原則主義の行方――SEC声明文が意味すること【IFRS】日本人が知らないIFRS【5】

SECが2月に公表したIFRS適用に向けてのステートメントから分かるのは、IFRSの積極的な受け入れ方針と、それでも米国が抱く原則主義への疑問だ

2010年04月08日 08時00分 公開
[高田橋範充,中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授]

1.SECのステートメント

 SEC(米証券取引委員会)が、2010年2月24日付けで、「コンバージェンスとグローバル会計基準の支持に関する」ステートメントを公表したことは周知の通りである。このステートメントは、(1)前回の2008年ロードマップ(PDF)で予告されていた強制適用を2015年以降に先延ばしし、(2)2009年12月から開始されるはずであった任意適用を差し当たり中止すること、を宣言したために、一見するとアメリカの後退を感じされる内容になっている。その意味において、アメリカはアドプションを断念しそうであると評価することもできるようにも思える。

 ただし、このステートメントをよく読みこむと、必ずしもそうではなく、かえってアメリカにおけるIFRSへの取り組みが本格化した印象を受ける反面、やはりIFRSの原則主義への不満が燻り続けていることを実感させるものとなっている。

 最初に確認しておかなければならないことがある。それは、2008年ロードマップの趣旨である。しばしば、このロードマップは巷間、SECがIFRSとのコンバージェンスではなく、IFRSのアドプションを宣言したものといわれることがあるが、それは間違いである。このロードマップは、2011年までにIFRSと米国会計基準とのコンバージェンスが進み、アメリカ資本市場においてIFRSが受け入れ可能と判断された場合に、その使用を認めるとするものである。

 よって、コンバージェンスの進化によってIFRSが成熟した場合においてのみ、アドプションの条件の1つが整ったと理解しており、両者は排他的というよりも、連続線上の、あるいは一定方向に向かう段階を表すものとして理解できる。コンバージェンスの完了は、アメリカのアドプションにとって必要不可欠の条件なのである。それでは、コンバージェンスの現状はどうなっているのであろうか? それを明らかにするのが、2009年11月5日付けで公表されたIASB(国際会計基準審議会)とFASB(米国財務会計基準審議会)のジョイント・ステートメント(PDF)である。これらの議論を始める前に、まずは明らかにしておかねばならない点がある。金融危機がIFRSにどのような影響を与えたかである。

2.金融危機とIFRS

 2008年のロードマップは、同年8月27日に公表され、同年11月14日に規則案として提示されているために、2008年9月以降に始まった未曾有の金融危機の影響は原則、含まれていない。このロードマップ公表以降に起こった金融危機がIFRSに、正負の両面において決定的な影響を与えている。このことは、IFRSの意義を明確にするものであるので、簡単に整理しておこう。

 まずは、金融危機は明らかにIFRSにとって追い風になった。すなわち、今回の金融危機は世界同時的に起こったところに最大の特徴があるが、それは図らずもIFRSが前提にしているようなグローバル資本市場を実感させた。アメリカ・ヨーロッパ・アジアの市場があたかも1つの市場のように連動的に反応したのである。

 このことは、これら市場に共通する会計基準あるいは財務報告基準の必要性を明白にさせたといえる。G20などで、しきりにIASBのサポートとグローバルな基準の必要性に関する項目が、共同宣言に織り込まれたことは、このことの証左だ。100年に一度といわれた金融危機が世界的に共通するインフラストラクチャーとしての財務公開制度を必要にしたといえるであろう。これは、ちょうど現行の財務公開制度が1929年の大恐慌に対応して形成されてきたことと対比することができる。新たな危機に新たな制度が必要になったのである。これが、金融危機がIFRSに与えた正の影響といえるであろう。

 これに対して、負の影響とは金融危機による市場の崩壊・混乱がIFRSの中心的イメージであったフェアー・バリュー・アカウンティングに対する疑義を生み出したことを指摘せねばならないであろう。IFRSの中核的イメージは、資産をフェア−・バリュー(公正価値)で評価することによる企業価値の表示と、端的にいうことができるが、金融危機はまさにこの市場の信頼性の欠如を意味するものであったために、果たしてIFRSの方向性が正しいものかとの疑念が広がっていった。

 このような状況の中で、公表された金融商品会計の新たな基準であるIFRS9号はEFRAG(European Financial Reporting Advisory Group)から承認延期を勧告され、EU本体の承認を得られないという事態を迎えてしまっている。IFRS9号はIAS39号の複雑な取り扱いを簡素化し、償却原価とフェア−・バリューの2本立てを図ったのだが、現在の状況がフェア−・バリューへの拒否感を生み出したものと思われる。本来、金融商品会計はマーク・ツー・マーケットの思想が最も適応しやすい領域であり、フェア−・バリュー評価がなじみやすいはずであるが、金融危機によって単純な進展が困難になったといえるであろう。

 要するに、金融危機はIFRSの必要性を高めたといえるが、その方法論への疑念も発生させたといえるであろう。

3.コンバージェンスのスピード

 以上のような状況変化の中で、IASBとFASBは、コンバージェンスのタイムラインであり、かつ、それを受けてSECがロードマップで指定したデッドラインでもある2011年に向けて、コンバージェンスを加速化することを余儀なくされた。それが、2009年11月のIASBとFASBの共同ステートメントである。両者のコンバージェンスは、周知のように、2002年のノーウォークの合意以来、継続して行われており、2006年には両者の覚書が、2008年にはその確認が行われ、さらにその日程の再調整された新たなワークプランが、2009年11月のステートメントにおいて明らかにされた。

 このようにコンバージェンスに関する報告書が頻繁に公表されるのは、必ずしも両者のコンバージェンスが順調に進んでいることを意味してはいない。むしろ、その進みが想像以上に遅滞気味であることを意味しているように思える。両者のコンバージェンスの成果といえるものは、企業結合(IFRS3号)とセグメント情報(IFRS8号)であり、かなり初期の段階からコンバージェンスの対象として挙がっていた税効果会計や収益認識は、その成果が上がっているとはいいがたい。

 2002年当初は、かなり楽観的にとらえられていたようで、短期的プロジェクトとして挙げられていたものは2003年には完成する見込みであったが、その見込みは甘く、現段階まで時間がかかっているというのが実情であろう。多分、このままの進ちょく度では2011年のタイムラインには間に合わない。そこで、両委員会はコンバージェンスのスピードアップを決定した。それが、2009年11月の報告書の本旨である。ただし、その内容は、金融商品会計、連結、認識の中止、フェア−・バリューによる測定、収益認識、リース、財務諸表の表示などが挙がっており、いわば個別論点を先行的にコンバージェンスしていくことが予定されている。しかしながら、フレームワークの手直しをせず、これらの基準を先行させると何らかの矛盾を基準間に持ち込む可能性があるように思われる。

 さらに、その報告書の中で次のような記述があることは注意を要する。

 われわれは、次のことを認識している。すなわち、われわれは異なる市場に直面し、それらの市場(そして、その参加者)は異なる情報要求を持っている(2009年ステートメント 18p.)


 この認識は、資本市場である限り、必ず同じ情報要求を持っているはずだ、とする論理とは違う立場に立っている。そしてその思考は、同一の情報要求から開示内容を導き出すといったこれまでのIFRSの議論と違う次元に立つ可能性も内包している。

4.SECステートメントの意味

 今回のSECのステートメントの内容は次の2点である。第1に、IFRSがグローバル・スタンダードに最もふさわしいポジションにあること、第2に、そのIFRSを受け入れるためには、よりアメリカ的な思考を持ち込むことを要求することである。この第2の内容に関しては、2008年のロードマップのフィードバックとして寄せられた次の意見が決定的なように思える。

  • IFRSは実務において、単一のグローバル・スタンダードとして適用し得るほど、十分に発達してないし、適用し得ない(例えば、IFRSは特定の重要な領域に関してガイダンスを欠いているし、米国会計基準と比較してより比較可能性を達成するには、あまりにも自由度が高いあるいはそれを許すガイダンスしかない)
  • IFRSの適用に当たっての地域間の格差は、真のグローバル・レポーティング・モデルに対して重要な課題を引き起こしている
  • 真の共通したグローバル・ファイナンシャル・レポーティング・モデルの達成は、世界各地で一貫した適用、監査および実施を求めるであろう(SEC 2010レポート 10p.)

 これらのレスポンスは、実は規則主義(rule-based)の観点からのものであることは明らかである。これらは何を意味するのであろうか? このレポートの全体は、明らかにIFRSを積極的に受け入れようとしている。

 このレポートのほかの個所では、税金計算とIFRSの関係性や、ほかの法制度に与える影響、さらに訴訟問題への対応やコーポレート・ガバナンスとIFRSの関係など、実施が先行することになってしまうであろう日本では十分に考察されていない問題の検討に入っている。アメリカは本気なのである。本気であるが故に、非常にあいまいな「原則主義」をターゲットにしているのではないであろうか。

高田橋 範充(こうだばし のりみつ)

中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授

公認会計士二次試験に合格後、中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。福島大学助教授、中央大学経済学部教授を経て、国際会計研究科教授。著書に『ビジネス・アカウンティング』(ダイヤモンド社)


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