金融商品取引法に基づく「財務報告に係る内部統制報告制度」が改訂された。その柱は基準、運用の「簡素化・明確化」。企業に大きな負担を掛けてきたとも言われる内部統制報告制度はどう変わるのか。解説しよう。
2011年3月30日に金融庁は内部統制の基準・実施基準の改訂を公表した(参考リンク)。内部統制報告制度は2008年3月に基準が公表され、同年4月1日以降開始する事業年度から適用されているが、「制度導入後、適時にレビューを行い、その結果を踏まえて、必要に応じ、内部統制の評価・監査の基準・実施基準の見直しやさらなる明確化等を検討」するものとされていた。また、2010年6月に閣議決定された「新成長戦略」においても、中堅・中小企業に係る内部統制報告制度の見直しが、具体的な実施事項として記載された。
これらの状況を受けての改訂は、内部統制の基準・実施基準などのさらなる簡素化・明確化などを図ることが主題である。そして、特に中堅・中小上場企業に対しては、資源の制約がある中で内部統制報告制度への対応を行っていることから、内部統制の評価手続に関する基準について、中堅・中小上場企業の実態に即した簡素化・明確化を求める要望に応えることが、大きな目的となっている。
主な改訂の内容は、次の通りである。
(1)企業の創意工夫を活かした監査人の対応の確保
(2)内部統制の効率的な運用手法を確立するための見直し
(3)「重要な欠陥」の用語の見直し
また、改訂とは別に、特に中堅・中小上場企業の実態に即した簡素化・明確化に関する事例集を作成することが今後の円滑な制度の実施に資するという判断から、次のような事例を作成するものとしている(参考リンク)。
(4)効率的な内部統制報告実務に向けての事例の作成
以下、順に解説を加える。なお、意見に関する部分は筆者個人の見解であり、筆者の関係するあらゆる組織の見解ではないことをあらかじめお断りしておく。
事業の特性や規模などに応じて企業はさまざまな企業環境にあり、各社の内部統制を画一的に定めることはできない。しかしながら監査人が画一的な手法を強制し、個々の企業が置かれた状況等を考慮していないという意見が多くあった。そのため、「監査人は、内部統制の基準・実施基準等の内容や趣旨を踏まえ、経営者による会社の状況等を考慮した内部統制の評価の方法等を適切に理解・尊重した上で内部統制監査を実施する必要があり、各監査人の定めている監査の手続や手法と異なることをもって、経営者に対し、画一的にその手法等を強制することのないよう留意する」ことが実施基準において明記された。
特に、事業規模が小規模で比較的簡素な組織構造を有している組織の場合には、当該組織の内部統制の構築や評価における経営資源配分上の制約が強いが、企業に過度の負担を求めるものではないため、監査人は経営者からの相談に対し、適切な指導的機能が発揮されることを期待されている。
1)企業において可能となる簡素化・明確化
内部統制報告制度の簡素化・明確化の観点としては、(a)評価範囲に関するものと、(b)評価方法に関するものに大きく分けることができる。
まず、(a)評価の範囲に関するものとしては、全社的な内部統制の評価範囲の明確化と業務プロセスに係る内部統制のさらなる絞り込みが挙げられている。全社的な内部統制に関しては、評価対象外にできる「財務報告に対する影響の重要性が僅少である事業拠点」について、売上高の95%に入らないような連結子会社を例示するなどの明確化が行われている。
また、業務プロセスに係る内部統制のさらなる絞り込みについては、前年度の評価範囲に入っていた重要な事業拠点のうち、イ)前年度の当該拠点に係る内部統制の評価結果が有効であること、ロ)当該拠点の内部統制の整備状況に重要な変更がないこと、ハ)重要な事業拠点の中でもグループ内での中核会社でないなど、特に重要な事業拠点でないことを確認できた場合に、当該事業拠点を本年度の評価対象としないことができるとした。その際、結果として、売上高などのおおむね3分の2を相当程度下回る場合があり得るとした。ただし、この場合には、評価の範囲が売上高などのおおむね3分の2を相当程度下回っていることを内部統制報告書において記載することが求められる。
一方で(b)評価方法に関するものとしては、前年度の全社的な内部統制の有効性に関する評価結果が有効であり、かつ、前年度の整備状況に重要な変更がない項目については、前年度の運用状況の評価結果を継続して利用することが可能であることが明確化された。特に、業務プロセスに係る内部統制に関して統制上の要点として識別された内部統制の評価については、整備状況・運用状況ともにローテーションによる評価で足りる場合があることが明確化された。しかしながら、前年度の運用状況の評価結果が利用可能であると定められたことから、少なくとも2年に一度は運用状況の評価を実施する必要があると考えられる。
2)「重要な欠陥」(改訂後は「開示すべき重要な不備」。以下同じ)判断基準等の明確化
「重要な欠陥」の判断基準については、金額的重要性の設定に関して、過去一定期間の平均値を利用する、あるいは特殊要因の除外などがあり得ることを明確化した。
また期末日直前に新たにグループ会社に加わった会社の内部統制評価について、通常要する期間内に評価手続きを実施できない場合など「やむを得ない事情」がある場合には、評価範囲に含めないことが定められている。そして、やむを得ない事情の生じた時期として「下期」を例示するとともに、合理性が認められる場合には、「下期」に限られないとした。この場合にも、内部統制報告書にその旨を記載する必要がある。
内部統制報告制度の変更内容
項目 | 変更内容 | ||
---|---|---|---|
財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準 | 「重要な欠陥」を「開示すべき重要な不備」へと用語を変更 | ||
内部統制監査報告書の記載区分の変更 | |||
財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準 | 財務報告に係る内部統制の評価及び報告 | 金額的な重要性の判断について、連結税引前利益の金額が著しく小さくなった場合や負になった場合の対応を明確化 | |
持分法適用となる関連会社が他の会社の子会社であって当該関連会社の親会社が本基準に基づき内部統制報告書を作成し監査を受けている場合の対応を明確化 | |||
「財務報告に対する影響の重要性が僅少である事業拠点」の判断基準を機械的に適用すべきでないことを明確化 | |||
グループ内での中核会社でないなど特に重要な事業拠点でないことを確認できた場合には、当該事業拠点を本年度の評価対象としないことができると明記 | |||
全社的な内部統制の評価項目のうち、前年度の評価結果が有効であり、前年度の整備状況と重要な変更がない項目について、運用状況の評価はローテーションによる評価で足りることを明確化 | |||
業務プロセスに係る内部統制に関して統制上の要点として識別された内部統制の整備状況・運用状況の評価については、ローテーションによる評価で足りる場合があることを明確化 | |||
ITに係る全般統制の項目について、運用状況の評価をローテーションによる評価で足りる場合があることを明確化 | |||
評価範囲の制約となる「やむを得ない事情」として、下期における他企業の買収などを例示 | |||
特に、事業規模が小規模で、比較的簡素な構造を有している組織などにおいては、様々な記録の形式・方法を取り得ることを明確化 | |||
財務報告に係る内部統制の監査 | 監査人は、経営者の評価結果を利用する場合を除き、経営者の評価方法を具体的に検証する必要はないことを明確化 | ||
内部統制監査と財務諸表監査の一体的実施について明記 | |||
内部統制監査の効率化を図るべき旨を記載 | |||
内部統制監査報告書の記載区分の変更 | |||
3)中堅・中小上場企業に対する簡素化・明確化
事業規模が小規模で、比較的簡素な構造を有している組織などの内部統制の運用状況の評価については、組織上の階層が一律でない場合もあることから、特定の階層による評価は必ずしも必要ないことが明確化された。
また、経営者らが直接行ったモニタリングの結果や、監査役が直接行った棚卸しの立ち会いの結果などを内部統制監査において利用可能であることを明確化した。
さらに、定型的な書式を持った書類のみならず、後任者への伝達文書や受注の際の作成文書など、さまざまな記録の形式・方法を取り得るものとし、監査人もそれらの社内作成文書を利用できるとしている。
従来、「重要な欠陥」が存在する場合には、経営者は内部統制報告書において、その内容およびそれが是正されない理由を記載することとされている。これは、投資者に対して、有価証券報告書に記載された財務報告の内容を利用する際に留意すべき事項として、財務報告に係る内部統制について「今後改善を要する重要な課題」があることを開示することに意義があるからである。
「重要な欠陥」は、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高い内部統制の不備をいうものであり、それが直ちに当該企業の有価証券報告書に記載された財務報告が適正なものでないことを意味するものではなく、もちろん、当該企業に欠陥があるということではない。
しかし、このような誤解を招く恐れがあるという指摘を受け、「開示すべき重要な不備」と用語を変更することにしたものである。また、用語の定義については変更が無いため、英語表記については従来と同様Material Weaknessにする予定としている。
内部統制の構築・評価・監査に当たっては、企業の状況などに応じた工夫を行い、当該企業の実態に合った効率的な内部統制が整備・運用されることを目指しているが、従来、その実体は必ずしもそのような状況であるとは限らなかったと考えられる。
事例の作成は、基準・実施基準に基づいて内部統制報告制度が2年間にわたって実施されてきた中で、さまざまな工夫で内部統制の有効性を保ちつつも、効率的に内部統制の評価などを行っている事例を集め、実務の参考にしてもらうことが目的である。
当該事例は、基本的には、事業規模が小規模で、比較的簡素な構造を有している組織における事例であるが、事業規模が小規模でない場合であっても比較的簡素な構造を有している組織であるならば、参考にできるものにすることを目標としている。
これらの改訂のほかに、内部統制監査報告書の記載区分も変更になっている。無限定適正意見を表明する場合の内部統制監査報告書は、従来、内部統制監査の対象、実施した内部統制監査の概要、内部統制報告書に対する監査人の意見の3区分であったが、改訂では内部統制監査の対象、経営者の責任、監査人の責任、監査人の意見の4区分となっている。
また、評価手続の制約により除外事項を付した限定付適正意見を表明する場合には、別に区分を設けて、実施できなかった監査手続および財務諸表監査に及ぼす影響について記載することが求められている。
改訂基準および改訂実施基準は、2011年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価および監査から適用される。この改訂の目的は、制度を簡素化・明確化することにあるため、企業側の制度対応として検討可能な項目は多い。次稿においては、企業としてどのような検討が可能となるのか、その影響を含めて検討したい。
中央大学大学院商学研究科博士前期課程修了。大手監査法人を経て、株式会社レキシコムを設立し、現在に至る。経営者や管理者をはじめとした情報利用者に価値のある情報をいかに提供するのかに焦点を当てながら、公認会計士としての専門的知識や経験を生かし、業務改善コンサルティングや内部統制報告制度対応支援、会計制度への対応を含めた情報システムのサポート業務などを中心に展開している。IFRS、内部統制、情報システムなどをキーワードに、講演・執筆活動の実績多数。
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