教育機関タブレット活用座談会【後編】
タブレット授業利用のプロ3者が語る、「端末は生徒が購入」が理想な理由
授業で使うタブレットは誰の負担で導入すべきか。オンライン学習や「反転授業」は根付くのか。IT活用に積極的でない周囲を巻き込む方法とは。タブレット授業利用のプロ3者が語り尽くす。
私物端末の利用(BYOD)の動きが公立学校にも広がりつつある中、教育機関におけるタブレットの導入方法や端末購入費用の負担先が議論になっている。教育機関向けのIT製品に目を向けると、教育用システムやアプリケーションの充実に加え、米国などで動画を使ったオンライン学習を教育機関が活用する動きも出てきたことも見逃せない。そして忘れてはいけないのが、全ての教育関係者がIT導入に積極的なわけではない、という事実だ。
こうした中、教育機関は、ITの導入や活用にどういった姿勢で取り組むべきなのだろうか。広尾学園 中学校・高等学校(広尾学園) 教務開発部統括部長の金子 暁氏、学習塾運営の俊英館 マーケティング部 部長の小池幸司氏、千葉県立袖ヶ浦高等学校(袖ヶ浦高校)の永野 直氏の3人が議論した。各教育機関の取り組みは、以下に紹介する関連記事にもまとめているので、参考にしていただきたい。
メンバー
参加者(50音順)
金子 暁氏 広尾学園 中学校・高等学校 教務開発部 統括部長
小池幸司氏 俊英館 マーケティング部 部長
永野 直氏 千葉県立袖ヶ浦高等学校 情報コミュニケーション科主任
モデレーター
編集部
―― これまで、タブレットの授業利用を進める上での課題(参照:教育機関3者が明かす、タブレットの授業利用で直面した課題とは?)や生徒に役立つタブレットの条件(参照:授業のプロが語る、「生徒の感性に届くタブレット」の条件とは?)についてお話いただきました。授業ではタブレットでシステムやアプリを利用する機会も多いと思いますが、授業で利用するアプリやシステムには、どういった条件が求められるのでしょうか。
システムは「多機能」よりも「組み合わせ」が重要
金子氏(以下、敬称略) 当校は「教育用システム」と呼ばれるような大掛かりなシステムは導入しておらず、Googleの「Google Apps」などのツールやアプリを組み合わせて使っています。その方が生徒も教員もさまざまな工夫をするので、創造性が出てくるのではないかと考えたからです。
小池氏(以下、敬称略) 現状の教育用システムは、いろいろな機能を盛り込みすぎてしまっているんですよね。あれこれ機能が入っていると、かえってシンプルさが欠けて使い勝手が悪くなり、使いづらくなってしまう。それよりも、各機能に小分けして販売してもらった方が採用しやすい。
ベンダーからの提案書を見たときに、教室があって、家庭があって、その真ん中当たりにクラウドを示す雲があって、矢印がいっぱい引いてあるような複雑な図が載っているのに気付いた時点で、「うん、使わないな」と思うことが多いです(笑)。構成図を描かないと何ができるかが分からないようなシステムではなく、明確に「これができます」と説明可能な、単機能のアプリやシステムを1個1個組み合わせて使いたいのです。
“教育用”ではなく“リアル”なシステムを
永野氏(以下、敬称略) 教育用システムって、学校の中では使っても、実際に社会に出たら使わないことが多いんですよね。学校教育用に“作られた画面”の中で操作をするよりも、TwitterやDropbox、Facebookといったデファクトスタンダードとして世界で使われている「本物」を使わせたい。それぞれのツールにどういった機能があるかを生徒自身が調べて、組み合わせたり工夫して使っていくことが重要だと考えています。
もちろん発達段階によってニーズは違うと思っていて、例えば「小中学生にいきなりSNSを使わせるのは危ない」という理由で、「Edmodo」のような教育用SNSを使う、といったニーズは確実にある。ただ、間もなく社会に出ていく高校生にとっては、社会とのつながりだとかリアルさを感じてもらいたいのです。
コンテンツと組み合わせたシステムなら便利
小池 アプリで利用するコンテンツに目を向けると、現状では、学習に使えるコンテンツがそもそも限られている。少なくとも、既存の学習指導要領にのっとったコンテンツは、基本的には紙ベースが大半で、タブレットで表示しようとなると権利上問題になるケースが少なくないのです。動画などのコンテンツが充実したライブラリを備えたシステムが使えるということであれば、コストを負担してでも欲しいなと思います。
ベンダーには、ぜひコンテンツ企業との協業を進めてほしいです。教育機関がコンテンツ企業と直接交渉するのは難しい。私はコンテンツ企業に直接電話しましたけど(笑)。普通しないですよね。ベンダーがコンテンツ業者と組んで、コンテンツの利用交渉に掛かる手間ひまを解消した上で、こうしたコンテンツを備えたシステムを提案してくれればありがたいと思います。
授業では「先生の仕事を減らすシステム」はいらない
―― 多機能な製品ではなく、単機能でも授業でやりたいことができる要素が詰まった製品が理想、ということでしょうか。
小池 そこにも落とし穴があります。提案されるシステムの中には、教員の立ち位置を考えていないと思えるものも少なくない。「これさえあれば教員がやることは特にないじゃん」と思うようなシステムを提案されることも多いのです。教員は既存の教材も使いますが、自分たちが作った教材も使いたい。
とはいえ、教員が全ての教材を自分で作るのも大変なので、自作の教材を利用できるだけでなく、教材を簡単に作成できたり、既存の動画クリップを組み合わせたりできるシステムがあれば便利だと思います。でも、こうしたシステムを提案してもらえるケースはそれほど多くはありません。
永野 最近、学習者用のデジタル教科書について説明を受けたのですが、「テキストもあるし、動画も写真もあって、動くグラフもあります。問題集もあって解答もできます」と言われたときに、これを使って授業をしている風景が全然想像できませんでした。
各生徒が、ただ黙ってタブレットの前に座り、ヘッドフォンをして音楽を聴いて動画を見て、テキストを読んで問題を解く。こうしたことを教室の中でやっている意味がどこにあるのか、全然分からない。
例えば、一連の学習を家で済ませてきて、学校で何か別のことをさせようと考える教員が使うのであれば、すごく可能性があると思います。でも教員が学習者用のデジタル教科書を見て、「これは楽だ」という理由だけで導入の動きが広がったとしら、ひどいことになると思います。
―― 予習に使うのであれば便利ですが、それを授業の主要部分にしてしまうと、学校の在り方自体も議論になる。
永野 学習者用デジタル教科書だけで済む勉強しかしないのであれば、学校なんかもういらなくなっちゃう。学校教育では、生徒に共同で何かをさせるとか、ディスカッションをさせたりコミュニケーションを取らせるといったことも重要なのです。
校務処理であれば、効率化はバンバン進めてほしいです。でも授業で教員の労力コストを下げることだけに注力するのは、ちょっとおかしい話だと思います。学習者用デジタル教科書は、生徒が自習で使う分にはすごくいいと思うし、可能性もある。だからこそ、授業が楽になる道具だと勘違いされて普及していくのは、すごく怖い。
「オンライン学習」とはどう向き合う?
―― 学習用のツールといえば、大規模公開オンライン講座(MOOC: Massive Open Online Course)を初めとするオンライン学習を取り巻く動きも活発化しています。
金子 当校では、インターナショナルクラスの教員が、オンライン学習サイトの「Khan Academy(カーンアカデミー)」を利用しています。インターナショナルクラスの生徒は特に数学に弱点を抱えていることが多いようで、生徒に合わせた内容を学ばせたりしています。
―― 日本の教育機関では、こうしたオンライン学習の仕組みが広く普及する可能性はあるのでしょうか。一部には、オンライン学習を活用して家庭で予習し、授業では予習内容を踏まえた応用問題を解いたりディスカッションをしたりする「反転授業」を検討する動きもあるようですが。
小池 生徒の発達段階というか、年齢にもよるのだと思います。例えば、まだ学習の目標も明確でない小学1年生に、「ここの部分を事前に勉強しておいて。ここは授業では扱わないから」といった授業の進め方をするのは、普通の学校だと難しい。予習をしない児童が6割いたら、もう成り立たないと思うんですよね。
理想的には、「授業に参加するために、事前に準備をちゃんとしておきたい」と児童や生徒が思えるような、本当に魅力的な授業を展開できればと思います。よい授業の展開が先なのか、反転授業のような仕組みを整備するのが先なのか、といった議論もありますが。
―― オンライン学習で授業の仕方を急激に変えるのも難しいし、どういった効果があるのかもまだ見えない。
小池 オンライン学習に限らず、動画の活用で効率化できる部分は確かにあります。当校も、授業の中で10分間ぐらいの動画を見せて、内容を覚えさせる時間を取ったりしている。授業自体は、その10分間で、ある意味終わってしまっているのです。その後、授業や教科によっては問題演習をさせたり、内容を覚えさせたりといった作業に進められるケースがありますから、うまく利用すれば効果があります。
広尾学園さんでは、個別授業としてオンライン学習をうまく使っているんですよね。一斉授業だと、どうしても特定の箇所に焦点を当てざるを得ないので、授業について行けない生徒もいれば、逆にもっと早く先に進みたいと思う生徒も出てくる。こうした生徒のニーズにも、動画があれば容易に応えられます。でも、こうした学習方法の設計は、まだ一般の学校にはないのが現状です。
永野 学習者用デジタル教科書もそうですが、オンライン学習を使った反転授業についても、僕は期待するとともに心配もしています。正直、日本の全ての小中学校や高校が全面的に反転授業を採用するようになるかといわれると、それはならないと考えています。
特定の授業の中で、特定の実験をやるときに、「実験手順の動画を家で見てきなさい」といった形で反転授業を部分的に盛り込むのであれば、実現可能だし効果もあるのだと思います。でも、生徒に全科目全授業を毎日予習してもらった上で学校に来てもらうとなると、生徒の学習意欲や能力も考慮する必要が出てくる。
例えば大学や大学院のゼミとか、授業でもその一部分とかに活用するのであれば、反転授業もうまくいくのだと思います。授業でディスカッションをしたり共同作業をしたりする時間を確保するために、オンライン学習を有効活用するといった利用方法もあるはずです。でも、反転授業やオンライン学習を基本的な学習のシステムとして導入するのは無理なのではないでしょうか。
学校の整備が遅れている国にいるなどの理由で学校に行けない生徒にとっては、オンライン学習のメリットはあると思います。でも日本の状況を踏まえると、オンライン学習をこうした代替手段として捉えるのではなく、もっと授業の質そのものの向上に目を向けた方がよいのではないかと思います。
端末は学校支給? それともBYOD?
―― これからタブレット導入を進めようとする教育機関にとっては、端末の導入をどう進めるかも悩みの種になっているようです。端末の導入方法に関する考え方をお聞かせください。
小池 私物端末の利用、つまりBYODでよいのではないかというのが、私の持論です。自分のものなので自由に利用でき、気兼ねなくデータをためたりできるのが、BYODの大きな利点だと思います。
永野 そもそもタブレットは端末の特性上、パーソナルなデバイスですからね。携帯電話を皆で共有することがないのと同じで、タブレットも自分のものを生徒が個別に持つことが、本来すごく自然な形だと思うんですよ。
最近では佐賀県が、県立高校の生徒に自己負担でWindowsタブレットを購入させることを決めました。このように、自治体レベルでもBYODを導入していこうという動きが現れている。数年前に佐賀県の関係者に聞いたときには、公費負担という話だったと記憶しています。やはり、毎年全員分のタブレットを自治体や学校の負担で購入していくのは、予算的に厳しかったのでしょう。
小池 予算がなくなるとできなくなってしまう取り組みは、続かないんです。いつ予算がなくなるかも分からないし。
永野 予算が十分に確保できない状況で、学校や自治体が生徒にタブレットを支給しなければいけないとなるとどうなるか。例えば、学校のコンピュータ室でよくあるように、「予算をなんとか確保して端末を購入したから、10年は同じ端末を使って」ということになる可能性がある。新しいことをやるために最新の端末を導入するのに、10年後にも現在のデバイスを使い続けなければいけないというのは、本末転倒でしょう。
小池 端末の管理を考えたときにも、例えば教育機関で調達するとなると、やはり負担が大きい。端末の故障などにも全て責任を持たなければいけないし、そもそも管理に掛けられるコストが限られているという大前提もある。
永野 ただ、BYODを採用するとしても、購入コストの負担については議論が必要だと思います。
小池 国や自治体には、端末購入費用の一定額を補助するといった形で協力してもらい、あくまでも生徒本人であったり保護者に購入してもらうのが理想的だと思います。生徒も教員も関係なく、自分で購入するからこそ使い方を考えようとするし、積極的に生かしていこうと考えるはずです。
BYOD推進は「マルチデバイス」が鍵
小池 当校では、現在は端末をiPadにそろえていますが、BYODを前提にするならば、将来的にはiPad一択ではいけないケースも出てくると考えています。そうなると、今はiOS用のネイティブアプリを使って取り組んでいることも、少しずつWebブラウザベースのアプリでできるようにしなければならない。こうした移行を支援する製品が充実していくことを期待しています。
永野 マルチプラットフォーム、マルチデバイスが、これからはすごく重要になるのではないかと思いますね。iPadがいいと考えたから採用したのは事実ですが、別にApple信者というわけではないので(笑)。iPadと同レベルのことができるようになれば、他の端末でも構わないと思います。
IT活用に積極的でない人を巻き込むには?
―― 教育現場を対象としたIT製品や技術が充実しつつある一方、現状では、全ての教育機関がITを十分に活用できているわけではありません。教育へのIT活用に必ずしも積極的ではない教育関係者も少なくないと聞きます。こうした人たちを取り組みに巻き込むにはどうすればよいのでしょうか。
金子 当校の場合、タブレットの活用に表立って反対する教員はあまりいないんですよ。というのも、学校側でタブレットの活用を強制しないから。その教員がもともとすごく見事な授業をしているのであれば、無理にタブレットを使う必要はない、という考え方です。そういう教員は、そのままでもいい。
ただし、授業にタブレットなどのITを活用していく流れは、絶対に後戻りすることはありません。教員ごとのノウハウの差が小さい今であれば、授業にITを活用するハードルは低い。でも、あと2、3年して状況が変化すれば、ハードルは高くなるかもしれない。もっと遅れれば、さらにハードルが高くなる可能性がある。そのときに、ITを使わずに話術だけで生徒にとって役立つ授業が完璧にできる自信があるのかどうかを自問自答すべきだと思います。
中には、ITの導入で教え方を変えることに抵抗がある教員もいるかもしれません。ただ、こうした考えの人たちにばかり合わせていると、必要なことができなくなる。
IT導入の是非は「生徒目線」で判断すべき
永野 セキュリティの話にもつながるのですが、結局は本当に生徒のことを考えているのかどうか、ということなのです。タブレットで授業の可能性が広がることは事実ですし、社会の変化に応じて必要なモラルやセキュリティの考え方が変わってきていることを考えると、学校でタブレットを導入しないことなんて、本来はあり得ないです。
―― 学校で公式にタブレットなどの端末を使わせて、その上で情報活用に関するモラルもきちんと教える。その方が、学校内だけでなく、生徒が社会に出たときに、セキュリティなどの問題を踏まえた上で端末を使えるようになるのかもしれません。
永野 携帯電話の持ち込み禁止もそうですけど、「学校内で問題が起きなければ、生徒が学校の外を出てどんな危険な目に遭おうと知ったことではない」というのは、違うと思います。生徒が安全で、よりよく生活できるようにしなければいけないわけだから。家庭も学校も含めて、危険があるのであれば、それを防いだり起こさないようにしたり、その方法を生徒に教えたりしていくべきです。「問題は起きないけれど、生徒にとってプラスではない」ことをよしとする考え方をしていたら、それは全然教育的ではない。
責任を取らなければいけない立場の人たちにとって、こうした新しい取り組みを「怖い」と思うのは当然です。でも、怖さを乗り越えるだけの対策をちゃんとして、進めていかなければいけない。本当に大変だと思いますが。
当校は、校長の理解があったことが大きいです。「公立学校で、5万円ぐらいする端末の購入を義務化したい」などと相談すれば、普通は「ふざけるな」と言われるはずです。当然ながら事前の調査は入念にしましたが、私物タブレットでできることや気を付けるべきことを整理して説明すると、校長は「よし、やろう」と言ってくれました。実際に授業をするのは現場の教員ですが、やはりトップの決断がないと導入は進みません。
小池 授業へのIT導入については、孤軍奮闘している教員が実に多い。周りの教員を巻き込むには、最初のとっかかりをうまく作ることが大事だと思います。
iPadを授業に利用している佐賀市立大和中学校の中村純一先生は、あえて他の教員に「iPadを使ってください」とは言わずに、他の教員がiPadに関心を示すのを待ってから、具体的な使い方やメリットを説明するそうです(中村氏の取り組みは「もし“普通の公立中学”がiPadで英語授業を始めたら」を参照)。関心を示した教員たちをうまく巻き込む仕組みを作っている。
ただ、こうしたことを実現するために、中村先生も自己負担でiPadを購入しています。BYODの話に戻りますが、少なくとも、教員が自前でタブレットを購入して授業で使うことは許容してほしいと思います。
IT活用に取り組む教員を“普通に”評価してほしい
金子 教育のIT化に関する会合などで他の学校の人と議論をしていると、今の学校にはいろいろとおかしいところがあることに気付きます。行き詰まっているのはIT活用だけではない。
小池 教育機関である同時に企業でもある塾に所属しているからこそ言えることかもしれませんが、新しいことがなかなかできない仕組みができているとすれば、その原因の一端は教員の評価制度にあるのではないか、と考えています。
国家として教育のIT化を推進している中、本来であればIT活用を進めている教員は評価されなければいけないはずです。それなのに、休日出勤して端末のキッティングをする教員が、逆に疎まれるような状況にある。企業であれば、社長が定めた中期経営計画の目標達成に向かって身を粉にして働いている社員がいたら、「おまえすごいな」といって引き立てるはずなのに、その逆の状況が起こっている。
それでも頑張っている教員がいるのであれば、やっぱりそういう教員を正当に評価してあげてほしい。そうすれば、少なくとも周囲からは認められるし、待遇もよくなるかもしれない。そうすれば教員も頑張れるし、組織全体も共通のベクトルで進んでいくことができると思うのです。
―― 教育現場のIT活用を効果的かつ継続的に進めるためには、教員が新しいことに気兼ねなく積極的に取り組める仕組みも合わせて考えていく必要がありそうですね。皆さん、今日はどうもありがとうございました。
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