国内企業で初めてIFRSを任意適用した日本電波工業。日本基準ベースの財務諸表とIFRSベースの財務諸表ではどのような財務数値の違いがあり、どのような会計処理がされているのか。注記情報を含めて、同社の有価証券報告書を分析する。
同社は、2002年3月期(「移行日」は2000年4月1日)よりIFRSに準拠した連結財務諸表を公表しています。従って、同社はIFRSの初度適用には該当せず、IFRSに基づく遡及適用の原則・例外の適用や、移行の影響額の調整表等の開示義務の適用はありません。IFRS初度適用の場合には、「移行日」時点の財政状態計算書や移行の影響額の調整表等の開示が求められます(有価証券報告書P40)。
資本の部 | IFRS移行日(IFRS開始財政状態計算書日、2013年4月1日)および従前の会計基準で開示されている直近の財務数値の財政状態計算書日(2014年3月31日)の両日について調整表を開示 |
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包括利益 | 従前の会計基準で開示していた直近の財務諸表(2014年3月期)について調整表を開示 |
キャッシュ・フロー計算書 | 従前の会計基準の開示していた直近のキャッシュ・フロー計算書(2014年3月期)について重要な調整を開示 |
以下に日本電波工業のIFRSによる財務数値と、日本基準の財務数値の相違点を概略として示します。
日本基準 | 相違点 | IFRS | |||
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売上高 | 526億5000万円 | 出荷基準 →着荷基準 |
約6000万円減 | 売上高 | 525億9000万円 |
営業利益 | 48億5500万円 | 営業外損益・特別損益(金融損益以外) →営業損益 |
約8億7600万円減 | 営業利益 | 39億7900万円 |
研究開発費と遊休固定資産減価償却費の減少 | |||||
有給休暇費用の計上 | |||||
税引前当期利益 | 38億5400万円 | 社債償還益の増加 社債利息の増加 |
約4億4900万円増 | 税引前当期利益 | 43億300万円 |
当期利益 | 39億9900万円 | 未実現利益消去の税率: 売手の税率 →買手の税率 |
約3億3800万円増 | 当期利益 | 43億3700万円 |
日本基準(2009年3月期) | IFRS(2010年3月期) | |
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総ページ数 | 103ページ | 115ページ |
連結財務諸表注記 | 24ページ | 36ページ |
総ページ数に大幅な増加は見られませんが、連結財務諸表注記が1.5倍になっています。
以下では個別の相違について詳しく解説しましょう。
同社は、当期純利益の計算と包括利益の計算を1つの計算書(損益及び包括利益計算書)で表示する方法(1計算書方式)を採用しています(有価証券報告書P42)。
包括利益を表示する計算書には、当期純利益を計算する損益計算書と包括利益を計算する包括利益計算書とで表示する形式(2計算書方式)もあり、現行のIFRSでは、両方式とも認められています。
当期利益 | 43億3700万円 | |
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その他の包括利益 | ||
(在外営業活動体の換算損益) | △3億100万円 | (1) |
(売却可能金融資産の公正価値の変動) | 2億1600万円 | (2) |
(損益に振替えられた売却可能金融資産の公正価値の変動) | — | (3) |
(その他の包括利益に係る法人所得税) | △8500万円 | (4) |
(税引後その他の包括利益又は包括損失) | △1億6900万円 | (5)=(1)+(2)+(3)+(4) |
当期包括利益 | 41億6700万円 | 当期利益+(5) |
同社の会計方針の記載は下記のとおりです。「物品の販売による収益は、受領した対価又は受領可能な対価から、値引き、割戻しを減額した公正価値により測定されております。物品の販売による収益は、物品の所有に伴う重要なリスクと経済価値が顧客へ移転し、物品に対する継続的な管理上の関与がなく、その取引に関連する経済的便益が流入する可能性が高くなり、その取引に関連して発生した原価と収益の金額を、信頼性をもって測定できるときに認識されております。また、ロイヤルティは契約内容に従って発生主義で認識しております。」(有価証券報告書、P53)
上記記載内容からは具体的な収益認識の方法は読み取れませんが、日本基準との差異の説明の記述から、主に顧客への着荷をもって収益認識がなされているものと思われます(有価証券報告書、P14)。
同社は、主に原材料については移動平均法、製品・半製品・仕掛品については先入先出法を採用しています(有価証券報告書P49)。
なお、2010年3月期には、主に市況の回復により当初想定した販売見通しが大幅に好転したことにより、前年度の評価減43億100万円の大部分である42億6700万円の戻入が行われています(有価証券報告書P56)。
日本基準では、洗替方式、切放方式ともに認められていますが、IFRSでは、洗替方式が強制されています。
同社は、有形固定資産について見積耐用年数にわたって定額法により減価償却しています。
IAS第16号の下では、有形固定資産の減価償却における見積要素(減価償却方法、耐用年数および残存価額)について毎期末に見直しを行うことが求められます。
同社は、2010年3月期に建物を除く有形固定資産の減価償却方法を定率法から定額法に、建物および構築物の残存価額を取得価額の10%からゼロに変更しています(有価証券報告書P59)。なお、このような見積もりの変更を行った場合には、企業は、その理由を実証する必要があります。通常、IFRS初度適用の会社は遡及修正するのではないかと思われます。同社の事例は、IFRS初度適用の際の参考にはなりにくいのではないでしょうか。
IFRSでは、社内開発費のうち特定の要件を満たすものを無形資産として認識します。しかし、同社においては、2009年3月期と2010年3月期の研究開発費支出がそれぞれ25億3000万円、22億4100万円であるのに対して(有価証券報告書P67)、無形固定資産の増加がほとんどないため(2010年3月期無形資産その他の取得金額2700万円)、ほとんど費用処理されたことが分かります(有価証券報告書P60)。
また、のれんの減損テストに当たって回収可能価額の算定に用いた見積もりなどの補足情報を開示することが求められており、同社は、使用価値の算定に当たって、将来のキャッシュ・フロー予測のために使用した事業計画の年数や成長率の仮定などについて開示しています(有価証券報告書P60)。
(1)有給休暇引当金
IFRSでは、繰越可能な有給休暇については、有給休暇の付与の原因となった勤務を従業員が行った期に費用を認識します。
同社は、2009年3月期と2010年3月期に有給休暇引当金をそれぞれ3億7400万円および4億2700万円、その他の流動負債として認識しています(有価証券報告書P61)。
(2)退職給付
現行のIFRSでは、数理計算上の差異の処理方法として、次のいずれの方法も認められています。
a)回廊方式による遅延認識
b)その他の規則的な方式による遅延認識⇒回廊方式よりも早い方式であれば認められます
c)その他の包括利益への即時認識
同社は、上記b)を選択し、日本基準と同様の方式を採用し、数理計算上の差異の発生の翌年度から平均残存勤務期間内の一定の年数(10年)にわたって定額法により認識する方針としています(有価証券報告書P52)。
(1)非上場株式の測定
現行のIFRSでは、非上場株式は、一律に公正価値を信頼性をもって測定できないものと位置づけられておらず、合理的な公正価値の見積額の範囲のばらつきが重要でない場合や期待値計算により公正価値の合理的な見積りが可能である場合には、公正価値による測定が求められます。
同社は、市場価格の無い有価証券について、公正価値を合理的に見積もるには過大な費用負担が発生し、実用的ではないため取得原価で測定している旨を開示しています(有価証券報告書P78)。
(2)新株予約権付社債
IFRSでは、負債要素と持分要素の両方の要素を含む混合金融商品については、それぞれの要素に区分処理することが求められます。
同社の発行する転換社債型新株予約権社債は、負債要素(社債部分)と持分要素(転換権部分)に区分され、さらに負債要素は、元本部分とそれに組み込まれたデリバティブ部分(コールオプションおよびプットオプション)に分離されて認識されています。また、社債部分は、実効金利法により償却原価で測定され、期間の経過とともに帳簿価額の積み増し(アキュムレーション)が行われ、デリバティブ部分は、損益を通じて公正価値により測定する金融商品として取り扱われています。
同社は、2010年に社債を繰上げ償還するに当たって、5億7200万円の利益を認識しています(有価証券報告書P69)。利息費用分だけ、社債が増えていることに起因するものです。
IFRSでは、金融収益・費用以外の多くの収益・費用項目が営業収益として表示されます。
同社で、2009年3月期または2010年3月期に、その他の営業収益および営業費用として表示されている項目は以下の通りです(有価証券報告書P68)。
その他の営業収益:固定資産売却益、政府補助金、受取和解金、未払費用戻入益、和解費用引当金戻入益、貸倒引当金戻入益、その他の収益
その他の営業費用:固定資産処分損、減損損失、休止固定資産減価償却費、和解費用、特別退職金、災害による損失、その他の費用
日本基準では、代替的な会計基準が認められていない場合には、会計方針の注記を省略することができますが、IFRSでは、会計方針の選択が可能な場合に限らず、それ以外の場合にも、財務諸表利用者の企業の理解を促進するかどうかの観点から、会計方針の記載を行うかどうかを判断することとされています。
同社は、現金及び現金同等物、棚卸資産、有形固定資産など、約7ページにわたって合計22項目の会計方針の記載を行っています。
特に、金融商品の注記の分量が多く、(1)公正価値情報として、その区分ごとに公正価値を開示した上で、公正価値の客観度を示すヒエラルキー(レベル1〜レベル3)別の内訳の開示するとともに、(2)金融商品にかかるリスク管理として、定量的情報の開示を、金融商品にかかる信用リスク、流動性リスク、金利リスク、為替リスクなどの内容、管理方針とともにそれぞれのリスクに関して次のような定量的指標を開示しています(有価証券報告書P72〜P77)。
リスクの種類 | 定量的情報 |
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信用リスク | 最大エクスポージャー(金融資産の種類別、営業債権の地域別、年齢別) |
流動性リスク | 金融負債の契約上の期日までの期間別分析 |
金利リスク | 実効金利および満期、金利改定日 変動金利商品について金利が1%変動した場合の感応度分析 |
為替リスク | 通貨別の為替リスクエクスポージャー 為替レートが10%円高になった場合の感応度分析 |
IFRS早期適用第1号である日本電波工業の有価証券報告書は、今後のIFRS適用に当たって、非常に参考になるものであると思われます。しかし、同社が2002年3月期からIFRSに基づく連結財務諸表を作成し、IFRS初度適用の適用対象でない(IFRS初度適用の場合には「移行日」時点の財政状態計算書や移行の影響額の調整表などの開示が求められる)点に留意することが必要です。
1985年慶應義塾大学商学部卒。1987年新光監査法人入所。1993年公認会計士登録。多くの上場企業等の監査に携わるとともに、早い時期から国際会計基準に関する業務にも従事。2004年7月から2007年6月までプライスウォーターハウスクーパース中国大連事務所に中央青山監査法人からの駐在員として赴任。2009年2月仰星監査法人入所。現在は、上場会社、上場準備会社の監査、国際的な監査業務などに従事している。2009年11月から現在まで 日本公認会計士協会実務補習協議会委員、一般財団法人会計教育機構東京実務補習所運営委員会副委員長。共著に『中国現地法人における会計的課題』(ジェトロセンサー 2007年8月号)、『商法計算書類の作成実務』(日本公認会計士協会東京会 2004年版)。
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