様々な方法が指摘されるIFRS導入。しかし、その方法が自社に合うかはなかなかわからない。無理、無駄のないスピーディな方法を解説する。今回は論点の抽出方法と実作業への落とし込み方をIAS第16号(有形固定資産)をサンプルに用いて説明する(清文社刊:『本当に使える IFRS適用ガイド』第4章からの抜粋記事です)。
インパクト分析の際の実作業への具体的な落とし込み方について、IAS16号(有形固定資産)を例に解説しましょう。
基準書を参照しながら、日本基準と差異が生じる箇所を確認し、このうち自社に影響がある項目をピックアップしていきます。
論点抽出の結果、自社にとっての論点が“認識”“減価償却”の2つであることがわかったとします。さらにそれぞれを細項目に分類すると、以下の検討項目が抽出されました。
【論点1】認識:少額資産/資本的支出/付随費用
【論点2】減価償却:減価償却方法/耐用年数/残存価額/コンポーネントアカウンティング
次に、以下の手順によって、各項目ごとに具体的に何を検討すればよいのかを明確にしていきます。
ここでは【論点2】減価償却:耐用年数を例にとります。
IFRSでは、耐用年数を資産が利用可能と予想される期間等に基づいて決定する旨が定められています(IAS16.6)。
日本基準との差異の内容を簡潔にまとめます。自らが論点を明確に認識できているかの確認にもなります。
2に照らして現在の自社の会計処理の内容を具体的数値を折り込んで記載します。詳細がわからない場合、現場の実務担当者に確認することになりますが、調査の手間やコストと効果を考え、ひとまず要確認とだけ記しておき、まとめて質問するのがよいでしょう。
IFRSを理解することにより、課題が明確になります。最後に、課題に照らして、自社の会計処理の記述が的を得たものになっているかを確認します。
下記が出来上がりのイメージです。業種や規模にもよりますが、1つのIFRSについて、平均でおおよそ8〜10の課題があるので、関連するIFRSが15だとすると、120〜150項目について検討していくことになります。
この各IFRSの論点ごとの課題について、自社の会計数値、業務やITシステムに及ぼす影響度に応じて、ランク付け(A〜Cなど)をしていきます。自社の主たる業務に関連する基準には、AまたはBを付けてください。Aが20%、Bが30〜40%、残り40〜50%がCといった比率になることが多いようです。
【論点管理表】
論 点 | 検討項目 | 番号 | 課 題 | 進 捗 | 重要度 | システムへの影響 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
論点2 IAS16 有形固定資産―減価償却 |
減価償却方法 | 1 | ― | ― | ― | ― | |
耐用年数 | 2 | ※ | 検討中(対応方針管理表) | B | A | ||
残存価額 | 3 | ― | ― | ― | ― | ||
コンポーネントアカウンティング | 4 | ― | ― | ― | ― | ||
現在は法定耐用年数を使っているが、IFRSでは経済的耐用年数を用いなければならない。法定耐用年数を継続利用できるかどうかを検討する |
【対応方針管理表】
検討項目 | 課題 | 対応方針 | 期限 | 担当 | 進捗 | |
---|---|---|---|---|---|---|
IAS16 減価償却—耐用年数 (論点管理表 番号2) |
固定資産の耐用年数について、法人税法上の耐用年数の継続利用が可能かを調査する。 | 過去の実際の使用年数を調査し、法定耐用年数と近似していることを示す。調査単位は資産の品目ごとにグルーピングして行う。過去実績がとれないもの、調査結果が法定耐用年数と乖離したもの、法定耐用年数を超えて使用しているものは、個別に検討する。 | 2011年×月に調査方針を具体化し再度検討。 | 経理部 ○○ |
仕掛中 | |
XXX | XXX | |||||
インパクト分析の結果に基づき取り得るオプションを検討します。必要に応じて現場への実地作業を行います。
現状確認をする際に全件調査をするのではなく、サンプルを1〜2件とるなど、なるべく最低限の調査で済むような方法を選びます。取引が同質的であれば、数件のサンプルをとることで全体像を推定することができるからです。
また、例えば棚卸資産の払出単価の計算など、場合によっては過去にまで遡って調査・修正を行うことを検討しなければならないものも出てきます。その場合には、まず調査の方針を明らかにし、監査法人と合意してから実際の調査に踏み切ると、手戻りが少なくなるでしょう。
実際に調査を行うときには、プロジェクトリーダーは現場の実務担当者と書面でやりとりをするだけでなく、ときには直接訪問してコミュニケーションをとることで、業務がスムーズに進むようになります。
検討項目について課題を解決するにはどんな方法が考えられるか、取り得る選択肢(オプション)を挙げます。一口にオプションの検討といっても、レベル感は様々です。
実地調査をどのような単位でどんな方法で実施するのかから、例えば有形固定資産について、原価モデルと再評価モデルのどちらを採用するかといった会計方針の選択にかかわるものまで、レベル感は多岐にわたります。
一般的には、メリットとデメリットを比較して決定することになりますが、複数の会計方針のどちらかを選択しなければならないような大きな論点については、自社のビジネスモデルや経営目標に沿う会計処理を選択します。本業に関連する重要な意思決定の際は、役員の判断を仰がねばなりませんので、必ずメリット・デメリットを箇条書きにして比較します。
財務数値などに与える影響がそれほど大きくないものについては、調査の手間、事務作業への負荷を考慮して、なるべく作業が楽な方法を選ぶようにするのがよいでしょう。
同業他社と異なる会計処理をしてネガティブなフィードバックを受けることを避けようと、どうしても同業他社等の方針決定を待ってしまうものですが、企業の置かれている状況やビジネスモデルは様々です。同じ業界だからといって同じ会計処理を行うことが必ずしも合理的とは限りません。実際に、他社の動向を入手しても意外と自社の方向性決定の決め手にはならないこともあるようです。
初期の段階は仮決定で十分です。時が経つにつれて業界内等でコンセンサスが出来上がり、簡単に解決してしまう検討項目もあります。ただし、情報システムの大きな改修が必要な論点については、開発にかかる時間を考慮して、会計方針の決定のリミットを設定してください。
日本では、海外に比べ投資家のほうを向いて経営をするという思想が薄いようなのですが、投資家に対して説明することを考えると、会計方針を選択した結果、現在業績評価の基準として使っている指標がどのように変わるか、外部からどのように見えるか、それに対してどのように手当てするかを中心に考えたほうが建設的でしょう。
対応策やオプションは、実務担当者の納得感がある現実的なものでなければなりません。そこで、対応策を検討する場合には、実務担当部門が出席、検討した結果を、管理表の形でまとめ、論点管理表との関係を意識しながら都度更新していきます。
調査の過程で解釈が分かれる点や理解できない点は、必ず担当監査法人に質問してください。会計監査で認めてもらわなければならない以上、監査法人との合意なく会計方針を決定することはできません。担当監査法人と早いうちに話し合い、質問に対する回答をスムーズに得られるようにしておくのがよいでしょう。質問の仕方によっては追加の報酬支払いが生じる可能性がありますのでご注意下さい。
このプロセスでの会計方針策定に関する質問はできるだけ文書で行い、文書で回答を得るようにしてください。すぐに回答をもらえないものについては必ず期限を明らかにし、回答を得るようにします。これは、検討事項が多いため、お互いにどのような結論を出したのかを忘れてしまわないようにするためです。作業の効率化に大きくかかわりますので、文書でのやりとりについて、ぜひ監査法人の協力を得るようにしてください。
また、このプロセスは監査法人から得た回答の内容や趣旨を理解し、今後の行動に繋げていくためにとても重要なプロセスなので、質問リストの作成は、会計用語での会話ができる、相当程度の知識・能力を持った人が行うことがポイントです。
例えばIFRSで求められている“経済的耐用年数”について、真面目に対応しようとするならば、資産1つひとつについて、いったい何年使えるのかを話し合うことになるでしょう。
しかし、現在の法定耐用年数は、そもそも一定の合理性があるからこそ採用が認められているという前提に立ち、現在採用している耐用年数を経済的耐用年数として踏襲するという方針のもと、過去の利用実績や法定耐用年数がどのようにして定められているのかを調査してみるのも1つの方法です。
【対応方針策定時のポイント(例)】
現状の処理が合理的であり、IFRSの要求事項を満たすものであると言えるかどうか。
有形固定資産の耐用年数を例にすると、個々の資産について、いったい何年利用できるのかを考え調べるのではなく、例えば資産の種類ごとにグルーピングしたうえで、過去何年使われたのか簡易な方法で調査し、それが法定耐用年数と近似していることを示す。
どうしても現状を変えなければならない場合とはどんな場合か、その場合の対応策を考える。
明らかに法定耐用年数と実際の利用実績が異なるものを洗い出すため、除却済の資産について、実際に何年使われたかを調査する、という方法なども考えられる。
調査の結果、過去実績と現在使用している法定耐用年数が近似していれば、法定耐用年数を経済的耐用年数として使用することに一定の合理性が認められます。そして、例外的に耐用年数を用いることができない場合がどんなケースか考え、その例外的なケースについて対策を打つのです。
例外的なケースについては、(1)法定耐用年数を超えて使用している場合、(2)調査の結果、過去実績と現在使用している耐用年数が乖離していた場合、(3)過去実績がわからない場合、などが考えられます。ここでは耐用年数を例にとりましたが、こうした検討を、他の論点についても1つひとつ行っていくのです。
海外を含め、すでにインパクト分析を終えた企業の例から考えてみると、このような検討には、数時間の打ち合わせを週2回程度のペースで行っても、約6か月〜1年程度かかっています。
検討の結果は経営陣への報告用に、定期的に報告書の形でまとめましょう。
完成像を早めに理解することは、作業の質や効率に大きく関わってきます。早い段階でモデル財務諸表を作成することをおすすめします。
モデル財務諸表を作成するときは、初度適用の論点に注意してください。初度適用を利用するかしないかで、何パターンかの財務数値の組み合わせが出来上がるためです。
一番の近道は、仕訳や注記を作成するためのデータを集めることです。導入段階のできるだけ早い時期に、IFRSベースの仕訳の作成を試みてください。仕訳の作成に必要なデータ、必要な判断、注記のために必要なデータを集めることができれば、IFRS財務諸表の“作成手続き”は、業務の面でも精神的にもかなり楽になります。仕訳や注記情報を作成するためには何が足りないか、という視点で考えていくと、情報を効率的に集めることができます。
IFRSで要求されている開示事項を確認する際には、監査法人などから以下のようなチェックリストが出ていますので、参考にするとよいでしょう。
本稿は清文社の書籍『本当に使える IFRS適用ガイド』(公認会計士 松橋香里氏 著)の第4章を抜粋して掲載しています。購入はAmazon.co.jpにアクセスしてください。
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