「何でも屋をやめる境界線」を引いて1人目情シスから課長へ ヌーラボ 桶谷氏に聞く情シスキャリアをアップデートする【第2回】

ヌーラボで情報システム部門の課長を務める桶谷幸平氏は、情シスが正当な評価を得るには何でも屋から脱却し、「やらないことを決める」姿勢が重要だと語る。具体的に何をしてきたのか。

2026年03月17日 05時00分 公開
[成澤綾子TechTargetジャパン]

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 「何も起こさないことが評価される仕事」「社内システムの何でも屋」――。情報システム部門(以下、情シス)に対するこうした言葉は、キャリアアップを連想させにくいものが多い。一方、正当な評価を受け、信頼を獲得し、「次の役割を任される情シス」として活躍している人がいる。

桶谷氏 ヌーラボの桶谷氏

 情シスとして「『主体的に実施すること』『しないこと』を明確にしていく」ことが重要だと話すのは、コラボレーションツールベンダー、ヌーラボの桶谷幸平氏だ。同氏は1人目情シスとして入社し、現在は情報システム部門で課長を務める。そんな桶谷氏も、入社当初は「できること、役に立てることなら何でもやる」という姿勢だったという。課長になるまでに同氏は何をしてきたのか。

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資産把握からのスタート。善意が生んだ「何でも屋」からどう抜け出した?

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 桶谷氏が入社した2018年、ヌーラボの組織規模は100人に迫り、総務やSRE(Site Reliability Engineering)組織など、複数部門が情シスの役割を分担する体制だった。情報が集約されず社内にPCが何台あるか、どの部署がどのSaaSを契約しているかも把握できていないといった状況だったという。そこで桶谷氏が最初に着手したのは、ヒト、モノ、カネ、プロセスの可視化だった。誰が関わり、何をいくらで契約し、どのような流れで現在に至るのかを明確にするため、地道な調査とヒアリングを実施した。

 「ヒアリングの結果を基に経理担当者と協力し、請求書やカード明細を1つずつ突き合わせていきました。社内で使われているデバイスやSaaSを全て把握し、各管理者に権限委譲を依頼して、マッピングしていく。非常に地道な作業でした」(桶谷氏)

 その後も「できること、役に立てることなら何でもやる」という姿勢で、各部署の業務プロセスの構築や、情シスとしてのサポートを前提とした具体的な運用ルールまで作り込んだ。情シスとして検討していないサービスについても、依頼があればヒアリングを実施し、ゼロから調査して回答。「2週間後に入社する従業員にPCを用意してほしい」といった急な依頼や、スペック選択にも柔軟に対応していた。

 「求められるままに回答を打ち返し過ぎたことで、『何かあれば情シスに相談すればよい』という雰囲気を醸成していました」と桶谷氏は振り返る。どこまでが情シスの責任で、どこからが現場の責任なのかの境界線が曖昧になり、本来取り組むべき専門的な業務に集中できない状態に陥ったという。

期待値を修正し、自走を促す「境界線」を定義

 「期待や要望に真摯に向き合った結果として、情シスの負荷は増大し、現場が自律的に考えたり自走したりする機会を減らしてしまった」――。こう桶谷氏は振り返る。

 「全てのサービスを把握し、実施いただきたい運用内容を整備して各部門に引き継いでいました。本来私がすることは、素案を出すところまで。それを検討して決めるのは、各部門であるべきでした。全体最適を目指すあまり、踏み込み過ぎてしまったと考えています」(桶谷氏)

 全体最適を目指して作り込んだ提案も、部門ごとの優先順位に沿って変更される可能性がある。実現可能性が低い議論にリソースを割くことをせず、主管部門が「しない」と判断すれば深追いしない。何でも屋からの脱却が、情シスとしての価値創出と全社の組織成長にもつながると桶谷氏は考えた。

 一方、組織のルール変更や責任範囲の明確化について、各部門の責任者と個別に交渉すると相反する意見が出やすい。また、部門の納得感を醸成できないまま情シス主導で改革を推進すれば混乱を招く恐れがある。

 そこで桶谷氏は、直属の上司との定期的な面談で対策について意見を出し合った。その結果、責任者が一堂に会する上層部の会議において、情シスにかかる負荷の深刻さと今後のスタンスを「公式な宣言」として示し、全社に周知・定着させるための組織的な合意形成を図ることにつなげた。

自動化の推進、提供価値の拡大

 情シスの立ち位置を明確にしたことで、各部門が導入したシステムを、その部門が主体となって管理するようになった。これによって、従業員のセキュリティやガバナンスに関する意識は向上したという。

 未着手のタスクに取り組める余白も生まれたため、桶谷氏は、情シス業務の自動化を推進している。資産管理やアカウント管理など、細かい定常作業を人間がミスなく継続して実施するには限界がある。

 定型質問に回答してくれるAIヘルプデスクも有用だ。桶谷氏は情報システム部門メンバ−とともに、定型業務を自動化/半自動化するためのスクリプトの作成や、AIヘルプデスクの導入、AIが参照するドキュメントの整備などに取り組んでいる。

 桶谷氏は、システムや仕組みそのものを工夫することで、従業員が自然にルールを守る環境の整備にも取り組んでいる。

 「現場の細かいトラブル対応から解放されたことで、組織全体を俯瞰し、中長期的に価値を生むための活動にも着手できるようになりました。直接関係のないSlackチャンネルも含めて定期的に巡回し、各部門がどのように動いているかを把握しながら、放置されている重要な課題を拾い上げています」(桶谷氏)

 企業としてのIT方針を変更する際、経営層や部長陣が現場に直接伝えにくい内容も少なくない。桶谷氏は、「セキュリティ上の理由やルールを根拠に説明しても多少の反発は発生する。そういった反発の引き受け役となることも必要だ」と考えている。

成果の言語化と数値化が重要

 情シスは、“成果が見えにくい”仕事も抱える傾向にある。そのような中で適正に評価されるには、「成果の言語化と数値化が重要」だと桶谷氏は話す。「多岐にわたる情シス業務の中で、一番評価につながると考えているのは利益アップやコストダウンといった経営的なメリットに関わる業務です。何をどのように解決して、どう数字に結び付けたかを示すことによって経営陣にとっての利益を可視化できるので、情シスの業務価値への理解が進むと考えています」

 人力で対応していた業務を比較的安価なシステムで自動化/半自動化し、これまでと同じ成果を挙げるなど、システムの改善や導入によって従業員の業務負担が軽減され、残業時間の減少が実現した。直接的な利益につながる提案だけでなく、余剰コストを可視化して削る施策にも取り組んでいる。

 他にも桶谷氏は、上場審査に耐え得るシステム構成の実現、水準の維持など、企業としての目標を達成し、ある程度の実績を作った。その上で情シスがやるべきこととして同氏は、「個人として取り組みたいと思う施策を提案し、能動的に新たな価値を創出することです」と話す。

 新しい取り組みを試験的に導入し、自律的な実績を作るために必要なのは「一緒に小さく始めてくれる人」の存在だという。結果がどう転ぶか分からない状況での“はじめの一歩”に賛同し、ともに手を動かしてくれる存在は貴重だ。桶谷氏は、そのような存在に助けられてきたという。

次世代の情シスに求められる“経営視点”とメンタリティ

 情シスとしてさらに成長し、「次の役割を任される人物」になるためにまず必要になるのは“経営視点”だ。

 「企業の方針や、どこにどの程度のお金をかけているか。売り上げだけではなく、利益に対して妥当かという視点が必要です。自分の想いや理想を乗せ過ぎず、自社に合ったシステムや適切なコストを俯瞰的に捉える意識は持っていた方が、提案が受入れられる可能性は高まると思います」(桶谷氏)

 経営状況や業界のトレンドなどによって、経営陣の考えや企業の方針は変化する。経営陣と同じ目線で物事をとらえ、考える癖を身に付けておけば、多様なフェーズにおいて「今、何を求められているのか。その中で自分が達成できることは何か」を判断し、能力を発揮できる。

 情シスの能力については、技術的なことは調べれば多くの情報を得られる。一方、「メンタルを健全に保つための姿勢、心構えが重要」だと桶谷氏は話す。業務の遂行方法や方針が変わったり、情シスとして要望を断ったりした場合に不満や反発の声が挙がることがある。それらの声に翻弄されたり疲弊したりしなことも大切だ。

 感謝や満足度をやりがいにしているという情シスの声も聞くが、桶谷氏の関心は別にある。社内だけではなく、その先にいるお客さまを意識する。「自社のお客さまにとってプラスになることを考え、やるべきこと、やらないことを選択し、実践していくことが、次世代の情シスとして活躍するための礎」と桶谷氏は話す。

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