中東軍事衝突で「IT調達」が止まる 情シスを襲う“原材料”断絶の警告影響と対策を解説

イラン攻撃が世界のIT基盤を揺るがしている。半導体原材料の供給停止やサイバー攻撃の激化は、日本企業の予算と計画をどう破壊するのか。情シスが講じるべき対策を説明する。

2026年03月11日 05時00分 公開
[TechTargetジャパン]

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 2026年の米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃を契機とした中東情勢の悪化は局地的な紛争の枠を超え、世界のIT基盤を支える構造に深刻な亀裂を生じさせかねない。中東はエネルギー供給の要所だけではなく、データセンター拠点や、半導体製造に不可欠な希少原材料の供給源としても重要な役割を担っている。

 日本企業の情報システム(以下、情シス)部門担当者は中東情勢の悪化を受け、どのようなことに備えなければならないのか。本稿は、地政学的リスクが情シスに及ぼす多角的な影響を分析し、日本企業が直面する課題と、それに対する防御策を解説する。

サプライチェーンの機能不全とハードウェア調達の危機

 中東における軍事衝突の激化は、世界の海上貿易の要衝であるスエズ運河や紅海ルートの安全性を根本から揺るがしている。紅海ルートでは以前から商船への攻撃があったが、今後、さらに激化する可能性がある。海運各社は安全を確保するために迂回(うかい)ルートを検討する必要があり、迂回措置による物流の遅延はPCやサーバ、ストレージ、ネットワーク機器などのITハードウェアの調達価格と納期にも影響を及ぼす恐れがある。輸送コストも急騰し、情シスの予算を圧迫しかねない。

 情シス担当者にとって深刻な懸念は、2025年10月の「Windows 10」サポート終了(EOS)に伴うPCのリプレース計画を順調に進められるかどうかだ。調査会社IDCによると、紛争が3カ月以上継続した場合、PC調達が困難になり、リプレース計画にブレーキがかかる可能性がある。

半導体原材料の供給断絶も

 中東情勢の悪化は、半導体製造の最上流工程に位置する特殊な原材料の供給を直撃している。半導体製造は、特定の地域から供給される希少物質に依存しており、中東はその主要な供給源の一つになる。特に懸念されているのがヘリウムと臭素の供給リスクだ。ヘリウムはシリコンウェハーの冷却に不可欠で、世界のヘリウム供給の約3割をカタールが担っている。カタールのヘリウム生産が紛争の影響で停止した場合、半導体メーカーへの供給が途絶することになる。

 半導体のエッチング工程に使用される高純度臭素の供給も危機に瀕している。臭素の主要な供給地はイスラエルの死海周辺だ。供給が滞れば、DRAMやNANDフラッシュメモリの生産ラインが停止する恐れがある。加え、エネルギー価格の激しい変動が半導体メーカーの運営コストを押し上げている。エネルギー価格が上昇すれば、半導体の価格へと転嫁されることになり得る。

 半導体は企業のAI(人工知能)利用プロジェクトを支えており、供給や価格の不透明さは、AI利用を遅らせることが懸念される。

サイバー攻撃の激化とハクティビズムの脅威

 物理的な衝突と並行して、サイバー空間では国家主導の攻撃者や、政治的な目的を持つ攻撃者(ハクティビスト)による攻撃の激化が想定される。情シス担当者にとっての懸念点は、自社が紛争に直接的な関わりがなくても、サプライチェーンの一部として標的にされるリスクが増大していることだ。イラン系の攻撃者は、初期段階では目立った活動を控える「静かな潜伏」の戦術をとる傾向があるが、裏では重要なインフラや企業のシステムへのアクセス権を確保し、反撃の機会を伺っているとセキュリティ専門家はみている。

 情シス担当者が特に警戒すべきは、運用技術(OT)やIoT(モノのインターネット)デバイスの脆弱(ぜいじゃく)性を突いた無差別な攻撃だ。IoTデバイスは、十分な暗号化が施されていないケースがあり、攻撃の対象になりやすいとみられる。攻撃者はIoTデバイスに入り込むと、IoTデバイスを「踏み台」にしてITシステムへの侵入を図る恐れがある。

問われるデータセンターの安全性

 今回の紛争は、クラウドサービスの物理的な安全性を揺るがしている。アラブ首長国連邦(UAE)やカタール、サウジアラビアなどの湾岸諸国は、ハイパースケーラーのデータセンター誘致を進め、自国をAIハブとして位置づけてきた。今回の軍事作戦開始後、複数のクラウドプロバイダーの施設周辺で攻撃が報告され、データセンターの物理的な破壊のリスクが浮上している。

 情シス担当者は、クラウド上のデータの物理的な場所が紛争地域や地政学的に不安定な地域に配置されていないかの再確認が必要だ。特に中東リージョンを利用している企業は、データの欧州や北米への緊急退避を検討すべき段階に達している。IDCは、異なる地域やプロバイダーを組み合わせる「マルチリージョン」や「マルチクラウド」戦略が、レジリエンスを確保するために不可欠だと指摘している。

情シス部門が実施すべき具体的な対策

 中東情勢の悪化という外的ショックに対し、情シス担当者がレジリエンスを高めるために取るべきアクションは、短期的な「火消し」と中長期的な「構造改革」に大別される。

短期的なリスク緩和策

  • ハードウェアの早期調達と在庫確保
    • IT機器の発注を速やかに確定させる。物流遅延を見越し、少なくとも6カ月分程度の予備機を確保する。
  • 外部露出IT資産の緊急監査
    • VPN(仮想プライベートネットワーク)やSaaS(Software as a Service)アカウント、公開APIなど、インターネットに接続されたIT資産の棚卸しを実施する。パッチ(修正プログラム)の適用状況を確認するとともに、多要素認証(MFA)の導入を進める。特にOT/IoT機器のデフォルトパスワードは即座に変更する。
  • クラウドデータの地理的分散
    • 中東や紛争リスクのある地域のリージョンを利用している場合、データを安定した地域のリージョン(東京、シンガポール、欧州など)へ定期的にバックアップする。必要に応じて、一次データの配置場所を移動させる。
  • サイバー攻撃演習
    • 国家主導のサイバー攻撃や物理的なインフラ障害を想定した訓練を実施する。特に「バックアップからの完全復旧」が可能かどうかを検証する。

中長期的な戦略的対応

  • 調達ルートの多角化と脱特定地域依存
    • 特定の国やメーカーに依存しないマルチベンダー戦略を構築する。半導体原材料のリスクを鑑み、代替製品の動作検証をあらかじめ完了させておく。
  • 「ゼロトラスト」とID管理の強化
    • 全てのユーザーやデバイスを常に検証するゼロトラストセキュリティへの移行を加速させる。ID管理の不備を突く攻撃に対する耐性を高める。
  • ITコストの最適化と予算の再配分
    • エネルギー価格高騰に伴うクラウド費用の上昇を相殺するために、未使用のSaaSアカウントの削除といった、徹底したコスト管理を実施する。削減したコストをセキュリティ対策費へ再配分する。
  • 経営層の支援
    • 供給遅延によるプロジェクト遅延やエネルギー価格高騰による営業利益への圧迫といった具体的なビジネスリスクを数値化し、経営層の意思決定を支援する。

欠かせないインフラ構成の見直し

 2026年の中東情勢の悪化は、企業のITシステムがもはや地政学的な境界と無縁ではいられないことを明白にした。物理的なサプライチェーンの断絶、原材料の枯渇(こかつ)、サイバー空間での国家間対立は、情シスの役割を「技術の運用」から「戦略的なリスク管理」へと変容させている。情シス担当者は、ITの調達モデルや脆弱なインフラ構成を抜本的に見直し、より強固なデジタル基盤を構築する必要がある。

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