製造業のためのERP選定【第2回】
心当たりある? ERP選びの失敗事例から学べること
適切にERPを選定したつもりが想定外のことばかりでうまくいかない……。ERP導入ではこのようなことが起こりがちだ。架空の失敗事例からERP選びを成功させるポイントを解説する。
第1回「製造業が直面する残念なERPと幸せなERP」では、ERP導入動機の変遷と、近年は企業のグローバル化を支えるツールとしてERPの重要性が高まってきていることを説明した。今回は、失敗しないERP選定を行うために何をすべきかについて解説する。
ERP選びに失敗する要因
情報システム部などのERP担当者が経営陣からシステム化の検討およびERP選定作業を任されたとしよう。最初に何をすべきか。次の架空事例より、まず失敗の要因を考察したい。
X社がERP導入を失敗した理由
X社では、見える化と意思決定の迅速化を図るため、基幹系システム刷新が喫緊の課題となっていた。IT部門長であるY氏に、その任務が命じられ、ERPパッケージを中心に検討を進めることになった。
最初に経営ニーズをヒアリングし、現状システムの課題を利用部門に確認した。次に自社へ導入するERPを選定するためにERPベンダーに声を掛け、それぞれのERPパッケージの特徴や機能、導入の費用感を確認することにした。
ベンダーを招き、Y氏からは自社の構想や現状システムの課題を口頭で軽く説明した。その後はベンダーからのERPパッケージのコンセプトや機能説明に多くの時間を充てた。ベンダー側の説明は納得いく内容で、ERPは自社システムと比較してはるかに良さそうに思えた。また自社の業務にも適合しているように思えた。Y氏は別のERPベンダーにも説明を依頼するが、自社の要件は軽く伝えるのみで、ベンダーからのERPについての説明に多くの時間を割いた。
複数のERPパッケージの説明を聞いた後、Y氏はA社のERPを選定することにした。X社が製造しているのは単純な製品で、機能的にはどのERPを選定しても導入可能と判断した。そのため導入費用の安さと熱心な営業マンの姿勢、パッケージの知名度の高さでA社のERPを選んだ。社内稟議書上の予算は、A社からの見積金額そのままに上申した。
稟議書も決裁され、ERPパッケージの導入プロジェクトがスタートした。プロジェクトメンバーからも活発な意見が出され、要件定義が進められた。ところが要件定義を進めるうちに、パッケージの標準機能だけでは業務運用が回らず、想定をはるかに超える追加開発が必要なことが判明した。要件定義終了時には、当初予算の2倍の費用と、カットオーバー時期の1年延期が明らかになった。
経営陣に報告するも、当初の予算と納期は順守するよう指示を受け、ERPパッケージの適用範囲を縮小し、適用から外れるプロセスは現状システムの活用で乗り切ることを決断した。また追加開発の費用をできるだけ抑えるために、業務プロセスをERPの標準機能に合わせることに多くの労力を費やした。だが最終的に完成したシステムは、当初の目的だった見える化や意思決定の迅速化とはほど遠い、現状よりも複雑な仕組みになってしまった。
ERP選定で最初に行うべきこと
ERP選定、導入経験を持つ読者の方で、同様の経験をお持ちの方はいないだろうか。失敗の要因を考察してみると、以下が挙げられる。
(1)ERPベンダーに自社の要件を具体的に伝えず、ベンダーの経験値に頼った費用見積もりを依頼し、そのまま予算化してしまうケース。ベンダーは、顧客から具体的な要件が得られないと、基本的にはERPの標準機能が適合する前提でしか見積もりが行えず、実際よりも安く見積もりがちになる。
(2)どのERPパッケージでも大差は無いだろうとの判断の下、詳細を比較することなく、最もコストの安い、あるいは導入実績の多いパッケージを選択してしまうケース。要件定義の段階で自社に適合しないことが判明しても、やり直すことは難しい。
(3)目的を実現するためのあるべき姿を明確化することなく、ERP導入プロジェクトを始めてしまうケース。利用部門からの要求は優先順位の統制が効かず膨れがちになる。また、いつの間にかERP導入の費用を抑えることに関心が集まり、業務プロセスをERP標準機能に合わせることが目的化してしまうケースも多い。
いずれのケースも最初に行うべきことを周到に行わずにERP選定作業をスタートしている点に失敗の大きな要因がある。
失敗しないために必要な企画段階の作業
では経営陣からシステム化の検討およびERP選定作業を任された場合、最初にすべき作業は何か。筆者の経験から、以下の4つの作業をERP導入前の企画段階に実施すべきと考える。
(1)ERP導入目的の明確化と関係者による共有
ERP導入目的は企業によりさまざまであるが、一般的にはIFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)など新しい法制度への対応、原価や品質、進捗の見える化、現場の業務効率向上などの業務改革目的がある。また、保守性の低下、処理能力不足など既存システム老朽化への対応もあるだろう。製造業においてはグローバルレベルでの最適地調達・製造と絡めて、取り組まれるケースも多い。
さて、ここで重要な点は目的を関係者で共有することである。そのためには目的を関係者が理解できる言葉(理想は共感できる言葉)で明文化しておく必要がある。目的は、ERP導入プロジェクトを進めていく上で判断に迷いが生じた場合、最終的に立ち戻る源となる。そのため5つ程度が理想で、多くても7つ以内にしておくべきである。
ERP導入プロジェクトは、ERP導入自体が目的化してしまう恐れもあるため、早い段階から繰り返し本来の目的を意識させ、関係者に浸透させるべきである。
(2)業務・システムのあるべき姿の立案
ERP導入は多くのケースで業務改革を伴い推進される。むしろ、業務改革のツールとしてERPが活用されるケースが多いともいえる。そのような場合、まずは業務のあるべき姿を描き、次にそれを支援するシステム像を描くアプローチが必要である。
あるべき姿を関係者と論じ現実的な着地点を見つけていくために、改革の方向性を具体的に文章でまとめ、新しい業務フローや変革後の姿をラフスケッチすることは有効である。その場合、経営者の関与は必須で、利用部門のキーパーソンも巻き込んで進める必要がある。社内メンバーのみで取り組むケースも散見されるが、社外メンバーも含め推進すれば、他企業での経験も積極的に取り入れられるだろう。
(3)あるべき姿に基づくシステム化要件の抽出
上述の(1)(2)の検討を十分に行った後、システム化要件の抽出作業を行う。新しい業務フローや変革後の姿のラフスケッチを描けていれば、それをインプットにシステム化要件の抽出は行いやすくなっているはずである。逆に(1)(2)の作業を抜きにシステム化要件の抽出を行うと、既存の業務やルール、システム、体制上の制約に引きずられることになるので、避けるべきである。
システム化要件の抽出は機能要件の他に、セキュリティやパフォーマンスといった非機能要件の抽出も行う。機能要件を含めて最適なERPを選定していく上での評価基準となるため、具体的に記載すべきである。
(4)システム化要件に基づく最適なERPの選定
前述のERP選びを失敗する要因では、いきなりERP選定作業を始めた事例を挙げたが、ERP選びを成功させるためには、評価の軸が明確になるまでERP評価を行わないことが重要だ。ERP選定基準の明確化と、(1)~(3)で検討してきた内容を整理し、RFP(Request For Proposal:提案依頼書)としてまとめ、複数ベンダーに提案を依頼することで、選定作業を進める。
効果的なRFPの作成方法
最後に、効果的なRFPの作成方法を解説する。ポイントとして次の3つがある。
(a)自社の要求を理解してもらうために、可能な限りの情報を開示する
自社にとって最適なERPを選定するためには、ベンダーからの提案にも精度が要求される。ベンダーからの提案は、自社の要求や悩み、制約事項などが正確に反映され、費用面でいえば、実際に将来必要とする費用とのギャップが少ない提案が要求される。
そのためには自社が求める要件を正確にベンダーに伝えることが必要である。RFPには、「提案依頼に至った背景」「導入目的」「自社ビジネス・製品の特徴」「課題と解決の方向性」「新業務フロー」「機能要件・非機能要件」「提案依頼事項」「制約事項」などを記載すべきで、少なくとも50ページ、平均的には100ページ程度のボリュームになるはずである。数枚の資料で、後は口頭で補足説明しようとは、決して考えるべきではない。これではベンダーに自社の要求は伝わらない。
(b)自社で関心が高い部分について、ベンダーからの回答を明確に求める
システム化の実現方法で悩んでいる点や、ビジネスの特徴など、自社にとって関心の高い点は、ベンダーからの明確な回答を提案時にもらえるよう工夫が必要である。提案依頼を受けたベンダーは、得てして提案するERPの強みを強調し、弱みに触れない傾向にある。回答を求める場合は、提案内容にその答えを盛り込むようにRFP上で明示し、デモを依頼する場合は、デモストーリーを依頼側にてあらかじめ決めておくようにすべきである。
(c)選定基準を作成し、選定に必要な要求事項をRFPに盛り込む
ERPの選定基準は、製品コンセプト、機能、拡張性、信頼性、使いやすさ、コスト、ベンダーの導入・保守体制、導入手法など多岐にわたる。自社の選定基準は重み付けを含めて明確化し、それぞれをどのようにして評価するかを検討した上で、RFPに要求事項として盛り込みたい。
例えば、ERP自体の機能評価と並んでベンダーの導入体制も重要と判断した場合、プロジェクトマネジャーなど実際にプロジェクトに参画するメンバーが提案のプレゼンテーションを行うことをRFP上の要求事項に盛り込むなどが挙げられる。
これら3つのポイントに留意しRFPを作成した後は、外資系、国産と多数あるERPの中から自社にとって最適なERPを選定していくことになる(参考記事:外資か国産か、IFRSを見据えたERP選びの鍵は「自社のIT戦略」)。次回でタイプ別のERPの特色を具体的に解説する。
高谷 潤(たかたに じゅん)
株式会社電通国際情報サービス 関西支社 コンサルタント
電通国際情報サービスに入社後、自動車、機械、金属加工などの加工・組立製造業を中心に、生産管理、販売物流管理、原価管理の業務・システムコンサルティングを担当。SAP、Infor、国産パッケージなど、多くのERPパッケージの評価・選定経験を持ち、その後のERPパッケージ導入にもプロジェクトマネジャー、コンサルタントとして携わる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製造業のためのERP選定
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社ガラパゴス] 「AIっぽい広告」の山に埋もれさせない AIマーケで着実に成果をだす秘訣とは? -
製品資料
[株式会社ガラパゴス] 「広告投資」調査レポート2026:勝ち組企業は何に投資しているのか? -
製品資料
[株式会社Helpfeel] 「問い合わせの渋滞」を解消、情シスの負担を軽減する“次世代型AI”活用方法 -
製品資料
[株式会社Helpfeel] 対話型AIエージェント×RAGで社内情報の検索/問い合わせを効率化するには? -
技術文書・技術解説
[株式会社クレスコ] ソフトウェア開発の属人化と手戻りをどう防ぐ? 速さと品質を両立させる方法
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Copilot」はなぜ放置される? “議事録要約止まり”を脱する処方箋
-
2
脱VMwareの前提が崩れる BroadcomのVDDK公開停止で確認すべき点
-
3
AI全部入り「Microsoft 365 E7」に企業が二の足を踏む訳 移行意向はわずか4%
-
4
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
5
IT製品の導入に関するアンケート「サーバ&ストレージ」編
-
6
AIエージェントはどう作る? まず押さえておきたい重要技術
-
7
「営業・マーケティングの悩みと企業データの活用」に関するアンケート
-
8
LLMの「過学習」、正しく説明している文章はどれ?
-
9
取手市がVDIと決別した理由 更改費用「4倍超」を約1.7倍に圧縮
-
10
APIキー奪取から3時間でクラウド掌握 Anthropicが暴いた「バイブハッキング」の現実的な防御策
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
マンガで解説:「ゼロトラスト」「SASE」の必要性とメリット
-
2
5回聞くだけじゃ足りない? トヨタ式「なぜなぜ分析」の正しい実践方法
-
3
インシデント対応工数を約3割削減、東京ガスの事例に学ぶ監視体制刷新のコツ
-
4
AIエージェントで多様な日常業務を効率化するための入門ガイド
-
5
JR西日本ITソリューションズが「監視業務の属人化」を解消した方法とは?
-
6
国税庁の次世代基幹システム「KSK2」稼働開始に向けて、対応すべき変更点とは?
-
7
5分で分かる「セキュア大容量ファイル転送サービス」の機能とメリット
-
8
ドラマで分かる、標的型攻撃メールの被害を受ける企業と回避できる企業の分岐点
-
9
少額減価償却資産が40万円未満へ拡大、令和8年度税制改正で押さえるべき変更点
-
10
「脱Excel」か「Excel快適化」か? 現場にやさしい業務改善の進め方
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー