「IFRSに関する誤解」の行間を読む(2)【IFRS】IFRS動向ウォッチ【3】

大きな話題を呼んだ金融庁の「IFRSに関する誤解」。同庁に寄せられた多くの問い合わせに答えた内容とされているが、これで世の中の誤解は解けたのか? そして同庁の真意は実務担当者・監査人・投資家などの関係者に正しく伝わっているだろうか? その行間を読んでみたい。第1弾に続く今回は「個別的事項」について解説する。

2010年05月28日 08時00分 公開
[原幹,株式会社クレタ・アソシエイツ]

 既報のとおり、4月23日付で金融庁から「国際会計基準(IFRS)に関する誤解の公表について」(以下「IFRSに関する誤解」とする。参考リンク)が公表された。この「IFRSに関する誤解」は、同じく金融庁より2009年6月に発表された「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」(以下「中間報告」とする。参考リンク)に関連し、国内外から寄せられた問い合わせに対する回答として、また2008年を転換点としてメディアなどでも大きく取り上げられてきたIFRSの動向について、必要以上に注目されている昨今の状況に対する誤解を解くために公表したとされている。

 第1回に続き、今回は「個別的事項」について主に「実際に世に流布している誤解は解けているか? 金融庁の真意は正しく伝わっているか?」といった観点での解説を行うとともに、その意図について「行間を読む」ことを試みる。なお、以下の文中における見解は特定の組織を代表するものではなく、筆者の私見である。

1.IFRSは徹底した時価主義ではないのか

(誤解)IFRSを導入すると、土地など固定資産も含めて全面的に公正価値(時価)で評価しなければならない。

(実際)IFRSにおいて、公正価値(時価)で評価しなければならない範囲は、現行の日本基準と大きくは異ならない。

 現行の日本基準で採用されていない「再評価アプローチ」(公正価値による評価)がIFRSでは採用されているため、有形固定資産や無形資産、投資不動産についてIFRSでは「公正価値評価のみしかできないのではないか」という誤解がある。

 しかし、IFRSでも「取得原価による評価」と「公正価値による評価」の選択が可能なので、「取得原価」を採用した場合には実質的に日本基準と同様の扱いとなる。

 特に有形固定資産についてはこのような誤解が大きいが、「取得原価による評価」を採用した場合の影響は小さいので安心してよいだろう(実際、EUにおける2005年の強制適用時も、取得原価を採用した企業が大半だった)。「IFRSに関する誤解」本文にも比較表が用意されているので参照されたい。

2.持ち合い株式の時価評価により業績(当期純利益)が悪化するのではないか

(誤解)IFRSの見直しが行われると、持ち合い株式の公正価値(時価)評価変動額を損益に計上しなければならなくなるため、業績(当期純利益)が大幅に悪化する。

(実際)持ち合い株式の公正価値(時価)評価変動額は損益(純利益)ではなく、その他の包括利益に計上する方法を選択でき、その場合、当期純利益が悪化することはない。

 IFRSにおける大きな特徴が、利益に関する「当期純利益」と「その他の包括利益」という2つの考え方だ。

 従来の「当期純利益」(本業での利益)に加えて、「その他の包括利益」が新たな利益概念に加わることで、時価評価損益などの「本業以外での利益変動要因」が損益計算書に加わる。このため「本業の利益」と「時価評価による損失」が相殺されてしまって全体の利益が少なく見られてしまうのではないかという誤解がある。

 「その他の包括利益」は、より広い視点での利益概念として採用されているが、いわゆる「本業の利益」としての「当期純利益」とは異なるものである。「利益の1つではあるが、当期の利益に組み入れられる前の状態で棚上げされている利益」と考えると分かりやすい。

 「当期純利益」とそのような利益とを混同することは、業績評価の観点からも好ましいものではないため、IFRSにおいても明確に切り分けられている。

 なお上記について改訂後のIFRS9号(金融商品)では、持ち合い株式の慣行を踏まえて、経営者の意思で

  • 評価損益を「当期純利益」に計上する方法
  • 評価損益を「その他の包括利益」に計上する方法

のいずれかの方法を選択できるようになった。後者を選択した場合、評価損益・売却損益のいずれも「当期損益」には反映されない。これにより上記のような「利益と損失の混同」を回避可能だ(なお受取配当は当期損益に反映されるので注意)。

 日本においては、2009年12月25日に公表された企業会計基準公開草案第35号「包括利益の表示に関する会計基準(案)」において、上記とほぼ同等の方針に変更されることになる。同草案はスケジュールどおりに承認されれば2011年3月期の決算より適用されるので、日本基準の改正動向に注意されたい。

3.IFRSでは、利益の表示が当期純利益から包括利益のみに変わるのではないか

(誤解)IFRSでは、年度の業績把握の指標として多く用いられている当期純利益が用いられなくなり、包括利益のみに変わる。

(実際)IFRSでは、当期純利益が表示され、業績把握のために重要なものであることに変わりはない。

 2.にも関連するが、IFRSにおいては

  • 「当期純利益」(当期における本業での利益獲得活動の成果)
  • 「その他の包括利益」(本業以外の活動も含めた、企業活動で認識された利益)

の2つを併せて「包括利益」として定義している。

 「当期純利益」は、本業における成果として今後も業績把握・評価指標に使われ続けることになる。これに「その他の包括利益」が加わることで、より広い利益のとらえ方が加わると考えて、上記のような「誤解」を解いていこう。

4.企業年金の会計処理方法の変更により、企業の業績が悪化し、年金財政も悪化・崩壊するのではないか

(誤解)IFRSの見直しが行われると、企業年金の積立不足額を即時に費用処理しなければならないため、業績(当期純利益)が大幅に悪化する。また、年金の積立不足がすべて財務諸表にあらわれるため、年金財政が悪化・崩壊する。

(実際)現行のIFRSでは、企業年金の積立不足の増減に伴う数理計算上の差異(年金資産の期待収益と運用成果の差異など)については、一定額以上のみを平均残存勤務期間で均等償却する方法、「その他の包括利益」として即時に認識する方法などが選択できる。

 退職給付債務の期間変動や年金資産の期待収益と運用成果の差異など、年金債務の変動にともなう損益が企業業績に一度に直接影響を与えてしまうことの弊害を見据え、IFRSでは数理計算上の差異については上記のような

  • 「当期損益として均等償却する方法」
  • 「その他の包括利益として即時認識する方法」

のいずれかを選択できるようにした。いずれの方法でも、積立不足額による費用インパクトが1つの会計期間にいきなり損益として表れることはないため、当期の業績に与える影響を小さくすることができる。

 なお、それまでにオフバランスだった(貸借対照表に計上されなかった)積立不足額についてはIFRSでは負債に全額計上される見込みだ(2009年末現在)。日本基準では注記による開示にとどまるという違いがあるため、IFRSの場合、財務諸表へのインパクトは大きい。これについて、ASBJ(企業会計基準委員会)ではIFRSに合わせて負債に全額計上する処理とする公開草案を公開している(2012年3月からの適用を想定)。

5.売上の計上に当たり、IFRSを導入すると出荷基準が使えなくなり、期末はすべての着荷や検収の確認をしなければならないのか。また工事進行基準は認められなくなるのか

(誤解)IFRSでは、収益の認識基準が我が国とは異なり、我が国でこれまで広く使われていた出荷基準による売り上げの計上が認められなくなる。

(実際)現在の日本基準は実現主義であり、現在のIFRSの収益認識基準(リスクと便益の買主への移転)に照らし合わせても、ほぼ同様の結果となることが多い。例えば、取引の形態によっては、着荷や検収の事実をいちいち確認しなくても、出荷の事実をベースに、配送に要する期間等を考慮して、合理的にリスクと便益の移転が認められる場合、その時点で売り上げの計上ができる場合がある。いずれにせよ、プリンシプルに照らして、個々具体的な事例に則して適切に判断することになる。

 この「誤解」は、あちこちで蔓延しているといってもよいだろう。まず、日本基準における「実現主義」とは

  • 「物品または役務の提供」
  • 「対価の受け取り」

の2つの要件を満たしたときに、収益を認識するという考え方だ。一方のIFRSにおいては、以下の要件を満たすときに収益を認識するという考え方をとっている(以下、物品の販売を想定する)。

  • 「物品所有にともなう重要なリスクおよび経済価値を企業が買い手に移転させたこと」(リスク経済価値の移転)
  • 「販売された物品に対して、所有と通常結びつけられる程度の継続的な管理上の関与も有効な支配も企業が保持していないこと」(支配の放棄)
  • 「収益の額が信頼成をもって測定できること」(信頼性のある測定)
  • 「当該取引に関する経済的便益が企業に流入する可能性が高いこと」(経済的便益の流入可能性)
  • 「当該取引に関して発生したまたは発生する原価が、信頼性をもって測定できること」(信頼性のある測定)

 表現は異なるが、例えば「物品の販売」を通して、その物品に関するリスクや経済価値が買い手に移転するとし、収益を認識すべきという考え方は、日本基準の「実現主義」と大枠のところで違いはない。

 収益認識のタイミングについても、取引実態に基づいてリスクや経済価値が移転したタイミングを合理的に見極めることで、現状と齟齬(そご)のない収益認識処理が可能である。これは「IFRSに関する誤解」にあるとおり「プリンシプルに照らして、個々具体的な事例に則して適切に判断」する必要があろう。

 いずれにしても、取引実態を分析せずに「出荷基準が否定される」と乱暴に判断してしまうことは避けたいところだ。なお上記に関連して、日本公認会計士協会が2009年7月9日に公表した「我が国の収益認識に関する研究報告(中間報告)」にてIFRSとの比較を含めた詳細な分析を試みている。併せて参照されたい。

6.減価償却の償却方法は、定率法がまったく使えなくなるのではないか

(誤解)IFRSになると、有形固定資産の償却方法は、定率法はまったく使えなくなり、見直しが必要。

(実際)IFRSは、減価償却方法は資産の償却可能価額を耐用年数にわたって規則的に配分するものであり、償却方法は、将来的な資産の経済的弁便益の消費パターンを反映したものを採用しなければならないとされている。定率法と定額法の間に優劣はない。

 日本基準においても「経済的耐用年数」に基づいて有形固定資産を複数期間にわたって費用配分することを求めていることに変わりはない(ただし、日本では法人税法で定めた「法定耐用年数」をそのまま流用する企業が多い)。

 IFRSにおける実態重視の考え方はここでも徹底されていて、経済的便益を費用化するに当たっては、より実態に近い処理方法を採用することを求めている。「定額法」か「定率法」かの違いは、この実態により近い方法を採用する際の議論であり、定率法の禁止(や定額法の強制)が求められるものではない点については注意が必要だ。

まとめ:「誤解」をどのように読み取るか

 「IFRSに関する誤解」は、内部統制報告制度の導入時に世の中が必要以上にヒートアップしてしまった反省を踏まえ、早い段階で議論の整理をしておこうとする金融庁の意図が色濃く感じられる文書である。大半は同意できる内容ばかりだが、項目によっては首をかしげてしまうものもある。内容を吟味したうえで、そしてできればIFRS本編をひもときつつその基本的な主旨を理解し、「誤解」の芽を摘んでおきたい。

 また、このタイミングでこの文書が公表されること。それはとりもなおさず、2012年ごろと予定されている日本でのIFRSの強制適用判断に向けて、金融庁が本腰を入れつつあることを意味する。日本でのIFRS適用はもはやタイミングの問題だけになりつつあるが、大きな混乱に陥らず本番の時を迎えることができるよう、いまの段階から情報収集に務めていこう。

 以上、2回にわたって「IFRSに関する誤解」の行間を読み解く試みを行った。読者諸兄のIFRS理解の一助になることとともに、「誤解」に必要以上に右往左往せずIFRS適用の時を迎える準備の手助けになればと思う。

原 幹 (はら かん)

株式会社クレタ・アソシエイツ 代表取締役

公認会計士・公認情報システム監査人(CISA)

井上斉藤英和監査法人(現あずさ監査法人)にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社数社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。

「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識および会計/IT領域の豊富な経験を生かし、多くの業務改善プロジェクトに従事する。翻訳書およびメディアでの連載実績多数


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