IFRSにかかわる組織から毎月、公表される各種文書。ムービングターゲットと言われ、変化を続けているIFRSの姿を捉えるにはこれらの文書から最新情報を得る必要がある。新連載「忙しい人のためのIFRS Watch」では各組織が公表する文書の内容を分かりやすく紹介する。
企業のIFRS導入業務担当者にとって、IASBやFASB、ASBJから公開されるIFRSに関する基準や公開草案などをタイムリーに確認しておくことが望ましい。今回の連載では、日々多数の情報をチェックすることが難しい読者に代わり、IFRS関連の最新情報から注目すべきものを取り上げ、その要約と解説を行うこととした。
1回目は、2月中旬から3月中旬までに主要サイトに掲載された記事を対象としている。
ASBJ:企業会計基準委員会
FASB:米国財務会計基準審議会
IASB:国際会計基準審議会
IFRS:国際財務報告基準
FASBは、ヘッジ活動に関する財務報告の要求をどのように改善し、簡素化およびコンバージェンスするかに関する意見を募集するためのディスカッション・ペーパーを公表した。
FASBは2010年5月に、会計基準更新書(ASU)「金融商品の会計処理及びデリバティブ商品とヘッジ活動の会計処理に対する改訂−金融商品(Topic825)並びにデリバティブ及びヘッジ(Topic815)」において、ヘッジ会計を含む金融商品に関する財務報告を改善および簡素化するための改訂を提案した。一方、IASBは2010年12月に、金融商品に関する会計を改善するプロジェクトの一環として、「ヘッジ会計」に関する公開草案を公表し、現行のヘッジ会計モデルにおける弱点と矛盾を解決すると同時に、ヘッジ会計を企業のリスク管理と整合させることを目的とした改訂を提案した。
IFRSと米国会計基準(U.S. GAAP)との間には、ヘッジ会計に関して既に差異が存在していたが、IASBの提案によって、今後のその差異に一層の開きが生じる可能性が出てきた。これを懸念したFASBは今回ディスカッション・ペーパーを公表し、今後U.S. GAAPにおいてデリバティブとヘッジ活動に関する改訂を進めていくうえで、市場関係者がIASBの提案をどのように捉えているかを問うこととしている。
IASBおよびFASBは、「別個の履行義務を識別すべき場合」、「財またはサービスに区別できる機能がある場合」について、下記の通り、暫定的に決定した。
表1:別個の履行義務を識別すべき場合
公開草案 | 今回提案内容 |
---|---|
次のいずれかを満たす場合 (1)企業(またはその他の企業)が、同一の、または類似する財またはサービスを別個に販売している (2)財またはサービスに区別できる機能および利益マージンがあることにより、企業が財またはサービスを別個に販売し得る |
次の条件の双方を満たす場合 (1)財またはサービスの移転のパターンが他の約束した財または契約に基づくサービスの移転と異なっている (2)財またはサービスに区別可能な機能がある |
表2:財またはサービスに区別できる機能がある場合
公開草案 | 今回提案内容 |
---|---|
次のいずれかを満たす場合 (1)財またはサービスが、それ自体で効用がある (2)財またはサービスが、顧客が企業から取得した(もしくは企業または他の企業が別個に販売している)他の財またはサービスとの組合せで効用がある |
次のいずれかを満たす場合 (1)企業が通常、財またはサービスを別個に販売している (2)顧客が財またはサービスをそれ自体で使用可能な場合、あるいは顧客にとって容易に利用可能な資源との組み合わせによって使用可能である |
2010年6月に公表された「顧客との契約から生じる収益」の公開草案では、収益認識を行う単位である「履行義務」を識別するよう提案している。しかし、公開草案に対するコメントを分析した結果、この趣旨が関係者に十分に理解されていないことが判明したため、趣旨をより明確にするための改善提案が示されている。
公開草案では、別個の履行義務の識別を行う条件として、表1の2つを提案している。しかし、表1の公開草案(1)で用いている「その他の企業」を参照する際に、例えば工事契約において個別に、くぎを販売する企業がある場合には履行義務の認識が過度に細分化される可能性があり、収益の認識が顧客への財またはサービスの移転を忠実に描写していないのではないかとのコメントがあった。また、表2の公開草案(2)で用いている「効用」の定義が不明確であるとのコメントもあった。
このようなコメントを受けて、収益の認識が顧客への財またはサービスの移転を忠実に描写するため、「その他の企業」を除外し、さらに、「効用」の替わりに「財またはサービスを使用可能」という表現に変更する提案を行っている。従って基準確定時には上記の内容に変更される可能性がある。
IASBおよびFASBは、以下の2つの要件のうち少なくとも1つを満たしている場合には、企業が履行義務を連続的に充足することを暫定的に決定した。
2010年6月に公表された「顧客との契約から生じる収益」の公開草案では、財またはサービスが顧客に連続的に移転する場合には、顧客への財またはサービスの移転を最もよく描写する単一の収益認識の方法を適用しなければならないと提案している。しかし、「連続的に移転する」という定義が不明確であり、サービス提供に関する収益を認識するための基準が十分に示されていなかった。公開草案に対するコメントでこのような指摘を受け、上記のように履行義務の連続的な移転に関する基準の提案を行っている。従って基準確定時には上記の内容に変更される可能性がある。
公開草案「リース」では、資産の使用権に対する支配の移転の条件の適用が困難であることや「支配」の定義について他の公表物と食い違いについてのコメントが寄せられた。
これについてIASBとFASBは、資産の使用を支配する権利についての定義を公開草案「顧客との契約による収益」において明示されている支配と整合させるアプローチと公開草案で提示した支配の移転の条件を明確化するアプローチの両方を検討する予定である。
IASBは、2010年8月に公開草案「リース」を公表している。公開草案は、従来のファイナンス・リースおよびオペレーティング・リースに分類する手法を改め、全てのリース案件についてリース資産の使用権に着目して資産認識し、同時にリース料支払債務を負債認識する手法を提案している。
公開草案のリースについての定義の中で、「リース資産の使用権の支配の移転」については、3つの条件のいずれかに当てはまれば、該当するとされている。そのうちの3つ目の条件について、多くの質問が寄せられており、「支配」についての考え方の見直しを検討している。3つ目の条件は以下の通りであり、その解釈についても他の公開草案における「支配」概念と比較するとやや細則的な説明になっている。そのため、より原則に近い記載に変更される可能性がある。
以下、公開草案B4(C)より抜粋
企業が当該資産からの重要でない量を除く全てのアウトプットまたは他の効用をリース期間中に獲得し、かつ、当該アウトプットに対して企業が支払う価格が、アウトプット単位当たりで契約上固定されておらず、引渡し時のアウトプット単位当たりの現在市場価格とも等しくならない。企業が支払う価格がアウトプット単位当たりで契約上固定されているかまたは引渡し時のアウトプット単位当たりの現在市場価格である場合、企業が支払っているのは財またはサービスに対してであり、原資産を使用する権利に対してではない。
ASBJでは金融商品会計基準の全面的な見直しを進めておりこの検討状況の整理はその一環である。2010年10月にIASBが金融負債の分類と測定に関する部分をIFRS第9号に含める形で改訂したことを受けて、主に金融負債の分類および測定に関する部分の検討を行っている。
検討状況の整理の中で、金融負債の分類および測定の基本的なモデルは、IFRS第9号を基礎とし原則として当初認識後償却原価で測定するとされるが、一部については公正価値測定も可能とされている。その他、公正価値オプションの適用や負債の信用リスク変動に起因する公正価値の変動額の取扱も検討されている。
2011年2月25日にIASBの監督機関であるIFRS財団の評議員会は、鶯地(おうち)隆継氏をIASBの理事に指名することを発表した。当初の任期は2011年7月1日からの5年間で、その後に任期3年の再任が可能である。
鶯地氏は、現在、住友商事のフィナンシャルリソーシズグループ長補佐を務め、IFRS解釈指針委員会の委員、日本経団連のIFRS導入準備タスクフォース事務局長、ASBJのアドバイザーでもある。
IFRSの設定主体であるIASBの理事は、地域ごとに設けられた定員に基づいて、IFRS財団評議員会が指名することとなっている。現在日本人のIASB理事は山田辰巳氏1名であるが、後任の理事が必ず同じ国の出身者になるわけではない。2011年6月に山田氏が退任予定のため、今回の任命は、結果的には山田理事の後任となるものである。
IASBは、2011年1月28日に公開草案「金融資産と金融負債の相殺」を公表しており、今回この公開草案の和訳が公表されたものである。「金融資産と金融負債の相殺」は、IFRSの金融商品に関する基準(IAS32,IAS39,IFRS7)の改訂プロジェクトの1つであり、2011年6月までに完了を目指している。
相殺(ネッティングとも呼ばれる)は、企業が互いに対する権利と義務を財政状態計算書において純額として表示する場合に生じる。これに関しては、IFRSとUS GAAPの間で処理に違いがあり、財政状態計算書の数字の最大の量的差異の原因となっている。これは金融機関でのデリバティブ資産とデリバティブ負債の表示において特に顕著である。IFRSとFASBは、財務諸表の利用者と作成者からの要望にこたえて、これを解決するために検討を行ってきた。共通の解決を提案することは、G20 および金融安定理事会(FSB)からの要請とも合致している。
IASBは2010年12月にヘッジ会計に関する公開草案を公表した。本コメントはこれに対するASBJの見解である。ヘッジ会計に関する会計基準の見直しは、IASBの金融商品に関する会計基準の全面的な見直しの一環であり、2011年の6月までに基準化されることが予定されている。
ASBJはコメントの中で、現行のヘッジ会計基準であるIAS第39号の規定が過度に規則主義であるという弱点が修正されている点を評価するとともに、ヘッジ会計の要件については明確化が必要であることを述べている。
ワシントンDCで開催されたアメリカ商工会議所によるイベント「財務報告の将来について、コンバージェンスか否か?」における講演において、2010年10月に就任したレスリー・シードマンFASB議長は、自らの就任に関連して「FASBが今後も世界で統一した会計基準を設置するというゴールを達成するために最大限の努力を行う姿勢には変わりはない」としたうえで、MOUプロジェクトの最近の進展に関し、「公正価値測定、その他包括利益の表示に関しては、第2四半期前半において最終的な基準書の公表が見えてきた段階にある」とコメントした。
最終基準書の内容として、公正価値測定に関しては「使用する文言の明確化が主だったもので、アメリカの現行基準を大きく変えるものではない」とした。また、その他の包括利益の表示に関しては、「現在アメリカで最も多く採用されている株主持分変動計算書においてその他の包括利益を表示する方法が認められなくなる」ため、「国際的には大きな変更はないものの、アメリカの現行の実務を大きく変えるものとなる」とコメントした。
すなわち、2010年5月にIASBから公表されたその他包括利益の表示に関する公開草案では1計算書方式への統一が提案されていたため、IFRS、USGAAPともに大きな変更が予想されたが、最終的には現在のIFRSの2計算書方式を継続させる内容で最終基準書の公表が見込まれることになったため、大きな影響を受けるのはアメリカのみということのようだ。
一橋大学商学部卒。監査法人朝日新和会計社国際事業本部アーサー・ヤング(現新日本有限責任監査法人アーンストアンドヤング)、監査法人芹沢会計事務所(現仰星監査法人)にて会計監査業務に携わる。現在は、国際業務の責任者として、国際会計基準への移行支援業務及び研修企画、所属する国際ネットワークへの対応業務、国際的な監査業務などに従事している。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)、「ケーススタディで見るIFRS」(社団法人金融財政事情研究会)がある。
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