「RAGをそのまま導入」はダメ? 精度を上げる設計パターン3選RAG実装のつまずきを回避

大規模言語モデル(LLM)と外部データを連携させて精度を高める「RAG」(検索拡張生成)の導入が進んでいる。その3つの設計パターンについて、RAG実装時の課題や設計パターンの選び方と併せて解説する。

2025年06月12日 07時30分 公開
[雨輝ITラボ(リーフレイン)TechTargetジャパン]

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 「AI(人工知能)モデルが古い情報や間違った情報を回答してしまう」「AIチャットbot『ChatGPT』に社内の資料を読み込ませて質問したいが、機密情報を外部に送るのは不安だ」――。こうした生成AIの課題を解決する技術として注目されているのが、「RAG」(検索拡張生成)だ。

 RAGは、大規模言語モデル(LLM)に外部のデータベースから関連情報を検索、取得させることで、より正確かつ最新の回答を生成する仕組みだ。基本的な構成のままでは期待する精度を出せないケースもあり、自社の目的やIT環境に応じた設計パターンの選定が不可欠となる。

 本稿は、RAG導入時の課題から設計パターン、セキュリティ対策に至るまで、RAGを実装する際に押さえておくべきポイントを解説する。

“そのまま導入”はダメ? 「RAG」の精度を引き出す設計パターン

 まず、企業がRAG導入時に直面する代表的な課題を整理しておこう。

 1つ目は「情報の粒度の問題」だ。社内文書をそのままLLMに投入しても、必要な情報を適切に抽出できないことがある。文書を適切な単位に分割し、インデックス化する必要がある。

 2つ目は「検索精度の限界」だ。単純なキーワード検索では、ユーザーの文脈や意図を正確に把握できない場合がある。

 3つ目は「回答の一貫性」だ。同じ質問でも、検索結果として得られる文書の組み合わせによって、異なる回答が生成される可能性がある。

 これらの課題に対処するために、企業は自社に適するRAGシステムの設計パターンを検討する必要がある。

RAGシステムの3つの主要設計パターン

 企業が扱うデータの規模や、RAGを導入する目的に応じて、さまざまな設計パターンが考案されている。代表的な3つを以下に紹介する。

1.シンプルRAG

 最も基本的なRAGの形態で、「検索」「生成」の2段階で構成される。ユーザーの質問に対して関連文書を検索し、その結果を基にLLMが回答を生成する仕組みだ。

 このパターンの利点は、実装の簡潔さにある。既存の検索エンジンとLLMのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)を組み合わせるだけで構築でき、開発期間も比較的短い。

 一方で、複雑な質問や、複数の文書にまたがる情報の統合が必要な場合には限界がある。そのため、小規模な文書セットを用いたユースケースに適している。

 実際のデータ処理では、以下の4段階を経る。

  • Load(読み込み)
    • データを取得する
  • Split(分割)
    • 文書を意味のある単位に分割する
  • Embed(埋め込み)
    • 分割されたテキストをベクトル(数値の並び)に変換する
  • Store(保存)
    • ベクトルデータをベクトルデータベースなどに格納する

 このパイプラインの設計は、検索精度に大きく影響する重要な要素だ。

2.階層型RAG

 情報を階層的に整理し、段階的に検索範囲を絞り込むアプローチだ。まず大まかなカテゴリーで文書を分類し、次に詳細な検索を実行することで、検索精度を高めることができる。

 例えば、人事関連の質問であれば、最初に「人事」カテゴリーの文書群に絞り込み、次に具体的な制度に関する文書を検索する。段階的に絞り込むことで、関連性の高い情報に効率よくアクセスできる。

 階層型RAGは中規模から大規模の文書セットに適しており、組織の部門および業務単位など、自然な分類軸が存在するデータに効果的だ。ただし、階層構造の設計が検索精度を左右するため、分類軸の設定や粒度が重要になる。

3.マルチエージェントRAG

 複数の専門エージェントが連携して回答を生成する高度な設計パターンだ。各エージェントが特定の知識領域を担当し、質問の内容に応じて適切なエージェントが稼働する。

 例えば、「新製品の開発スケジュールと予算の関係」について質問された場合、プロジェクト管理エージェントがスケジュール情報を、財務エージェントが予算情報を提供し、統合エージェントが両方の情報を組み合わせて最終的な回答を生成する。

 この設計パターンは、部門横断的な知識統合や、細やかなアクセス制御を実現したい大規模組織に適している。一方で、エージェントの役割設計やシステム連携の構築など、開発および運用コストが高くなる傾向がある。

設計パターンの選び方

 3つの設計パターンのうちどれを採用すべきかは、組織の規模と扱う情報の複雑さによって判断するのが現実的だ。

 従業員数100人未満の小規模組織で、扱う文書が特定分野に限定される場合は、シンプルRAGから始めることを推奨する。開発工数が少なく、短期間で効果を実感しやすい。

 従業員数100〜1000人規模の中規模組織で、複数の部門や事業領域にまたがる情報を扱う場合は、階層型RAGが適している。文書を部門別や業務別に分類することで、検索精度を高められる。

 従業員数1000人以上の大規模組織で、複数の専門領域の情報を統合的に扱う必要がある場合は、マルチエージェントRAGを検討する価値がある。

 重要なのは、スモールスタートで段階的に拡張することだ。まずシンプルRAGで基本機能を構築し、実際の利用状況と課題を把握した上で、必要に応じてより高度なパターンへの移行を検討する。組織に適した設計パターンを選択することで、RAG導入の効果を最大化できる。

「オープンソースLLM」「API」のどちらを利用するかの選択基準

 RAGシステムの実装では、LLMとしてオープンソースモデルを利用するか、OpenAIやGoogleなどが提供する商用APIを利用するかの選択が重要となる。

 オープンソースLLMの利点は、データを外部送信せずに処理できることにある。機密性の高い社内情報を扱う場合でも、オンプレミス環境や自社管理のクラウド環境でAIモデルを実行できるため、セキュリティ要件を満たしやすい。API利用料が発生しないため、長期的なコスト管理もしやすい。

 対する商用APIの利点は、最新の高性能モデルをすぐに利用できることに加え、インフラ管理の負担がないことにある。特に、PoC(概念実証)や初期導入フェーズで迅速にAIモデルを試すことができる。

 どちらを選択するかの基準として、以下の要素を踏まえて統合的に判断することを推奨する。

  • データの機密性レベル
  • 予想される利用量とコスト
  • 必要な回答精度
  • システム運用体制

プライバシーとセキュリティをどう確保するか

 RAGシステムでは、社内の機密情報を扱うことが多いため、以下のようなセキュリティ対策が不可欠だ。

  • データの暗号化
    • 文書の保存時と検索時の両方でデータを暗号化し、権限のないユーザーからのアクセスを防ぐ。アクセスログを記録しておくことで、誰がいつどの情報にアクセスしたかを追跡可能にしておく。
  • 回答生成時の情報漏えい対策
    • LLMが文書に存在しない情報を推測で回答することを防ぐため、回答時には参照元の文書を明示し、根拠が不明確な回答には警告を表示する仕組みを設ける。
  • ユーザー認証と認可の仕組みを整備
    • 部門や役職などの属性に応じて、ユーザーごとにアクセス可能な情報範囲を制限する認可の仕組みを実装する。

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