有形固定資産会計にみられるIFRSの論理【IFRS】日本人が知らないIFRS【6】

有形固定資産会計はIFRS導入で困難な領域の1つだ。企業は従来、有形固定資産会計を税法基準で行ってきたが、IFRSでは実質的な経済実態に基づく開示が求めれる。企業はどのような論理でIFRSに基づく減価償却の耐用年数や償却方法を決定すればよいのだろうか?

2010年06月11日 08時00分 公開
[高田橋範充,中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授]

1.はじめに

 有形固定資産会計は、わが国へのIFRS導入において、困難な領域の1つとして挙げられることが多い。それは、従来、減価償却の耐用年数決定に見られるように、わが国の有形固定資産会計が多くの領域が税法基準に依存してきたことに由来する。IFRSがこのような法的形式から脱却して、実質的な経済実態の開示を求めることから、IFRS導入の際には有形固定資産会計が強い影響を受けるものと想像される。それでは、減価償却の耐用年数や償却方法の決定において、どのような論理に立って決定すればよいのだろうか?

 まずは、わが国の会計実践における主流的アプローチである、伝統的原価主義・損益計算的思考に従って、この問題を考察してみよう。

2.減価償却計算の説明原理:伝統的な視点から

 通常のわが国における会計学のテキストによると、有形固定資産に取得に要した支出を耐用期間中に費用として配分する手続きが、減価償却計算とされる。そこでは、もっぱら減価償却の損益計算書に与える効果が重視される。この損益計算書上の費用は税法上、損金と見なされることから、税法上の規定に影響されることになる。とりわけ、2007年の税法における減価償却の見直しにより、定率法を中心とした加速度償却が日本企業の国際競争力強化という視点から推進されたことは記憶に新しい。このように減価償却計算はあくまで、損益計算上の費用を確定させるという意味を第一義的に有しており、さらに、わが国の確定決算主義(=企業会計上の損益計算書を税法算定の基礎とすること)の下では、税法の規定に強く依存することになる。

 従来の思考においては、このように税法基準に強く依拠してきたため、その税法基準から脱却したとしても、伝統的会計理論そのものには、耐用年数を決定する論理も、あるいは減価償却方法を選択する基準も明確には存在しない。あるとすれば、当該固定差資産の当期における用役の費消がどのようであったかという問いかけか、あるいは、企業の財務上、その取得原価を早期に回収すべきか、という問題提起に留まるのであろう。

 以上のように、伝統的原価主義の論理では、減価償却計算はあくまで損益計算の適正性という視点から認識されるが、その論理そのものからは、耐用年数や減価償却方法を規定し得ることはない。よって、会計実践的には、もっぱら税法の規定により、損金算入が認められるかどうかを具体的なメルクマールとしてこのような耐用年数や減価償却方法を決定したのに過ぎない。

 IFRS導入に際して、従来のように、税法規定に従うだけで処理することはフレームワークにある「形式よりも実質(Substance over Form)」の考え方から否定される。そこで、多くの会計担当者は、税法に代わる基準をIFRSの中に見いだそうとするであろう。しかし、IFRSは周知のように、原則主義を標榜しているので、多くの日本人が期待するような具体的な数値基準(bright line)は、まったく規定してない。そればかりか、減価償却方法に関しては単にそれぞれの紹介にとどまっている。

 ここで、われわれはIFRSを導入するに際し、有形固定資産の耐用年数や減価償却方法をどのように決定すればよいのかを考察するためには、IFRS自体が減価償却計算をいかにとらえているか、あるいは有形固定資産会計全体をどのように論理的に構築しているのか、という極めて原初的な問題に直面することになるであろう。

3.有形固定資産会計の目的と再評価モデル

 本連載において一貫して述べているように、IFRSのアプローチは従来の損益計算中心のものとは異なり、貸借対照表における公正価値による企業価値の表示にある。この視点から問題をとらえた場合、減価償却計算に関しても、従来の伝統的視点とはまったく異なった理解が可能になるように思われる。減価償却計算の説明に入る前に、まずは、IFRSの理解する有形固定資産会計の全体像を明らかにしよう。まず、IFRSはIAS16号の目的を次のように述べている。

 「この基準の目的は、有形固定資産(property, plant and equipment)の取り扱いを規定するものであるが、そのことにより、財務諸表利用者が有形固定資産の投資とその変化に関する情報を理解しうることになる。」(IAS16号 第1パラグラフ)

 この規定により、IFRSがあくまで有形固定資産会計の目的を、有形固定資産の投資に関する情報の明確化に求めていることが分かる。それは、減価償却費の計算を有形固定資産会計の中心課題として、損益計算の適正化からとらえようとする伝統的視点とは対峙的ですらあるように思われる。すなわち、IFRSは貸借対照表によって企業による投資結果を開示させることに主眼があり、損益計算はあくまで副次的である。

 それでは、このような公正価値による貸借対照表の作成はどのような方法によるのであろうか? 単純に理解すると、このような貸借対照表は、期末時点のすべての資産・負債を棚卸ないしは実地調査し、それらを公正価値で評価することによって導かれるように思われる。しかし、IFRSはそのような単純な方法を採用してはいない。

 IFRSは、資産・負債を認識し、さらに再評価するといった2つのプロセスを想定し、

「認識時の測定(Measurement at recognition)」と「認識以降の測定(Measurement after recognition)」として分けて議論している。有形固定資産を例にとると、「認識時の測定」とは有形固定資産を購入した段階でその増加を認識すると同時にそのコストによって評価することを指すのに対し、「認識以降の測定」とは、簡単にいえば財務諸表作成時、すなわち決算時における評価を意味するものと思われる。この「認識以降の測定」に関して、IAS16号は、原価モデル(Cost model)と再評価モデル(Revaluation model)のいずれかの選択適用を規定している。ここで、再評価モデルとは公正価値を基準としたものである。

 いわゆる、わが国のIFRS関連書籍では、再評価モデルの採用を予定する日本企業が皆無であると予想されること、あるいは、再評価モデルがあくまで英国の会計慣行であるとして、説明を割愛する場合も少なくない。しかしながら、IFRSの公正価値会計の主張からすると、論理の本筋はむしろ、この再評価モデルにあることは明らかである。

 あるいは、2003年以前の改正前IAS16号では、この再評価モデルはあくまで例外的方法として位置付けられていたが(すなわち、原則的方法はあくまで原価モデルであった)、現段階では両者が並列列挙・選択されている。明らかにIFRSの本来的な趣旨を明確化させるために、この再評価モデルの位置付けの向上が図られていることを考えても、IFRSの固定資産会計を分析する際に、この再評価モデルを除いて議論を進めることは、本末転倒というべきであろう。

4.再評価モデルと減価償却計算

 IAS16号では、再評価モデルは次のように定義付けられている。

 「資産として認識された後、その公正価値が信頼性をもって測定しうる有形固定資産の項目に関しては、再評価された金額で評価されなければならない。ここで、再評価された金額とは、再評価時の公正価値からそれ以降の減価償却費および減損の累計額を控除したものを指す。再評価は、計上金額が期末時点の公正価値から大きく乖離しないように、規則的に実施されなければならない」(IAS16号 第31 パラグラフ)

 この規定から明らかなように、公正価値の評価替えは毎年、行われるわけではなく、定期的に行わればよいと考えられている。評価替えが行われない期間の決算期においては、減価償却計算と減損の認識が行われ、有形固定資産の損耗や回収可能性の減額が行われるものとして想定されている。いわば、減価償却計算は価値損耗の代替計算としての位置付けがなされているように思われる。しかし、この再評価モデルに減価償却計算を組み込ませるという考え方は、支出の耐用期間への割当計算である減価償却計算の本質をかんがみると、違和感が残ることも否定できない。

 公正価値会計の考え方からすると、市場価値を反映させることにより企業の価値を表そうとするものであるから、支出の案分計算に過ぎない減価償却にそれを肩代わりさせるのは、明らかに矛盾といえる。もちろん、このような代替計算は、実務的簡便性の視点から、あるいは有形固定資産が、金融商品や棚卸資産と異なり、常に市場と密接不可分に結びついているものではないという理由によって、首肯(しゅこう)できないわけではないが、それでも系譜の違う2つのものを接ぎ木したような違和感は残るのである。

 そのような違和感を抱えながらも、再評価モデルを積極的に導入しようとするIFRSの趣旨は明確である。簡単にいえば、あくまで本来的な評価基準は公正価値にあることを宣言するためであろう。すなわち、そのような公正価値会計が有形固定資産においては実務的に不可能な場合に、減価償却計算がそれを補完するために存在することになる。

5.視点の切り替え

 IFRS的な思考に従えば、企業の保有する資産は当然のことながら投資する価値があるから、すなわち将来的なキャッシュフローを生み出すものと認識されるから、貸借対照表に計上されているということになる。例えば、IT産業のように、技術発展が迅速で機械の陳腐化が激しい状況においては、定率法は妥当といえるであろう。この場合、従来は費用の早期計上化による資金の回収の側面として理解されていたものが、IFRS的な理解では貸借対照表上の資産計上金額の切り下げとして理解することが重要になるのであろう。IFRSでは、重要なのは、損益計算書よりも貸借対照表の資産評価の視点なのである。

 その意味においては、減価償却方法の選択や耐用年数の決定において、それらの選択や決定が資産評価の視点から正しいのかという論理を組み立てなければならない。その際には、当該固定資産への投資計画の戦略的意味を合理的に説明することも含めて極めて面倒なプロセスが待っているように思われる。それは、有形固定資産の市場価値を模索するのと同程度に困難な作業であるように思われる。

高田橋 範充(こうだばし のりみつ)

中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授

公認会計士二次試験に合格後、中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。福島大学助教授、中央大学経済学部教授を経て、国際会計研究科教授。著書に『ビジネス・アカウンティング』(ダイヤモンド社)、 『導入前に知っておくべき IFRSと包括利益の考え方』(日本実業出版社)


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