2010年05月20日 08時00分 UPDATE
特集/連載

【IFRS】業種別IFRSガイド【3】生き残る流通企業のIFRS対策を考える

日本の流通業が過当競争に苦しんでいる。百貨店では店舗の集約が進みつつあるが、それを上回る形で、売上の減少が進んでいる。日本の流通業が今後も成長し、生き残るためには海外展開、M&Aの検討が欠かせない。ともにIFRSがポイントになるだろう

[垣内郁栄(TechTargetジャパン), 戸野本時直(監修、アクセンチュア)]

 流通業における近年のトレンドは分析機能の強化だった。コンビニエンスストアや大規模な総合スーパー、卸などを代表とする小売には膨大な量の顧客販売データや店舗のデータが集まる。これらのデータを分析し、販売政策や店舗設計、商品開発につなげることで流通業は業績を伸ばしてきた。ビジネス・インテリジェンス(BI)やデータウェアハウス(DWH)などのITソリューションを積極的に採用してきたのも流通業である。

 この分析重視の流れはグローバル展開する欧米企業が先行し、日本の流通大手もキャッチアップを図っているところだ。欧米やアジア、そのほかの新興国では当然、売れ筋の商品も異なり、店舗の設計などもさまざまだ。その多くのニーズに対応し、適切な販売を行い、利益を確保するには本部主導の統合的な分析機能の提供が欠かせない。地域や国の単位での共通フォーマットで商品を販売していれば利益を上げられるという時代はすでに過ぎ去ったのだ。

分析のアウトソーシング

 結果的に分析要件が高度化し、顧客、マーケティング、商品政策などの分析アウトソーシング(BPO)が増えているのが欧米大手流通業の現状だ。流通業にとってそれらの分析はコアな機能ということもできるが、そのコア機能ですら外部の専門家に委託しないと、変化が速く“個客”への対応が必須となる現代では、競争に負けてしまうのだ。POSデータやクレジットカードからのデータ量は膨大で、しかもタイムリーな分析が求められる。高度な専門性が必要なうえに、結果を出すまでのサイクルは短い。すでに流通各社が自社ですべてを抱え、それを永続的に強化し続けることは難しくなっている。

 これまで日本の流通大手は自社内で分析機能(要員)を抱え、強化を試みてきたが、今後ますますそこに要求されるレベルは高度化し、外部委託の活用も検討せざるを得なくなるだろう。外部を上手く使い、イノベーションを生み出していくことがどの業種にとっても必須になっている。

 その日本で流通業は過当競争に苦しんでいる。百貨店では店舗の集約が進みつつあるが、それを上回る形で、売上の減少が進んでいる。スーパーマーケット市場においては大手企業が占めるシェアの割合が欧米に比べるとかなり低く、多数の中堅企業がひしめき合う状態。上位10社のシェアを総合しても20%程度しかないといわれる。特定地域に強みを持つスーパーも多い。一方で、人口減に転じた日本でこれから消費需要が大きく拡大することは見込めない。日本の流通業が今後も成長し、生き残るためには、日本国内においては先述の各種の“分析力強化”によって“収益性”をより高めていき海外に出るか、M&Aを行って“成長性”を獲得していくか、のいずれか(もしくは両方)が選択肢となるだろう。

 海外展開、M&AともにIFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)が1つのポイントになるだろう。海外展開した場合、海外子会社の財務状況や経営状況を把握する際のモノサシとしてIFRSは最適。各国の会計基準の違いを調整する必要がなくなる。財務会計だけでなく、社内でIFRSベースの予算管理や経営管理を行うという流通グループも登場するだろう。また、M&Aでも同様に買収先の財務データの評価が必要。買収ターゲットになる場合もIFRSを採用していることが条件になるだろう。もちろん、海外での資金調達でもIFRSは今後必須になる。海外展開を考えるなら腹を据えてIFRSに取り組む必要があるだろう。

収益認識と減損がポイントに

 流通業にかかわるIFRSの適用ポイントは売上に関するもの(売上純額表示、ポイント、収益認識)と固定資産の減損の2つを挙げることができる。いずれもほかの業種でも大きな影響を受ける会計基準だが、流通業では特に取引先企業との調整が必要になり、準備に時間がかかることが予想される。

 百貨店などはIFRSでは「代理人」と見なされ、これまでの売上高ではなく、取引の手数料のみを純額表示するようになる可能性が高い。包括利益計算書上では売上高が急減することになる。実際のキャッシュ・フローには影響はないものの、売上高数値の激減は経営手法や市場とのコミュニケーションの方法を変える可能性がある。百貨店だけでなく、商社や卸の企業も同様に代理人として、純額表示が必要になるとみられる。周到な準備が必要だろう。

 流通業で一般的になっているポイントプログラムについても注意が必要だ。日本基準ではポイントの処理に複数の会計処理が取られているが、IFRSでは売上のうち、発行されたポイント分は売上には計上せずに、将来提供する商品やサービスの義務として負債計上される。ポイントが使われたり、有効期限が切れた場合に売上として計上される仕組みだ。このため、従来、ポイント発行分を含めて売上計上していた企業ではIFRSによってその分の売上が減る可能性がある。自社のビジネスにとってそのポイントプログラムが本当に役立っているか、ポイント廃止に動く量販店もある中、ポイント戦略そのものの再構築が必要となるだろう。

 収益認識は現状では大半の企業が出荷基準を採用しているが、IFRSではリスクが相手側に移転した時点で売上を認識する検収基準となる可能性が高い(参考記事:「収益基準」を5つの観点から見てみよう )。出荷基準から検収基準への変更では業務プロセスやITシステムの改修が必要になるケースが多いと見られる。特に卸などではインパクトが大きい可能性があり、会計基準を確認し、自社のどのプロセス、ITシステムに影響があるかをしっかり把握することが重要だろう。また取引先との連携も重要となる。例えば検収情報をデータで取得するといっても零細な取引先の場合はタイムリーに取得できないことも想定される。どのように情報を把握するのかなど課題は多い。

退店を見込んだ出店計画が必要

 在庫の減損にも注意が必要だ(参考記事:IFRSと日本の「減損会計」、その違いは? )。IFRSと日本基準とでは減損会計に大きな差はないが、減損損失の認識や形状方法にいくつかの違いがあり、場合によっては大きな影響を受ける可能性がある。まずIFRSでは減損の兆候について日本基準のように過去の損失を想定するのではなく、将来の見込みや予算と比較して収益性が減少した場合に減損の兆候ととらえる。また、日本基準では行っていない減損損失の戻入れをIFRSでは行っているなどの違いがある。減損の兆候を素早く把握する仕組みや戻入れを適切に行うための仕組みがポイントになるだろう。

 資産除去債務についても考慮する必要があるだろう(参考記事:4ステップで進める資産除去債務への対応)。これまで日本の流通業は有望な商圏に我先と出店してきた。しかし、日本基準でも適用が始まった資産除去債務では、その店舗を取り壊し、原状回復する費用についても資産除去債務としてあらかじめ計上し、耐用年数に渡って減価償却する必要がある。流通業にとっては将来の撤退時も想定し、その出店を決める必要がある。先述したように過当競争にある状況において、各社の店舗開発は今後難易度を増していくことが想定される。そこに、このような会計的要素も取り込んで意思決定をしていく必要が出てくるであろう。

 最後に、今後日本の流通業が成長し、生き残っていくためには海外展開やM&A、海外企業との競争が、これまで以上に切実なものとなっていくことが想定される。このIFRS対応を契機として海外事業も推進できるような人材の獲得や育成を進め、日本の高いクオリティーを持った流通ビジネスを海外においても展開していくことができるだろうか。IFRS対応は日本の流通業のさらなる発展につながる可能性を持っている。

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