広告以外の収益を模索するローカル局、決死の挑戦
テレビの力を信じる――RKB毎日放送の挑戦を支えるAWSの使い所
ローカル放送局のビジネスは今、危機にひんしている。広告以外の収益、そしてキー局にはできないローカル放送局ならではのコンテンツを模索し、AWSを活用した新たな取り組みに挑むRKB毎日放送を取材した。
「東京で1人暮らしをしている若い女性の家にはテレビが無いことが少なくない。これは放送業界にとっては大きな危機。これまでとは違う電波の使い方を模索していかなければならない」――2014年11月6日、アマゾン データ サービス ジャパンとインテルが主催するクラウドカンファレンス「AWS Cloud Roadshow 2014 powered by Intel 福岡」に登壇した福岡の放送局、RKB毎日放送 メディア事業局メディア事業部 担当部長 久保 敦氏は、放送業界がひんしている危機について語るところからセッションを切り出した。この“テレビを見ない”層の急激な拡大はもはや時代の流れであり、昔と同じ状態に戻ることは決してない。こうした時流の変化に放送局、とりわけ地上波放送を主力とするローカル放送局はどう向き合っていくべきなのか。
本稿では「クラウドが可能にする新しいローカル放送ビジネス」と題された久保氏のセッションと、その後の個別インタビューを基に、次世代のメディアビジネスを模索するローカル放送局の取り組みと、それを支援するクラウドコンピューティングの役割について紹介したい。
広告収入以外のビジネスモデル構築に悩むローカル放送局
RKB毎日放送のクラウド活用事例について触れる前に、そもそもローカル放送局のビジネスは本当に危機にひんしているのだろうか。首都圏からはなかなか見えてこないローカル放送局の現状について、久保氏は「まず社員数はどこの局も確実に減っています」と説明する。久保氏は1994年に同社に入社したが当時の社員数は400人を超えていた。だが20年後の現在では約200人にまで減っているという。他のローカル放送局もほぼ同じ傾向だ。
社員数だけではない。キー局と異なり、ローカル放送局のコンテンツ提供手段は基本的に地上波が中心だ。「BSやCSといった衛星放送、オンデマンド放送、YouTubeなどによる動画配信、ソーシャルネットワークを利用した情報共有などは20年前にはありませんでした。キー局はこうしたチャンネルを全てうまく利用してコンテンツ提供を多様化し、新たな収入源を獲得しています。ですがローカル放送局は20年前と同じく、いまだに地上波のみに頼っているところが多い。地上波の広告収入はどんどん減少しているのにもかかわらず、収入を得る手段を他に持たないのです」(久保氏)
このまま先細る一方の広告収入に頼り続けることを良しとしているローカル放送局は1つも無いだろう。どの局も一様に強い危機感を募らせており、新しいビジネスモデルを作り上げる必要性を感じている。特にスマートフォンやソーシャルネットワークに対応したデジタルコンテンツの強化は不可欠だ。「生まれたときからインターネットや携帯電話に囲まれて育ったデジタルネイティブがビジネスの主役になるまでに後10年。それまでに何とか新しいマーケットを開拓していたい」と久保氏。そして新たなチャレンジに挑もうとするローカル放送局を、テクノロジーの側面から支援する存在、それがクラウドコンピューティングだという。
新しいビジネスに挑戦するなら組織もテクノロジーもシンプルに徹せよ
久保氏は現在、RKB毎日放送のデジタルコンテンツ制作の責任者という立場にあるが、「デジタルコンテンツに関わる部下は1人もいません。1人くらいいたらもう少し仕事も楽になるかもしれませんが」と笑う。その理由を聞くと「メディアとして新しいビジネスを模索していくという立場上、できるだけ身軽な運営体制でトライ&エラーを繰り返していく必要があります」と言う。シンプルな組織構造であれば、管理がミニマムになり、その分、クリエイティブな作業に集中することが可能になる。
その姿勢はコンテンツ制作におけるテクノロジーの選択にも表れている。現在、RKB毎日放送のWebサービスは全てAWS上で動いている。使用しているサービスは「Amazon Elastic Compute Cloud」(Amazon EC2)や「Amazon Relational Database Service」(Amazon RDS<PostgreSQL>)、ロードバランサーの「Amazon Elastic Load Balancing」(Amazon ELB)など。可能な限りマネージドサービスを利用し、Amazon EC2上に複雑に作り込むことを極力避けている。AWS以外にコンテンツ配信に利用しているのも「WordPress」と「YouTube」のみ。組織構造と同様に利用するテクノロジーもシンプルに徹することで、管理の手間を極力減らす。これはAWSの利用を開始する前からの久保氏の開発方針だという。自分の手で管理できないテクノロジーを導入すれば、デジタルコンテンツにおける新しいビジネスチャンスを探すというミッションから逆に遠ざかることになるからだ。
もちろん設計に関しての工夫は行っている。ユーザーからのアクセスをさばくフロントエンドとCMSを含むバックエンドのリソース配分、土日の更新に備えてのタイマー設置など、パートナー企業と協力しながら最適な構成を取るようにしているという。柔軟な変更を行いやすいのもAWSの魅力の1つだ。
AWSの利用を開始したのは2011年だが、これまでアクセス過多でWebサイトが落ちたり、外部の望まざる侵入による被害に遭ったことは一度もないという。特にセキュリティに関しては大きな信頼を寄せていると久保氏は語る。「AWSを入れると言ったとき『セキュリティは大丈夫なのか』とたくさんの人から聞かれました。ですがAWSのセキュリティはオンプレミスでの考え方とは大きく異なり、AWSが責任を負う部分とユーザーが自分で責任を負う部分が明確に分かれています。むしろ自分たちでやるべきことがクリアになるので、セキュリティに対する曖昧な不安が解消されました。コンプライアンスを重視するなら、なおさら責任体制ははっきり分けておいた方がいい」(久保氏)
ピークが存在するビジネスはクラウドを使うべき
久保氏がAWSの存在を知ったのはデジタルコンテンツ作成を行うパートナー企業を通してだという。デジタルコンテンツに対する取り組みを長く続けてきた久保氏だが、「AWSに出合うまでは正直、本当に悲惨な思いをしてきました」と振り返る。
例えば2002年、当時は福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の監督を務めていた王 貞治氏が台湾に帰省する模様をストリーミング放送で流そうとしたことがある。だがあまりの負荷にサーバが耐えられず「見事に落ちました」(久保氏)という残念な結果に。このころから久保氏は“ピークを事前に想定したサーバ設計”に疑問を持つようになったという。「ピークに合わせた設計、例えば最大10万アクセスを見込んだサーバ設計では、一時的に切り抜けられたとしても、その後にはリソースが無駄になります。逆に15万、20万のアクセスが来た場合には耐えられなくなる。そしてまたサーバを増設し、それが無駄になり……の繰り返しになってしまいます」と久保氏。そうした試行錯誤の中で出合ったのがAWSだった。
「放送局のようなメディア事業者はもちろん、ピークが存在するビジネスはAWSのようなクラウドを使うべき」と久保氏はセッション中、聴衆に向かってこう訴え掛けた。その理由として5つの項目を挙げている。
- ピーク時と平常時のアクセスの差の対応が容易であること
- インフラ規模のスケールアップおよびスケールダウンが容易であること
- 強固なセキュリティとベタな営業担当の存在
- 初期費用が不要であることを含めてIT運営コストが大幅に削減できること
- インフラではなく新ビジネスに集中できること
そして1番重要なポイントが5の“新ビジネスへの集中”だ。テレビ番組は短い間に爆発的な数の視聴者が押し寄せる。アクセスの劇的な増加にも、ピーク後の急激な低下にも、AWSであればどんな場合においても時間単位で必要なだけのインスタンスを利用することができる。ピークの増減を全く気にする必要がないため、本来の仕事である新しいコンテンツの企画や制作に集中することが可能になる。
RKB毎日放送では、別府大分毎日マラソンの中継や大型ファッションイベント「福岡アジアコレクション」(FACo)の企画・制作を行っており、こうしたコンテンツを従来の地上波放送とは異なるやり方で見せるため、さまざまな取り組みを行っている。「別大マラソンでは上位ランナーだけでなく、全ランナーのデータを見られるようにしました。マラソンがスタートするピーク時には30万以上のアクセスが殺到しますが、AWSでは問題なくさばけています。FACoでは有名なモデルがステージを歩いているときに、バーチャルで洋服をチェンジして見せるなどしています。有名なモデルだとアクセス数が跳ね上がるのですが、それがさらに増えていく。そんな状態になってもAWSなら問題ありません」(久保氏)
過去に苦い経験をしたストリーミング放送に関しても、AWSが大活躍している。RKB毎日放送は福岡ソフトバンクホークスの試合を本放送以外の時間においてWebサイトで中継しているが、こちらもダウンしたことは一度もない。アクセスに応じた必要なだけのリソースがあてがわれ、放送終了後はきれいにゼロになる。
このAWSクラウドの“ピークにとらわれない”という特性は、例えば地方自治体のWebサイト運営などでも有効ではないかと久保氏は指摘する。大きな災害や事故が発生すると、住民は詳細情報を得るために自治体のWebサイトを訪れることが多い。だが平常時のアクセスが少ない自治体のWebサイトは急激なアクセス増に耐え切れず、サーバダウンという事態に陥ってしまう。新規のIT予算を獲得することが難しい地方自治体だからこそ、必要なときに必要な量のリソース提供を実現するクラウドが向いているという主張は確かに強い説得力を持つ。
テレビの力とローカル放送局の存在意義を懸けて新たなビジネスを模索する
AWSというビジネスオリエンティドなテクノロジーを手に入れたことで、ローカル放送局の未来は本当に明るくなったのだろうか。久保氏はローカル放送局の変革への本気度が試されるのはこれからだという。
「インターネットが登場してからしばらくは“ネットはテレビ放送に敵対する存在”として位置付けられることが少なくありませんでした。現在でもYouTubeやGYAO!などで動画配信を行うことを嫌う向きは存在します。しかしもう時代は変わっており、過去に戻ることはありません。テレビという据え置き型の大きなデバイスで地上波だけを流し、東京の企業が運んでくる広告収入に依存してローカル放送局が生きていける時代は終わったのです」(久保氏)
ではローカル放送局が生き残っていくためには何をすればよいのか。久保氏は「東京のキー局にはできない、ローカル放送局ならではの強みを生かしていく、という意識を今まで以上に強くもたなければならない。地方の衰退などといわれることもありますが、その土地に人の流れを作るのはメディアの重要な役割です。それはRKB毎日放送だけでなく、全ローカル放送局共通の課題であり、使命です」と語る。
そのための取り組みの例として久保氏が挙げたのが、地域密着型データ放送情報掲示板の「よんday」と、他の放送局と共同で試験的に取り組んでいる複数チャネル対応の番組連動型情報提供アプリ「SyncCast」だ。
よんdayは、日々の“お得”をキーワードにしたエリア情報を視聴者に提供するサービスで、テレビ(RKBデータ放送)はもちろんのこと、PCや携帯電話、スマートフォンからも利用できる。サービス開始から5年がたったが、広告収入が安定化し、黒字を保っているという。
一方、SyncCastはテレビ番組やCMで紹介された商品や店舗の情報をチェックしたり、関連するキャンペーンに応募することができるスマートフォンアプリ(iOS/Android対応)だ。2014年2月から試験放送を行っているが、SyncCastを提供する「マルチスクリーン型放送研究会」ではSyncCastを広告モデルとしての新しい共通基盤にしたいと考えている。そしていずれもサービスの基盤となっているテクノロジーはAWSのクラウドだ。オンプレミスでは決して成し得ない取り組みだろう。
「テレビを見なくなっている人は確実に増えていると思います。一方で自分自身、まだテレビの力を信じている部分はあります」と久保氏は言う。
「ネットやスマホがテレビの時間を奪っている」と主張する人は少なからず存在する。だがテレビの影響力はネットとはいまだに比較にならないほど大きい。そして現在では、テレビで感情を揺り動かされた視聴者は、新聞のテレビ欄に投稿するのではなく、ネットを使ってその感情をより多くの人に伝えようとする。テレビとネットは敵対する存在ではなく、補完し合う存在だと認識すればローカル放送局のビジネスチャンスは確実に増えていくはずだ。
今は存在しないマーケットを想定しながら新しいビジネスを試行錯誤していく作業は大きなリスクで不安も多いが、リスクを取らなければもはや成長はない。そして日本の産業構造が大きく変わろうとしている現在、「われわれローカル放送局の問題だけではなく、どんな企業もスタートアップの気持ちを持ってビジネスに当たるべき」だと久保氏は強調する。「スタートアップ精神でビジネスに取り組むわれわれを支援してくれる存在がAWSのクラウドだと思います。それはコスト削減効果よりもずっと意義のあることです」(久保氏)
ローカル放送局としての在り方を試行錯誤している中でAWSに出合い、多くの課題が解決した。だが本当にテレビの力が試されるのはこれからだ。ローカル放送局として今後も続くであろう数々の試行錯誤に寄り添うテクノロジーパートナー、クラウドの本来の役割はそこにある。
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