エンタープライズモバイル市場の支配を目指す
次はモバイル医療だ、AppleとIBMの“野望”は大化けするか?
より多くの人たちの健康情報を医療提供者に届けることを目的としたAppleとEpicのエンタープライズモバイル分野での取り組みに、IBMが新たに加わった。3社の連携は、モバイル医療分野にどのような影響を与えるのだろうか。
米Appleは開発者向けカンファレンス「Worldwide Developers Conference 2014」(WWDC 2014)において、最新モバイルOS「iOS 8」をはじめ、ヘルスケアプラットフォーム「HealthKit」などを発表して大きな話題を集めた。電子健康記録(EHR)の分野では、市場大手の米Epic Systemsと提携を結んだことに加え、新たなパートナーとして米IBMが加わったことにより、さらに勢いを増したようだ。
Appleは、Epicが提供する「Haiku」アプリをめぐり、2010年に同社と初めて提携し、既にヘルスケア分野への参入を果たしている。2014年には、米Fitbitや仏Withingsの他、Epicの電子カルテアプリ「MyChart」との提携などを通じ、同分野での取り組みを加速させている。
そこに今度はIBMが加わった。AppleとEpic、IBMの3社でエンタープライズモバイル市場の支配を目指す体制が確立した。その一環として、一般消費者の健康情報を医療提供者に通知するという新興市場の開拓を狙っている。そこでのIBMの役割は、セキュアな通信ネットワーク、アナリティクス、モバイルを統合することだ。
また、ヘルスケア分野では、米Googleが先導するAndroid陣営や健康情報のオンラインサービスを手掛ける米WebMDなどでも、同様のプロジェクトを進めている。ヘルスケアIT分野の主要各社は、自分たちの縄張りをIT大手に侵されかねない状況にある。
IBMの展望
もっとも、Apple、Epic、IBMの幹部によれば、3社陣営が目標に定めているのは、大規模な医療システムと一般消費者の両方に対応した、モバイル医療(mHealth)市場の新たな標準プラットフォームを確立することだという。
IBMで公共部門担当ゼネラルマネジャーを務めるダン・ペリーノ氏は、「IBMはApple、Epicと協力し、データの安全な受け渡しに取り組む。必要とされているのはそうした役割だ」と話す。
AppleとIBMは長年にわたりライバル関係にあったが、それが解消されたことについて、同氏は次のように話す。「Appleには圧倒的なマインドシェア(ブランドイメージのシェア)とユニットシェア(販売数のシェア)がある。エレガントなデバイスを提供するという点で、Appleは非常に優れた仕事をしている」
ペリーノ氏によれば、IBMとEpicは、970万人の患者が利用する米国防総省のEHRシステムの契約に共同入札したことで、既に協力関係にあるという。
また、AppleとEpicとIBMの3社が個人向けヘルスケア市場で構想しているのは、単にEpicのMyChartのような患者ポータルを構築することではなく、血糖値の測定や超音波検査といった真の医療目的に使われるシステムを目指しているのだという。
「この業界は目下、統合と集約の段階に入っている。小規模企業にアプリの開発を促すきっかけとなるだろう」とペリーノ氏は話す。「新しい時代の到来を告げるものだ。協力と技術革新もこれまでにないレベルに達する。その恩恵を享受するのは患者だ」(同)
懐疑的な見方も
それほど急速には変わらない――、モバイル医療市場の関係者からはそうした声も聞かれる。
モバイル医療ソフトウェアのベテラン開発者兼コンサルタントで、医療情報の標準化団体Health Level 7(HL7)のmHealth作業部会のメンバーであり、HIMSS(※)のモバイル部門mHIMSSの共同議長も務めるジェフ・ブラント氏によれば、モバイルデバイスのプラットフォームがAppleかAndroidかの議論は的外れだという。
※HIMSS Healthcare Information and Management Systems Societyの略。医療IT推進を図る世界的な非営利団体
「車がフォードかシボレーかみたいなものだ。裕福な医師はAppleを持つ。看護師はAndroidを使っている」とブラント氏は語る。
「AppleとEpicの提携についても同じことだ。どちらもクローズドなシステムだ。そこにIBMが加わったところで意味はない。私はこの3社の連携を特に重視はしていない。途中で頓挫することになるのではないだろうか」と同氏は続ける。
「医師が、既に患者から得ている以上の情報をもっと欲しがるとは思えない。試行錯誤を通じて何かしらのアプリがその効力を証明するまでは、医師がこの種のデータを真のデータと認めることはないだろう」(ブラント氏)
実際、医師やCIOの中には、健康アプリやデバイスの急増、そうした新技術をめぐる話題、そのデータが医局にまで送られてくることについては、一歩引いた視点で捉えている向きもある。
例えば、2014年7月に開催されたモバイル医療・遠隔医療の国際カンファレンス「mHealth + Telehealth World 2014」で大いに注目を集めたのは、アイルランドの医療機器大手Covidienが手掛けるウェアラブルモニタリング端末「ZephyrLIFE」だ。この端末は、一般消費者向けの各種のモバイル医療アプリや、Fitbitや米Jawboneの「UP」などのウェアラブル端末とは異なり、米食品医薬品局(FDA)の規制対象となるクラス2の医療機器だ。ZephyrLIFEをはじめ、生体モニターなど各種の最先端機能を搭載するその他の同様の製品は既に医療現場や一流アスリートに採用されている。こうした最先端機能は通常、一般消費者向けアプリには搭載されていない。
「われわれはモバイル対応を進めるべきだ。それは確かだ。だが確実にコストが掛かる」。そう語るのは、米国の民間医療統合組織ACO(Accountable Care Organization)の1つ、米Family Physicians GroupでCIO兼CMIO(医療情報責任者)を務める医学博士のハリド・モイドゥ氏だ。
ブラント氏と同様、モイドゥ氏もこの種の健康データに価値があるというそもそもの前提に懐疑的だ。
モイドゥ氏は人気の健康デバイスやアプリについて、次のように語る。「これはセルフヘルス(自己健康管理)だ。医療の専門家によって調整されたケアと、セルフケアは違う。こうしたフィットネスデータにも、それなりに価値はある。だが医師の仕事を増やすことになり、その分の報酬が医師に支払われるわけでもない。医師は既に十分に忙しい。これはかなりの難題だ」
「こうした製品はどれも、病気ではなく健康に焦点を合わせている。われわれが監視すべきは病気の方だ」(同)
Appleの意気込み
一部には懐疑的な意見もあるが、消費者や患者向けのウェアラブル端末の市場は急成長している。加えて、AppleがHealthKitを発表するタイミングに合わせ、FDAが新たなガイダンス(ドラフト版)を発表したこともあり、この動きに加わろうという医療システムも増えてきている。ドラフト版では、事実上、モバイル医療アプリ市場が規制緩和されている。
米医療機関Partners HealthCareでモバイルヘルス事業部(Center for Connected Health)のディレクターを務めるジョセフ・クベダー医学博士は、「Appleの参入には大いに期待できる。急速な進歩を促すだろう」と期待を寄せる。
クベダー氏のグループは既に、今では従来技術といえるほど浸透している慢性疾患患者の遠隔モニタリングから、Fitbitの健康データの電子カルテへの統合まで、さまざまなモバイル医療製品や遠隔医療製品を試験的あるいは本格的に導入している。
クベダー氏はAppleの取り組みについて、次のように語る。「これほどの大手が力を合わせるのは、ヘルスケア分野にとって素晴らしい出来事だ。これからさまざまなことが起きるはずだ。この3社がそれを先導していく。発表されたことの多くは、すぐには実現しないだろう。だが象徴的な意味で、非常に重要な発表だった」
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