2008年より会員データウェアハウス「楽天スーパーDB」を運用してきた楽天は、いよいよビッグデータであるWebログと会員情報を組み合わせたデータ分析に乗り出す。
EC業界で快進撃を続ける楽天。サービス利用会員数は8000万(IDベース)を超え、2012年の国内EC取扱高は1兆4460億円となった。その順調な成長を支える要因の1つは、2008年から運用する一元的な会員データウェアハウス(DWH)「楽天スーパーDB」だ。高いレベルのサイトパーソナライゼーションを実現し、サービス間のシナジー効果を高める。楽天スーパーDB活用推進を担うグループコアサービス部 部長の景山 均氏と、同部 グループコアサービス1課 パーソナルプロファイルサービスグループ スーパーDBチームの渡辺 浩太郎氏に今後の展望を聞いた。
──景山さんは楽天入社以来、楽天スーパーDBの開発・運用に携わってきたのですよね。
景山氏 私が2007年に入社して最初に任されたものの1つが楽天スーパーDBの開発です。当時の楽天は、「SiteCatalyst」のようなWebサイト分析ツールで計測しているクリック率やコンバージョン率の数字を細かく追いかけていましたが、(各サービスを横断する)ディープなデータ分析の文化はありませんでした。何とか2008年に楽天スーパーDBをリリースしましたが、周囲からは「うまくいかないと思っていたから驚いた」といわれましたね。その後、IDシステム、ポイントシステムやメール配信、決済などのプラットフォームやインフラ全般を担当し、2012年から原点回帰で楽天スーパーDBを集中的に見ています。
──楽天スーパーDBの役割を簡単に説明してください。
景山氏 楽天スーパーDBは、8000万を超える楽天会員の属性、購入履歴、カード、ポイント、クーポンなどのプロファイルデータを一元的に集約し、分析するためのDWHです。ユーザーの行動を一定のロジックで分析すると、「ポイントをためるユーザー」「獲得したポイントをすぐに使うユーザー」「値引きに反応しないユーザー」などのさまざまなクラスタに分けられる。そして、このクラスタにはこのサービスが好まれるなどの傾向も見えてきます。
それらの情報に基づいてパーソナライゼーションやレコメンデーション、リターゲティングなどのマーケティング機能をWebサイトで実現しています。どういうロジックが有効なのか、どのようなWebサイト上の仕掛けが効果的なのか、仮説・検証を繰り返しているわけです。
──楽天が掲げる「楽天経済圏」にとって楽天スーパーDBはどのような存在ですか?
景山氏 楽天経済圏のコンセプトは、中心に一元的な会員データベースがあり、その周りを各事業が取り囲んでいるというものです。会員データベースが1つだから、ポイントとクーポンをフックにして、あるサービスから別のサービスへ誘導したり、新規サービスをドライブできる。サービス横断でユーザーの情報を分析し、サービス間のシナジーを高める楽天スーパーDBは、楽天経済圏の循環を支える存在です。
──楽天のサービスには、生鮮食品もあれば、証券や銀行もあります。アップセルはそう簡単なものなのですか。
景山氏 単純にバナー広告を貼っただけでは誘導効果は高まりません。楽天スーパーDBで分析した結果を基に、その人に響くような形で誘導しないとうまくいきません。そこは当然、パーソナライズやカスタマイズの仕方を工夫していますが、試行錯誤を続けています。
──渡辺さんは楽天スーパーDBのプロデューサーという立場ですが、どのような活動をされているのでしょうか?
渡辺氏 現場主導で楽天スーパーDBを活用してもらうために、社内に売り込んでいます。「他の事業は楽天スーパーDBの活用でこんな成果を出しているので、あなたの事業でも使ってみませんか?」と社内営業をしたり、社内のWikiやSNSで成功事例を公開したりと、情報共有の方法はさまざまですが、有益な情報は各事業部に向かってどんどん発信しています。
われわれが頑張って楽天スーパーDBの活用を提案しないと、事業部サイドでどんどん分析システムを作ってしまいます。せっかく会員情報を一元的に集めて分析する仕組みを運用しているのに、会員情報がグループ内で点在し、シナジー効果が生まれにくくなってしまう恐れがあります。
──どの企業もデータ活用の文化を醸成するのに苦労していますが、楽天はうまくいっているように見えます。
景山氏 データを使って結果を出すには想像力が多少必要です。データを扱うバックグラウンドがなく、データ活用にコミットしていない現場からすると、「そんなことで本当に売り上げが上がるの」という感覚です。この意識をどうやって変えていくか。
渡辺氏 特に楽天は各事業部が損益責任を負っています。一方、われわれの部門が担っているのは、データに基づき事業間でシナジー効果を出すことや、サービスとサービスを掛け合わせたり、既存ユーザーを新規のサービスに誘導したりすることです。ただ現場からすると、自分たちの顧客を他の事業に渡すことになるので、最初は抵抗がありました。実際、社内で楽天スーパーDB活用を勧めても、最初のころは「手が回らないから、うちはいいよ」と断られ、門前払いされる飛び込み営業みたいなものでしたよ。
──それをどうやって乗り越えたのですか?
景山氏 やはりCEO(三木谷 浩史氏)のリーダーシップが大きいですね。それと誰が見ても「データ活用で売り上げが上がる」と分かる指標やケースが出てきました。
楽天で2つ以上のサービスを使ったことのある会員の割合「クロスユース率」が2012年末で50%を超えましたが、それが2007年は30%台でした。ハッキリ分かっていることは、クロスユースのユーザーの方がライフタイムバリューが大きくなりますし、もともと使っていたサービスへの満足度も高くなっています。「別のサービスを使ってもらうのは、自分たちのためでもある」ということを分かってもらってからは、割とすんなりいきました。
──現場のデータ活用には「自分たちのため」という意識が不可欠ですね。
景山氏 それ以上に重要なのは“ユーザー指向”です。ユーザーからすると「楽天のサービス」を使っているのであって、「楽天市場」とか「楽天トラベル」という別々のサービスを意識して利用している人は少ないと思います。それなのにサービス運営側の、「ここは楽天市場」「ここは楽天トラベル」とかという“態度”がWebサイトのUIに出てしまうと、ユーザーに違和感を与えてしまう。そういう観点からも、ユーザーの行動を楽天経済圏の中で一元的に把握することが“マスト”になります。その次にビジネスメリットの観点があるのだと思います。
──データの分析・活用でもユーザー視点が第一ということですね。
景山氏 その視点が先にないと、われわれの“独りよがり”になってしまいます。
景山氏 Web上のユーザーエクスペリエンス改善だけでなく、データ分析で楽天市場の品ぞろえや物流を改善することも、ユーザーの満足度を上げる重要なポイントです。(ユーザーニーズはあるのに)扱っていないジャンルの商品があれば、出店者を増やして埋めていく。楽天は最近、出店者の物流業務を請け負うため自社物流にも相当力を入れています。
──楽天の場合、市場の出店者を支援するためにもデータは必要になるわけですね。
景山氏 楽天市場のビジネスは「マーケットプレースモデル」で、それが直販モデルのAmazon.comなどとは異なる大きな特徴です。最近は大手流通企業にも出店してもらっていますが、全体としては中小小売り業者の集合体(約4万店)。この特徴を生かさないといけない。出店者をサポートする(営業職の)「ECコンサルタント」や、(楽天市場での店舗運営ノウハウを教える)「楽天大学」もデータ分析に基づいた情報武装が欠かせません。
これは海外市場でも同じです。欧米市場ではM&Aでグループ化した現地企業を直販型からマーケットプレース型に切り替えています。また、アジア圏では国ごとに楽天市場を一から立ち上げていて、いかにマーチャント(電子モールに出店した個人や企業)を支援・育成するかという国内で培ったノウハウを移植しています。連動して日本のユーザーに海外商品を買ってもらうビジネスも急成長しています。
──会員データベースもグローバルに統合していくのですか?
景山氏 現状、国ごとに運用している会員データベースを、将来的には1つに集約していきたいと考えています。物理的に1カ所に格納することにはこだわってはいませんが、楽天経済圏をグローバルに伸ばしていく、より良いサービスを提供するために、一元的に把握していきたい。個人情報が絡むので各国の規制にのっとった形での話になりますが。
グローバルで会員データベースが1つになり、そこに包括的なデータ分析を加えられたら、非常に面白い結果が得られるのではないかと想像しています。国ごとにeコマースに対する指向が違うことが分かったり、国民性を推し量る指標が出てくるかもしれません。
──当面、楽天スーパーDBをどのように発展させていきますか?
景山氏 プレーヤーが増えて競争がより激しくなっているEC業界では、どこもデータ分析は手掛けていて、同じレベルでやっていても差別化にはならなくなっています。「ビッグデータ」といわれる新しいデータを基に、今までやっていなかった分析やマーケティングに取り組んでいかないと、競争力を維持するのは難しいでしょう。
今まで楽天スーパーDBで分析していたデータはユーザーの属性情報や購入履歴の「プロファイル系」です。これにビッグデータである「Webログ系」、アクセスログやサーチログなどをうまく組み合わせて分析し、新しい価値を生み出すことが必要になっています。
──Webログ分析というとWebサイト改善に使うものというイメージがありますが。
景山氏 もちろん、サーチログを分析して検索精度を上げるという使い方もありますが、プロファイル系とWebログ系を組み合わせるのは、端的に言うとデータ分析の細分化です。今まではデータをそれほど多くは蓄積できなかったので、WebサイトのUI改善に用いるのもクリックレートをはじめとする限定的なデータ分析でした。それがプロファイル系データとWebログデータを組み合わせると、同じ年代でも男性と女性を比べたときにどうなのかなどと、スライスを細かくした分析ができます。もしかしたらそのWebサイトで一番購入している層には不適切なUIということが分かるかもしれません。
──楽天の中でWebログ系はどのように蓄積されているのですか。
景山氏 楽天ではWebログ系をHadoopとCassandraで構築した基盤に蓄積し、ビッグデータ部と呼ぶ新設グループで管理しています。これをどうセキュアに楽天スーパーDBと連携させるか、2012年あたりから次のステージに向かっています。
もう1つの課題は、1人のユーザーがPCとスマートフォン、タブレットと複数のデバイスを同時並行で使う時代への対応が必須になっています。デバイスごとのWebサイトのUI最適化はある程度できていますが、データ分析もデバイスの違いを考慮していかないといけない。グローバルなEC市場で楽天経済圏を拡大するために、われわれの部門がやるべきことはたくさんあります。
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アイティメディア営業企画/制作:TechTarget編集部/掲載内容有効期限:2013年4月12日