担当者は、新人研修における習得度はまだしも、高度な研修においては、われわれが求めるレベルの知識が身に付いていないことが分かった」とケーシー氏は語る。
モバイル研修への関心
そうした知識の一部は、現場で適切に利用すれば、AMSが医療機器を特定の医師に販売する決め手になる可能性がある。ケーシー氏は最近行われた、AMS製品と競合他社製品を比較した大規模な臨床研究を引き合いに出す。同氏によると、その膨大なデータの重要ポイントは、AMSの営業担当者が医師に購入を説得するのに役立ちそうだという。
AMSは、研修方法を改革する必要性を認識していたが、自社で開発を行うだけのITリソースを持っていなかった。営業担当者を対象に、重要な知識を問うテストを定期的に実施するやり方が最も効果的だろうと考えたものの、そうしたテストを行うためのシステムを自前で構築する手段がなかった。さらにAMSは、営業担当者がどこにいても、携帯電話やタブレット、ノートPCといったどのようなデバイスからもアクセスできるモバイルアプリを求めていた。
「営業担当者に知識を提供し、しっかり吸収させるための魔法のつえはないが、われわれは有効なツールを導入して研修の改革に取り組むことにした」(ケーシー氏)
“ハーバード流”アプリを調達
今回の試みに先立つこと2年前、ケーシー氏は米Qstreamという会社と話をしたことがあった。Qstreamは、営業担当者の知識と営業成績の長期的な向上を支援するモバイルゲーミフィケーションアプリを販売している。その技術は米ハーバード大学医学大学院(Harvard Medical School)のB. プライス・ケーフット准教授の研究に基づいており、同氏が「間隔教育」(spaced education)と呼ぶ方法論を採用している。その基本的な考え方は、営業担当者に対して時々少しずつテストを行い、担当者ごとにどの問題で正解し、どの問題で間違えたかを記録し、それを踏まえて出題を調整するというものだ。
営業担当者は、Qstreamのアカウントが作成されると通知を受け、Qstreamアプリをさまざまなデバイスにインストールできるようになる。ケーシー氏によると、一部の担当者はアプリを「iPad」で使うのを好む。営業情報の多くがiPadに保存されているからだ。一方、ノートPCで使うのを好む担当者もいるという。
テストは1回につき数分しかかからず、新しいテストが用意されると、Qstreamアプリは営業担当者のモバイルデバイスにプッシュ通知を送信する。また、このアプリは、個々の問題に対する各担当者の正誤を追跡するアルゴリズムも備えているという。
「どの問題も複数回出題される。今日、ある問題に正解したからといって、その問題をクリアしたことにはならない。同じ問題は2週間後にまた出題されるだろう。そこでも正解すれば、その問題はもう出題されない。答えを間違えると、その問題をさらにまた目にすることになる。この方式が知識の定着を促進するわけだ」とケーシー氏は語る。
AMSはQstreamアプリをカスタマイズし、営業担当者の励みになるように、テストの合計得点のトップ10ランキングが営業地域別に表示されるようにした。各地域の平均得点も表示されるようになっており、この機能があるために地域マネジャー間の競争も活発化しているという。ケーシー氏はこう付け加える。「こうした競争のおかげで、楽しみながら手軽に知識を学んでいける」
モバイルゲーミフィケーション導入の課題
AMSは2013年11月、女性向け製品部門で営業担当者約75人を対象にQstreamアプリのパイロット運用を開始した。テストに出す問題はAMSのマーケティング部門と教育部門およびQstreamが共同で作成した。パイロット運用が成功したため、AMSは他の2つのビジネス部門(男性向け製品部門と前立腺疾患向け製品部門)でも、2014年1月末にアプリの運用を開始。5月からは世界各地の営業担当者を対象とした運用も行っている。
しかし、全てがスムーズに進んだわけではない。特に難航したのが、このアプリを受け入れるよう営業担当者を説得することだった。
「11月にこのアプリのパイロット運用がスタートしたときには、彼らは嫌な顔をしていた。新たにテストをやらされるとなると、彼らは疑心暗鬼になる。彼らの受け止め方は、『お偉方がまた別の手段で自分たちを監視しようとしている』といったものだ」とケーシー氏は語る。
しかし、アプリを実際に使い出すと、営業担当者はすぐに気に入ってくれたという。このアプリを使って営業担当者の学習状況を監視することは確かに可能ではあるが、導入の大きな目的は、彼らがより多くの製品を販売できるように知識を高めることにある。より多くの製品を売れば、歩合給のアップにつながる。それは営業担当者としても、一も二もなく納得できる方向だ。
ケーシー氏は今後、地域マネジャーが営業担当者をコーチングできるようにダッシュボードが改良され、個々の担当者に固有のデータが充実することを望んでおり、Qstreamは現在、これらの機能強化に取り組んでいる。
ビジネスに貢献するゲーミフィケーションアプリということでいえば、AMSでは着実に成果が現れている。モバイルゲーミフィケーションアプリの導入前、AMSが習得を求める知識を身に付けた営業担当者は全体の68%にすぎなかったと述べたが、この割合は今では92%に上昇している。
「運用開始から2カ月くらいたって、ある営業担当者から電話がかかってきた。彼は、最初はこのツールが大嫌いだったが、好きになったという。ある問題を5回連続で間違え、やっと正解を答えたちょうどその日に、その知識を商談に活用できたそうだ。このテストで重要なのは、必ずしも正解することではない。間違えて学ぶことも重要だ」とケーシー氏は語る。
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