さまざまな事業内容や規模の部門を抱える企業が全社的にAI活用を推進するにはどのような手を打てばいいのか。サイバーエージェントは、各部署のAI活用度を評価する「AI番付」を実施している。その内容や効果は。
生成AIツールの利用料を会社が負担し、研修やガイドラインを整備しても、全ての開発組織でAI活用が自然に進むとは限らない。個人がコード生成に使う段階から、開発プロセス全体をAIで自動化する段階へ進むには、各組織の現在地を把握し、次に目指す状態を具体的に示す必要がある。
ただし、事業内容や組織規模、システムの運用年数が異なるチームを、同じ基準で評価するのは容易ではない。格付けが競争を促す一方、活用が遅れている組織に「自分たちは対象外だ」と受け取られれば、かえって温度差を広げる恐れもある。
サイバーエージェントは、こうした課題に対し、開発組織のAI活用度を相撲の番付になぞらえて評価する「AI番付」を始めた。単に順位を付けるだけではなく、評価指標の設計や責任者との対話、先行事例の共有を通じて、AI活用を各組織の自分事にしようとしている。
サイバーエージェントが2025年8月に設立した「AIドリブン推進室」は2026年4月、全社のエンジニア組織44チームを対象にAI活用度を可視化・格付けする「AI番付」を実施した。同推進室の峰岸啓人氏とマネジャーの神谷 優氏が、年間約4億円のAI投資や独自の評価フレームワーク、現場を巻き込むための試行錯誤について明かした。
サイバーエージェントがAIに本格的に向き合い始めたのは2014年にさかのぼる。AI研究組織「AI Lab」を立ち上げ、広告領域を中心にAI活用を進めてきた。転機となったのは2022年末のChatGPT登場だ。当時社長だった藤田 晋氏(現会長)は「生成AIを活用する企業とそうではない企業では数年後に大きな差がつく」と社内外で発信し、全社の温度感は一変した。
2023年末には職種を問わず役員を含む6300人の全従業員を対象に生成AIリスキリングを実施。AIドリブン推進室で責任者を務める峰岸氏は「セキュリティや法務的な観点を社内の人間が自前で講義し、それに基づくWebテストを必須にした」と説明する。
2024年にはさらにギアを上げた。エンジニア1人当たり月額200ドルのAIエージェント導入費用を会社が負担する方針を決定。年間の投資額は約4億円に上った。峰岸氏は「事業責任者に決済を通す手間がネックになり、試したいツールを試せないという課題があった。会社として予算を確保することで、さまざまなツールを気軽に試せる状態になった」と背景を語る。
同社は2025年から2028年の4年間で「AIを武器に事業インパクトに直結する成果を出すエンジニア」の育成を掲げている。技術担当役員の長瀬慶重氏は社内カンファレンスで、開発向けAIエージェントの普及により開発生産性が現在の2〜3倍から3〜5倍へ向上し、ミドルクラスの開発業務の7〜8割が代替される未来を予測したという。
この予測を踏まえ、同社は開発組織の新ビジョン「AIドリブン」を策定した。中期目標として「全プロダクトでAI成熟度レベル4に到達すること」を設定。レベル4とは、要件策定から本番環境への展開まで開発プロセスを完全に自動化し、人間は最初の要件定義と監督・軌道修正のみを担う状態を指す。
ロードマップでは、初年度の2026年度を「AIフレンドリー」と位置付けた。峰岸氏は「各事業にはそれぞれの事情がある。AIを使えない理由をなくし、まずはポジティブにAI活用を体験できる機会を作る。AIとお友達になれる状態を目指す」と述べる。2027年度には「AIマスター」として使いこなせる人材の増加を図り、2028年度に「AIリーディングカンパニー」の到達を目指すという。
AI番付は、各開発組織のAI活用度を相撲の番付になぞらえて可視化する制度だ。エンジニア版の責任者を務める神谷氏が詳細を説明した。
その目的は2つある。各組織のAI活用度をレベル別に可視化して現在地を認識すること、そして活用が進んでいる事業部の取り組みを横展開して全社のAI活用レベルを引き上げることだ。
ランクは7段階で、下から幕下、十両、前頭、小結、関脇、大関、横綱と設定されている。相撲にならい「東」(大規模組織)と「西」(中小規模組織)に分けて評価する。
各ランクは同社が独自に定義したAI成熟度レベルに対応する。幕下・十両はレベル1で「個人レベルの活用」にとどまる段階。前頭・小結のレベル2は、特定タスクの自動化から複数ステップの連携実行へ進んだ状態。関脇のレベル3は開発業務プロセスの半分以上をAIが自律実行している段階だ。大関のレベル4では開発プロセス全体をAIが自動実行し、人間は要件定義と軌道修正のみを担う。最上位の横綱(レベル5)は複数のAIエージェントが協調して動く「AI前提の組織・業務編成」を意味する。神谷氏は「横綱は現時点の環境で実現できるかという世界線だが、目指すべき定義として置いている」と説明する。
番付の格付けは2軸・計14項目の指標で評価する。
第1の軸は「エンジニアリング品質・技術成熟度」で7項目ある。AIの利用範囲、自動化の深さ、人とAIの役割分担、開発ワークフローへの統合、リードタイムやコード品質などの成果指標、そしてインシデント対応やインフラ構築の自律実行度だ。要件定義から運用・ポストモーテムまで開発プロセス全体を網羅する設計になっている。
第2の軸は「推進体制・技術文化」で、こちらも7項目ある。利用レベル(個人・チーム・組織)、ツール環境やガイドラインの整備状況、チームの標準化とナレッジ共有、推進体制の有無と強度、効果測定と改善サイクル、全社への発信力・ロールモデル性、そして経営との目標整合だ。神谷氏は「エンジニアの開発組織だけでなく、ビジネス側と経営層がAI活用の戦略について議論しているかも尺度として持っている」と強調した。
番付評価とは別に「三賞」制度も用意した。経営インパクトへの貢献を評価する「殊勲賞」、ボトムアップでの文化醸成に対する「敢闘賞」、技術的に高度な設計や実装を表彰する「技能賞」の3つだ。番付本体では上位を狙いにくい組織でも、個別施策単位でエントリーできる仕組みにした。
制度を設計しただけでは組織は動かない。神谷氏は「こういう取り組みをやると言って、みんなが前向きにやるかといわれると、そんな簡単な話ではない」と率直に語る。
そこで実施しているのが、巻き込み施策だ。その1つ目は、社内広報との連携による社内ポータルサイトでのインタビュー連載だ。評価軸ごとに各管轄からチームを選び、AI活用の試行錯誤を苦労も含めて紹介してもらう。「責任者にAI番付への意識を向けてもらうだけでなく、掲載された組織の現場メンバーも記事を読むので、波及的にAI番付の認知が広まっていく」と神谷氏は効果を説明する。
2つ目はより泥臭い取り組みだ。神谷氏自身が全44組織の責任者と1組織当たり15分の中間ヒアリングを実施。各責任者には現在の推定番付と、半年後・1年後の目標を3段階で記入した「中間報告シート」の提出を求める。「エントリーシートの提出はリソースが必要。取り組みの意義を納得してもらうために、対話を丁寧にすることをかなり心掛けた」と神谷氏は振り返る。将来の目標を記入してもらうことで「点の取り組みではなく線の取り組みの第一歩だと意識してもらう」狙いもあった。
一方、課題もある。長期運用プロジェクトは技術的負債を抱え「AI活用どころではない」状態からのスタートになるケースがある。研究組織はプロダクト開発とは構造が異なり、評価の枠組みに乗りにくい。こうした組織が「どうせ低いし」と後ろ向きにならないよう、運用年数や規模が一定の条件を満たす組織には、現時点の実績だけでなく将来的な改善計画やプロセスを加味した評価を実施する仕組みを取り入れた。
多種多様な事業体に統一指標を適用する難しさもある。抽象度が高くなるため「これはこういうことですか」という問い合わせが現場から上がったと神谷氏は明かす。現場のフィードバックを丁寧に拾い上げて評価指標のディテールを継続的に改善していく方針だ。
峰岸氏は講演の最後に、AI時代に意識すべき6つのマインドセットを示す。「小さく始めて早く学ぶ」「仮説から逆算する」「失敗を組織の知識として蓄える」「現場との対話を重視する」「ナレッジを横展開する」「進捗(しんちょく)の物差しを持ちつつスピード感を優先する」の6つだ。
「SNSで大きな成果が流れてきて焦ることもあるが、いきなり大きな成果を出すのは難しい」(峰岸氏)
うまくいかない経験こそが資産になるとし、「正解のない問いだからこそ、取りあえずやってみるスピード感が大事だ」と峰岸氏は締めくくる。
※本稿は、2026年3月に開催された「ITmedia Security Week 2026 冬」のセッション「AIフレンドリーな組織を創る。変革を促す推進室の試行錯誤」の内容を記事化したものです。
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