医療分野におけるクラウド市場調査リポート
なぜ、医療クラウド市場は急速に拡大しているのか?
シード・プランニングが2011年2月に発表した医療分野のクラウドサービス市場規模調査によると、2010年の市場規模は19億3000万円。2020年にはその100倍となる1928億円まで成長するという。急成長の要因を探ってみる。
シード・プランニングは2011年2月、市場調査リポート「医療分野におけるクラウドコンピューティング活用サービスの現状と今後の方向性」を刊行した。このリポートは、医療従事者向けクラウドサービスを提供している事業者にヒアリングを実施し、医療分野におけるクラウドサービスの発展の可能性とその課題をまとめたものである。本稿では、調査を担当した久保延明氏が調査の概要とともに市場の最新動向を紹介する(編集部)。
2010年の市場規模は「19億円」、2020年には「1928億円」まで成長
シード・プランニングは2010年の医療分野におけるクラウドサービス市場調査を実施し、2010年時点では19億3000万円の規模であるが、2015年には1164億円、2020年には1928億円まで成長すると予測している。この調査では、「クラウド型電子カルテ」「クラウド型医用画像管理サービス」「臨床検査情報収集システム」(治験データ収集システム)、検査会社の「検体検査システム」「地域医療連携基盤」、経営分析に用いる「データベース分析サービス」およびその他のサービスについて、それぞれの市場規模を積み上げている。
医療従事者のクラウド認知度はどれくらい?
クラウドという言葉は、2009年ごろから医療従事者の間でもよく知られるようになった。また、2010年には医療分野のクラウドサービスが提供され始めた。そのきっかけとなったのは、2010年2月1日に厚生労働省医政局長・厚生労働省保険局長が通知した「『診療録等の保存を行う場所について』の一部改正について」である。この通知により、震災対策などの危機管理上の目的に限定されていた「民間事業者による診療録等の外部保存」が、関連ガイドラインの順守を前提条件に認められた。民間企業が医療分野でのクラウドサービスを展開する環境が整備された。
また、医療分野のクラウドサービスという概念の普及に最も貢献したのは、ソフトバンクの代表取締役社長である孫 正義氏だといえる。孫氏は、総務省が2010年5月に掲げた光ファイバー回線やクラウドを駆使する成長戦略「光の道」構想を受け、「医療クラウド構想」を提言している。孫氏が掲げる医療クラウド構想は、クラウド上の電子カルテをアプリケーションとして備えるiPadを、全ての医師や看護師、介護ヘルパー、薬局などに無償で配布し、医療従事者が共有できる電子カルテを整備するというものだ。これが実現すれば、2015年時点で医療費を約14兆円削減できると試算している。また、この構想をシンポジウムや政府主催の検討会などで発表し、動画共有サービス「Ustream」などを通じて積極的に発信してきた(参考:孫社長も賛同したiPad/iPhoneを活用する“医療クラウド”)。
診療情報や健康情報を複数の医療従者で共有するという考え方は「日本版EHR」構想や「どこでもMY病院」構想と同様であり新規性はないものの、「全医療従事者に端末を配布して大幅なコスト削減を行う」というスケール感は、大きなインパクトを与えたといえるだろう。
孫氏の医療クラウド構想は「コスト削減によって国民医療費を減らす」ものであるが、医療機関の経営環境が厳しくなる中、個々の医療機関にとってもコスト削減は重要な課題である。病院における電子カルテ普及率が20.7%(2010年時点、シード・プランニング推定)にとどまっている要因の1つに「電子カルテの導入コスト」が挙げられる。クラウドサービスは、このコストの問題を2つの点で解決する。1つは「サービス提供者側がサービス提供価格を抑えられる」こと、もう1つは「ユーザーである医療機関側でサーバを設置するスペースが不要となり、また管理負荷やコストなどが抑えられる」ことである。
例えば、NECはSaaS型電子カルテシステム「MegaOakSR for SaaS」のリリース時に「クライアント/サーバ型に比べ、システムに掛かる医療機関のコストを5年間トータルで最大30%削減する」という試算を公表している。電子カルテのコストメリットの有無について議論がある中、コストを抑えられる点はクラウド型電子カルテサービスの大きな魅力であり、注目すべき点だといえる。
災害対策としても注目
また、医療分野におけるクラウドサービスは、2011年3月に発生した東日本大震災をきっかけに別の観点からも注目されるようになった。東日本大震災では津波によって多くの紙カルテが失われ、慢性疾患の患者の常用薬が正確に分からなくなるという事態が発生した(参考:被災医療機関のリストにも活用できた「2次医療圏データベース」)。さらに「カルテが流されたことで、カルテに記載されている個人情報が野ざらしになっている」という事態も問題視された。
医療情報の電子化や外部保存に対して、これまでは「セキュリティ上の問題や停電・通信障害時の対応」などを心配する声が多かった。しかし、むしろ紙で手元に保管することの危険性が浮き彫りとなり、ディザスタリカバリ(災害復旧)対策としてのクラウドサービスの活用に注目が集まっている。
震災後に開かれた日本政府IT戦略本部の「医療情報化タスクフォース」では「医療情報を外部保存してバックアップを取ることが有効である」という指摘があった。また、このタスクフォースでは、外部保存以外にも「医療機関が相互のバックアップを行う」、あるいは「患者自身が医療情報を所持することも有効だ」と議論された(参考:災害時に患者の診療情報はどうあるべきか?)。「コスト削減」と「災害対策」という2つの要素が促進要因となり、今後は医療分野におけるクラウドサービスが広く普及していくだろう。
クラウドへの移行は新規参入のチャンス
2011年も引き続き、医療分野のクラウドサービス提供開始が相次いでいる。GEヘルスケア・ジャパンとソフトバンクテレコムが3月、クラウド型医用画像サービスで協業を発表。また、5月には富士通がSaaS型の地域医療ネットワーク「HumanBridge」の販売を開始した。クライアント/サーバ型の医療情報システムが次々とクラウド型に置き換わっているという報告はまだあまり聞かれないが、例えば、新規参入の事業者が従来では考えられないような低価格でサービスを提供すれば、非常に短い時間で市場シェアを獲得する可能性はある。
レセプトコンピュータソフトウェア「ORCA」は、価格の安さと日本医師会の事業であるという信頼感から、提供開始から10年ほどでユーザー数を1万1000施設まで伸ばしている。クラウドサービスも同様に「低価格でITが活用できる」というメリットを享受でき、さらに「災害対策という安全・安心も確保できる」のであれば、今後さらに多くの医療機関が活用することになるだろう。
今回紹介した調査結果の詳細は、シード・プランニングが発行している『医療分野におけるクラウドコンピューティング活用サービスの現状と今後の方向性』に記載されている。
著者紹介
久保延明(くぼ のぶあき)
株式会社シード・プランニング エレクトロニクス・IT/ヘルスケアチーム研究員
レセプト請求オンライン化やEHR、保健医療計画、地域医療再生計画など、医療ITや医療政策に関する分野、およびディスプレー市場などエレクトロニクス分野を担当する。
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