大解剖、PayPalの開発現場【前編】
やり手副社長が主導したPayPalのアジャイル開発移行、その凄腕を見る
PayPalがアジャイル開発で目指したのは、プロトタイプ作成の迅速化、継続的改善、そして具体的な製品の提供だ。改革をリードした副社長が語る。
米PayPalはアジャイル開発方式に向けた“ビッグバン改革”を断行した。同社のクリステン・ウォルバーグ技術担当副社長は、米TechTargetの取材に応じ、同社内の510の機能横断型チームの仕事のやり方を変えた改革の狙いとその具体的内容について語った。改革の一環としてオフィスの改装も行われ、その費用として200万ドルの予算を計上したという。
PayPalがアジャイルデリバリーで目指したのは、プロトタイプ作成の迅速化、継続的改善、そして具体的な製品の提供だ。同社で技術業務運用を担当するウォルバーグ副社長にとって、この改革はソフトウェアをどのように開発するのかという一点に尽きたようだ。ウォルバーグ氏は2012年にPayPalに入社する前、米Salesforce.comの最高情報責任者(CIO)として、クラウドコンピューティング企業である同社がウォーターフォール型開発モデルからアジャイル開発モデルに移行する取り組みを主導した。この業務改革はSalesforce.comの大幅な売り上げ増に貢献した。3年間にわたる在籍期間中に同社の売上高は5億ドルから22億ドルと340%増加した。
ウォルバーグ氏は米University of Southern California(南カリフォルニア大学)で財政学を専攻し、Kellogg Graduate School of Management(ケロッグ経営大学院)でMBA(経営学修士)を取得した他、業務改革についても学んだ。Salesforce.comに入る前は、米大手オンライン証券会社Charles Schwabの地域CIO(最高情報責任者)を務めた。Charles Schwabでは、ドットコムブームに乗じて設立されたものの、ブーム終息後に生き残るためにコスト削減が緊急の課題となっていた組織を適正化する任務を遂行した。
アジャイル開発への全社的移行を柱とするPayPalの業務改革を担当する機会が巡ってきたとき、ウォルバーグ氏はそのチャンスに飛び付いた。同氏は本インタビューで、PayPalのアジャイル改革の4本柱について説明するとともに、4000人の従業員の仕事のやり方を変えるために用いた手段について述べた。
――PayPalのアジャイル改革では何から着手したのですか?
ウォルバーグ氏 私が最初に実行したのは、社内の問題点はどこにあるのかを理解するために、開発者やマネジャー、製品担当の責任者、さらに技術部門のスタッフから製品についてじっくりと話を聞くことでした。そこで浮かび上がった課題の1つが、PayPalの技術部門では業務効率が非常に悪いという現実です。その原因はたくさんありましたが、大規模な改革を迫られていることは明らかでした。そこで技術部門のスタッフ、経営陣、製品担当マネジャー、さらに顧客から意見を聞き、われわれが対処すべき問題の全体像を把握しようとしたのです。
次に、われわれは4本の柱からなるPayPalの改革案を作成しました。最初の柱は顧客指向型の改革(CDI:Customer-Driven Innovation)です。これは顧客との主要なつながりを開発プロセスに反映させるということです。つまり、われわれが解決すべき問題は何かを顧客に尋ね、顧客の意見と顧客からのフィードバックを絶えず開発プロセスに注入するということです。
――「顧客」というのはIT部門のサービスの対象となる社内ユーザーのことですか、それともPayPalの社外の顧客のことを指しているのですか?
ウォルバーグ氏 PayPalの社外の顧客のことです。当社の製品部門ならびに技術部門は、CDIの手法の研修を受け、その成果をそれぞれの開発プロセスに持ち込み始めました。このような取り組みは初めてでした。
――CDIが1本目の柱ですね。
ウォルバーグ氏 2本目の柱は製品モデルの開発です。PayPalは従来プロジェクト指向でした。すなわち、さまざまなプロジェクトを統合して製品を立ち上げたら、次のプロジェクトに進むというものです。
われわれはこのパラダイムから脱却し、「製品ライン原則」というものを導入しました。まず、17の独立した製品ライン、さらにこれらのラインの下に35のサブ製品ラインを設定しました。現在、これらの製品ラインおよびサブ製品ラインの下に責任者とチームを配置した組織構造になっています。例えば、技術者であれば、特定の製品ラインを担当するチームのメンバーという立場で仕事をすることになります。こうすることで、製品の開発およびユーザーエクスペリエンスの開発にかかわる説明責任とオーナーシップを明確化し、開発者としてのプライドを高めることができるのです。
510チームにわたる“ビッグバン”規模のアジャイル改革
――3本目は何ですか?
ウォルバーグ氏 3本目の柱はアジャイルデリバリー手法の確立です。私がPayPalに入社したころ、何らかの形でアジャイル手法を用いていたチームは全体の20%ないし25%程度だったと思います。残りのチームはウォーターフォール型デリバリー手法を採用していたのです。われわれは開発を迅速化し、顧客からの意見とフィードバックをきちんと取り入れる必要に迫られていたのですが、ウォーターフォール方式ではこれに対応できませんでした。ウォーターフォール方式が破綻した理由はそれだけではありません。アジャイル方式で仕事をしているチームがウォーターフォール方式で仕事をしている他のチームに依存していたため、作業の受け渡しと連携がうまくいかず、高い生産性を実現できなかったのです。これは技術者にとって大きなフラストレーションになっていました。
だからアジャイルデリバリーモデルを導入したのです。現在、当社の全事業所において510のチーム全てがアジャイル方式を使っています。これはほとんど“ビッグバン”といえる大改革です。アジャイル方式を利用していたチームが20%程度だった状態から、100%のチームがアジャイル方式で仕事ができるようになったのです。
――すごいですね。
ウォルバーグ氏 私自身もアジャイルに関してはいろいろと経験しましたが、これほど大規模な変化を体験したのは初めてのことです。他の企業でもこのような規模での成功例は数少ないのではないかと思います。
――どのくらいの期間がかかりましたか?
ウォルバーグ氏 計画を全て実施し、トレーニングを完了するまでに約7カ月かかりました。プロジェクトは2013年5月にスタートしました。2013年5月から同年12月までの期間中に、アジャイルの習熟度が18%から76%に向上しました。当社の技術者および製品チームの成熟度と生産性という面で、現在も大幅な向上が続いています。
4本目の柱として、社内のチームを機能横断型の組織構造に再編しました。その結果、顧客向け製品の開発を担当する製品マネジャーおよびユーザーエクスペリエンスデザイナーの脇に技術者が机を並べて仕事をするようになりました。これも全く新しい試みです。
われわれはあらゆる面で変更を加えました。オフィスの改装も行いました。ブースを仕切っていた高い壁を取り払い、スタートアップ企業に見られるような非常に開放的な環境にしたのです。各チームは自己管理を行い、製品ロードマップの推進に向けた決定も自分たちで行っています。仕事のやり方が以前とは大きく変わり、各チームともやる気が高まっています。これで仕事の効率も大幅にアップするものと期待しています。
本連載の後編では、ウォルバーグ氏が大規模な改革を推進するために、コーチの招聘やオフィスの改装などさまざまな手段を講じたいきさつを紹介する。
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