福岡市立賀茂小学校がiPadで「アダプティブラーニング」実践
「タブレットで学力向上」は本当か? 福岡の公立小学校がiPad100台で実証
ITを学力向上に生かすべく、2014年10月から実証研究を進める福岡市立賀茂小学校。「アダプティブラーニング」の実践や教育用SNSの活用など、同校が進める授業の模様をリポートする。
教育現場におけるタブレット授業などのIT活用は、本当に学習者の「学力」向上につながるのか――。この課題には、多くの教育機関が関心を寄せるところだ。社会の変化が激しくなっている現状を受け、向上すべき学力は、知識や技能といった基礎学力に限らず、学習意欲や課題発見力など幅広くなりつつある。自治体でもこうした学力向上を目指してタブレットを中心としたIT導入を進めるケースが多く、全国で実際の取り組みが始まっている。
福岡市も、学力向上を目指してタブレット活用をスタートさせた自治体の1つだ。モデル校として、以前からIT環境を整備していた福岡市立賀茂小学校(福岡市早良区)を選定。KDDIの協力の下、2014年10月より実証研究を実施している。
授業での活用はもちろん、教育用SNSを用いた情報リテラシー教育、生徒の理解度に合わせて問題を提示するといった学習方法である「アダプティブラーニング」など、さまざまな場面でタブレットを生かそうと試行している賀茂小学校。2015年2月、同校は半年の取り組みの成果発表として公開授業を開催した。そのときの様子を交えながら、同校が取り組んだIT活用について紹介しよう。
iPad100台を中心にIT活用を実践
福岡市の西部である早良区にある賀茂小学校は、全校児童数535人の公立小学校だ。同校は、福岡市教育委員会が2009年度から進める教育改革の実行計画「新しいふくおかの教育計画」のモデル校に選ばれ、電子黒板や書画カメラ(実物投影機)、デジタル教科書などのIT製品を授業内で活用している。2013年度からは校務支援のモデル校としても選ばれるなど、IT活用を積極的に推進している。
2014年度から福岡市は、学力向上を目的としたタブレット活用を推進する方針を掲げ、そのパートナー企業としてKDDIを選んだ。同社が2011年から2年かけて実施した、横浜市立白幡小学校における「算数ドリル」や「英語かるた」などの実証研究を評価しての選定だ。福岡市とKDDIは、この実証研究をベースに福岡市におけるIT活用の実証研究を進めた。
実証研究に当たり、賀茂小学校はKDDIのからの貸与で米Appleのタブレット「iPad」を導入した(写真1)。無線LAN通信のみ可能な「Wi-Fiモデル」50台、無線LANと3G/LTE回線による通信が可能な「Wi-Fi+Cellularモデル」(以下、セルラーモデル)50台の計100台を導入。5年生を対象に1人1台のタブレット環境を整備した。
校内のネットワーク環境には、Appleの無線LANアクセスポイント「AirMac Extreme」を活用。加えてKDDIのモバイルWi-Fiルータ「Wi-Fi WALKER LTE」を5年生の各教室に3台ずつ配備。無線LANと3G/LTE回線による通信環境を整備した。クラス内に配備したiPad以外は無線LANに接続できないよう、アクセス制御を施している。さらに、セットトップボックス「Apple TV」を導入している。
苦手単元を自動的に把握、理解度測定エンジン搭載「算数ドリル」
賀茂小学校が挑むIT活用の主要な舞台は、午前中に実施している「朝学習」という10分程度の活動時間だ。5年生の朝学習では、週4回を「計算タイム」、週1回をクラスで自由に活動できる「学級タイム」に指定。短い時間を利用した効率的な学習を実現する手段としてiPadを生かしている。特に学力向上を目指して取り組むのが計算タイムであり、今回の公開授業でも、同校の5年1組でその様子を披露した。
計算タイムでは、KDDI研究所が開発した学習システムである「算数ドリル」を活用。基礎知識の定着や計算力、思考力の向上に生かしている(写真2)。この算数ドリルは「学習モード」と「テストモード」で構成される。テストモードでは児童のレベルに応じた問題を表示するといったアダプティブラーニングの要素を盛り込む。KDDI研究所が開発した独自技術「理解度推定エンジン」が単元間の関連性を解析し、学習者が解答できなかった問題と解答できた問題の種類から苦手な単元を抽出、可視化できるようにしている。
例えば、児童が「分数の掛け算と割り算」の単元に関連する問題を解いたとしよう。算数ドリルは児童の解答を分析し、もし正確に解答できていたら、その単元に関連する「分数」や「掛け算/割り算」といった単元も理解できていると判断する。一方、問題に間違えた場合は分数でつまずいたのか、掛け算/割り算でつまずいたのかなど、理解が不十分な単元を可視化。4年生の単元までさかのぼって復習できるようにしている。加えて、これから学ぶ単元についても、どの単元であれば理解できるのか、逆につまずきやすいかを可視化する。こうした仕組みにより、個別の児童の理解度に応じた学習を可能にしている(写真3)。
算数ドリルを活用した5年生担当の教員は、学力向上に「効果があるだろう」と口をそろえる。実際、「計算力の高い児童の学力が向上し、『すき間時間などにもっとやりたい』という声が聞かれる」(鶴田教諭)など、比較的学力が高い児童の意欲向上に役立っているようだ。
一方、解消すべき課題も見えてきたという。具体的には「個別の児童に合った問題が出るだけでは不十分で、教員がフォローする必要がある」(須古井教諭)ことだ。上述の通り、学力が高い児童は学習ドリルを使ってスムーズに学習を進めることができるものの、意欲のない児童、学力低位の児童に対しては、適宜解説を加えるといった「個別対応が必要」(森教諭)だという。加えて、児童全員が同じ問題を解いているわけではないので、児童が解いている問題を把握し、管理する負荷をどう抑えるかが課題になるという声も教員から聞かれた。
教育用SNS「Edmodo」を活用した朝読書の活動
賀茂小学校は今回の公開授業で、朝学習のもう1つの時間である学級タイムの様子も公開。同じく5年1組の児童が教育用SNS「Edmodo」を用いて、情報リテラシーの向上を目的にした読書活動を実践していた(写真4)。クラス単位で作成したEdmodoの読書グループで、児童がそれぞれのお薦め本を写真と文章で紹介し合った。短い時間で児童らが多くの友達と交流できる場を生み出していた。
賀茂小学校の鶴田愛子教諭はEdmodoの活用について、「当初はコメント欄で友達をからかったり、ふざけたりするものも多かった」と明かす。ただし、こうした状況が発生するたびに教員がすぐに指導することで、児童のITリテラシーや意識の向上につながっているという。「いきなり『Twitter』『Facebook』といった一般向けSNSやブログなどを始めてしまうのではなく、“閉じた”SNSであるEdmodoで失敗して学んでほしい」(同教諭)
米教育機関で利用が広がる「Edmodo」
2008年に米国で生まれたEdmodoは、教員、学習者、保護者の三者間で活用できるクローズドなSNSサービスだ。情報共有に加え、教材や宿題の配布、アンケート、クイズ、バッジの付与などの機能がある。特に米国の公立学校での利用が多く、コミュニケーションと情報伝達・共有を兼ねた学習ポータルとして活用されている。
教育機関の活用を見据えたEdmodoの特徴として挙げられるのは、学習者用アカウント作成の際にメールアドレスの登録を不要にしていることと、学習者同士が直接的につながる仕組みを持たず、1対1のやりとりを実質的に不可能にしていることだ。
Edmodoでは、ユーザーの登録や管理ができるのは基本的に教員のみだ。教員にグループへ招待してもらわなければ、学習者は何もできない。コメントやメッセージはグループ内の全員に見えるようにして、1体1ではなく、1対多のコミュニケーションを促進するような設計にしている。
米国を中心に世界190カ国、約4600万人のユーザーを擁するEdmodo。国内での活用はまだ少ないものの、普及を後押しする動きがある。KDDIは2014年7月、ベンチャーキャピタルのグローバル・ブレインと共同運営するベンチャー支援ファンド「KDDI Open Innovation Fund」を通じてEdmodoへ出資。iPadアプリの日本語化をするなど国内への浸透を図る。
児童が全員参加、iPadの1人1台環境を生かした英語のかるた遊び
賀茂小学校がITを活用するのは朝学習だけではない。5年3組は外国語活動(英語)の授業で、iPadの1人1台環境を生かした「英語のかるた遊び」を実践した。授業で利用したアプリは、既存のiOSアプリである英語のかるたアプリ「英語カルタ」を基に、KDDI研究所がEdmodoで動作するWebブラウザ型アプリに開発し直したものだ。通常の英語カルタが持つ機能に加えて、端末間の同期機能を追加。児童全員で英語のかるた取りに参加したり、出題者と回答者に分かれてクイズを出しあったりすることを可能にした。
授業ではまず、児童は外国語指導助手(ALT)の教員から、当日に学習する英単語の発音を聞き、声に出して反復練習をした。続いて英語カルタを使い、児童はヘッドフォンを着用して発音練習に取り組んだ(写真5)。
発音練習を終えると、今度はクラス全員で単語クイズに挑戦。iPadの画面に並ぶカードのイラストについて説明する音声を再生し、児童はその音声がどのカードについて説明しているかを理解して、該当するカードをタップした(写真6)。
英語カルタで“ウォーミングアップ”をした後、児童は「シルエットクイズを作り、クイズ大会をしよう」をテーマに活動した。児童は、画面への手書き機能を備えたiOSアプリ「TabletSync」を使い、iPadの画面に黒一色でシルエット画像を描いた。その後、児童は教室内を自由に歩き、他の児童にiPadの画面を見せながら「What’s this?」と話してクイズを出した。適宜英語でヒントを出すなど、英語で自分の伝えたい内容を表現していた。
この授業を担当した森 大輔教諭は、iPad1人1台環境を生かした外国語授業のメリットを認める。「従来の英語学習と比べて、英語が流ちょうに話せない教員であっても、児童にきちんとした英語を聞かせることができる」(森教諭)
「考えるのが苦手」を減らせ ITの活用で算数の興味・関心を高める
5年2組は、電子黒板とiPadを活用した算数の授業を公開した。学習テーマは「三角柱の展開図の書き方を考えよう」。教員が授業冒頭、デジタル教科書にある問題の図形を電子黒板に投影し、児童は図形の展開図をイメージした。児童はその後、iPad内にダウンロードした方眼シートに展開図を描き込み、電子黒板で一斉表示した。方眼紙のダウンロードや電子黒板への画面転送には、TabletSyncが備える電子黒板とiOS端末とのデータ連係機能を利用していた(写真8)。
この授業を担当した須古井 直哉教諭によると、クラスの26%の児童が算数を「あまり好きではない」または「嫌い」だと答えている。その理由は「自分の考えに自信がない」「発表が苦手」「考えるのが苦手」といったものだという。だがiPadを使った協働学習への児童の意欲は高いことから、「ITの活用を算数への興味・関心を引き起こすきっかけにしてほしい」と須古井教諭は語る。
多様な授業でITを活用する賀茂小学校。実際の学力向上に関する検証については、KDDI研究所が現在、関連するデータ分析を進めている。福岡市と賀茂小学校はその分析結果を基に、学力向上とIT活用との関連性について理解を深め、今後のIT活用に生かす考えだ。
学力向上にITが有効かどうか。その解は容易に得られるものではない。学びへの興味・関心やモチベーション、授業への参加感の向上など、数値では測れない効果があることも事実だ。ITの活用効果を最大限に引き出すべく、賀茂小学校の取り組みは続く。
執筆者紹介
神谷加代(かみや かよ)
フリーランスライター/ブロガー。結婚を機にサンフランシスコに移住し、日本語の絵本を扱ったECサイトを運営。その後、10年の在米生活を経て帰国し、主婦ブロガーとして「家庭×教育IT」に関する話題をメインにした「主婦もゆく iPad一人歩記」を執筆。家庭や教育におけるITの在り方を主婦目線で描き、教育関係者をはじめとする多くの読者から支持を得ている。現在は教育ITの分野を中心にライター業、子ども向けプログラミング教室の講師として活動中。著書に『iPad教育活用 7つの秘訣』。
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