地域の小児アレルギー診療を支援する「つくば小児アレルギー情報ネットワーク」地域医療連携ネットワークによる疾病管理を実現

筑波メディカルセンター病院は、アレルギー専門医が少ない「つくば二次保健医療圏」において、医療連携基盤を活用した地域完結型医療を推進している。

2013年03月01日 00時00分 公開
[ITmedia]

 つくば市、常総市、つくばみらい市からなる「つくば保健医療圏」では、特定機能病院の筑波大学附属病院をはじめ、筑波学園病院、筑波メディカルセンター病院の3医療機関が入院機能を持つ小児医療を提供している。同医療圏の15歳未満人口は約4万5000人で、近隣に小児科診療所は多いもののアレルギー専門医が少ないのが現状だ。

photo 筑波メディカルセンター病院 病院長 軸屋氏

 「当院は小児救急に対応し、アレルギー専門医が在籍していることから、多くの小児アレルギー疾患の患者さんが来院しています。小児アレルギーは、日常生活を含めて長期的な観点から管理を行う必要があるため、地域の小児科診療所の医師と連携しながら治療・管理に当たることが大切です。地域医療連携の体制整備は、安心して子育てができる街づくりに大きな効果を及ぼします」

 筑波メディカルセンター病院 病院長 軸屋智昭氏は、地域医療連携の重要性をこう話す。

 現在、同病院は約350施設、411人の登録医と医療連携体制(病診連携)を構築しており、小児医療においても診療所医師とのヒューマンネットワークの下、連携医療を展開してきた。

 こうした専門医とかかりつけ医、患者の家族が連携しながら、小児アレルギー疾患を管理するために利用されてきたのが「僕・わたしの健康手帳」である。ところが、その使い勝手には「手帳の判型が大きい」「挟み込んだ資料が落ちやすい」などの課題があった。また、専門医を受診する際は持参するが、かかりつけ医の場合は忘れて通院するケースが多かった。そこで、ICTを活用することで健康手帳の利便性を高め、連携医療の質の向上を目的として構築したのが「つくば小児アレルギー情報ネットワーク」だ。

専門医、かかりつけ医、患者と保護者による長期にわたる疾病管理が重要

 小児アレルギー疾患の特徴は、遺伝的素因を持って生まれた子どもが、年齢が進むにつれ、食物アレルギーや皮膚炎、気管支ぜんそくなどのさまざまなアレルギー性疾患を発症していく“アレルギーマーチ”と表現される経過をたどること。そのため、合併症や急性増悪を引き起こさないよう、長期にわたる治療や管理を行うことが重要だ。

photo 筑波メディカルセンター病院 小児科診療部長 市川氏

 「例えばぜんそくでは、重症な発作があるときは小児救急対応できる病院が、安定してきたら家庭で経過を観察しながら小児科診療所のかかりつけ医が診ていきます。一方、食物アレルギーの場合、ある程度専門医が診断や治療の方針を立て、症状がないときにはかかりつけ医による管理が可能です。いずれにしても、専門医とかかりつけ医が診療情報を共有しながら、長期的に管理していくことが非常に重要です」と、筑波メディカルセンター病院のアレルギー専門医である小児科診療部長 市川邦男氏は話す。

診療情報を各医療機関で共有するID-Linkを採用

 T-PANは、経済産業省の「平成22年度医療情報化促進事業」の一環として実証事業を展開。小児アレルギー疾患の患者を地域全体で支えることを目的にしている。専門医とかかりつけ医、患者の保護者が、疾患の治療や経過などの情報を共有しながら、医療を提供するための連携基盤である。主に、急性期治療を行う基幹病院の専門医と日常の診療を行うかかりつけ医が連携して医療や疾病管理を行うための「情報共有機能」と、「患者の保護者が記録した日々の経過情報を参照する機能」が要件とされた。

photo 情報共有の概念図

 「ぜんそくでは、重症度や発作が起きる頻度と程度、運動や冷気で症状誘発がないかどうかなどを把握することで、コントロールが良好なら治療介入を抑える“ステップダウン”を、不十分であれば治療を濃厚にする“ステップアップ”の判断を行います。そのため、患者と保護者が日々の経過情報を記録し、専門医やかかりつけ医がそれを参照できることは非常に重要です。また、日常生活の記録を着実に記入・管理することは、服薬が続かなかったり、通院しなくなるという治療からのドロップアウトを防止し、治療継続の動機付けになります」(市川氏)

 こうした専門医とかかりつけ医が患者の診療情報を共有するICT基盤として採用されたのが、NECの地域医療連携ネットワークサービス「ID-Link」だ。ID-Linkは地域医療連携のプラットフォームとして、全国約1400の施設で運用されている(2012年12月末現在)。診療情報開示施設が各自でリポジトリーを持ち、連携先施設と共有する。「この仕組みは、開示する情報を自院で管理しやすく、医療情報連携基盤として良い考えだと思います」(軸屋氏)と評価する。

診療情報と経過表の共有で疾病管理を実現する仕組みを構築

 T-PANは、診療情報開示施設である筑波メディカルセンター病院の病院情報システム(NEC)から共有する情報を開示用サーバに抽出・管理する。その種類は、血液検査結果、検査リポート、処方・注射情報、エックス線検査画像など。それらの情報を連携先医療機関の患者IDとひも付ける機能を介して、かかりつけ医は自院の患者IDで閲覧する。

 共有する情報はカレンダー形式の画面にアイコンで表示される。また、T-PANでは、アレルギー検査結果や成長曲線をグラフ形式で、経過は症状を色分けした表形式で見ることができ、状態把握がしやすいように工夫されている。

photo 左:患者保護者向け「経過表入力画面」(携帯電話画面)、右:医師向け「経過表画面」(タブレット端末)

 また、患者の保護者が携帯電話またはスマートフォンから入力した日々の経過情報は、筑波メディカルセンター内に設置されたサーバで蓄積して管理する。専門医とかかりつけ医は、患者を診療する際にセキュリティを確保したインターネット経由で閲覧する。かかりつけ医は主にタブレット端末を利用し、デバイス認証、ユーザー認証を経て共有情報にアクセスする。

 患者の保護者は、携帯電話やスマートフォンから毎日の経過を入力する。例えば、食物アレルギーに関する気付きをコメント(食事メモ)として入力。さらに、簡単な質問に答えるだけで、1カ月のぜんそくの状態を点数化する評価基準「JPAC」(Japanese Pediatric Asthma Control Program)も利用可能。その他、患者や保護者の携帯電話やスマートフォンにリマインドメールを送信したり、設問項目を選択して入力する形式を採用したりすることで、確実な入力を促している。

photo 左:患者保護者向け「食事メモ入力画面」(携帯電話画面)、右:医師向け「食事メモ画面」(タブレット端末)《クリックで拡大》

地域全体の診療の均質化・質の向上と、患者QOLの向上に寄与

 当初、T-PANの情報開示施設は筑波メディカルセンター病院だけだったが、筑波学園病院が加わり、2病院となった。さらに、情報閲覧施設として、3病院29診療所が連携医療に参画している。登録患者数も徐々に拡大し、2013年1月現在、305人に上っている。

 T-PAN運用による医療連携の成果の1つは、基幹病院の診療情報と、患者や保護者の記録をかかりつけ医とともに共有することによる「疾病管理の向上」だ。T-PANに参加しているかかりつけ医に対するアンケートでは、基幹病院との円滑な医療連携において「とても役立つ」「役立つ」と期待する医師がほとんどを占めた。「診療所の医師の参加と、患者や保護者の参加などの相乗効果が生まれています。特に、T-PANに参加している患者さんが十数人になったかかりつけ医のT-PAN活用意識の高まりを実感しています」(市川氏)

 一方、携帯電話やスマートフォンで日々の経過情報を記録できるようになったことで、患者とその保護者が自ら治療に積極的に取り組む“アドヒアランス”の向上に寄与しているという。「最近のお母さん方は携帯電話がいつもポケットにあり、わずかな時間で容易に入力できるため、記入漏れが減りました。毎日の気付きメモの記入率や記述量は、紙の健康手帳のときと比べて明らかに増えており、それらが治療継続に寄与しています」(市川氏)

 患者の保護者からは「治療の経過を分かりやすく説明してくれるので、通院に励みが出てきた」「発作を起こしたときや通院時の不安がなくなり安心できた」と言う声が寄せられている。

運用の要となる“サポートデスク”の設置

photo 筑波メディカルセンター病院事務部 部長 中山氏

 T-PANの有用性を発揮し、円滑に運用していくためには「患者の保護者に利用メリットを理解してもらい登録者を拡大すること」「診療情報を開示・共有することの同意の取り付け」「システムへの患者登録作業や利用法の説明」「かかりつけ医の紹介」などの業務が重要になる。T-PANでは、これらの業務を担うためのサポートデスクを組織化した。筑波メディカルセンター病院事務部 部長 中山和則氏は、次のように話す。

 「T-PAN参加の勧めは医師が診察時に行いますが、限られた診察時間の中で時間をかけて丁寧に説明することは困難です。そこで、医師がT-PANを勧めた後にサポートデスクで、具体的な仕組みやメリット、情報管理の安全性などをパンフレットを用いて丁寧に説明し、よく理解して納得してもらった上で同意書に署名していただいています。電子化された診療情報がネットワークを介して共有されることになるので、より透明性を高くすることが大切だと考えています」(中山氏)

 同病院では小児科ブースの事務担当者4人が、専任ではなく兼務の形でサポートデスクの業務に柔軟に対応している。かかりつけ医を持たない患者に対して、かかりつけ医を選んでもらうためのサポートや小児科診療所への連絡業務などを行う。連携先医師を知っている小児科事務員がサポートデスクを担当することの効果は大きい。

 「一目見れば直感的に分かるシンプルで使いやすい画面なので、入力方法の説明に長い時間をかける必要がありません。引越し以外の理由で脱会された患者さんはまだいません」と中山氏は強調する。

 診療所のかかりつけ医の参加拡大のためには、地域の診療所とヒューマンネットワークを持つ地域医療連携室と協力した運用サポートも重要だと中山氏は指摘する。

地域完結型医療推進のベースとなるT-PAN

 今後、T-PANの対象を小児医療全般に広げるとともに、他の診療科にも拡大して地域医療連携の質の向上に生かしていく構想がある。「病院全体でICTを活用した地域医療連携を推進していく中で、急性期機能を持つ当院と、回復期や療養期の機能を担う病院とのネットワーク化が連携医療の成果を上げると考えています。ヒューマンネットワークができている診療科領域であれば、必ずICTの活用による成果が期待できます」(軸屋氏)

 また、ICTによる地域医療連携ではその継続運用が大きな課題であり、そのためには事業化が重要となる。軸屋氏は「事業継続していく価値があるものとして、エビデンスを出していくことが大切です」と強調する。T-PANでは連携医療の仕組みの中に患者自身も参画し、メリットを享受できる機能を実装しているので、市川氏は「基幹病院やかかりつけ医、患者など全ての利用者が分担して費用を負担することも大事な考えです」と指摘する。「いくらの負担なら納得していただけるか十分な検討が必要ですが、事業継続のための一施策として重要でしょう。そのためにはシステムを継続して改善し、利用者のメリットを高めていくことが大切です」(市川氏)

 1つの病院で病気を治す病院完結型医療は限界にきており、機能分化した医療機関が連携する地域完結型医療へ転換されつつある。さらに患者やその保護者も参加するT-PANのような情報連携の基盤に大きな期待が寄せられる。

つくば小児アレルギー情報ネットワーク

名称:Tsukuba Pediatric Allergy information Network=T-PAN

URL:http://www.tmch.or.jp/hosp/info/2012-1130-0921-12.html


筑波メディカルセンター 筑波メディカルセンター病院

所在地:茨城県つくば市天久保1丁目3番地の1

開設者:公益財団法人 筑波メディカルセンター

開院:1985年2月16日

診療科:救急診療科・総合診療科・小児科・脳神経内科・脳神経外科・乳腺外科・循環器内科・心臓血管外科・呼吸器内科・呼吸器外科・消化器内視鏡科・消化器外科・泌尿器科・婦人科・整形外科・リハビリテーション科・緩和医療科・麻酔科・放射線科・放射線治療科・病理科・精神科・化学療法科・臨床検査医学科・臨床研修科

病床数:413床(一般病床410床、第二種感染症3床)

職員数:約1100人

URL:http://www.tmch.or.jp/hosp/


■お問い合わせ先:NEC 医療ソリューション事業部
(URL:http://www.megaoak.com/


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