メガバンクをはじめとする国内の大手金融機関は業績回復の筋道を見せている。金融機関にとって次の課題は「健全なる成長」。これを達成し、IFRSを適用するには立ちはだかる壁を克服する必要がある
2008年の金融危機以降、メガバンクをはじめとする国内の大手金融機関は業績が低迷してきたが、この2010年3月期には保有株式、不良債権の減損や処理の費用負担が大幅に減少し、回復の筋道を見せている。金融機関にとって次の課題は「健全なる成長」だ。
バーゼル銀行監督委員会は2009年12月、金融危機後の新たな自己資本の規制案を公表した。資本の質と量の充実や適切なリスクテークを求める内容で、金融機関は資本コストを賄える収益構造への大幅な改革が求められている。また、保険会社に対しても自己資本比率規制である「支払い余力(ソルベンシーマージン)比率規制」が2012年3月に強化される。
日本の金融機関はグローバル展開を本格的に模索している。日本市場は成熟し、高い成長を求めるなら新興国をはじめとする海外展開が必須。日本の金融機関は地理的な近さや製造業、小売企業の進出が多いアジア諸国への取り組みを強化している。ただ、アジアに進出した日本企業だけを顧客に考えると成長は限られる。そのため、金融機関の今後のテーマは現地での顧客、人材の獲得であり、本当の意味でのグローバル化であるといえる。その中で、国際的な業績の比較可能性を高めるIFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)は金融機関の今後の進むべき道に合致し、取り組むためのメリットを見いだしやすいといえるだろう。
一方、IFRSは企業のリスク管理強化を促す。バランスシート重視であり、公正価値測定・包括利益を導入するIFRSでは企業が抱える市場リスクや信用リスクが厳密に問われる。金融機関は、これまで以上に保有する金融資産の価値の増減や見通しに配慮し、財政状態の変動に敏感になる必要があるだろう。時価評価差額や為替の変動が影響を受ける包括利益の導入もあり、資産の価値変動をリスクととらえて、これまで以上のコントロールが求められる。大手金融機関は海外での資本調達も多く、IFRS対応は必須。海外のオペレーションを適切にモニタリングするためにもIFRSをベースにした経営管理も必要だろう。
IFRS適用を目指す金融機関が取り組む必要がある会計上の課題は3つだ。1つは「連結」。金融資産の証券化などを目的として設立された特別目的事業体(SPE)については、現行の日本基準では連結対象とならないが、IFRSでは実質支配していれば連結対象となる(参考記事:IFRSの「連結」基準、その実務ポイントは)。連結範囲が広がることが想定され、金融機関のバランスシートに影響を与えるだろう。
SPEの実質支配判定には出資比率だけでなく、実質的な経済実態(便益を獲得するためにリスクを負っているか)も判定要素に加わる。そのためSPEに対する持分をほとんど所有していなくとも連結が求められることがある。連結範囲の拡大だけでなく、連結判定を行うための業務負荷も大きくなるだろう。金融機関が抱えるSPEは多いが、その財務関連情報の入手は一般的に難しいとされ、連結決算業務の困難さが予想される。
2つ目の課題は「金融商品の分類・評価」だ。金融資産・負債については公正価値測定が求められる。市場価値があるものについては問題はないが、市場価値がない場合は公正価値測定のレベルを分類した「公正価値ヒエラルキー」に基づく評価技法を確立する必要がある。金融機関はそのために公正価値測定マニュアルや、公正価値ヒエラルキー、プロダクトリストなどをグループで整備する必要があるだろう。
トレーディング目的外の金融商品(持ち合いの株式など)については公正価値の変動を当期純利益で計上、もしくはその他包括利益で計上する必要がある。その他包括利益で計上することを指定した場合は、配当金以外(売却損益)は損益として計上できない。そのため、持ち合い株式が多い金融業では益出しができなくなり、持ち合い株式の時価変動が直接、損益に影響する。
これらを規定するIAS39号は、金融危機の影響でIFRS9号に置き換えられる予定。IFRS9号は2009年11月に公表されたが、欧州がエンドースメントを見送る一方で、日本はエンドースしている。IFRS9号はすでに任意適用が可能で、2013年から強制適用されるが、今後の改訂も予想される。IASBなどの動向を継続的に確認する必要があるだろう。
ヘッジ会計もIFRSの影響を受ける。ヘッジ手段で生じた損益のうち、非有効となった部分についてはその期の損益で認識しなければならない。日本基準では繰延処理が可能。また、日本基準で認められている金利スワップの特例処理や為替予約の振当処理は認められない。そのため、時価評価損益を繰延処理せずにヘッジ対象に直接含めるなどの簡便処理ができない。IFRSではヘッジの有効性について厳格な評価・測定が求められ、非有効部分は即、損益認識しなければならないのだ。
3つ目の課題は「金融商品に関する開示」だ。これは日本基準をIFRSに近づけるコンバージェンス項目の1つで、2008年3月10日に企業会計基準適用指針19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」として公表された(参考記事:金融商品の市場リスクを定量化、時価開示の新指針とは)。基本的には2010年3月31日以降に終了する年度末財務諸表から適用される。
適用指針19号ではこれまで有価証券やデリバティブのみに限定してきた金融商品の時価情報の開示をすべての金融商品に拡大する。金融資産、負債については種類別にその公正価値、帳簿価額、公正価値の算定方法を開示する必要がある。担保や貸倒引当金などについても開示が詳細になる。さらにリスクに関する開示が大幅に強化され、定性的な開示についてはリスクを管理する企業の目的や手続き、リスクの測定に用いる方法、リスク発生要因などについて開示が必要になる。
定量的な開示としては市場リスク、信用リスク、流動性リスクの開示がある。市場リスクの感応度分析(VaRなど)やその方法などの開示が必要。信用リスクについては最大エクスポージャー(最大損失額)、期日経過している金融資産の年齢分析、担保などの信用補完に関しての開示が求められる。
これらの定量的な分析については事務負担が大きいだけでなく、能力的にも経理部だけでできるものではない。勘定科目レベルのデータではなく明細レベルのデータをグループ会社から収集することが求められ、作成までの業務プロセスを関連部署や子会社などを巻き込んで事前に確立する必要がある。
金融業特有のこのような会計上の課題に加えて、IFRS適用には一般的に3つの困難があると考えられる。1つは「ムービング・ターゲット」の問題。IFRSは2011年6月までの米国会計基準とのコンバージェンス作業を行っていて、改訂が続いている。つまり「動き続ける的」であり、いつの時点の会計基準をターゲットにして適用作業を進めるかが難しい。
2つ目は、会計方針の決定と業務・システムのトレードオフをどう考えるかだ。例えば、日本基準で連結除外しているSPEをIFRSで連結する必要がある場合、その対応方法は2つある。1つはSPEを連結し、特定目的会社の保有する資産をトレーディング資産として処理する。その資産は公正価値で評価し、リスクを開示する。もう1つは連結会計基準の改訂動向を見極めて、SPEとの取引や関与方法を見直し、IFRSで連結しないようにする方法だ。つまり、現行のビジネスやシステムを前提として会計処理するか、ビジネスやシステムを変更し、より簡便な会計処理を目指すかのどちらかを選択する必要がある。
3つ目はERPとそのほかの業務システムの関係だ。金融機関では特に勘定系システムとの関係がポイントになる。金融機関では情報系のERPとは異なる勘定系システムが業務プロセスの大半を占める。その勘定系システムの改修はERPと比べて難しく、全社やグループに及ぼす影響も大きい。IFRS対応のためにどの程度、勘定系システムを改修するかどうかも難しいだろう。
これら3つの困難さを解決するためには、IFRSを適用するうえでの全体プランの策定が最も重要になる。整理すべきは「会計方針を決めるべき領域」「業務への影響」「システムへの影響」の3分野だ。それぞれについてプロジェクトを開始する前に評価する。そしてこの評価に基づき、IFRS対応をどこまでやるかを決める。制度対応だけを行うのか、それとも会計処理、経理業務の効率化も狙うのか、全社やグループの経営効率化もIFRS適用のタイミングで検討するかどうかなどだ。この方針を全社で合意しないとプロジェクトの方向性が生まれない。
金融機関にとって参考にできるのは、2005年にIFRSが強制適用された欧州金融機関の先行事例だ。欧州でIFRSの強制適用が決まったのは2003年。多くの金融機関は適用のための時間が短く、2005年当時は暫定的な対応が多かった。その後3〜4年をかけて業務の効率化や経営管理の高度化までプロジェクトを進めた金融機関が多かったようだ。
日本は2015年の強制適用を見込んだ場合、2013年にはIFRSの転記を開始する必要があるだろう。その場合、2012年にはIFRS対応システムのドライランを行いたい。残された時間は少なく、金融機関の選択肢はそれほど多くない。このような時間軸も考慮に入れて、全体プランを策定する必要がある。その際は広範な影響を考えて、トップマネジメントのサポートを得ることが必須。経営部門、IT部門だけでなく、現場部門も巻き込んだプロジェクト体制が欠かせない。
IFRS適用は金融機関に対してこれまでの経営判断の転換を迫るだろう。SPEの連結など、これまで資産のオフバランス化を目的として行ってきた金融機関のスキームが役に立たなくなり、バランスシートの膨張は避けられない。自己資本比率規制へのインパクトも評価しないといけないだろう。また、株式の持ち合いについてもその方針を考え直す必要がある。時価評価によって損益に直接影響するようになるからだ。金融機関はより本質的な経営判断が求められる。
金融商品やリスクについてもより詳細な開示が連結ベースで必須となる。そのためグループをまたがって財務情報、非財務情報の収集が必要となる。この収集に効率的に取り組むにはグループ全体の経営管理の仕組みを再検討することが求められる。
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