年々改訂されるIFRS。特にFASBとIASBとの基づくコンバージェンスプロジェクトでは多くの基準書が新たに公開された。米国会計基準の影響を受けて従来のIFRSも変容している。性格を変えつつある最新のIFRSを解説する。
IFRSはムービングターゲットといわれているように、さまざまな改訂のプロジェクトが進行しており、毎年多くの基準書が公開されている。特にFASB(米国財務会計基準審議会)とIASB(国際会計基準審議会)が合同で取り組んでいたコンバージェンスプロジェクトでは、IFRSと米国基準のコンバージェンスを達成するために、2006年から2011年にかけてかなりの基準書が新たに公開された。このコンバージェンスプロジェクトでは、米国基準がIFRSに合わせたり、双方が歩み寄って新しい基準を作ったりという形で収斂されている場合があるが、IFRSが米国基準に合わせているケースもあり、IFRSが米国基準の影響を多く受ける結果となった。
また、IFRSを採用する国が非常に多くなったこともIFRSが変容していった原因となっている。これまでのIFRSは「国際」と名付けられていたものの、欧州連合(「EU」域内)の国々の意向が色濃く反映されている部分があったが、採用国が増えるにつれて、そのようなEU向きの会計基準では成り立たなくなってきたのである。EU域内の国で想定される経済環境に応じた規定は、他の国では通用しない場合があり、そのような状況への対処が必要とされるようになってきた。
この数年間の間にIFRSは、大きな変容を遂げたといえるだろう。それは、「公正価値」「BS重視」「原則主義」というIFRSの根底ともいえる概念も揺るがすものであった。今回は公正価値とBS重視について取り上げ、次回は原則主義についてどのような変化があったか、解説を行う。
従来のIFRSにおける公正価値やBS重視とは何だったのか。この問いに答えるために、改訂前のフレームワークである「財務諸表の作成及び表示に関するフレームワーク(1989)(以下、旧フレームワークと呼ぶ)」を取り上げる。旧フレームワークにおいて、財務報告の目的はどのようにして達成することができると考えられていたのかを振り返ることで問いに対する答えを知ることができる。
そもそもIFRSにおける財務報告の目的とは、広範な財務報告利用者の経済的意思決定に有用な情報を提供することである。この目的自体は過去から変わっておらず、改訂前後のどちらのフレームワークでも同じである。しかし、この目的はどのように達成されるのかについては違いがある。旧フレームワークでは、BS重視につながっていく特色が表れてくる。旧フレームワークの特色となっているポイントは、主に以下の3つである。
まず、旧フレームワークの投資家重視は非常に重要な特色である。旧フレームワークは財務諸表利用者として、債権者や債務者、従業員や官公庁など広範な利用者を想定しているが、中でも投資家を最も重視し、投資家のニーズを満たすことが他の利用者のニーズを満たすことにもつながると考えている。
投資家はリスクを伴って資本を企業に投下し、その資本が企業によって増加し、その増加分を回収して利益を得ることを目的としている。いつ企業に資本を投下し、回収するかという意思決定を行うには、その企業について現金を生み出す能力が増えたのか、また将来増えるのかという評価をしなくてはならない。旧フレームワークでは、その評価には、企業が支配する経済的資源に関する情報が主に用いられるとしている。
つまり、単純にいうと、企業が保有している経済的資源がどれだけあるかというBSの財政状態を見れば、企業が現金を生み出す能力を評価できると考えているのである。BSで現金を生み出す能力を表すということは、資産や負債が、いくらの現金を生むのか、という観点で評価されなくてはならない。そこで、市場で売却したらいくらの現金が得られるのかという公正価値評価が重要になるのである。逆にいうと、投資家の意思決定に必要な情報には公正価値で評価されたBSがあれば、ほぼ達成されることになり、PLに表される業績に関する情報はあくまでも補完的なものとして位置付けられているにすぎないのである。
改訂された「財務報告のための概念フレームワーク2010(以下、新フレームワークと呼ぶ)」では、公正価値やBS重視の考え方に大きな変化が見られる。
旧フレームワークで挙げた3つのポイントと対比させて、新フレームワークの3つのポイントを確認したい。
新フレームワークにおいて、財務報告の目的は、企業に資源を提供するかどうかの意思決定を行う上で、既存のおよび潜在的な投資家、貸付者、およびその他の債権者にとって有用な、企業に関する財務情報を提供することにある。旧フレームワークのように投資家の立場を強調することなく、最も多くの利用者のニーズを満たすことを重視している。このことにより、財務報告に必要な情報がより多面的になってくるのである。
旧フレームワークでは、企業の現金を生み出す能力とは、財政状態から判断できるものとされていた。これは企業への投資を回収することによって利益を上げようとする投資家の目線によるものであった。それに対して、新フレームワークでは、将来の正味キャッシュ・インフローの見通しは、企業が資源を用いる責任をどれだけ効率的かつ効果的に果たしてきたのかについての情報を基に予測するものとされている。現在の財政状態だけでなく、業績から収益性、キャッシュの受領や支払いの実績などから効率性など、さまざまな観点での評価を総合して予測するものと考えられているのだ。新フレームワークでは、BS、PLなどの情報を総合して、将来の正味キャッシュ・インフローの予測を行う。旧フレームワークでは業績を示すPLは補足的な情報と捉えられていたのに比べ、大きな変化であるといえる。
このような考え方の下では、公正価値による評価は財政状態を適切に表すための手段として用いられるものの、必ずしも重要ではなくなってくる。公正価値評価による評価差額が損益となることで、企業の業績が適切に表されなくなる場合もあるからである。
新フレームワークは、従来のIFRSにあったBS重視のスタンスから、BSだけでなくPLなども重視するという大きな変容を遂げている。この変容による影響はIFRSの各基準書に具体的に表れてくることになる。
極端な例を挙げると、有形固定資産について、現状のIFRSでは取得原価で計上し、減価償却を行っている。有形固定資産については、公正価値オプションや減損など一定の例外として、公正価値による評価が認められているにすぎない。もし、旧フレームワークの下で、有形固定資産の会計処理を見直すとしたら、公正価値オプションが原則的な会計処理となっていたかもしれない。公正価値評価を進める旧フレームワークの立場からすれば、有形固定資産も公正価値で評価することが望ましいのである。取得原価を原則とする現状の固定資産の会計処理は、むしろ新フレームワークと整合すると考えられる。
現在、もしくはこれからのIFRSをBS重視の観点で理解しようとすると、思わぬ誤解を招いたり、適切な理解ができなかったりすることになるので、注意が必要である。しかし、この変容は日本基準に慣れている私たちにとっては好都合なものかもしれない。新フレームワークは、損益計算を重視する日本基準に近くなったと捉えることもできるからである。これまでよりも、これからのIFRSの方が、むしろ私たちにとっては理解しやすいものとなる可能性がある。
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