情シスキャリアをアップデートする【第9回】
技術力だけでは「上に行けない」 シヤチハタCDOが語る、情シスが次の役割をつかむ条件
情シス担当者として経験を積み、対応できる業務や技術を増やしても、それだけで管理職や経営層に進めるとは限らない。入社から10年で役員になった経験を持つシヤチハタのCDO上甲英明氏に、その判断軸を尋ねた。
連載:情シスキャリアをアップデートする
情報システム部員は、日々の運用・問い合わせ・トラブル対応といった"目の前の業務"に追われがちだ。その中でも、評価され、次の役割を任されている人もいる。そのような人は、何をしてきたのか? 逆に何を「やらない」と決めてきたのか? この視点から、評価される情シスになるための、業務の取捨選択や判断軸を整理する。
情報システム(情シス)担当者として経験を積むほど、対応できる業務や扱える技術は増える。しかし、プレイヤーとして「できること」を増やし続けるだけでは、管理職や経営層といった次の役割に進めるとは限らない。
シヤチハタでCDO(最高デジタル責任者)を務める上甲英明氏は、社内SEからキャリアをスタート。複数の企業で情報システム部門の部長、IT戦略責任者などを経験してきた。現職では、同社が展開する電子決裁サービス「Shachihata Cloud」の事業責任者と、シヤチハタ社内のデジタル推進責任者を兼務する。
若手のうちは何を経験し、役職が上がるにつれて業務をどのように変えていくべきなのか。組織として取り組む業務をどう選び、その価値を経営層にどう伝えるのか。上甲氏が実践してきた組織づくりの手法から、情シスが次の役割をつかむための判断軸を探る。
社内SEからスタートした、業界横断のキャリア構築
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上甲氏は2006年、リユースEC(電子商取引)を手掛ける企業に社内SEとして入社し、情シスとしてのキャリアをスタートさせた。
担当したのは、一般的な社内システムの保守だけではない。ECサイトや物流システムなどの開発と運用、バックオフィスとの連携などに携わった。さらに、リユース品を仕入れるための買い取り施策や、出荷までのリードタイム短縮などにも関与した。
社内SEという立ち位置ながら、システムそのものだけではなく、売り上げや業務効率など事業全体を考える必要があった。「事業側の考え方を学ぶ機会が多い環境でした」と上甲氏は振り返る。入社後は一社員からマネージャー、執行役員へと役割を広げていった。
その企業に約12年間勤務した後、新品商材やリアル店舗のビジネスを学ぶため、複合型書店の運営会社へ転職。
その後、別の企業で情シス部長に就任した。基幹システムのリプレース計画、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期の社内対応や、海外現地法人との連携に取り組んだ。
さらに、エンターテインメント系の店舗サービス企業では、IT領域の責任者を務めた。公式スマートフォンアプリケーションを起点に予約や注文のデジタル化を進め、新たな顧客体験を提供。店舗業務の改善も進め、顧客の嗜好や行動データを蓄積することで、データの利活用へとつなげた。
一方、店舗インフラの強化なども進め、「攻め」と「守り」の両面からDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進した。
上甲氏のキャリアの特徴は、情シスという枠にとどまらず、事業側に深く踏み込んできたことにある。では、異なる企業や業界に移ったとき、上甲氏は何から組織を理解し、改善すべき業務を見つけてきたのか。
「1年前と同じ」は退化 「やる」「やらない」を選ぶ判断軸
上甲氏が新しい組織に参画した際、取り組むことの1つが「業務の棚卸し」だ。
「現場の業務を一通り整理した後、担当者に『これはなぜやっているのか』と質問します。答えが曖昧であれば、業務の必要性を一緒に考えていきます。対話を通じて、これまで当たり前に続けてきた業務に疑問を持ってもらうことが目的です」(上甲氏)
重要なのは、管理職が一方的に「この仕事は不要だ」と決めることではない。担当者自身に、なぜその業務をしているのかを考えてもらう。
理由が曖昧であれば、「本当に続ける必要があるのか」を改めて考える余地がある。そうした対話を重ねるうち、「では、こう改善したらいいのではないか」と担当者自身から提案が出てくることもあるという。
棚卸しのゴールは、単に業務を減らすことではない。上甲氏は「1年前と同じことをしている状態」を退化と捉える。
業務の改善なのか、コスト削減なのか、利益の増加なのか。何らかの形で前年より前進している状態をつくる。そのために、今ある業務の意味を問い直していく。
では、新しい技術や施策が次々と登場する中で、何を「やる」、何を「やらない」と判断すればいいのか。上甲氏が重視するのは、「その業務や施策が何を実現するためのものか」という視点だ。
まず、施策によって実現したい目的を明確にする。その成果を数値で表せるかを考え、ROI(投資対効果)を試算する。さらに、その施策が従業員や顧客にどのような利益をもたらすのかまで確認する。そこまで整理した上で、具体的な施策を選び、実行する。
判断軸は全ての企業で同じではない。上甲氏は、企業理念や事業の特性によって、何を重視すべきかは変わると説明する。
「各社で企業理念や事業の特性は違います。企業理念は会社の変わらない存在意義であり、その中で何が大事なのかということであり、業態などによって変わっていきます」(上甲氏)
上甲氏が事業責任者として携わっているShachihata Cloudでも、企業がDXを進める際の「何を変えるか、何を変えないか」という選択に向き合ってきた。
Shachihata Cloudは、紙を前提としてきた業務プロセスを大きく変えずにデジタル化できる「BPS」(ビジネスプロセスそのまんま)を製品コンセプトとして掲げている。システム担当者の負荷が比較的小さく、利用者の自由度が高いことに加え、紙での運用と大きく変わらない感覚で利用できる点を特徴とする。
本格的に業務プロセスを抜本改革するDXには、人員や予算が必要になる。そうした余力が十分にない企業では、既存の業務を全て作り変えるのではなく、現状を生かしながらデジタル化する方が現実的な場合もあるという。
「自分でやった方が早い」はいつまで通用するのか
仕事ができる人ほど、「自分でやった方が早い」と考えがちだ。しかし、それは管理職になってからも正しいのだろうか。
上甲氏自身も、キャリアの初期には自分で仕事をした方が早いと考えることがあった。しかし、経験を重ねる中で、それでは組織の成長や会社の利益につながらないと感じるようになったという。
役職が変われば、自分が担う業務も変えなければならない。
若手のうちは、情シスとして目の前にある業務を幅広く経験することが、技術や知識の習得につながる。加えて、自社の各部門がどのような業務をしているのかを知り、現場への理解を深めることが重要になる。
上甲氏は、情シスにとって技術そのものを深掘りすることだけが価値になるわけではないと考える。SaaS(Software as a Service)などの選択肢が増え、情シス自身がシステムを一から開発する場面が減る中では、「業務を学び、その中の無駄を省き、より価値のある業務を創造していく感性」を磨くことが重要になるという。
管理職になれば、求められる役割はさらに変わる。
社内の困りごとを全て拾い上げて自分で解決する、“縁の下の力持ち”であり続けることが、組織にとって必ずしもプラスになるとは限らない。
自らが実務の中心となるのではなく、業務が回る仕組みをつくり、部下に任せる。そして経営層になれば、そもそも組織としてどの業務を引き受け、どの業務を引き受けないのかを判断する。
つまり、キャリアのレイヤーが上がるにつれて、「できる業務を増やす」のではなく、「自分が担うべき業務を変える」という考え方だ。
「それは本当に情シスの仕事?」 役割を明確にする
ここで気になるのが、他部門との調整だ。
情シスには、システムが関係するという理由だけで、他部門が主体となるべきプロジェクトまで業務が集まることがある。では、どこまでを情シスが担い、どこからを他部門に任せればいいのか。
「業務を人に任せ、組織として成果を出すためには、まず誰が主体となって進めるのかを明確にする必要があります」。上甲氏はこう述べる。
情シスと他部門の役割を一律に線引きするのではなく、プロジェクトごとにどの部門がPM(プロジェクトマネジャー)を担うのかを決める。
「情シスがPMをやるべきプロジェクトなら、主体的に取り組むべきです。情シスが間接的な役割なのであれば、主幹部門がPMになります。プロジェクトの中で主体となる組織を明確にすることで、変に抱え込みがちな状態を防げます」(上甲氏)
そもそも、企業が成果を出そうとすれば、1つの部門だけで完結する業務ばかりではない。複数部門が連携するからこそ、「どの部門が主体なのか」をあらかじめ決めておく必要がある。
では、役割を決めて業務を任せた後、メンバーには何を伝えれば、同じ方向を向いて業務を進めてもらえるのか。
上甲氏が意識しているのが、「目の前の作業」と「その先にある目的」を結び付けることだ。
重要なのは、高度な作業を正確にこなすことだけではない。「何を実現するために、この業務をしているのか」を理解することだ。目的を理解しないまま単純な作業として続けていれば、将来的には自動化やBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)の対象になる可能性もある。
そのため上甲氏は、売り上げや改善目標だけを伝えるのではなく、「なぜその目標を置くのか」「なぜその業務をするのか」まで説明する。
例えば、「売り上げをいくらにする」「この業務を改善する」と目標だけを提示しても、その意味が分からないメンバーはいる。そうした場合には、会社が何を目指しているのか、そのためになぜこの目標が必要なのかと、目的から個々の業務へ分解しながら説明するという。
単に業務をこなすのではなく、その先にある目的まで理解する。そうすることで、目の前の業務への向き合い方も変わってくる。
自動化の先で、情シスは何をするのか
目的を理解して業務を選ぶという考え方は、業務の自動化にもつながる。業務の中には、自動化や外部化によって従業員の手を離せる“作業”がある。
シヤチハタでは、レガシーな仕組みからモダンな環境への移行を進め、その過程で業務の自動化、効率化を進めている。
人が担当している業務を単純に自動化するだけではない。不要になる業務を見極め、従業員がより意味のある業務に集中できる状態をつくる。その上で、情シス部門に現在の人数や役割が最適なのかを改めて考えていく。
では、自動化によって従来の“作業”が減った後、情シスにはどのような業務の価値が高まるのか。
上甲氏が挙げる1つが、デジタル人材の育成だ。
システムを新しくしても、それを使う人の考え方やスキルが従来のままであれば、十分に活用できない。そこで、従業員がデジタルを自律的に使えるよう人材を育成し、そうした人材が力を発揮しやすい環境を整える役割へと、情シス自身もシフトしていく必要があるという。
経営と同じ言葉でITの価値を伝える
では、技術力を磨くだけでは十分ではないとすれば、情シスが管理職や経営層へ進むために身に付けるべき力は何なのか。
技術が発展する速度は速い。努力して身に付けた技術や知識も、いずれ古くなる。
上甲氏が、情シスとしてさらに上のレイヤーを目指す人に必要だと考えているのが、経営目線、事業目線、業務目線でITの価値を「言語化」「可視化」する力だ。
上甲氏は、情シスと経営層の間で「言葉や話がかみ合わない」場面があると指摘する。
情シス側が「システムを入れた」「機能を追加した」と説明しても、経営層が知りたいのはシステムの機能そのものではない。そのシステムによって「何を実現できるのか」「会社や業務がどう変わるのか」だ。
システム導入をゴールにしてしまうと、本来の目的と手段が切り離され、施策が事業成果につながりにくくなる。
「情シスの仕事は、システムを入れることではありません。システムは手段です。その結果として従業員や顧客に価値を提供することが仕事です。その価値を、数値やアクション、結果として言語化、可視化する必要があります」(上甲氏)
例えば新製品を導入する際、「この機能が追加できる」と説明するだけでは、経営層には価値が伝わらない。「その機能によって何ができるようになるのか」「どの業務がどう変わるのか」まで説明する必要がある。
上甲氏は、技術的に正しいことを話していても、経営層と同じ言葉で伝えられなければ、その価値は十分に理解されないと指摘する。
「会社として、ITを手段として何を実現するのかを言語化できる人が、上に行ける人なのかなと思います。経営目線、事業目線での言語化と可視化を考えながら仕事をすることが、ステップアップする1つの要素だと思います」(上甲氏)
そのためには、自分たちにしか分からないITの用語で説明するのではなく、経営層が普段使っている言葉に置き換える必要がある。
「経営者の方が話す言葉と同じ言葉で、やりたいことを伝える。それを言語化してプロジェクトを進めていくことは、技術以上の価値になります」(上甲氏)
若手のうちは業務を拾い、経験を増やす。管理職になれば、自分で業務を抱えるのではなく、部下に任せられる仕組みをつくる。さらに経営層になれば、組織として何に取り組むのかを選び、その成果や意義を経営と同じ言葉で説明する。
キャリアのレイヤーが上がるほど求められるのは、「自分に何ができるか」だけではない。「何をやるか」を選び、人や組織を動かし、ITを企業の価値につなげる。これが、情シスが次の役割をつかむための条件だ。
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