IT未経験から経営層の相談相手へ 花キューピット星野氏が「便利屋」を脱するまで:情シスキャリアをアップデートする【第8回】
花キューピットのシステム開発部副部長を務める星野氏は、IT未経験で入社した人物だ。その歩みから、情シスが事業に貢献し、キャリアを築くためのポイントを探る。
連載:情シスキャリアをアップデートする
情報システム部員は、日々の運用・問い合わせ・トラブル対応といった"目の前の業務"に追われがちだ。その中でも、評価され、次の役割を任されている人もいる。そのような人は、何をしてきたのか? 逆に何を「やらない」と決めてきたのか? この視点から、評価される情シスになるための、業務の取捨選択や判断軸を整理する。
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情シスのキャリアは、技術力だけで決まるものではない。現場の曖昧な相談を形にし、事業の変化を先読みし、限られた人員で成果を出す。その積み重ねが、社内での信頼と役割を広げていく。
花キューピットでシステム開発部副部長を務める星野靖東氏は、IT未経験で入社し、独学と実務を通じて情報システム(情シス)部門担当者の道を切り開いてきた。
販売システムの刷新、BIによるデータ活用、内製化、生成AIの導入を進めてきた星野氏の歩みから、情シスが「社内の便利屋」で終わらず、キャリアを築くための考え方を探る。
業務システムの「裏側を知りたい」から副部長までの歩み
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星野氏のキャリアは、最初からITを目指して始まったわけではない。2006年、同氏は花キューピットのカスタマーセンター立ち上げメンバーとして入社した。当時、星野氏が知っていたインターネットの用途は、ニュースサイトを見ることなどに限られていたという。
転機になったのは、インターネットが業務システムとして使われている現場を目にしたことだ。顧客からの注文を受け、各地の花店へ手配し、配送までをつなぐ仕組みが画面の裏側で動いている――。その構造に衝撃を受け、「仕組みの裏側を知りたい」と考えるようになったという。周囲に詳しい人を見つけて教えを受けながら、独学で知識を身に付けていった。
システムに関心があることは上司にも伝わっていた。ちょうど社内では、外部委託に依存していたシステム開発を少しずつ自社で担う方針が進み、2010年に情報システム部門が新設された。星野氏は2人目の担当者として異動。本人の希望と所属先の課題が重なったことが、情シスキャリアの出発点になった。
教育を受けていなくても、実務から逃げなかった
異動後、星野氏を待っていたのは販売システムの全面刷新だった。専門的な教育を受けた経験はなく、部門の人員も限られていた。外部ベンダーに相談しなければ小さな変更も進められず、打ち合わせから要件定義、開発まで軽微な改修でも1〜2カ月かかることがあった。内製化は、コスト削減だけでなく、事業の変化に対応するスピードを取り戻すための取り組みだった。
知識を補うために星野氏が選んだのは、設計書や仕様書を読み込むことだった。社内から質問を受けたときに答えられるよう、必要な知識を実務の中で積み上げた。最初の上司は厳しく、作成した資料を一言一句修正されたという。それでも、ITの仕事を続けたいという思いがあったため、指摘を前向きに受け止めた。
星野氏は、自身のキャリアを「人との出会いが大きかった」と話す。最初の上司からは社会人としての基礎や仕事の進め方を鍛えられた。現在の上司は、星野氏が提案する取り組みに理解を示し、挑戦を後押しする存在だという。キャリアの構築プロセスを語る上で、指導してくれる人や任せてくれる人との関係を大切にする姿勢も、星野氏の特徴だ。
経営の意図を理解し、データで事業を支える
2011年の東日本大震災発生後、花キューピットの売り上げは急減した。その巻き返しに向け、当時の社長はWebマーケティング強化の方向性を打ち出した。星野氏もプロジェクトに加わり、BIツールで実績を集計し、社長や外部コンサルタントとともに集客施策やWebサイトの改善を検討した。
ここで重要だったのは、ツールを導入すること自体ではない。経営者が何を実現したいのかを聞き、その意図を業務やシステムの施策に置き換えることだった。星野氏は、トップが考えている事業の方向性を理解し、システムで何を支援できるかを考えることを意識したという。
プロジェクトへの参画は、星野氏がITを管理する担当者から、データを使って事業改善を支える担当者へと役割を広げる転機となった。
「データを取る人」から「現場を自走させる人」へ
次に取り組んだのが、全社的なデータ活用基盤の整備だった。当時は「BIツールで確認できるのは前日までのデータ」という前提があり、導入済みのツールも十分に使われていなかった。そこで星野氏はデータの不備を直し、更新頻度を見直し、集計定義をテンプレート化した。さらに、全国の受注、配達状況をリアルタイムで確認できるダッシュボードを整備した。
花キューピットでは、届け先に近い花店へ商品の用意と配達を依頼する。母の日などの繁忙期には特定地域の受注件数が処理能力を超えたり、天候によって配送が遅れたりすることがある。しかし、さまざまな状況をリアルタイムで可視化したことで、現場は受注制限などの判断を自ら下せるようになった。
ダッシュボードの社内展開に当たって星野氏が重視したのは、「機能の多さ」ではなく、「ユーザーが改善を実感できるか」どうかだった。そこで星野氏は、説明に当たって何ができるのかを抽象的に伝えるのではなく、「今、何件の注文があり、どの地域の発注が逼迫しているか」を例として示した。この取り組みを通じて、従業員の7〜8割はBIツールを自ら使う状況になったという。情シスへの依頼も「このデータを出してほしい」から「自分で取得したいので方法を教えてほしい」という趣旨に変化した。
この結果、問い合わせ件数が減っただけではなく、現場が自分でデータを扱うことで、業務への理解が深まり、分析の文化が根付いた。星野氏の役割も、“データを取り出す人”から、“現場が自走するための仕組みをつくる人”へと変化していった。
曖昧な相談を「絵」にして、共通認識をつくる
情シスに寄せられる相談は、最初から要件が整理されているとは限らない。「こんなことができたらよい」というアイデアはあっても、どのように実現するのかを相談者自身が説明できないこともある。そのような場面で星野氏は、結論を急がず、まず業務フローを図に描くという。
現状の作業を並べ、どの部門が何を担当し、どこで情報を渡すのかを可視化する。相談者と同じ絵を見ながら、「ここは手順を変えればよい」「ここはシステム化できる」と議論する。曖昧なアイデアを共通認識に変換する力は、プログラミング知識とは異なる、情シスの重要な専門性だ。
この丁寧な対話が、相談しやすい関係につながった。星野氏は管理職級が集まる会議などで各部門の状況を把握し、課題の兆候が見えた段階で話を聞く。情シスに相談すれば、漠然とした困りごとでも整理してもらえる――。その信頼が、より早い段階で課題が集まる環境につながっているという。
何でも引き受けない。「境界線」がキャリアを守る
相談が集まることは、情シスの価値が認められている証拠でもある。一方で、頼まれた仕事を全て抱えれば、少人数の部門はすぐに回らなくなる。星野氏は「抱えること自体が悪いわけではないが、抱え過ぎることが正しいわけでもない」と考えているという。
そこで重視しているのが、役割の境界線だ。業務フローに担当部門を明記し、「この作業は現場が担う」「ここからは情シスが支援する」と役割を明確にする。担当が曖昧なまま「誰かがやるだろう」と放置されていた作業も、図にすれば当事者が認識できる。
ただし、境界線を理由に依頼を機械的に断るわけではないという。人手が足りず、どうしても他部門では対応できない場合は情シスが引き受けることもある。繁忙時には「今月は難しいので来月にしてほしい」と率直に伝えることもある。理想的な分担と現実の制約の間で調整し、部門も担当者も困りごとを抱えない形を選ぶ。
内製化は「全て自社でやること」ではない
星野氏の部門は、約4人態勢となった。それでも、大規模な開発を全て社内の人員で進めるには人手が足りないという。そこで星野氏は、長年付き合ってきたベンダーと連携しながら、内製と外部委託のを切り盛りしている。
外部顧客が利用するネット販売システムは、セキュリティや専門性を考慮してベンダーに任せる。一方、社内向けシステムやPC、プリンタなどの管理は、自社が担う。
社外の知見を学び、業務に生かす取り組みも重要だ。星野氏は、花キューピットが利用するデータ活用製品「Dr.Sum」や「MotionBoard」のベンダーであるウイングアーク1stのユーザーコミュニティー「nest」に参加。同じBIツールを使う他社の事例から、自社だけでは思い付かない画面設計や運用方法を学んだ。例えば、ダッシュボードのトップ画面では全ての情報を並べない。多様な情報の羅列でユーザーが混乱しないよう、見せるべき情報だけを絞って表示する。この工夫は使いやすさを高めるだけでなく、情シスへの問い合わせを減らし、利用者の自走を支えるポイントだという。
学び続けることも星野氏にとって重要だ。IT系のWebメディアや新しいツールの情報を日常的に確認し、知らないキーワードに出会えば調べ、世の中で何が広がり始めているかを把握する。キャリアを発展させる上で、現在使っている製品だけに詳しくなるのではなく、次の選択肢を探し続ける姿勢は欠かせない。
AIに任せる範囲を決めるのも、情シスの仕事
生成AIの開発業務への活用推進も、星野氏の重要な業務だ。約3カ月にわたる開発案件では、AIの支援を受けながらコードを書き、開発効率の向上を実感した。一方で、業務を完全にAIへ任せる考えはない。AIはあくまで人を支える存在であり、最終的な判断や責任まで委ねることには慎重だ。
全社利用の推進においては、情報漏えいや入力内容の学習リスクを考慮し、Google Workspaceで利用できるGeminiを標準ツールとして定めた。安全に生成AIを使える環境を整備した後は、細かな使い方を情シスが全て示すのではなく、従業員が試し、学ぶ余地を残す運用を進めている。
AI時代の情シスには、導入を禁止するか全面解禁するかという二択ではなく、どのツールを使い、何を任せ、どこで人が確認するかを設計する役割がある。ここでも必要になるのは、技術と業務の間に境界線を引く力だ。
AI時代ほど、情シスは「翻訳者」として必要になる
生成AIを使ってコードやダッシュボードを半自動で生成できるようになれば、情シスの仕事は減るのか。このような「情シス不要論」を星野氏は否定する。新しい技術が短い周期で登場する時代だからこそ、それを追い、自社に使えるものを見極め、社内に分かりやすく伝える役割は重要になると考えている。
新しいツールで何ができるのか、どの業務に使えるのか、どのようなリスクがあるのか。情シスは技術の説明をそのまま伝えるのではなく、各部門が判断できる言葉に翻訳しなければならない。AIに代替されない仕事を探すのではなく、AIを企業が安全かつ有効に使うための環境をつくることが、これからの情シスの価値になる。
IT未経験から始まった星野氏の歩みは、特別な資格や華々しい経歴だけが情シスのキャリアを決めるわけではないことを示している。目の前の資料を読み込み、厳しい指摘を受け止め、経営と現場の話を聞き、曖昧な課題を形にする。さらに、全てを抱え込まず、現場、ベンダー、AIとの役割を設計する。
こうした地道な積み重ねが、情シスを「困ったときに呼ばれる人」から、「会社が次に進むために相談される人」へ変えていく。星野氏のキャリアは、情シスが評価されるために必要なのは、何でもできることではなく、会社にとって価値のある仕事を選び、周囲を動かせることであると教えている。
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