教育機関タブレット活用座談会【中編】
授業のプロが語る、「生徒の感性に届くタブレット」の条件とは?
授業で利用するタブレットに求められる条件とは何か? 先駆的な教育機関3者が集まった座談会の第2弾では、セキュリティに対する考え方などについての3者の議論を紹介する。
タブレットを授業に生かす、広尾学園 中学校・高等学校(広尾学園) 教務開発部統括部長の金子 暁氏、学習塾運営の俊英館 マーケティング部 部長の小池幸司氏、千葉県立袖ケ浦高等学校(袖ケ浦高校)の永野 直氏。TechTargetジャパンは、3人による座談会を開催した(前編:教育機関3者が明かす、タブレットの授業利用で直面した課題とは?)。
中編では、授業で役立つタブレットの条件やタブレット導入の目的に関する考え方、セキュリティ対策についての議論を紹介する。座談会に参加した各教育機関の取り組みは、以下に紹介する関連記事にもまとめているので、参考にしていただきたい。
メンバー
参加者(50音順)
金子 暁氏 広尾学園 中学校・高等学校 教務開発部 統括部長
小池幸司氏 俊英館 マーケティング部 部長
永野 直氏 千葉県立袖ケ浦高等学校 情報コミュニケーション科主任
モデレーター
編集部
授業のプロが語る、授業用タブレットの条件
―― 前回の議論で、タブレットを授業で活用する際の課題が幾つか上がりました。こうした課題を踏まえると、授業に役立つタブレットにはどういった要素が求められるのでしょうか。
小池氏(以下、敬称略) 生徒用と教員用とで、求められる要件もだいぶ違うのではないかと思います。教員用のタブレットという視点で言えば、授業で常に持ち歩くことを考えると、軽いに越したことはない。またプロジェクターを使うのであれば、無線LANで簡単にプロジェクターと接続できる仕組みが必要でしょうか。iPadの場合、ストリーミング機能の「AirPlay」とセットトップボックスの「Apple TV」を使えば、動画であってもタイムラグなしで再生できるので便利です。
―― バッテリーの稼働時間はどうでしょう。現状では、タブレットのバッテリー稼働時間はカタログスペックで10時間前後が主流のようですが、授業で使う上ではこれで十分なのでしょうか。
永野氏(以下、敬称略) 当校は生徒の私物タブレットを授業で利用しており、充電は生徒の自宅で済ませておくというルールで運用していますが、フル充電しておけば全然困ることはないですね。少なくとも、その日のうちにバッテリー切れになってしまうことはまずないです。
感性に訴える“使用感”が大事
永野 僕がタブレットに求めるのは、スペック面での条件ではない。すごく抽象的ですが、タブレットを活用していることを意識しないで操作できるという“使用感”が大事だと考えています。
現状のタブレットの中には、動作がガクガクしたり、画面に触っても反応しなかったり、反応が遅れたりするものが少なくない。でも、こうした使用感って、スペック表を眺めていても分からないことが多いですよね。どのタブレットにもタッチパネルもあるし、Webブラウザもあるし、絵も動画も見ることができる。機能としては、どれもほぼ同じです。
使用感はものすごく重要で、「動かないな」「遅いな」と思った時点で、もう全然だめです。
―― 機能が使えることと、感覚として“使える”ことは違うんですね。
永野 結果的に、よい使用感を実現するには、高性能のプロセッサが必要になるのかもしれません。でも高性能であることそのものよりも、無意識に使えるとか、自分が思ったように使えるというのが結局のところ重要だし、それこそが高性能であることの意味だと思います。
先ほどのバッテリーの持ちも同じで、バッテリー残量を気にしながら使うのと、安心して使うのとでは、やっぱり違います。こうした基本性能をしっかりとしてほしいと思います。スマートフォンも同じで、電話がかかってきたのに反応が遅くて電話に出られなかったり、メールが送れない製品もたまにありますよね。電話やメールができない電話機なんて、意味が分からない(笑)。
金子氏(以下、敬称略) タブレットに期待することは何かというと、触るだけで何となくやる気にさせてくれる、ということです。それだけでも、ものすごい効果だと思います。受験勉強にしても、生徒が勉強をする気になり、ちょっとしたゲーム的な感覚も味わいつつ、学習成果も上がるのであれば、ものすごい武器になる。
従来の受験勉強が武器にならない、というわけではありません。タブレット導入で狙いたいのは、受験勉強の時間を可能な限り短縮し、興味があることを自分で調べたりするなど、生徒が主体的に動けるきっかけを作ることです。
大阪大学の岩居弘樹先生が、iPadに初めて触ったときに「震えた」そうなんですよ(岩居氏のiPad導入の取り組みは「大阪大学がiPadで語学学習、『発音の個別指導』を講義で実現」を参照)。私が初めてiPadを使ったときにも、「これは絶対生徒の机の上に載るものだ」と直感的に感じた経験があります。機能がどうこうというよりも、これは感性に届く機器だと。学校の歴史の中で、感性がものすごく重視される機器が入ったのは、恐らく始めてだと思うのです。
「インタフェース」が使えるタブレットの鍵
―― 感性に届くタブレットであるかどうかの差異は、どこに生じるのでしょうか。
永野 インタフェースです。タブレットの中には、クライアントPCにタッチパネルを搭載しただけともいえる製品もあります。こうしたタブレットには、クライアントPCの“作法”がそのまま残ってしまっているんですね。例えば、図形を回転させたいと思ったときに、「メニュー」をクリックして、「回転」をクリックしてといったマウス前提の操作をタッチパネルでするのは、あまり意味がないと思います。
回したいと思うものに指で触れて回すとか、2本の指を開いて画面を拡大(ピンチアウト)したり、指を閉じて縮小(ピンチイン)するなど、人間がやりたいことの感覚をそのまま表現できるからこそ、タッチパネルの意味がある。ただタッチで操作できることに意味があるわけではないのです。
メーカーやOSのデザインの時点で、開発側が勝手に作ったインタフェースを押し付けているケースも少なくない。例えば、メニューを出すために画面の端からスライドするといった操作は、いわれなきゃ分からないことなんです。人間の行動そのものを操作のインタフェースに直結させるという点では、初めからタブレットとして設計されているタブレットの方が、操作に無理がありません。
小池 シングルタッチしかできない従来のタブレットも、幾つかの学校に導入されているようです。要はピンチインやピンチアウトができない。画面を自由に拡大縮小できないのであれば、単にクライアントPCより画面が小さいだけの機器になってしまいます。スムーズに拡大縮小できることが、タブレットを触ったときに一番「おお」と感心するところなのに。
理想は、タブレットが機械だということを意識せずに使えることです。鉛筆を出したり、辞書を出したりといった感覚で、使おうと思ったときにすぐ使えることが、授業や教育で使うタブレットに求められるのではないかと思います。
「タブレット導入の目的」を考えることが、手段の目的化を招く
小池 結局、タブレットを授業で使うといっても、タブレットだけで授業をするわけではないんですよね。基本はホワイトボードに板書をしますし、紙ベースの授業を進めているときに、場面場面でタブレットを使うだけなので。そのときに急にクライアントPCの作法にはなりません。ちょこっと使って、またしまって、といった使い方をするためには、シンプルでさっと動かないといけない。
―― タブレットが、授業中に生徒が自由に使う電子辞書と同じようなポジションになれば、もう少し活用の幅が広がるかもしれませんね。
永野 電子辞書にしても、電子辞書を使った授業の形が確立されているわけではありません。授業の中で道具として電子辞書を使うことはあるかもしれないですが、電子辞書の活用自体が目的ではない。
よく、「タブレットを導入する目的は?」とか「タブレットを導入した効果は?」などと聞かれます。でも例えば、「鉛筆による勉強の効果は?」とは聞かれない(笑)。教員が定めた授業の狙いがあって、その達成のためにタブレットをどう使うかを考えるのは必要だとしても、タブレット導入自体の狙いや目的は、あまり考えなくてよいと思います。
―― 「タブレット導入の目的を定める」と言うと、表面的には目的と手段が分かれているように聞こえますが、実際はタブレットを導入するための目的を無理やり作り出すことにつながる。
永野 そうなると本末転倒ですよね。
―― タブレットはあくまでも1つのツールとして捉えて、必要に応じて使う形を取るのが一番よいのでしょうか。
永野 教員の考え方によってさまざまだと思います。例えば、「タブレットでドリルを解かせてテストの点数を上げる」という目的を持つ先生にとっては、目的も明確だし効果もあると思います。ただ、僕はこうしたことは主目的にはしていません。
僕は、生徒が自分で考えたことや思っていることを視覚化して人と共有したり、写真や動画をみんなで見るなど、今まで難しかったことをできるようにするためにタブレットに注目したのです。今までの教具では難しかったり面倒だったことを自然にできるようにしようというのが、あえて言えば目的ですかね。
―― タブレットを導入した学校は、授業中に生徒同氏で作品や資料を見せ合ったり、ディスカッションをする際にタブレットを活用するケースが多いようです。
小池 当校でも授業でディスカッションを実施した例がありますが、タブレットがあったからディスカッションを始めたわけではありません。知識や経験の応用を中心とした学力である「PISA型学力」など、育成が求められる能力の方向性が変わってきていることを受けて、塾ではあるのですが、コース設定をこうした方向性に合わせて変えてきました。
PISA型の教材として、国語の授業に、朝日新聞の新聞を使った電子教材である「今解き教室」を導入しました。今解き教室には、多くの写真や図版がある。それらを使い切るためには、やっぱり写真や図版を生徒の前に示した方がいい。ただ書くだけではなくて、生徒からいろいろな意見を引き出す授業ができるからです。そうした授業をするには、タブレットを使って映写するのが効果的でした。結果として板書の時間を削減できたので、その余白時間でディスカッションをしちゃおうよ、というノリになったんですよね。
タブレットのおかげで、問題を解かせることの先にまで行き着けるような授業が可能になった。問題に解答して終わりではなく、解答に至る思考を含めて授業で扱おうと思ったときに、タブレットがないとやりにくいのです。
セキュリティはどう考える?
―― 教育機関のタブレット導入は、現在は導入の事実が大きくクローズアップされているからか、セキュリティに関する取り組みについてはあまり聞きません。教育機関でタブレットを活用する際に必要となるセキュリティの考え方とは何でしょうか。
小池 少なくともセキュリティポリシーに関して言えば、クライアントPC時代のものをそのまま適用しているのは、明らかな間違いですね。そうすると、かえって使い勝手が悪くなる場合がある。無線LAN接続ができないと明らかに活用できないタブレットを導入しておきながら、「無線LANは使ってはいけない」というポリシーがある時点で矛盾している。無線接続が本当にしたい人は、モバイルWi-Fiルータを勝手に持ってきてしまう可能性もあります。こちらの方がよほどセキュリティ上の問題がある。
当校も、タブレット導入前に無線LANを配備していたんですけど、それはクライアントPC用のポリシーに基づいて配備したものなので、タブレット用には別系統の無線LANを用意しました。「クライアントPCとタブレットは同じものだ」という意識は、あらためた方がよいと思います。
―― 端末レベルでのセキュリティ対策の必要性は感じていますか。
小池 当校の場合、情報漏えい防止のためのセキュリティ対策に焦点を当てて考えると、必ずしも必要ないと考えています。タブレットは教員が教具として使っており、中に生徒の成績データを入れているわけでもなければ、個人情報を入れているわけでもないので。
永野 そもそもタブレットを万能なものとは思っていません。例えば校務処理では、僕はタブレットを使う気はないのです。校務処理用のWindows端末でやる方がよっぽど使いやすい。当校では閉じたLAN内で成績情報を扱っていて、タブレットで使うネットワークにデータが流れることはありません。
タブレットはあくまでも授業の中で使うものだから、情報漏えいが起こることはあまり考えていない。そもそもネットワークもデバイスも使い分けていますから。
金子 当校も教員は教員のネットワークを使っていて、生徒の場合は学年ごとにネットワークを分けています。セキュリティ対策という面もありますが、当校の場合はパフォーマンスの維持という側面が大きいです。
―― 袖ケ浦高校や広尾学園は、私物端末を授業に利用されています。生徒がタブレットを学校で利用する場合は、ネットワークでセキュリティ対策を施せるとしても、家庭ではどう対処すればよいのでしょうか。
金子 学校のLANでは、有害情報のフィルタリングをしてWebサイトの閲覧制限を掛けていますが、家庭の無線LANに接続した際の閲覧制限は、学校がシステム的に対処できることではありません。
永野 これはもうタブレットうんぬんの話ではなく、情報モラルの話であり、どの高校でも必修になっている教科「情報」で扱う内容になります。タブレットやスマートフォンといったインターネット接続が可能なパーソナルデバイスを、中高生が四六時中持っているという現状に目を向けないといけない。われわれが生徒に、トラブルを起こさないための基礎的な知識や技能をいかに身に付けさせるかということが、タブレットとは違うレベルですごく重要な話なのです。タブレットに捕らわれすぎてはいけなくて、家庭にある機器や携帯電話などを含めて考えるべき問題です。
次回は、授業で利用するアプリケーションに求められる条件やオンライン授業の活用方法、IT活用に必ずしも積極的でない周囲を巻き込む方法などに関する議論を紹介する。
お知らせ:教育機関のIT製品導入に関するアンケート調査
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