情報系アプリケーション投資動向2012【SaaS編】
導入企業の増加で見えてきたSaaS選びの注意点
企業独自の差別化要因には直結しない部分でSaaSの利用が進んでいるようだ。導入企業が増えたことで、SaaS選びの際の注意点が明らかになってきた。
情報系アプリケーション分野での導入が先行するSaaS
今日最も高い注目を集めているITトレンドは、何と言ってもクラウドコンピューティングだ。近年ではクラウドサービスを「IaaS(Infrastructure as a Service)」「PaaS(Platform as a Service)」「SaaS(Software as a Service)」の3種類に分類することが一般的になってきているが、その中でも特にエンドユーザーにとって身近な存在はSaaSであろう。
アプリケーションの機能を丸ごとクラウドサービスとして提供するSaaSは、オンプレミスのアプリケーションに比べて導入・運用にかかる時間やコストを大幅に省略でき、ユーザーの目から見た場合には極めて効率的なアプリケーション利用形態に映る。既に多くの企業がSaaSのサービスを実際に利用しているか、もしくは導入を検討している。読者の中にも、自社のITシステムの中でSaaSをどう活用できるか、検討を重ねているさなかの方もいることだろう。
ただし、SaaSは決して万能のソリューションではない。その利用が適している分野もあれば、そうでない分野も存在する。アイ・ティ・アールが行った調査「ITR Market View:クラウド・コンピューティング市場2011」によると、SRM(Supplier Relationship Management)やFAQ作成管理、Web会議、CRM(Customer Relationship Management)といった分野のIT投資は、既に半分以上がSaaSに向けられている。一方で、ECM(Enterprise Content Management)やERP、WCM(Web Content Management)、グループウェアといった分野では、まだSaaSに対する投資の割合は少ない。
こうした傾向について、アイ・ティ・アール リサーチ統括ディレクター/シニア・アナリストの生熊清司氏は次のように考察する。
「情報系アプリケーション、中でも企業ごとの差別化要因が少ない分野のものに関しては、SaaSの活用が比較的先行して進んでいる。今後も、情報系の分野ではSaaS化の流れが続くと予想できる。一方で、基幹系アプリケーションはシステム寿命が長く、基幹系データをクラウド事業者に預けることに慎重な企業も多いため、SaaSの導入は情報系アプリケーションほどには進んでいないのが現状だ」
ただし、一概に「情報系=SaaS」「基幹系=オンプレミス」という図式を当てはめるわけにもいかない。よくクラウドを論じる際に、「クラウド vs. オンプレミス」という構図が語られるが、これはユーザー企業をミスリードする原因になりかねないと生熊氏は指摘する。
「SaaSもオンプレミスのソフトウェアも、基本的にはパッケージソリューションである点は同じ。つまり、『SaaSかオンプレミスか』を論じる前に、本来は『パッケージソリューションとスクラッチ開発のどちらを選ぶか』を先に検討する必要がある。自社のビジネスモデルをきちんと把握した上で、競合他社との差別化を担っているコア業務に関しては、その強みを生かすためにスクラッチ開発を検討する必要があるし、そうでない業務についてはパッケージ導入で効率化を図ればいい。その上で初めて、パッケージ適用部分をSaaSにするか、あるいはオンプレミスにするかを検討するべき」
「運用の自由度」と「お試し利用」がSaaSの最大の強み
また、「SaaSはオンプレミスに比べて安価だ」という先入観を持つユーザーも少なくないが、この点も慎重に検討する必要があると生熊氏は言う。
「ライセンスの買い取りとSaaSの月額課金とを単純に比較した場合、ある程度以上の期間にわたって運用することを考えると、必ずしもSaaSの方が安価とは限らない。ただし、初期費用はSaaSの方が安く済むし、ハードウェアとソフトウェアを資産として保有する必要もない。また運用管理コストも一般的にはSaaSの方が安く済む。コストを見積もる場合には、これらをトータルで考える必要がある」
それに、コスト一辺倒の考え方では、ビジネスに貢献するための戦略的なIT施策を打つことなどそもそもできない。では、パッケージライセンスの買い取りではなくSaaSをあえて選ぶ理由は、一体どこにあるのか。
1つには、運用の自由度がオンプレミスに比べて圧倒的に高い点が挙げられる。システムを素早く立ち上げることができ、ユーザー数やシステム規模の拡張もフレキシブルにできる。さらには、好きなときに利用を止めることも可能だ。近年では、ビジネス環境の変化のスピードが極めて早いため、それにITが素早く追従していくためにはこうしたSaaSの高いフレキシビリティが大きな武器になる(関連記事:MS、セールスフォース、オラクルが口をそろえたSaaSのメリット)。
「現在、製造業をはじめとしてさまざまな業界の企業が海外進出を進めているが、海外拠点のシステムを素早く立ち上げるには、SaaSの活用は極めて有効だ。データセンターのロケーションやメンテナンスを気にしなくてもいい点も、海外拠点での利用に向いている」(生熊氏)
さらに生熊氏はSaaSの画期的な点として、アプリケーションの「お試し利用」が簡単にできる点を挙げる。
「スクラッチ開発にせよパッケージのカスタマイズにせよ、ユーザー企業がシステムのプロトタイプに触れられるのは、既にシステムを発注した後だった。それがSaaSであれば、アプリケーションは既にサービスとして稼働しているため、ユーザーはいろいろなサービスを実際に試しながら自社ニーズに適したものを選択できる。この『エンドユーザーが直接評価できる』というSaaSのメリットは、実に画期的だと思う」
SaaS事業者の経営リスクにも目を向けるべし
では今後、SaaSはどのような方向に向かうのだろうか。1つ考えられるのは、基幹系システムにおけるSaaS利用の可能性だ。財務・会計や人事・給与といった基幹業務の内容はどの企業でもよく似ており、差別化要因にはなりにくい。そのため、これらの業務ではいち早くパッケージソフトウェアの導入が進められてきた。では、これがそのままSaaSへ移行していくかというと、先にも述べた通り財務データや人事データなどの重要情報をSaaS事業者へそのまま預けるのは抵抗が強いため、そう簡単にはいかない(関連記事:専門家8人が徹底討論! クラウドにデータを預けるリスクとメリット)。
この場合には、オンプレミスとSaaSのハイブリッドシステムの採用が考えられる。つまり、重要データは社内に置きながら、SaaSでこなせる部分はSaaSを利用するようなシステム形態だ。もちろんこうしたハイブリッドシステムを実現するためには、SaaSとオンプレミスの連携をコーディネートできるだけのスキルをIT部門が新たに備える必要が出てくるだろう。
また、SaaSを利用する場合のリスクというと、どうしても情報漏えいリスクを真っ先に思い浮かべがちだが、それよりも考慮すべき重要なリスク要因があると生熊氏は指摘する。
「せっかくSaaSをうまく活用してシステムを調達できても、SaaS事業者が倒産してサービスが停止してしまえば投資が無駄になるだけでなく、業務そのものが遂行不可能になってしまうし、もちろんデータ流出の危険性もある。この『ベンダーの経営リスク』に限って言えば、SaaSよりむしろライセンス買い取り方式の方がいくらかリスクが低い。従って、企業がSaaSの利用を検討する際には、サービス提供している事業者の信用度をしっかり見極める必要がある」
こうしてユーザー企業がSaaS事業者の信用度をシビアにチェックするようになると、小規模なSaaS事業者は徐々に淘汰されていき、大手の事業者に収束されていくだろうと生熊氏は予想する。
「極端な話、ベンチャー系のSaaSベンダーは大手ベンダーに買収された方が企業ユーザーにとってはメリットが大きいかもしれない。今後、企業がSaaSの利用を検討する際には、このようなリスクヘッジも含めたサービス選定スキルが求められてくるだろう」
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