大規模DCの課題を解決するネットワーク最新技術【第2回】
【技術解説】ネットワークの設計や拡張を容易にする「ファブリック」
STPに代わるレイヤー2のネットワーク構成手法として注目が集まる「ファブリック」。本稿は、技術的な視点からファブリックの特徴やメリットを整理する。
サーバ仮想化やHadoop分散ファイルシステムなど、ネットワーク経由で頻繁なサーバ間通信をするシステムが急増している。そこで重要になるのが、ネットワークの広帯域化や低遅延化、均一性の確保である。従来のスパニングツリープロトコル(STP)を利用するデータセンターネットワークでは、STPの機能制限によりこうした要件を満たすのは非常に難しかった。
そこで、ネットワークにおける従来の課題を解決する新しいLANアーキテクチャとして注目を集めているのが、STPに代わるレイヤー2のネットワーク構成手法である「ファブリック」である。データセンター向けにネットワーク製品を提供している大手ベンダーの多くが、ファブリックというキーワードを軸にデータセンターネットワークの変革の必要性を訴えている。本稿は、ファブリックの構成技術や関連要素、導入に当たっての課題を整理した。
連載:大規模DCの課題を解決するネットワーク最新技術
ファブリックには厳密な定義はなく、特定の業界標準規格を指しているわけでもない。各ベンダーが独自に推進する自社製品の特徴を指して“ファブリック”と表現しているのが実態だ。呼称も「データセンターファブリック」「イーサネットファブリック」、単に「ファブリック」などさまざま。さらに、ベンダーによってファブリックは機能名であったり、製品名であったり、考え方であったりする。
ファブリックというトレンドの実体を正しく理解するためには、そこに含まれる技術要素を個別に見ていく必要がある。
ファブリックを構成する主要技術「レイヤー2マルチパス」
リソースの効率的な利用に加え、ネットワークの広帯域化や低遅延化、拡張性向上を実現するファブリック。その要素技術の中で最も重要なのが「レイヤー2マルチパス」だ。
レイヤー2マルチパスは、イーサネットレイヤーの通信転送において、データを特定の送信元から宛先へ送信する際、最短経路を自動的に選択したり、複数の最短経路を同時に利用可能にする技術である。日々のネットワーク運用においてSTPに起因するトラブルに悩むネットワーク管理者にとっては、STPをネットワークから排除できるというメリットだけでもファブリックの導入を検討する価値がある。
レイヤー2マルチパスには、以下の特徴やメリットがある。
- 最短パスフォワーディング:2点間のトラフィックが常に最短のパスを経由する。STPのように、ブロッキングポートによる迂回が発生しない(図1)
- マルチパスフォワーディング:送信元から宛先までの間に存在する複数の最適な経路を効率的に利用できる。STPのように、経路が強制的に1つに限定されることがない(図2)
- STPからの脱却/ループフリー化:ブリッジングループが発生しない、柔軟なトポロジーと安定したネットワークの実現(図3)
レイヤー2マルチパスを実現する「TRILL」と「SPB」
レイヤー2マルチパスの実現方法は業界標準規格からベンダー独自技術までさまざまだ。中でも、上記の考え方が盛り込まれている業界標準規格であり、ファブリックの基盤技術として複数のベンダーが取り入れているのが「IETF TRILL」と「IEEE 802.1aq SPB」である。TRILLやSPBは、「IS-IS(Intermediate System to Intermediate System)」というルーティングプロトコルを用いて、イーサネットフレームをレイヤー3のIPルーティングのように転送する。
TRILLとSPBの違いは、データ伝送を担うフレームに現れる。TRILLでは、「TRILLヘッダ」という新たに策定されたフォーマットのヘッダをイーサネットフレームに付加してカプセル化する。一方のSPBは、既存のフレームフォーマット(IEEE 802.1ah PBBと呼ばれる、広域イーサネットサービス向けの規格)を流用する。さらに、利用できる経路が複数存在するときに、それらの経路に対して負荷分散する「等コストマルチパス(ECMP)」をどのように実現するかにも違いがある。
現時点でTRILLやSPBに基づいたファブリック関連製品をリリース済みのベンダーは、業界標準として策定された、こうした規格にない機能を独自に追加し、自社技術として実装している。
ファブリックの関連要素
ファブリックに必須な技術要素であるレイヤー2マルチパスの他にも、ファブリックの付加価値とすべく数社が提唱する要素が幾つかある。
関連要素1:イーサネットとSANの統合
1つ目はイーサネットとSAN(Storage Area Network)の統合だ。各社のファブリック関連製品は、従来は専用のネットワークで運用されてきたFC-SAN(ファイバーチャネルを利用したSAN)やIP-SAN(IPを利用したSAN)をLANに統合する仕組みを備えることが多い。具体的には、ファブリック関連製品はFCoE(Fibre Channel over Ethernet)やDCB(Data Center Bridging)といったストレージ関連の標準規格をサポートする。
関連要素2:スイッチ管理の簡素化
もう1つはスイッチ管理の簡素化だ。これは各社が独自に機能を実装しており形態はさまざまだが、ファブリックを形成するスイッチを1台ずつ管理するのではなく、複数のスイッチをあたかも1台の仮想的なシャーシであるかのように管理する。複数台のスイッチを接続して仮想的に1台のスイッチとして動作させる「スタッキング」と似ているが、ファブリックの場合、複数のサーバラックなど広範囲に配置した多数のスイッチを一元管理できる点が異なる。
データセンターのLANにおいて各サーバラックにスイッチを配置する場合、管理しなければならないスイッチの台数は多くなりがちだ。スイッチ管理の簡素化は、煩雑化の一途をたどるネットワーク運用を改善する特徴として運用者から歓迎されている。
ファブリック製品の現状と実装例
TRILLをベースとし、かつベンダー独自機能を実装したファブリック関連技術は、2010年の米Cisco Systems「Cisco FabricPath」、2011年の米Brocade Communications Systems「イーサネットファブリック」など、各社から相次いでリリースされている。新しい技術にもかかわらず、2011年後半ごろからエンタープライズ企業やクラウド事業者などで導入が始まっており、その期待の高さが分かる。
ファブリック導入のモチベーションになるのは、サーバ仮想化やクラウドのネットワーク要件をシンプルに実現したいという意識だ。ファブリックの効果を理解するために、STPを利用したネットワークデザイン(図4)と、ファブリックを利用したネットワークデザイン(図5)とを比較してみよう。
ファブリックは、STPと比べてネットワークの耐障害性と拡張性を高め、広帯域化が容易である。例えば帯域を増やしたい場合は、図5の「スパイン(幹)」に該当するスイッチを増設し、「リーフ(葉)」に該当するスイッチと接続するだけで、ECMPで利用可能なパスを1つ増やすことができる。
ファブリックを導入する際にはフルメッシュ構成(全ての端末を直結させる網目状の構成)にするべきかどうかという質問をよく受けるが、その答えは多くの場合「No」である。フルメッシュ構成にすると、リーフスイッチ間が全て直接接続されることになるので、ECMPを利用した効率的な帯域の拡張ができなくなってしまう。もちろん、要件によってはフルメッシュ構成を採用する場面もあるとは思うが、多くの場合は遊休リソースを増やすだけで、コストに見合わないと考える。
ファブリック導入時の課題
ファブリックの導入に当たっては注意点もある。多くの企業がファブリック導入において直面するであろう課題を2点紹介する。
課題1:既存ネットワークとの相互接続性に注意が必要
ファブリック導入の際にはネットワーク全体を一斉にファブリック化できることが理想ではあるが、現実的には段階的な移行やそれに伴うファブリックと既存環境の共存が必要になる場合が多い。ただし、ファブリックの場合、既存環境との相互接続性にはベンダーごとに異なる注意事項が存在する。
STPが動作する既存のレイヤー2ネットワーク(レイヤー2スイッチ)とファブリックのネットワークを相互接続する際には、各ベンダーが提示しているガイドラインをよく確認する必要がある。例えば、標準規格であるTRILLをベースにファブリック機能を提供する米Cisco Systemsと米Brocade Communications Systemsは、ファブリックスイッチとSTPスイッチを相互接続する際、ファブリックスイッチがSTPのBPDU(スイッチのループ構成を検出して解消するための制御フレーム)をどう取り扱うかの仕様が異なる。
このため、既存環境の設計とベンダーのガイドラインを照らし合わせ、実際に接続した際に問題を発生させないためのプランニングが欠かせない。もちろん、自社の独自技術を用いたファブリック機能を提供しているベンダーの製品を導入する場合も同様の調査・検討が必要になる。
課題2:レイヤー3ルーティングの扱い方がベンダーによって異なる
ファブリックは基本的にレイヤー2マルチパスを備えることは上述の通りだが、レイヤー3のルーティングの扱い方は各ベンダーで異なるのが現状である。あるベンダーのファブリックは、純粋なレイヤー2ネットワークであり、レイヤー3ルーティングはファブリックの外部に接続したレイヤー3スイッチやルータに任せる仕組みになっている。対して、ファブリック内でレイヤー3ルーティングを可能にしているベンダーもある。
このため、サーバのデフォルトゲートウェイやVLAN間ルーティングの設計、ファイアウォール/ロードバランサなどのアプライアンスの配置の仕方などについても、ベンダーごとに異なる検討が必要となる。
現状の課題を踏まえた導入検討を
上記2つの他にも、ファブリックにはさまざまな課題がある。例えば、TRILLやSPBをベースにした製品でも、ベンダーが独自機能を追加して提供している場合は、技術拡張のため仕様に準拠していないことが多く、ベンダー間での相互接続は難しいのが現状だ。標準化完了後に規格に準拠した機能を提供すると表明しているベンダーもあるので、こうした動きが活発になれば改善も期待できる。
また、利用可能なスイッチ数やホスト数(MACアドレス数)に関しても、ベンダーや製品ごとに大きく異なる。ただし、こうした課題は、今後のベンダーによる検証を通じてサイジング指針の見直しやソフトウェア開発が進むことにより、改善が期待できる。
ファブリックは新しい技術ではあるが、レイヤー3の成熟したフォワーディングアーキテクチャを利便性の高いレイヤー2ネットワークと融合させることにより、安定性の向上に多くの期待が寄せられている。実際、高いSLAが求められるクラウド事業者のサービス提供インフラでも活用されている。技術はシンプルだが、ネットワークに多くの恩恵をもたらすのは間違いない。
コラム:なぜファブリックが必要なのか?
大規模データセンターにおいて利用が進むサーバ仮想化。サーバ仮想化のメリットは、サーバのリソースプールを柔軟かつ有効に利用したり、仮想マシンがどの物理サーバへ移動しても継続利用できることだ。ただし、こうしたメリットを実現するには、ネットワークにおいても考慮しなければならない要件がある。
1つ目は、サーバ仮想化の導入に伴い、データセンター内のトラフィックに変化が生じることだ。クライアント端末とサーバ間の通信である「North-Southトラフィック」よりも、ハイパーバイザーとストレージ間、仮想マシン間の通信である「East-Westトラフィック」の方が圧倒的に多くなる。また、East-Westトラフィックの中には瞬間的に大量のデータをコピーする必要もあるため、広帯域かつ低遅延なパス(ネットワーク経路)が求められる。
2つ目は仮想マシンのモビリティだ。ライブマイグレーションなどによる仮想マシンの移動先が、どのスイッチに接続されている物理サーバであっても、上記の広帯域や低遅延などの要件を維持して通信できるかどうかが重要になる。仮想マシンの移動先によって帯域が細くなったり、ホップ数(送信元から宛先までにデータが経由するネットワーク機器の数)が多くなることによる遅延の変化は、サービス品質に影響が出るので避けたい。特に、物理サーバのリソース状況に応じて仮想マシンを自動的に移動させる場合、ネットワークの均一性の担保は、設計上の必須事項として考えるべきである。
上述したサーバ仮想化だけでなく、Hadoop分散ファイルシステムなど、ネットワークをバスとして頻繁なサーバ間通信をするアプリケーションにおいても「広帯域」「低遅延」「均一性」の確保は重要である。従来のスパニングツリープロトコル(STP)を利用するデータセンターネットワークでは、STPの機能制限によりこの3要件を満たすのは非常に難しかった。そこで、ファブリックなどのSTPに代わるレイヤー2構成手法が求められるようになってきたわけだ。
著者紹介
大高智也(おおたか ともや) ネットワンシステムズ株式会社
1997年から約10年間、国内大手金融業や製造業などのデータセンターネットワークや企業ネットワーク全体(LAN/WAN)の構築において、最先端技術の安定導入を実現しながらプロジェクトを遂行してきた。現在はネットワンシステムズでマルチベンダーのデータセンターネットワーク製品の技術サポートを行っている。2005年、Cisco CCIE Routing and Switching取得。
中前 航(なかまえ わたる) ネットワンシステムズ株式会社
2005年から、企業ネットワークにおける先進技術導入の提案や構築に関わる。テクニカルプレセールスとして、多くの企業の現状や課題を見てきた。現在はネットワンシステムズでDCネットワーク製品/技術の比較検討と提案を担当。2009年、Cisco CCIE Routing and Switching取得。
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