どこにいてもどこからでも成長できる――東京海上日動 山陰支店長の人材育成術地理と時間の制約を越えて成長する組織とは

管轄2県の従業員と代理店全員が高いレベルで商品知識と販売ノウハウを獲得するには? 移動に疲弊せずに業務をこなすには? 支店長が着手したのは働き方改革と情報共有の効率化、人材育成の3つを一度に変える施策だ。詳細を取材した。

2019年07月26日 10時00分 公開
[ITmedia]

 島根県松江市にある東京海上日動火災保険 山陰支店は、JR松江駅からすぐの場所にオフィスを構える。出社早々の朝9時すぎ。会議室には数人の従業員がPCやタブレットを手に集まっていた。この場所で山陰支店が管轄する営業拠点や保険商品販売代理店に向けたWeb会議による「業務連絡会」が開催されていた。

 商品の情報アップデートや顧客満足度を高めるためのヒントや成功事例、割引サービスなどの資料を画面で共有しながら顔を見て情報交換を行う。Web上での参加人数は200人近い。山陰支店の会議室だけでなく、支店の管轄にある支社からも発表が行われた。

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 この日は梅雨時ということもあり、自然災害発生時にお客さまに役立つために火災保険の契約内容確認の徹底を呼び掛けるなど、サービス品質向上につながる活動も見ることができた。支店会議室で議事を進行し、支社から必要に応じて担当者が発言をする。マイクや映像の切り替えもスムーズだ。

エリアコース従業員が、常に成長して働き続けるには

 東京海上日動火災保険は1万7000人超の従業員、126の営業部・支店と400近い支社や事務所を抱え、損害保険や生命保険を中心に多様な商品を取り扱う保険大手だ。同社保険商品の販売代理店は国内だけでも5万店以上に上る。近年、海外の保険会社を取り込み海外保険事業も拡大。法人向け、個人向けともに、複合的なリスク補償を一括で担う保険商品を提供する。

 経済産業省と東京証券取引所が、女性の活躍推進に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」にも選ばれており、障がいや国籍などを問わない労働環境を提供するダイバーシティー&インクルージョンの推進にも積極的だ。

 もともと同社は地域ごとに転勤を伴わない地域限定正社員(「エリアコース従業員」)制度を持っており、地元で就職したい女性に人気が高かった。支店の営業部門は女性従業員の比率が高く、出産や育児から復帰して活躍する人材も少なくない。今回取材した山陰支店は米子市、鳥取市、松江市、浜田市と、鳥取と島根の2県で4つの支社を管轄する。支社が抱えるエリアも広く地域によっては移動に1〜2時間かかることもあった。このため、「保育園へのお迎えに間に合わない」などの理由で勤務を継続できないと離職する従業員がいないわけではなかった。だが今では休職せずに働ける状況が整いつつある。

図2 島根県と鳥取県を管轄する山陰支店はカバーエリアが東西に細長く、物理的な移動が課題になりやすい地域だ

 その背景には山陰支店の支店長、大内章智氏の大改革があった。この大改革を裏側で支えるのが「Cisco Webex」だ。働き方改革と情報共有の効率化、人材育成の取り組みを「なんでもWebex」と名付け、Webexを軸に据えた組織力強化に取り組んでいる。

品質や効率向上を目指した改革から生まれたアイデア

 そもそも大内氏がWebexに目を付けたのは、働き方改革や業務効率化を目指してのことだ。とりわけWebex Meetingsを使った会議の効率化に注目した。同社のコミュニケーションは支社とのやりとりの他、保険の販売代理店とのコミュニケーションに大別される。支社同士の地理的距離もあるが、支社と代理店とのやりとりも移動時間がネックになっていたからだ。

 「われわれの保険業務はいわば『メーカー』です。間に販売代理店があり、その先にお客さまがいる。メーカーと代理店は密に連携を取る必要がありますが、地理的なハンディキャップ、時間のロスが大きかった。代理店の事務所に出向いて打ち合わせをする機会は多いものの、片道1時間から1時間半程度、往復で2〜3時間は当地では当たり前です。代理店さまに来ていただく場合も同様です。そうまでしても情報を直接お伝えできるのは各地から支社まで出向いていただいた方のみ。全ての方に直接情報をお届けする手段がなかったのです」

 最初にWebexにトライしたのは2018年10月。翌年1月に改定する自動車保険の改定説明会でのことだ。山陰支店全体の代理店や関係者らに参加を呼び掛けて実施した。自動車保険は同社売り上げの7割を占める主力商品だ。当然販売代理店の関心も高く、ほぼエリア全域の代理店が参加する大規模なものだ。

図3 東京海上日動火災保険 山陰支店 支店長 大内章智氏

 「最もインパクトがあり人数が集まる説明会でWebexによるミーティングを試したわけです。初めてのトライですが100人以上が参加する説明会でお披露目できました」

 最初から全ての代理店が参加したわけではなかった。直接顔を見て説明を聞きたいと希望する代理店もおり、当初はWebexによる会議と並行して現地で説明会を開催していたという。だがその状況もすぐに変わった。

 「一度使うと簡単だということが分かります。そしてどこからも参加できる。何よりも移動しなくてよいですし、参加人数に制限がない。本来なら多少抵抗があるかもしれないIT化やWeb会議も、代理店の方々にとってもメリットがとても大きい取り組みですから『そんなに効率化できるならやってみよう』と前向きに取り組んでいただきやすいツールでした。今では皆さん、すっかり使い慣れてくださっています」

 社外の販売代理店と商品などの情報を共有するのは非常に重要な業務の一つだ。都度の保険商品改定の案内ももちろんだが、開催頻度が高いのは本稿冒頭で紹介した「業務連絡会」だ。自動車保険代理店にも生命保険代理店にも共通で伝えるべき情報を、業務連絡会を介して展開する。

 「Webexを使うようになって最も喜んだのは隠岐の島など遠隔地の代理店の皆さまです。これまで情報を得るのは時間的にも予算的にも大変な労力が必要だったわけですがWebexでその分の時間を業務に有効活用できるようになったわけです」(大内氏)

図4 取材時は、管下の浜田支社社員が約100人の参加代理店に商品を説明していた

代表者だけでなく、関係者全員が参加できるように

 その後、大内氏は、代理店を集めて行う「マ開倶楽部」(「マーケット開発倶楽部」、法人向けの保険商品勉強会)の会合もWebex化することで参加者を拡大した。

 法人向け商品は個人向け商品と異なり複雑な点が多く、深い商品知識が求められる。取り扱う代理店が限定されることから会合そのものは小規模だった。だが準備、移動は大規模な会合と同様の手間が掛かる。そこでこの会合を廃止し、完全にWebex Meetingsに切り替えた。従来は10人程度だった参加人数は、Webex化して広く参加を許したところ70人ほどに増えた。時間や費用の制約がなければ情報を直接聞きたいと感じていた各地の代理店の従業員が自主的に参加できる環境を用意した形だ。

 従来、会合の参加者にしか伝えられなかった情報を各代理店の現場の人たちに直接説明できるため、情報伝達の速度と正確性を高められた。

 また、最も優秀な人材のレクチャーを受けることの利点は、従業員のレベル向上にも寄与した。担当者ごとに商品の認識にばらつきが出てしまうことはあったが、Webexを軸に適切な講師を場所と時間の制約なく依頼できるようになった利点は大きい、と大内氏は語る。「商品理解のレベルをなるべく高く均質化したいと考えています。ですから講師の選定はとても重要。東京の本店で実際に商品を開発し、内容を知り尽くした人材を講師にアサインするなど質を高める工夫をしています」(大内氏)

どのライフステージでもどこからでも成長できる機会を提供する

 もう一つ効果として大きかったのは、本社のレクチャーを多くの人材に聴講してもらえるようになったことだ。人を呼んで会議室で実施する場合と比較して、Webexであれば参加人数を格段に多くできる。時短勤務や別業務のため、あるいは業務で移動中のため、レクチャーの時間に会議室に来られない人材もWebexで参加できる。出産や育児、介護など、プライベートでの役割と業務の両立を模索する従業員であっても、場所と時間の制約を受けずに学ぶ機会が得られる。

 「社内外を問わず何よりも人材育成が重要。そのための環境作りを考えた」という大内氏。自身はWebexを使った人材育成について「学習塾のオンライン授業方式」と例える。地方でもやる気さえあれば最高峰の講師の講義を受けられるわけだ。

社内のノウハウと品質をどう展開するか〜チーム制の本格化に向けて

図5 大内氏自身も率先して社外からWebex会議に参加、メンバーの意識改革を促す

 最初の代理店向け説明会を皮切りに、大内氏は社内のコミュニケーション改革にも乗り出す。最初に手を付けたのは、「リーダー会」だ。鳥取などの遠方から支社長が集まる場合、移動で片道2時間はかかる。午前中はほぼ移動だけで終わってしまうことになる。こうしたことから月に1回実施するのがやっとだった会合を、Webexを採用することで週1回の頻度に変更したのだ。毎週火曜日朝9〜10時をリーダー会の時間に割いている。

 「支店長も支社長も多忙。私自身も移動することが多い。私自身は冒頭に話をして、あとは各リーダーの議論を聞くことが多い。移動しながら話を聞き、必要なときだけマイクをオンにして議論に参加することで十分で会議が成り立っています」(大内氏)

 実際にリーダー会議を実施した際の様子は写真の通りだ。

 「各支社長と議論しているようには見えないでしょう? いつでも会議に参加できるように、かばんの中にはスマートフォンとヘッドフォンを必ず入れています」(大内氏)

リーダー会の定着と現場横串チーム会議の発展

 リーダーが理解したところで、今度は業務別の横串のチーム会議をWebexに移行した。

 「今のマネジメントスタイルだけですと支社の上長に相談することが多いですが、上長が特定の商品や代理店の対応経験が豊富とは限りません。こうした場合は、他の支社にいる、同じ代理店の担当者に聞いた方が有益なことも多いのです。そこで、『横串のマネジメント』を実現するためにチャットツールと会議ツール(Webex)の導入を推進したのです」(大内氏)

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 もともと従業員は、ビジネスチャットツールの「グループ機能」を利用したコミュニケーションを取ってきた。横串のテーマに沿って仮想グループを用意して、月に1〜2回程度はミーティングを行っていたが、これをWebex化した。

 従業員のWebex効果はすぐに現れた。定例会だけでなく、課題が見つかれば従業員が自ら「緊急ミーティング」の実施を呼び掛け、すぐにチームメンバーが呼応する状況が生まれたのだ。

 従来は横串のチームがあったとしても、顔を合わせて話をするのはせいぜい四半期に1度程度。前述の通り、地理的条件の問題からミーティングを開催すると全員が半日から一日仕事になってしまうためだ。「チーム制といっても実態は名ばかりで、チームとしての活動が十分にできていたわけではないのです。ツールを導入したことで情報の鮮度が全く変わりました」(大内氏)

代理店同士、従業員同士が草の根でWebex活動を始めだす

 山陰支店での取り組みを聞き付け、東京でWebexを使ったオンライン会議挑戦しているのが、大内氏の同期でもある東京海上日動火災保険 情報産業部長の堤 伸浩氏だ。

 「山陰支店の活動をまねてリーダー会をオンラインに切り替えたところです。やってみると参加者が思いの外簡単にできると実感し始めたところで、東京でも草の根的に利用が広まりつつある状況です」(堤氏)

図7 Webex MeetingsとビジネスチャットツールWebex Teamsとの連携も視野に業務効率化を検討する大内氏と堤氏(右)

 草の根の活動は、山陰支店の代理店同士のコミュニティーにも拡大が進む。「最近はWebexが便利だと理解した保険代理店の皆さんがそれぞれの課題意識を持って横の連携、情報交換をしている、という話が聞こえてきました。そこで『より良いサービスや商品作りに貢献できるならぜひ参加したい』と考え、われわれがその会合にオンラインで参加する機会も出てきました。私たちは代理店の方々の課題や考えをより深く理解する機会を得ましたし、互いの『引き出し』の幅を広げる場にもなっています」(大内氏)

 大内氏のWebexを軸にした働き方改革と情報共有の効率化、人材育成の取り組みは徐々に周囲の意識改革にも影響を与え始めているようだ。


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