投資家の視点から作られ、現在の日本基準からの考えの転換が求められるIFRS財務諸表の作成。業務プロセスやITシステムを適切に構築するための情報をお届けする。今回はリースの会計処理について解説する。
これからIFRSの適用を目指す日本企業に影響が大きいと考えられる会計基準のポイントと業務プロセスへの影響、ITシステムの対応方法を解説する連載の9回目。今回はIFRSの大きな改正点の1つでもあり、今までの考え方から大きく転換することを求められる「リース」を取り上げる。なお、以下の文中における見解は特定の組織を代表するものではなく、筆者の私見である。
本連載は下記の構成にてお送りする。該当パートを適宜参照されたい。
IFRSのトピックス概要と日本基準との差異を解説する。
会計基準に対応するための業務サイドへの影響と対応方法を解説する。
Part3:ITへのインパクトと対応(ERP&IFRSへ、無償の会員登録が必要)
会計基準によるITサイドへの影響と対応方法を解説する。
第9回は、
について取り上げる。
現行基準とリース公開草案(後述)とで考え方は大きく異なるが、まず現行基準について解説する。
リース契約は「ファイナンス・リース」と「オペレーティング・リース」に分類される。IAS第17号では次に例示される条件を満たすリース契約を「ファイナンス・リース」と定義し、それ以外のリース契約を「オペレーティング・リース」としている。
これらの条件のうち、「経済的耐用年数」「公正価値とほぼ等しい」については、特に数値条件を示しておらず、実態に基づいて判断するのが特徴的だ。
借り手側(レッシー:lessee、リース資産の利用者側)および貸し手側(レッサー:lesser、リース会社などリース資産の提供側)の会計処理は、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースで異なる。
まずファイナンス・リースの場合、借り手は「売買処理」が原則となる。これはリース資産をあたかも借り手が購入したかのように捉えて借り手の財政状態計算書に計上(オンバランス)し、リース期間にわたって定額で償却する方法で、対応するリース債務は返済期間にわたって利息の支払いと元本の返済を行う。
貸し手の場合、リース資産の売却を擬制する会計処理を行う。リース対象となる資産(商品)と対応するリース債権を計上し、差額は売却益として計上する。その後のリース期間にわたって利息の受け取りと元本の回収を行っていく。
それぞれの会計処理をまとめると以下の通りとなる。
オペレーティング・リースの場合「賃貸借処理」が原則となる。借り手においてはリース資産の財政状態計算書への計上を行わず(オフバランス)、支払いリース料のみを当期の費用として計上する。オフバランスであるため、毎期の費用化(減価償却)を行うことはない。貸し手においても同様に、受取リース料のみを当期の収益として計上する。
それぞれの会計処理をまとめると以下の通りとなる。
特殊なリース契約の例として、資産を保有する側がいったん資産を売却し、元の売り主が借り手となって買い主からリース資産を借り受ける契約(セール・アンド・リースバック)がある。この場合も「売買処理」が原則となるが、売却代金とリース資産の簿価との差額をただちに売却損益として実現するのではなく、リース期間にわたって繰り延べていく点が異なる。
リースに関連するIFRSと日本基準の差異を以下にまとめる。改正前の日本基準ではファイナンス・リースについて賃貸借処理(オフバランス処理)を例外的に認めていたことから多くの企業がこの方法を採用していたが、改正された日本基準がファイナンス・リースについて売買処理を原則としたことにより、IAS第17号との大きな相違は解消した。
内容 | IFRS (IAS第17号) |
日本基準 (リース取引に関する会計基準および同実務指針) |
|
---|---|---|---|
リース取引の分類 | ・ファイナンス・リース ・オペレーティング・リース |
・同左 | |
ファイナンス・リースの定義 | ・資産の所有に伴うリスクと便益を実質的にすべて移転するリース | ・解約不能で、借り手がリース物件からの経済的利益を実質に享受し、かつリース物件に伴うコストを実質的に負担することとなるリース取引 | |
・数値基準は示していない ・貸し手のみが使用できる特殊なものの条件がある |
数値基準は以下の通り ・解約不能リース期間がリース資産の経済的耐用年数の75%以上 ・リース料総額の現在価値がリース資産の見積現金購入価額の90%以上 特殊物件の要件はない |
||
ファイナンス・リースの借り手の会計処理 | ・リース開始時における次のいずれか低い方の額で、資産および負債を計上する ・リース資産の公正価値 ・最低リース料総額の現在価値(リース料は、金融費用と負債元本の返済とに区分) |
・IFRSと同じ処理が原則 ・ただし、少額(総額300万円以下)または短期(1年内)のファイナンス・リースについては賃貸借取引に準じた処理を認める |
|
ファイナンス・リースの貸し手の会計処理 | ・正味リース料当期未回収額を受取債権として計上する ・貸し手が製造業者または卸売業者の場合は、通常の売り上げと同じ会計方針に従って販売損益を認識する |
・IFRSと同じ処理が原則 ・利息相当額の総額は、原則として、リース期間にわたり利息法により配分するが、所有権移転外ファイナンス・リース取引に重要性が乏しいと認められる場合には、利息相当額の総額を定額でリース期間にわたり配分する方法を適用することができる |
|
セール・アンド・リースバックの売り主/借り手の会計処理 | ・リースバックがファイナンス・リースの場合、売却益は繰延べてリース期間にわたり償却する ・リースバックがオペレーティング・リースの場合は、売却損益を直ちに認識する |
・同左 | |
現行のIAS第17号が日本基準とほぼ同等であることは前述の通りだが、2010年8月に公表された国際会計基準審議会(IASB)およびFASB(米国財務会計基準審議会)のリース公開草案(Exposure Draft、以下リースED)では大幅な内容の改変が予定されており、これが基準として確定すればリースの会計処理の考え方は大きな転換を迫られる可能性が高い。
リースEDでは、「ファイナンス・リース」「オペレーティング・リース」の区分を行わず、借り手にとって単一のモデルである「使用権モデル」という新たな考え方に基づく会計処理が提案されている。
まず借り手においては、リース契約で特定されたリース物件を表す「原資産」と、それを使用する権利である「使用権資産」を分離し、「使用権資産」と対応するリース料支払い義務を表す「リース料支払債務」を認識する。「使用権資産」はファイナンス・リースの処理と同様にリース期間にわたって費用化される。
この提案では、原資産と使用権を切り分けて使用権に相当する部分を資産として認識する点が従前の考え方とは大きく変わる。この考え方の採用により「ファイナンス・リース」「オペレーティング・リース」の区分を行うことなく統一的に処理すると、従来オペレーティング・リースに区分されてオフバランス処理が認められていたリース資産についても、それを使用する権利を財政状態計算書に計上(オンバランス)する点が大きく変わる。
次に貸し手においては、「使用権モデル」を前提とした「履行義務アプローチ」と「認識中止アプローチ」の使い分けが提案されている。
「履行義務アプローチ」とは、貸し手がリース原資産の使用権を借り手に与えた結果、リース料を受け取る権利(=「リース料受取債権」)と、原資産の使用を借り手に認める義務(=リース負債)が生じるとする考え方である。この考え方に基づくと、原資産は貸し手の財政状態計算書に残しつつ、「リース料受取債権」と「リース負債」が両建てで計上され、原資産は減価償却の対象となり、リース収益は利息収益とともにリース期間にわたって段階的に実現する。この結果、損益の構造は従前のオペレーティング・リースの考え方とほぼ同等になる。
「認識中止アプローチ」とは、リース契約によりリース期間にわたる原資産の経済的便益がリース取引開始日に借り手に移転されるとする考え方である。この考え方に基づくと、原資産は契約時にあたかも売買されたかのように扱われ、貸し手の財政状態計算書から認識を中止(オフバランス)される。またリース収益は契約初年度に全額認識し、リース期間にわたって利息収益のみが計上される。
これらをまとめると以下の通りとなる。
「リース」における業務への影響について、主な検討事項とその対応方針について述べる(以下では、リースEDに基づく影響を記述する)。
業務上の検討事項 | 検討内容 | |
---|---|---|
1. リース資産の範囲 | ・既存のリース契約の見直し ・新たにリースと見なされる契約の精査 ・無形資産や賃貸用不動産の扱い |
|
2. 借り手の会計処理 | ・オンバランス化による財務構造の変化 ・使用権資産の管理方法 |
|
2. 貸し手の会計処理 | ・履行義務アプローチと認識中止アプローチの選択 ・各アプローチにおける財務構造の変化 |
|
リースEDで取り扱われる資産は、その契約形態によって実質的に判断され、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの区別もなくなる。特に「貸し手の原資産を維持しつつ使用権をリースする」という形態の契約は、従前のリース契約(機械装置や車両など)にとどまらず、より広い範囲にわたる可能性がある。範囲が変わった結果、既存のリース契約を新基準に合致した扱いにするべきかどうか、また新たにリースとみなされる契約が出現するかどうかを精査しておこう。
リースEDでは無形資産や賃貸用不動産については基準の対象外とする提案が行われているが、これは日本の無形資産に関する会計基準(ソフトウェアなど)とは一部不整合が生じる。今後の検討次第ではこれらの科目もリースの対象とされる余地もあるため、引き続き改正動向には注意したい。
借り手にとっては原則として全てのリース契約がオンバランス扱いとなるため、従前に比べて財政状態計算書の資産の部に計上する金額が大きくなり、ROA(総資産利益率)は悪化する傾向になる。これらを受け、従前のリース契約を今後どのように扱うべきかを経営者の観点から検討する必要がある。この結果、場合によってはリース契約そのものを見直す可能性も予想される。
また使用権資産がリース原資産と分離された結果、使用権資産の台帳管理と償却計算も必要となった。使用権資産の金額自体はリース原資産と同等だが、対象範囲が変わることから台帳管理の方法も見直す必要があり、これらの管理方針を併せて検討する必要がある。
主にリース会社側での検討事項になるが、履行義務アプローチと認識中止アプローチのいずれを適用するかで、収支構造は期間により大きく変化する。履行義務アプローチを適用する場合には収益はリース期間にわたり認識されるが、認識中止アプローチでは収益は初年度に実現されるため、損益予測の変化が大きい。
いずれのアプローチによるかでリース会社側の収支モデルが変化するため、慎重な対応が求められよう。リースEDの改訂状況を見守りつつ、上記の対応方針を順次検討していくのが現実的な対応と考えられる。
井上斉藤英和監査法人(現あずさ監査法人)にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識および会計/IT領域の豊富な経験を生かし、多くの業務改善プロジェクトに従事する。共著「会計士さんの書いた情シスのためのIFRS」をはじめ、翻訳書やメディア連載実績多数。
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