近畿大学附属高等学校が進めるIT活用の今【後編】
生徒が喜ぶITは“大人の妄想”では作れない――近大附属高がシステム開発に挑む訳
学習機関向けポータルを共同開発するなど、主体的なIT活用を進める近畿大学附属高等学校。「iPad」や「BYOD」を選んだ理由を含め、同校のIT活用の経緯を聞いた。
米Appleのタブレット「iPad」を使い、従来の家庭学習と教室での授業の役割を一部反転させた「反転授業」に取り組むのが近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)だ。前編「生徒が先生、教員は見守り役――『iPad×反転授業』で見えた“ちょっと先の授業”」では、そんな同校のiPad活用の様子をリポートした。
同校が導入したIT製品はiPadだけではない。特筆すべき点は、理想を満たす学習ポータルサイトを実現すべく、学習機関向けポータル「CYBER CAMPUS」をエヌ・ティー・エス(横浜市港北区)と共同開発したことだ。教育的な目標や用途を定め、主体的にIT製品の導入を進める同校の姿勢は、一部で見られる企業主導型のIT導入事例とは一線を画す。
iPadの導入から1年あまりが過ぎ、課題も表面化してきたという近大附属高校。同校のIT導入を先導し、入試企画部部長も兼任する森田 哲教頭と、ICT教育推進室 室長の乾武 司教諭に、近大附属高校のIT活用の経緯と現状を聞いた。
iPad/CYBER CAMPUS導入の目的:「3つの資質」育成の基盤に
近大附属高校がiPadやCYBER CAMPUSといったIT製品/サービス導入の目的に据えるのは、以下に挙げる3つの資質の育成だ。
- 自学自習の習慣を身に付ける
- 自律的に考え、判断し、表現する
- 情報活用や情報モラルを身に付ける
高度情報化社会で活躍する人材を育てるためには、これら3つの資質を伸ばすことが重要だというのが、同校の考えである。iPadをはじめとするIT製品/サービスは「そのためのサポートツールだ」と森田教頭は強調する。
同校はiPad導入を機に、iPadを全ての教育活動のインフラとして活用することを決断。教材や書類、連絡事項など、生徒が必要とする情報をデジタル化してデータベース化し、クラウドサービスであるCYBER CAMPUSに集約することで、iPadから必要な情報にアクセスしやすくした。同校は現在、授業での配布物や映像教材、スケジュール、学校から保護者へのメッセージなど、学校生活や学習活動に欠かせない情報をCYBER CAMPUSに置き、活用している。
前編で紹介したように、近大附属高校では反転授業の予習段階での動画閲覧にiPadを活用している。その予習動画以外にも、生徒が学校行事で撮った動画や、iPadの機能を解説した動画などをCYBER CAMPUSへアップロードしているという。動画の活用は生徒に浸透しているようで、海外研修での体験を生徒にプレゼンテーションしてもらったところ、資料に動画を盛り込むグループが大半だったという。これには教員側が驚いたそうだ。
CYBER CAMPUSへの動画のアップロードができるのは基本的には教員のみであり、生徒が作成した動画は、チェックした上で教員がアップロードする。視聴はストリーミングのみで、端末へのダウンロードもできないようにしている。
iPad/CYBER CAMPUS導入の経緯:教員への先行導入で“内なる壁”を崩す
近大附属高校の取り組みで興味深いのは、生徒向けよりも前に、教員向けにiPadやCYBER CAMPUSを導入したことだ(表)。
| 時期 | 実施内容 |
|---|---|
| 2012年4月 | 学習ポータルサイトの検討開始 |
| 2012年12月 | 教員180人に対し、iPadを先行導入 |
| 2013年1月 | 教員内でCYBER CAMPUSの利用を開始 |
| 2013年4月 | 新入生に対しiPad導入 |
教員のiPad/CYBER CAMPUS活用を先行させた理由について森田教頭は、「特にiPadの導入に難色を示す教員がいたこと」を理由に挙げる。iPad導入前の検討会議では、「そもそもiPadを触ったこともなく、iPadが何かもよく分からないまま議論している教員が多かった」(同)という。そこで教員へiPadを配布して実際に使用してもらうと、一転して“導入容認派”に変わる教員も多く現れたようだ。
生徒へのiPad導入については、導入時にはいったん学校側で一括購入し、キッティングを済ませてから代金と引き替えに配布する形を取った。無線LANの接続情報といった設定を確実に適用するためだ。
iPadの選定理由:“感性”を生かすデバイスを生徒に使ってほしい
iPadを選んだ理由に関しては、「教育的利用という視点から、安全面、性能面、操作性などを総合的に考慮した結果だ」と森田教頭は話す。「導入前にいろいろなタブレットを試してみて、安定的な動きをしたのがiPadだった」(同)ことも高評価につながった。
導入時の端末価格の安さだけを重視してデバイスを導入しても、多感な高校生の感性を生かし切れないかもしれない。「高校時代は感性が育つ時期だからこそ、高品質で市場価値の高いデバイスを手にしてほしかった」と、乾教諭はiPad選定に至った理由を語る。
「購入から3年経過したときにも、それなりの価値を維持しているであろう」(乾教諭)という判断も、iPad選定を後押ししたという。中古市場の値段を見ると、iPadを含むApple製品は、他社製品と比べて高値を維持する傾向があることを踏まえた判断だ。
生徒の“遊び心”を犠牲にしないためにBYODを選択
タブレットの導入形態は大きく学校支給かBYODかに分かれるが、近大附属高校が選んだのは上述の通りBYODだった。「そもそもiPadのようなデバイスは、生徒のパーソナルな持ち物にしてあげないと自分で使い方を広げていかないだろう」(乾教諭)というのが、BYODを選定した根底にある考えだ。
学校支給の場合、いずれデバイスを学校に返却しなければならず、使用範囲も自ずと制限される。自分のものでなければ、さまざまな使い道を試そうという“遊び心”も生まれにくくなる。活用を広げていくための自由度を生徒に与えるという意味でも、BYODが望ましいと同校は考えたという。
iPadの故障や保守についても、原則として生徒が各自で対処することになる。結果として、学校側の負担が軽減するという副次的な効果もあった。
CYBER CAMPUSの共同開発:使いやすさへのこだわりを反映
上述の通り、近大附属高校はiPad導入と同時に、CYBER CAMPUSをエヌ・ティー・エスと共同開発した(画面)。「その学校で使う人をイメージして作られたものであれば、多くの教員や生徒にとって使いやすいシステムになるのではないかと考えた」と、森田教頭はCYBER CAMPUSの共同開発に至った理由を説明する。
大人の勝手な思い込みで「中高生ならこういうものを喜ぶだろう」と考えてデザインしたり、多機能で付加価値の多いポータルサイトは、生徒にとっては概して使いにくい――。同校はこうした考えを踏まえ、デザインや機能面で生徒や教員のニーズに合ったポータルサイトを目指し、CYBER CAMPUSの共同開発を進めた。「ポータルサイトは生徒が毎日使うもの。学校の顔になるべきシステムであり、洗練されたデザインにこだわった」(乾教諭)
コミュニケーションのインフラにCYBER CAMPUSを生かす
近大附属高校の生徒は、CYBER CAMPUSをどう活用しているのか。乾教諭によると、利用頻度が高いのは、生徒間でのやりとりが可能なメッセージ機能だという。例えば、「放課後に補習があるよ」といった内容をCYBER CAMPUSを通してやりとりする。メッセージは履歴が残り、教員も閲覧可能だ。生徒にも教員がメッセージを閲覧できることを伝えているという。
同校は、校内でのスマートデバイスや携帯電話の使用は基本的に禁止している。その代わりとして生徒は、CYBER CAMPUSのメッセージ機能を生徒同士のコミュニケーション手段として活用しているというわけだ。
生徒、教員、保護者の3者間の連絡やコミュニケーションにもCYBER CAMPUSを生かしている。例えば、参加希望者を募る講演会やイベントなどは従来、教員が生徒に直接聞いて出欠を確認するのが普通だった。CYBER CAMPUSの利用で、その場に生徒が居なくても出欠を確認できるようになり、「時間や場所に制約されずに情報伝達できるようになった」(乾教諭)という。
学校の書類を全てデジタル化したことで、保護者に情報が届きやすくなるという効果もあった。生徒がけがをしたときの保険の申請書類などの使用頻度の低い書類であっても、CYBER CAMPUSからいつでも入手できるようにしたことで、利便性の向上や効率化につなげている。
ITの利用方針:生徒の主体性を重視 “野放し”防止にMDM活用
iPadやCYBER CAMPUSの使い方について、「生徒に細かな指示を出しているわけではない」と乾教諭は話す。教員がそれぞれの授業の中で使い方を指示している場合はあるが、基本的に生徒は自由に使っているという(写真)。生徒は、必要なアプリを自由にiPadへインストールし、CYBER CAMPUSにある情報も全て自分で管理する。これは、日常生活でiPadを使うのと同じ感覚で使えるようにしたいと同校が考えているためだ。
学校側がルールを作って管理してしまうのは簡単だ。だが可能な限り、生徒の自発的な活動を通してリテラシーを高めてもらうのが理想的である。同校はその現実解として、生徒で構成される「ICT委員会」を作り、生徒の自発的なIT製品の管理・運営を促している。「教員は、生徒のリテラシーが向上するような使い方を促していくべき。生徒が自ら考えて行動に移せるように導いていきたい」と乾教諭は語る。
生徒の自由な使い方を阻害はしたくないが、全くの“野放し”にするのは避けたい。こうした考えの下、一定の管理を可能にすべく、「モバイルデバイス管理(MDM)」製品を導入している。具体的には米MobileIronのMDM製品を導入し、アプリケーションの一斉配布や管理などに活用しているという。
「iPadありき」で思考停止しない
ITの効果的な活用のためには、教員の意識をさらに変えていく必要があるというのが、乾教諭の考えだ。「いつまでも『iPadで何ができるか』という姿勢でいるのではなく、『iPad導入を機に、どんなことに挑戦するか』という問い掛けを増やすべきだ」。乾教諭はこう強調する。
デバイスや環境を整えただけでは十分ではない。そこからさらに前へ進み、新しい学校の形を作り上げていくためには、現場でITを使う教員や生徒のさらなる意識改革が不可欠だ――。森田教頭と乾教諭の話からは、近大附属高校のそんな意気込みが伝わってきた。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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