「現場でこそ生きるデータ分析」──大阪ガスの企業文化を支えるデータ分析専門集団ITマネジャーに聞くデータ活用の今

オージス総研の平山社長は、「データばかりあってもうまく活用できるわけではない」と指摘する。情報システム部門内にデータ分析チームを置き、ビジネスの課題解決に当たらせた同氏に話を聞いた。

2013年03月01日 00時00分 公開
[ITmedia]

 スマートフォンの普及とそれを呼び水にしたデジタルコンテンツの洪水は、人の生活や社会、そしてその一員である企業をも大きく変えようとしている。TwitterやFacebookは、人の気持ちが瞬く間に世界を駆け巡るインフラとして出現し、これまで目に見えなかった、人と人のつながりも浮き彫りにしようとしている。「先が読めない」「顧客のニーズがつかめない」──そんな時代だからこそ、ソーシャルメディアへの書き込みのようなビッグデータの分析こそが「鉱脈発見」につながる、と企業の期待も高まっている。

画像 オージス総研の平山 輝社長

 しかし、大阪ガスの情報子会社、オージス総研の平山輝社長は、「にわかにビッグデータの分析が注目されているが、Hadoopを使うことが目的になってしまっている企業が多い。ITベンダーもテクノロジーを吹聴し過ぎる」と指摘する。

 これではそもそも順序が違うので大抵は上手くいかない。

 「近畿2府4県の700万世帯にガスを供給している大阪ガスには、月々の課金データはもちろん、ガス器具の購入履歴といった顧客に関する膨大なデータ、しかもそのほとんどはリレーショナルデータベースに格納できる構造化されたデータがあり、これを分析して活用し、顧客へのサービス向上を図る企業文化がある」と平山氏。

データ活用のための5つのポイント

 家庭にガスを安全確実に届ける公益企業としては、まず絶対に間違いが許されない課金システムがあり、それを基にガスを安定して供給する狙いで需要を予測するニーズもある。また、各家庭にはガス器具も販売しており、その修理も効率よく行い顧客の満足度向上に応えたいというビジネスの課題もある。

 ソーシャルメディアへの書き込みのような、いわゆる「ビッグデータの分析」は、同社でも取り組み始めているが、社内に蓄積された構造化データをさらに分析すれば、まだまだ多くのビジネス課題を解決できると考えている。

 平山氏は、企業のデータ活用が期待通りの効果を上げるためのポイントを5つ挙げる。

  • データで何を(解決)したいのか?
  • そのためのデータはどこにあるのか?
  • データの整合性は取れているのか?
  • 全社共有のデータウェアハウス(DWH)はあるのか?
  • そして、統計の知識はあるのか?

 これら5つのポイントから分かるのは、決してテクノロジー志向ではないということ。考えてみれば当たり前だが、まずはビジネスの課題ありきで、適切なデータの見える化や組織づくり、教育も欠かせない、ということだ。

情報システム部門に分析専門チームを

 幸いなことに大阪ガスは、エネルギーを安全確実に家庭に届けることを事業の柱としており、優れた技術者がさまざまな研究開発に従事している。平山氏は2006年、大阪ガスの「エネルギー技術研究所」に所属していたデータ分析の専門家らを情報通信部に移した。当時、彼が部長を務めていた大阪ガスの情報通信部は、ユーザー部門にアプリケーション管理の移管を進めており、開発もオージス総研に任せている中、情報通信部にしか担えない役割を模索していたところだった。

 「データ分析は、財務や経理、購買、営業といった現場でこそ役に立つ。今から振り返れば、データ分析チームを情報通信部に移したのは正解だった。情報通信部は本社にあるので、ユーザー部門と日常的にコミュニケーションする。課題も分かり、それを解決するデータの所在も把握しているので、個々の問題解決がうまくいき始めた」(平山氏)

データ分析で緊急車両の到着時間を20%も短縮

 情報通信部のデータ分析チームは2012年、10人の陣容を整え、「ビジネス・アナリシス・センター」(通称:BAC)に改組された。最適化手法の1つである数理計画や統計解析、シミュレーション、テキストマイニング、あるいは気象データ解析に精通した専門家集団は、日々、ユーザーの課題に耳を傾けて仮説を形成し、今では年間100を超えるさまざまなプロジェクトに取り組んでいるという。

 その1つがデータ分析を緊急車両の配置最適化に役立てたケースだ。

 言わずもがなだが、緊急車両は、1分でも早く現場に到着することが求められる。もちろん、より多くの拠点により多くの車両を配置しておけば、現場に到着するまでの時間を短くできるが、同時にコストも考慮しなければならない。

 ビジネス・アナリシス・センターでは、これまで記録してきた「出動データ」(発生日時、GPSによる移動データなど)を基に、車両配置データや交通渋滞データを掛け合わせ、緊急車両の配置を変更した場合、現場に到着する時間がどうなるのかを正確にシミュレーションした。これにより最適な配置パターンを割り出し、それまでに比べ、最大で20%の到着時間短縮が実現できたという。

 また、大阪ガスではさまざまなメーカーのさまざまなガス器具を家庭向けに販売しているが、その故障は利用者に大きな不便を強いる。お風呂の給湯器を考えてもらえば、すぐに分かるだろう。大阪ガスにしても修理を終えるまで二度、三度と足を運ぶようでは作業量もコストもそれだけ掛かってしまう。

 ビジネス・アナリシス・センターでは、過去10年分の修理業務報告データ約400万件と顧客ごとの機器保有データ約3000万件を掛け合わせ、交換すべき可能性の高い部品のトップ5を割り出す「修理携行部品予測システム」を作り上げた。「お風呂の給湯器がおかしい。なかなか温かくならない」という相談が家庭から寄せられた場合、同じ使用年数の同じ器具がどのような不具合を起こし、どの部品で修理したかを照らし合わせ、現場に持っていくべき部品を予測するものだ。これにより、受け付けから修理まで当日のうちに完了する「即日完了率」を20%以上改善することに成功した。

 2007年からは気象庁から5キロ四方ごとの天気分布予報データを購入しており、ガスの需要や暖房器具の販売を予測するのに活用する他、顧客への省エネアドバイスへの活用も模索しているという。

定型簡易分析を相談するDUSHセンターも開設

 一方、ビジネス・アナリシス・センターに持ち込まれる課題は、非定型で高度な分析ばかりではない。放っておけば、簡単な定型リポートで解決できるような相談までどんどん持ち込まれてしまう。そこで大阪ガスは2010年、情報通信部とオージス総研からメンバーを出し、12人の陣容で「Data Utilization Support & Help センター」(通称:DUSHセンター)を立ち上げ、全社共有で使用可能なデータ分析基盤を構築し、定型的で比較的簡単な分析の問い合わせや依頼に応じる体制を整えた。

 「データの項目名称は同じだが業務上の意味合いが違うものだったり、部署ごとにデータマートが乱立したり、解析の知識が不足していたり……。データばかりあってもうまく活用できるわけではない」(平山氏)

 DUSHセンターでは、ビジネスにとって必要なデータを明確にし、その整合性を維持し、いつでも活用できるようにする「データマネジメント」を地道に実践するとともに、分析ツールの標準化、ポータルの導入など、分析基盤の整備も行っている。いわゆる「ビジネス・インテリジェンス・コンピテンシー・センター」(BICC)の必要性がいわれているが、大阪ガスにとっては、非定型で高度な分析を担うビジネス・アナリシス・センターと定型的で比較的簡単な分析をサポートするDUSHセンターが協力してBICCの役割を担っているわけだ。

画像 大阪ガスとオージス総研におけるビッグデータ分析の取り組み。ビジネス・アナリシス・センターとDUSHセンターという2つの組織がBICCを形成している

ユーザーとして培った技術やノウハウをさらに生かす

 さらにオージス総研では、テクノロジーの視点から主にデータ分析基盤構築を担う「データ・サイエンス・センター」を2012年に設置した。

 今から30年前の1983年、大阪ガスの情報子会社としてスタートしたオージス総研だが、事業多角化の一翼を担い、大阪ガスグループ以外の企業にも積極的に外販してきた。その外販率は50%以上と極めて高い。データ・サイエンス・センターでも、ユーザーとして培った技術やノウハウを、データ分析のためのコンサルティングから基盤構築、トレーニングといった各種サービスに生かしている。

 データ活用は、その効果を事前に示すことが難しいといわれている。ビッグデータの分析ともなれば、ストレージをはじめ、システムも大規模になりがちだ。オージス総研の「ビッグデータ分析スターターキット」は、ユーザーの視点から生まれたソリューションと言っていいだろう。ビッグデータに適切なDWHとオープンソースソフトウェア(OSS)をベースとした分析ツールを組み合わせて安価にデータ分析基盤を構成、さらに売り上げを分析し、ビジネス課題を解決するための分析テンプレートも用意し、「すぐに使えるキット」を目指したという。

 「スモールスタートで確実に効果を上げてもらうのが狙い」と平山氏。

 一方、データ分析の結果を読み解く力も組織には欠かせない。情報通信部は、データから正しい判断を導くための「データ分析講習」や、分析作業を効率化する「Excel時短ワザ講習」を独自に開発し、実施中。オージス総研は講師を派遣するとともに、顧客に対してもコースを提供している。ツール操作教育も含め、既に大阪ガスグループの社員延べ1200人が受講し、データや分析結果の読み方を学び、大阪ガスグループの洞察力底上げに貢献している。

 「大阪ガスのビジネス・アナリシス・センターとDUSHセンター、そしてオージス総研のデータ・サイエンス・センターの3者は、人的交流も含め、互いにうまく連携している。データ活用をビジネスに生かす大阪ガスの文化をさらに支えていきたい」と平山氏は話す。


提供:SAS Institute Japan株式会社
アイティメディア営業企画/制作:TechTarget編集部/掲載内容有効期限:2013年3月31日