「AIモデルは大きいほどよい」という時代は終わりつつある。AI導入を成果につなげたいCIOがいま注目するのが、軽量かつ効率的な小規模言語モデル(SLM)だ。
CIO(最高情報責任者)は、限られた予算の中でデジタル施策を成功に導くというプレッシャーにさらされている。AI(人工知能)導入が喫緊の課題であることは間違いないが、その実用性や費用対効果をどう示すかは依然としてCIOにとって悩みの種だ。こうした状況の打開策となり得るのが、軽量で高速に動作する小規模言語モデル(SLM:Small Language Model)だ。
SLMは大規模言語モデル(LLM)と異なり、大規模な演算リソースやクラウドインフラを必要とせず、PCやオンプレミスのサーバなど手元のハードウェアでの運用が可能だ。領域特化型のデータセットと組み合わせて使うことで、実用的な精度を効率よく実現できる。「SLMを使うことで、導入コストの高さや、汎用(はんよう)モデルであるがために特定分野の知識(ドメイン知識)が不足しがちといった、LLMが抱える課題を回避できる」。調査会社GlobalDataのプリンシパルアナリストを務めるイザベル・アルデハイル氏はこう話す。
実際にAIコミュニティーでは、Mistral AIの「Mistral Small」やDeepSeekの「DeepSeek-R1」といったSLMが積極的に活用され始めている。AI開発プラットフォーム「Hugging Face」内におけるダウンロード数の多さが、SLMへの関心の高まりを裏付けている。
一方、コンサルティング企業BearingPointでチーフデータサイエンティストを務めるアメール・シェイフ氏は、「SLMを使えば推論コストを大幅に削減できるが、ファインチューニング(独自の追加学習)や、自社専用の運用環境を用意することに一定のコストが発生する」とも付け加える。
こうしたSLMの軽量性と柔軟性は、エッジ(データ発生源に近い場所)での運用に適している。SLMを使えば、ノートPCやスマートフォン、カメラ、モノのインターネット(IoT)機器でAI関連タスクの実行が可能だ。ユーザーの同意を得られれば、従来インターネット上では公開されていなかった社内のデータも学習に活用できる。
エッジ環境でのSLM運用を可能にしているのが、AI処理向けカスタムチップの進化だ。軽量なSLMであれば、ノートPCや、一部の中価格帯のスマートフォンでも実行することが可能となっている。これにより、サービス提供者はクラウド依存を減らし、AI処理をユーザーに近いエッジ側へと移しやすくなってきている。
ITコンサルティング企業xSolutions365のCTO(最高技術責任者)ジェフ・ワトキンス氏は次のように話す。「SLMはサイズや性能も多様で、非常に小型のデバイスで動くモデルから、最新の『MacBook Pro』でようやく処理できるような比較的高負荷なものまでさまざまだ。用途や実行環境に応じて柔軟に選択する必要がある」
とはいえ、エッジ環境におけるSLMの実装はまだ初期段階にある。実際に活用が進んでいる例としては以下のようなものがある。
SLMの台頭は、「汎用的なLLM一択」からの脱却を促すものだ。コンサルティング企業Deloitteの調査レポート「Tech Trends 2025」によると、SLMやオープンソースの選択肢が注目される理由として、「より小規模で精度の高いデータセットでAIモデルを訓練できる点」が挙げられている。これは、「AIモデルは大きいほど優れている」という従来の価値観から、「業務への適合性や精度の高さを重視する」方向へと、評価軸がシフトしていることを示している。
企業が「AI活用でいかにビジネス成果につなげるか」を考えるフェーズに入った中で、SLMは差別化のための中核技術になりつつある。データサイエンスベンダーDomino Data Labでフィールドチーフデータサイエンティストを務めるジャロッド・ボードレー氏によれば、SLMは医療、金融、防衛といった業界で既に大きな影響を与えている。「SLMを医療機器に搭載すれば、リアルタイムでの患者モニタリングや診断支援が可能になる。金融機関では、不正検知やマネーロンダリング対策にSLMの導入が進んでいる」
今CIOが問うべきは、「生成AIをどう使うか」ではなく、「自社のビジネス課題に最適なモデルは何か」だ。汎用モデルに頼る時代から、自社専用の“競争優位性を生み出すAI”へとシフトする今、SLMはその実現を支える重要な選択肢となる。
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