旭硝子の“AWSファースト”事例【後編】
“更改はチャンス”、AWS導入を決断した旭硝子の覚悟とは
2016年に基幹システムの一部を、2020年までにシステムの大半をクラウドへ移行することを発表した旭硝子が、「Amazon Web Services」への評価、クラウド移行で覚悟しなければならないことを語った。
レガシーの塊だった基幹システムをクラウドに移行する企業が国内でも少しずつ増えてきている。「われわれのような古い体質の大企業にはクラウドは向かないのでは」「速いサイクルでの機能追加もリサイジングの頻度も少ない基幹システムに、クラウドは必要なのか」「内製指向ではなく外注中心の情シスでクラウドを扱えるのか」――そんな懸念を抱えながらも、世界トップクラスのガラスメーカーである旭硝子は基幹システムの一部である「SAP ERP」の「Amazon Web Services」(AWS)移行を決定した。
旭硝子はなぜクラウド、それもAWSへの移行を決断したのか、クラウド移行における懸念点をどのように解決したのかを解説した前編「『クラウドには向かない』レガシーシステムをAWSへ――旭硝子の決断」に続き、後編では実際にAWSを使ってみてどうだったかをお伝えする。まだ本番システムが稼働前ではあるが、幾つかの手応えを感じているようだ。
AWSを使ってみて
本番稼働は2016年3月予定だが、実際にAWSを使ってみてどうだったのか。旭硝子 情報システムセンター グローバルIT企画グループ 主席 浅沼 勉氏は「失敗したと感じる点は1つもない。もう以前のシステムに戻ろうとは思わない」とコメントしている。現在、仮想サーバを48台動かしているが、サーバが突然落ちるようなことは一度もないという。一度だけ、ハードウェアメンテナンスに伴う再起動要請があったが、それ以外は「本当に運用が楽になったことを実感している。電源にもラックにももう触らなくていい。コストダウンも狙い通り」(浅沼氏)と絶賛している。
コストダウンや運用負荷の軽減だけではなく、あらため実感したのがクラウドの柔軟性だという。浅沼氏は「インフラの構成がこれほど自由に変えられる経験はいままでにしたことがなく、これによって設計のやり方が大きく変わると思っている」と高く評価している。例えば以前なら「ここにロードバランサーを入れたい」と思っても1000万円以上はするロードバランサーを簡単に導入することは難しかった。それがクラウドであれば、調達のリードタイムも必要なく、コストに関しては従量課金で利用できる。設計を変更したければその場で可能だ。オンプレミスでは絶対にできなかったことがクラウドではいとも簡単に実現できるのだ。
一方で、クラウドという全く新しい技術を使うには、それなりの難しさが必然的に伴う。旭硝子の場合、この困難を「AWSプロフェッショナルサービス」のノウハウを取り入れることで解決を図っている。このサービスは専門のスキルを持つAWSのプロフェッショナルが、ユーザーの不安を解消すべく適切なコンサルテーションを行うものだ。例えばAWSの場合、「AWS Identity and Access Management 」(AWS IAM)や「Amazon Virtual Private Cloud」(Amazon VPC)などAWSにしかない設計要素が少なくない。これらをうまく使いこなすために、他社事例を交えた設計のベストプラクティスを活用することが同サービス経由で可能になる。毎月のようにAWSからリリースされる新機能についても、タイミングよく説明会を実施してくれるという。「クラウドはノウハウが非常に重要な世界であり、AWSはこれを数多持っている。コミュニティーの活動もアクティブで、さまざまな企業と情報共有できることはとても有益」(浅沼氏)
ロックインをある程度覚悟しなければどこにも行けない
この事例が無事にローンチした後、徐々に保守切れのSAPシステムをAWSに移行していくという旭硝子だが、ここで1つ疑問が出てくる。クラウドで圧倒的なシェアを誇るAWSには、つねにベンダーロックインという批判がつきまとう。ベンダーロックインに長年苦しんできた日本企業は多いが、AWSへの移行に際してその心配はなかったのだろうか。
旭硝子 情報システムセンター 電子・基盤技術グループリーダー 大橋数也氏は「そもそもSAPを選んだ時点でそんなに簡単に移行できないことは織り込み済み。ロックインに対しては、メインの製品を決めた以上、ある程度はその方針に従わないといけないと割り切っている。決めた以上は覚悟をしないと、企業ITはどこにも行けない」と語る。AWSを選んだことも「あと10年はAWSを使い倒す」という同社なりの覚悟のあらわれといえる。
三堀氏も同様に企業ITならではの覚悟は重要だという。「大型汎用機、クライアントサーバ、PCと、企業を取り巻くシステムは数年に一度、大きな転換点を迎える。今はクラウドがそれに当たるのだろう。変化を避けられない以上、どのタイミングでそれに乗るか、そして乗ると決めたら覚悟が必要。数年はロックインされる覚悟はしている。業務アプリケーションのロックインは問題だが、プラットフォームのロックインが大きな問題になるようには思えない」(三堀氏)
今回の事例はまだ本番システムが稼働前ということもあるが、既存のバックエンドシステムの移行であるため、「生産効率が大幅に上がった」「大きな収益増につながった」「コストの削減分をイノベーション創出に回せた」という華やかな話は出てこない。だが、経営を支える基幹システムの変更は必ずビジネスに大きな影響を与える。更改のチャンスを逃さずにクラウドの波に乗る決断をしたことは、5年後、10年後の同社のビジネスを大きく変えることだろう。「10年後は今のクラウドは全く新しい形態になっているかもしれない。そうなっても時代にキャッチアップできるようにしていきたい」という三堀氏の言葉通り、10年後を見据えた体力を付けるためにも今回のシステム更改は非常に良いタイミングだったといえる。
旭硝子は2020年までに大半のシステムをクラウドに移行完了するロードマップを組んでいる。その時までにAWSクラウドによって何が実現できるのかは同社にも見えていない。しかし、その見えない未来をポジティブに捉えられることは今回の導入事例で分かった。クラウドが企業ITにもたらすものはコスト削減だけではなく、未来へのポテンシャルなのかもしれない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社MatrixFlow] 「物流リソース最適化」ガイド:人員・配車・傭車を出庫依頼の確定前に決めきる -
製品資料
[株式会社キーエンス] なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは -
製品資料
[株式会社セールスフォース・ジャパン] 「CRMは設計と無関係」は本当か? PLMとの融合で実現する高速開発 -
事例
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] AIエージェントの時代にどう備える? 「新たな働き手」を支える3要素とは -
製品資料
[日本ヒューレット・パッカード合同会社] “横並びの自動化”から脱却、AI活用で生産性と競争力を高める秘訣
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
法務と開発者で「言葉が通じない」問題 トヨタやソニーが語るOSS管理の真実
-
3
なぜ「Gemini 4 Argon」は出遅れたのか? Googleが狙う“逆転のシナリオ”
-
4
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
5
情シスの約8割が転職や退職を意識 調査で分かった“辞めたくなる最大の理由”
-
6
ChatGPTは“検索しまくり”でGeminiは“淡泊”? データが明かすAIの裏側
-
7
情報漏えいはなぜ繰り返されるのか 今すぐ見直すべき「境界」
-
8
「Wi-Fi 7」経由でWindowsが乗っ取られる? 最高権限奪取の恐怖
-
9
「結局使わなくなる」Microsoft 365 Copilotを半年で定着 キリンの3施策
-
10
「中堅・中小企業のネットワーク・セキュリティ運用実態」に関するアンケート
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
2
家庭用Wi-Fiルーターの業務利用は危険? 避けるべき理由と具体的な対策
-
3
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
-
4
財務部門がAIを最大限に活用する方法 無駄のない戦略的リーダーシップへの道
-
5
LLMが兵器化? 元FBI高官が鳴らす警鐘とセキュリティツール統合のポイント
-
6
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
7
なぜRPA導入は頓挫する? シナリオ作成の壁を乗り越える解決策とは
-
8
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
9
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
10
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー