業種別に切る! 中堅・中小企業のITソリューション【第3回】
小売業の取り組みに学ぶスマートフォン/タブレット端末の活用法
小売業でスマートフォンやタブレット端末の利用が活発になっている。IT投資が抑制されがちな状況において、認知度向上や顧客分析でモバイル端末を活用する小売業の最新事情を紹介しよう。
本連載では、中堅・中小企業のIT活用を「業種」という視点からふかんしている。第3回となる今回は小売業について取り上げる。小売業において昨今注目される動きは、スマートフォンやタブレット端末の活用だ。小売業におけるモバイル端末の活用事例には、他の業種にも応用が可能なヒントが隠されている。それらも含めて、モバイル端末活用の最前線を見ていくことにしよう。
「IT活用の手詰まり感」を打開する新たなソリューション
まずは小売業における業績とIT投資の経過を押さえておこう。以下のグラフは年商500億円未満の小売業に対して「IT投資DI」および「経常利益DI」(※)を尋ねた結果の遷移を示したものである。
※IT投資DIは、今四半期以降のIT投資予算額が前四半期と比べてどれだけ増減するかを尋ね、「増える」と「減る」の差によって算出した「IT投資意欲指数」。経常利益DIは、四半期ごとに前回調査時点と今回調査時点を比較した場合の経常利益変化を尋ね、「増えた」と「減った」の差によって算出した「経常利益増減指数」。
2010年5月に向けて市況感は回復を続けていたものの、2010年11月にはエコカー補助金終了や円高などによる輸出伸び悩み(特に新興国向け)といった影響が波及し、再び下降に転じる動きとなっている。全国にチェーンを展開する大手小売業の中にはプライベートブランド(PB)を強化するなどの施策で業績を堅持している企業もあるが、中堅・中小は内需の影響を特に受けやすい。実際、2010年11月時点で経常利益が減少した理由として「国内の需要はまだ回復していない」という指摘も目立つ。
こうした状況下では、当然ながらIT投資も抑制傾向とならざるを得ない。2010年11月には経常利益の減少と同期する形でIT投資DIが27ポイントも下落している。だが、IT投資が減少する理由は、単に業績不振による予算縮減だけではないという点に注意が必要だ。
IT投資額を減らす理由を尋ねた結果では「IT投資の必要性は感じているが、それだけの資金余力がない」を挙げる企業が40%と首位ではあったものの、「現状を維持する以外、特にITに対して投資をする必要はない」という回答も35%に上っている。また、「IT投資の必要性は感じているが、何をすべきか判断できない」とする意見も少なくない。つまり、中堅・中小の小売業では“IT活用の手詰まり感”が大きな課題であるといえる。
モバイル端末の活用事例に見る新たな試み
そこで注目したいのが、スマートフォンやタブレット端末の活用だ。こうしたモバイル端末の活用というと、「外出先からのスケジュール確認や業務フローの申請/承認」といった企業内での情報共有を思い浮かべる方も少なくないかもしれない。だが、端末購入や業務システム側の対応といったコストを考えると、中堅・中小企業にとってはまだハードルの高いソリューションであるのが現実だ。
しかし、小売業の場合には「一般消費者や店舗で所有、利用するスマートフォンやタブレット端末の活用」という観点での活用法がある。そして、そうした取り組みは中堅・中小の小売業を新たな局面へと導く可能性を秘めると同時に、他業種におけるモバイル端末活用にも通じるヒントを教えてくれる。以下では、それらの具体例を順に見ていく。
レジのセルフサービス化
米国の新興企業「AisleBuyer」が提供する「セルフチェックアウト」というサービスが注目を集めている。通常、小売店の買い物客は、選んだ商品を買い物かごなどに入れ、レジに並んで支払いをする。だが、「セルフチェックアウト」では買い物客が商品に付いたバーコードをスマートフォンでスキャンし、あたかもeコマースのサイトであるかのようにスマートフォン上で決済を行うことができる。レジでは決済結果を表示する画面を提示するだけでよく、そこでの支払いプロセスを省略できるというものだ。
このサービスの利点は、単に「レジに並ぶ時間を短縮できる」だけではない。買い物客が商品バーコードをスキャンしたタイミングで、その商品の詳細説明や購入した顧客の評価をスマートフォン上に表示させるといった付加情報の提供が可能となる。また、これまでの実店舗では「いったん買い物カゴに入れたが、結局買わなかった商品は何か?」を把握することが難しかった。だが、セルフチェックアウトの仕組みの中では、そうした顧客動向を探ることも原理的には可能となる。
日本においてセルフチェックアウトが活躍する場面としては、日用品を扱うスーパーよりも、家電量販店や専門店(スポーツウェア、釣り、アウトドアなど)が有望だろう。これらの業態では、買い物客が幾つかの商品をじっくり吟味するケースが多い。その過程で、スマートフォンを通じた情報提供は購買行動を強く後押しするはずだ。また、店員が顧客応対に追われてレジが手薄になりやすいという傾向もあるため、支払いプロセスの簡略化は結果的に顧客応対の質向上にもつながる。
このソリューションを支えているのは、スマートフォンが備える「バーコード読み取り」「決済機能」「豊かな表現力」である。「イベント告知ポスターに掲載されたバーコードを読み取ってチケットを購入し、会場入り口では購入結果が表示されたケータイをチケット代わりに使う」なども同様の取り組みといえる。バーコード読み取りや決済機能はいわゆる“ガラケー”にも備わっており、この「ケータイチケット」の例は以前から存在するソリューションでもある。しかし、スマートフォンの「豊かな表現力」と業務システムも含めたデータ分析が加われば、多様化した消費者の購買行動を的確にとらえることが可能となる。加えて「商品を見たときには取りあえずスマートフォンに情報を保持しておき、後でオンライン購入する」という流れを考えれば、通販業への応用も可能だろう。
来店客に対する特典付与
2点目は、「商品は買わなかったが、来店してくれた顧客をきちんと認識することにより、ロイヤルティーを向上させる」という取り組みだ。現在も百貨店などでは入口近くにカード読み取り機が設置されており、そこにポイントカードを入れるとポイントが加算されるといったサービスが提供されている。だがこの方法では、(カード読み取り機の設置が必要なため)顧客を引き込む場所が限定される、来店客が他の顧客を呼び込むといった波及効果が期待できないといった課題がある。
そこで有効なのが「スマートフォンによる位置情報サービスの活用」だ。スマートフォンであれば、顧客がどの場所にいるかを踏まえた上で適切なサービスを提供することができる。店舗の入り口だけでなく、中庭で行われているセール会場でポイント加算サービスを実施することなどが可能になる。また、SNSで交流のある知人・友人に自身の居場所を告知するという行為に対して特典を与え、店舗の認知を拡大するという手法も考えられる。Facebookは自分が実際に行って気に入った場所を知人・友人と共有できる「スポット」(米国では「Places」)というサービスを国内でも開始しており、こうした取り組みへの土壌は整いつつある。
認知度の向上が大きな課題の1つである中堅・中小の小売業にとって、「実際にその場に行ってみた知人・友人の勧め」は強力な波及効果となるはずだ。また、この仕組みは、何らかの施設を持つ各種サービス業における認知度向上施策にも応用が可能だろう。
商品選びにおけるリアル感の演出
3点目は、タブレット端末が持つ画面の大きさを生かしたリアル感の演出である。「洋服の青山」を展開する青山商事が開始した「ネクナビ」はその一例だ。ネクタイを選ぶ際、活用シーン(ビジネス、パーティーなど)とシャツの色を選択すると、iPadやiPhone上にお勧めのネクタイ画像を表示してくれるアプリケーションを提供している。ネクタイは実物大で画面に表示されるため、iPadを胸にあてがうと実際に試着したときに近いイメージを確認できるといったものだ。
この他にも、ヘアカタログをタブレット端末に保存しておき、顧客の写真と重ね合わせながら髪形を選ぶようなサービス業への応用や、物件選びの際にタブレット端末のカメラを通して見える室内画像に仮想の家具を配置して間取りの状況を確認するといった不動産業への応用などが考えられる。いずれも、大きな画面とカメラを備えつつ、持ち運びが容易なタブレット端末の特性を生かした活用法といえる。
小売業の価格競争に新たな局面
ここまで、小売業におけるスマートフォンやタブレット端末の活用例と、それらの他業種への応用可能性について述べてきた。スマートフォンやタブレット端末が一般消費者に普及しつつある状況を踏まえると、これらのソリューションは中堅・中小の小売業が自社の認知度向上や顧客動向の把握に取り組む上での武器となるだろう。
しかしその一方で、新たな競争が生まれる可能性も忘れてはならない。Amazon.comは2010年末に「Price Check」というiPhone用アプリケーションをリリースした。買い物客が店舗内で商品のバーコードをスキャンすると、その商品のオンライン価格をAmazonに出店している提携企業も含めて探索してくれるというものだ。国内にも既に多くの価格比較サイトが存在しているが、こうしたソリューションが普及するとオンラインとリアルの双方を含めた価格競争がさらに激化する可能性がある。
スマートフォンやタブレット端末を、SNSなどのネットの力と組み合わせて利用することは、小売業に対して「店舗」という物理的制約を超えた訴求を可能にする。だが、制約を超えるということは同時に、境界線がなくなり競争相手が増えることも意味する。それを見据えて、魅力的な商材提供といった小売業の本質にも併せて取り組んでいく必要がある。この点は、サービス業などの他業種についても同様だ。
岩上由高
ノークリサーチ シニアアナリスト
ソフトウェアベンダー数社でソフトウェア製品の企画、設計、開発、コンサルティング、トレーニングなどに携わった後、ノークリサーチに入社。シニアアナリストとしてITのさまざまな領域の調査・分析に従事し、その成果を記事執筆やコンサルティング活動を通じて積極的に発信している。
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