なぜモデルの「蒸留」が“AIの現実解”として注目されるのかコストと運用が投資の焦点に

DeepSeekが台頭したことで脚光を浴びるモデルの蒸留。成熟期に入った手法の系譜、コスト構造、投資の焦点、2030年ごろまでの注目領域を整理する。

2025年09月08日 07時00分 公開
[Cliff SaranTechTarget]

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 生成AI市場での関心は、巨大な基盤モデルをそのまま運用することから、限られたコンピューティング資源で十分な性能を引き出す「蒸留」へと移りつつある。特に中国のDeepSeekが、蒸留によってOpenAIのモデルに匹敵する性能のLLM(大規模言語モデル)を訓練できることを示したことが追い風となった。

 蒸留そのものは新たな発明ではない。調査会社Gartnerのシニアディレクターアナリストのハリサ・カンダバットゥ氏は、自身も2017年にモデル蒸留を研究していたと述べ、技術自体は新規ではないと指摘する。研究コミュニティーには次のような長年の蓄積がある。

  • 「Model compression」(2006、クリスティアン・ブチラ、リッチ・カルアナ、レクサンドル・ニクレスク=ミジル)
    • 大規模モデルの知識を小規模モデルへ圧縮する概念を提示
  • 「Distilling the Knowledge in a Neural Network」(2015、ジェフリー・ヒントン、オリオル・ビニャルス、ジェフ・ディーン)
    • 蒸留という用語を使用して考え方を定着させ、性能向上手法として提唱

モデル蒸留はなぜいま企業で現実解なのか

 企業は「コストを10%に抑えつつ、性能の80%を引き出す」ための現実解を模索している。蒸留という技術は、最適なコストパフォーマンスを実現するための有力なアプローチであり、AI活用における新たなスタンダードとなる可能性がある。

 カンダバットゥ氏は企業のCIO(最高情報責任者)に対して、単価だけを追わず、学習と推論のコストが継続的に低下する前提でユースケースを設計し、優先順位を付けるべきだと助言する。大手AIベンダーも、導入や調整、ガバナンスを容易にする手段として蒸留の有用性を認識し、商業的なけん引力が生まれている。

 そもそも蒸留は、大規模なAIモデルから、より小型のモデルに知識を抽出する手法だ。推論精度をできるだけ維持したままモデルを軽量化できるため、AIの実用化を進める上で重要な技術として注目されている。これはAIのイノベーションとスケーラビリティ(拡張性)の橋渡し役となり得る。モデルの小型化によって推論時の演算コストやインフラの運用コストを抑えやすく、結果として総コストの圧縮につながるからだ。

2030年ごろまでの注目領域と採用見通し

 投資の焦点は、生成AIそのものから、継続運用のしやすさやリアルタイム意思決定の実現へ移りつつある。Gartnerは、AIモデルの学習や実行で使えるように、生データを調整したデータ基盤「AI-Readyデータ」など、継続的な提供を支える基盤要素への重心移動を指摘する。成功の鍵は、以下の3点にある。

  • 実業務に直結するユースケースを対象に、小規模かつ迅速に検証する「パイロット運用」を実施すること
  • インフラの可用性を定量的に評価し、比較できる「ベンチマークテスト」を積極的に実施すること
  • AIチームとビジネス部門が密に連携し、価値が出るまで運用とモデル精度を継続的に磨き上げること

 Gartnerは、2030年ごろまでに主流として採用が進むと予測されるAI関連のイノベーションとして、次の2つを挙げている。

  • マルチモーダルAI
    • 画像、動画、音声、テキストなど、異なる形式のデータを統合的に学習・処理できるAIモデル
  • TRiSM(AI Trust, Risk and Security Management)
    • AIに関するガバナンスや公平性、安全性、信頼性、セキュリティ、プライバシー、データ保護を担保するための枠組みやツール群

 これらを組み合わせることで、信頼性が高く、責任あるAIアプリケーションの構築が可能になり、企業の業務変革を後押しすると期待されている。

 一方で、AIエージェント(タスクを自律的に遂行するAI)が主流になるには、少なくとも今後2〜5年はかかる見込みだ。その効果を最大化するには、自社の業務や業界に即したユースケースを見極め、段階的に適用する戦略が欠かせない。

 AIエージェントは万能ではない。環境や要件との適合度に大きく左右されるため、導入の可否は、目の前の業務要件、リスク許容度、既存システムとの統合難易度など、具体的かつ実務的な条件に基づいて慎重に判断する必要がある。

翻訳・編集協力:雨輝ITラボ(リーフレイン)

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