「IFRSは公正価値会計」は正しいか【IFRS】どうなるIFRS適用問題【第2回】

IFRS推進派と慎重派の議論が盛んになってきた。両者はどのようなテーマで議論しているのか。それぞれの主張を紹介、整理し、今後のIFRS適用の姿や日本の会計実務の将来を占ってみよう。

2012年01月19日 08時00分 公開
[乾隆一,公認会計士]

 前回記事「利益とは? IFRSをめぐる議論をまとめた」では、純利益・包括利益を巡る議論について、IFRS推進派と慎重派の議論を整理した。今回は、公正価値会計を巡る議論と製造業にIFRSを適用することに関する議論を取り上げることとする。

IFRSは公正価値会計なのか?

 まずは、東京財団の「日本のIFRS(国際財務報告基準)対応に関する提言」(以下、「東京財団の提言」と表記、資料へのリンク)からIFRS慎重派の見解を見てみよう。

IFRSと日本基準の「会計観」の本質的な違いを認識することがまず重要である。現行IFRSの具体的な規定をみると、まだIFRS本来の会計観(資産負債アプローチ・公正価値会計)を完全に体現しているとはいえない。

(東京財団の提言、4ページ)


 ここでは、IFRS本来の会計観として公正価値会計を明示している。そして、IFRSにおける「公正価値」の取り扱いについて、次のように説明している。

資産負債アプローチをとるIFRSにとっては、資産の評価が極めて重要となる。その際に使われる概念が「公正価値」である。公正価値は、金融商品、有形固定資産、棚卸資産、投資不動産等、IFRSの様々な領域で使用が求められ(あるいは選択が認められ)、その領域は拡大を続けている。

(東京財団の提言、10ページ)


 また、2011年6月30日に開催された企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議では、複数の委員から、IFRSでは資産を時価評価する点の指摘がある(議事録へのリンク)。

このIFRSについて、私どもは幾つかの懸念を持っております。1つは、資産負債アプローチという中で、固定資産や金融資産などの資産価格の増減によって利益が大きく変動する性格のものであるという点です。

(日本労働組合総連合会 副事務局長 逢見直人氏)

皆さんおっしゃっているように、すべての資産、負債の時価評価や、その結果としての包括利益一本やりの考え方に対しては、(中略)ものづくりの企業経営の立場からいうと、やはり問題があろうかと思っております。

(東海ゴム工業 代表取締役社長 西村義明氏)


 これに対して、IFRS推進派の意見を見てみよう(参考記事:「IFRSは製造業に向かない」を元IASB理事が検証)。

「資産負債アプローチを採用するIFRSでは、資産及び負債の評価の中心は、公正価値である」という仮定の下に(…【中略】…この仮定は間違っている)、IFRSは金融業には適切で、製造業には不適切であるという主張がある。そこでは、IFRSには、フローの期間配分という発想がないと指摘されている。IAS第16号(有形固定資産)やIAS第38号(無形資産)は、取得原価で認識された有形固定資産や無形資産の減価償却による期間配分を基本としており、そのような資産を公正価値で測定するという議論は、これまで、IASBで一度も行われていない。

なお、現行IAS第16号やIAS第38号では、当初取得時以降の会計処理として、原価モデルと再評価モデルのいずれかを選択することを認めているが、再評価モデルは、財政状態計算書(貸借対照表)で認識されている有形固定資産の簿価が公正価値と大きく異ならないようにするために行われるものであり、金融商品などに適用される公正価値測定とは異なるものである。

(前IASB理事・山田辰巳氏2011年8月24日講演会資料)


そもそも公正価値会計とは?

 では、そもそも公正価値会計とは何なのか。

 公正価値会計が会計の世界で著名になったのは、米国、英国、日本など9カ国およびIASC(国際会計基準委員会)の会計基準設定主体または職業会計士団体の代表またはメンバーで構成されたJWGが、1997年に公表したJWGドラフト基準で示してからである。日本の現行の金融商品に関する会計基準やIAS第39号(IFRS第9号公表に伴う改正前)も、このドラフト基準の影響を強く受けている。

 ただし、このJWGドラフト基準における公正価値会計は、金融商品に関するものだけであった。これは、日本の会計基準のみならず、IFRSにおいても同様である。

 それにもかかわらず、このような金融商品の包括的公正価値評価のことは、時に「全面時価会計」や「全面公正価値会計」と呼ばれるようになっていき、その呼び名から、あたかも固定資産や棚卸資産など資産全体を公正価値評価するように誤解されて今に至っていると思われる。

 会計上、「時価評価」といわれる場合は、常に時価で評価されることを意味する。減損会計など時価を用いて評価することもあるが、それは「常に」ではない。つまり、減損会計は「時価評価」とは言わないことになる。会計用語の意味は、正しく認識する必要があるだろう。

 なお、2005年からIFRSを採用しているEUやオーストラリアの企業事例を調査・検討したさまざまな資料を見ると、有形固定資産や無形資産について再評価モデルを適用しているケースは非常に少ないようである。任意適用している日本企業では再評価モデルを適用しているケースは皆無である。希少なケースである再評価モデルを前提として議論しなくてもよいのではないであろうか。

製造業のIFRSとは?

 すでに引用した見解・意見の中にもあったように、IFRS慎重派は製造業にIFRSは不適切であるとの見解に立っている。また、産業界からのIFRSについての意見書「我が国のIFRS対応に関する要望」(参考リンクPDF)では、電子情報技術産業協会(JEITA)、日本電機工業会(JEMA)の意見として、以下のように具体的に述べられてもいる。

単体にIFRSの考え方を導入することは、日本企業、とりわけ製造業における原価計算にも大きく影響し、コスト形成、価格形成にも影響を及ぼすことが懸念され競争力の低下につながりかねない。

(「我が国のIFRS対応に関する要望」別紙2/3ページ)


 また、2011年6月30日開催の企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議では以下のように述べられている(議事録へのリンク)。

製造業等におきまして、製造設備や土地なども公正価格で評価するということになっておりますが、しかしものづくりにとって、こうした土地や設備というのは市場価格がないことが多くて、そこで評価金額が大きく変動するということは、労働者がつくる付加価値というものにも大きな影響を与える点も懸念されます。

(日本労働組合総連合会 副事務局長・逢見直人氏)


 以上のIFRS慎重派の意見に対しては、次のIFRS推進派の意見を引用することで答えとしたい。 

IFRSは、有形固定資産や無形資産の割合が大きい製造業には向いていないが、金融資産を保有する金融業には向いているという主張がある。そして、IFRSには、フローの期間配分という発想がないと指摘されている。このような主張は、IFRSが有形固定資産や無形資産に対しても公正価値による測定を強制する方向に移行するのではないかとの推測に立脚しているようである。しかし、すでに触れたように、有形固定資産や無形資産に対して、原価モデルをやめて、公正価値による想定を強制しようという議論は、IASBではこれまでされておらず、取得原価がこれらの資産の会計処理の基本であることは、今後も変わらないであろう。(中略)少なくとも、これまでIFRSを適用している地域や国々で、このような批判があったという話を筆者は聞いたことがない。

(『金融財政事情』2011.8.29号、前IASB理事・山田辰巳氏の記事)


日本、米国の判断は

 我が国におけるIFRS導入などに関して、2011年6月から企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議が開催されている。すでに開催された議事録を読むと、IFRS慎重派もIFRS推進派も、上場企業の連結財務諸表にIFRSを適用することに異論はないようである。また、IFRSに日本基準の良さをより反映させるよう、意見発信をより強固にしていく点でも異論ないように思える。

 となると、IFRS慎重派とIFRS推進派の違いは、IFRS適用の時期や強制適用の対象とする上場企業の範囲にのみ求められるのではないだろうか。

 2回にわたって、ここ1年で活発になったIFRS慎重派とIFRS推進派の主な議論を見てきたが、いずれも、互いが主張する適用時期や適用範囲に決定させるための理由でしかない。

 2011年12月5日、SECの主任会計士が、2011年中に決定すると予告していた米国企業に対するIFRS適用方針について、数カ月先延ばしすることを言明した(参考記事:SEC、米国企業へのIFRS適用判断を先送り)。

 日本は、2009年6月30日に公表した「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」において「IFRSの強制適用の判断の時期については、とりあえず2012年を目途とすることが考えられる」と表現されている。この表現では、2012年に「必ず」IFRS適用の判断がなされるとは読めない。

 2012年にSECがIFRS適用についてどのように判断し、また、日本が2012年中に判断するのか。IFRS動向については、2012年も目が離せない年になりそうだ。

IFRS関連の年表

2007年 8月 東京合意(コンバージェンスを加速化)
2008年 8月 SEC(米国証券取引委員会)、国内上場企業のIFRS採用に関するロードマップ案公表(2014年以降にIFRSを採用するか否かを2011年に判断)
2008年12月 EC(欧州委員会)、日本基準はIFRSと同等と評価
2009年 6月 「我が国における国際会計基準の取り扱いについて(中間報告)」公表(2015年または2016年からIFRSを強制適用するか否かを2012年に判断)
2009年12月 2010年3月期からのIFRS任意適用の容認(連結財務諸表規則等の改正)
2010年 2月 SEC、IFRS適用のワークプラン公表(IFRS適用までに、ロードマップ案より1年延期して4〜5年の準備期間が必要とし、2015年以降とした)
2010年12月 東京財団、「日本のIFRS(国際財務報告基準)対応に関する提言」公表
2011年 4月 単体財務諸表に関する検討会議、報告書公表
2011年 5月 産業界の一部が「我が国のIFRS対応に関する要望」提出
SEC、スタッフ・ペーパー公表(IFRSを米国会計基準に取り込む期間として5〜7年を例示)
2011年 6月 自見金融担当大臣発言(IFRSの強制適用が行われたとしてもその決定から5〜7年の準備期間が必要と発言)
企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第1回)
2011年 8月 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第2回)
2011年10月 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第3回)
2011年11月 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第4回)
2011年12月 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第5回)

乾 隆一(いぬい りゅういち)

公認会計士。乾公認会計士事務所所長。1975年東京都目黒区生まれ。慶應義塾大学卒業後、大手監査法人勤務。その後、慶應義塾大学大学院修士課程修了。


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