英小売り大手Tescoは、Broadcomとの法的紛争を進める中、2025年4月からVMware製品の移行を開始した。本事例から、企業の情シス部門が知っておきたい教訓を整理する。
英小売り大手Tescoが、Broadcomとの法的紛争を進める中で、VMware製品からの移行を本格化させている。Tescoは2025年4月から移行作業を開始しており、2027年末までに全社でVMwareに代わる仮想化基盤を展開する計画だ。
同社は、BroadcomがVMwareのソフトウェアとサポートを提供しなかったとして訴訟を起こしている。最新の訴状では、VMwareだけでなく、Broadcom傘下のCA Technologiesが提供するメインフレーム関連ソフトウェアからも移行を始めたことが明らかになった。
Tescoはこの移行について、短期間での対応を迫られたことで「運用上、商業上のリスク」が生じ、事業に「重大なコストと混乱」をもたらしていると主張している。本稿は、Tescoの事例から情報システム部門(情シス)が学んでおきたい教訓を紹介する。
Tescoは2021年、販売代理店のComputacenterを通じてVMware製品とサポートを利用する契約を結んだ。この契約では、2026年1月までVMware製品とサービスを利用でき、さらに2030年まで契約を更新できる選択肢があったとされる。
しかしTescoは、BroadcomがVMwareを買収した後、2021年契約に基づいて購入したソフトウェアやサポートへのアクセスを妨げていると主張している。訴訟では、BroadcomからDell Technologies、Computacenterを経由してTescoにVMware製品とサポートを提供する契約上の関係も争点になっている。
問題を複雑にしているのは、TescoにとってVMwareが単なる一製品ではないことだ。同社のサーバ仮想化基盤は、事業運営を支えるITインフラの中核に位置付けられる。契約更新やサポート条件が想定通りに維持されない場合、影響はライセンス費用だけにとどまらない。システム運用、セキュリティ更新、障害対応、移行計画まで含めて、情シス部門の負担は一気に増大する。
Tescoが今回始めたのは、VMwareからの移行だけではない。同社はBroadcomが提供するCA Technologiesのメインフレーム関連ソフトウェアからも移行を開始した。
Tescoは、VMware製品とCA Technologies製品からの移行はいずれも、Broadcom側の行為を受けて「やむを得ず」決定したものだと主張している。2025年4月下旬に、Broadcomの「支配的地位の乱用」を含む被告側の行為を踏まえて判断したという。
この点は、企業のIT部門にとって重要な示唆を持つ。仮想化基盤の契約問題が、メインフレームソフトウェアの移行判断にまで波及しているためだ。インフラ、運用管理、バックアップ、基幹業務システムが同じベンダーグループに依存している場合、ある領域の契約リスクが別の領域にも連鎖する可能性がある。
Tescoは訴状の中で、移行に伴うさまざまなコストを主張している。代替製品を導入するためにITインフラを評価し、必要な変更を加える費用。外部のサプライヤーや契約要員を採用する費用。さらに、社内ITチームを通常業務から移行プロジェクトに振り向けることによるコストも含まれる。
特に問題なのは、移行の時間軸だ。Tescoは、2027年末までに代替の仮想化基盤を全社展開する必要があるとしている。大規模なサーバ仮想化基盤を短期間で置き換えるには、単にハイパーバイザーを入れ替えれば済むわけではない。運用手順、監視、バックアップ、災害復旧、セキュリティ、アプリケーション互換性、担当者のスキルまで見直す必要がある。
通常であれば、こうした移行は数年単位で段階的に進めるのが望ましい。しかし契約条件やサポート継続に不確実性が生じると、企業は十分な準備期間を確保できないまま、リスクを抱えて移行に踏み切らざるを得なくなる。
Tescoは、代替の仮想化基盤への移行に当たり、既存の周辺製品との互換性にも課題があると主張している。具体的には、同社が利用しているVeeam Softwareのバックアップ製品やZertoのデータ保護製品が、Tesco環境で採用を検討している代替基盤との組み合わせでは機能に制約がある可能性があるとしている。
仮想化基盤の移行で見落とされがちなのが、この「周辺システムとの結合度」だ。VMwareを利用している企業の多くは、バックアップ、レプリケーション、監視、セキュリティ、運用自動化などをVMware前提で構築している。ハイパーバイザーを変えれば、これらの仕組みも同時に見直す必要がある。
Tescoは、他の仮想化ソフトウェアでは利用できない機能や相互運用性を補うため、機能を自社で開発するか、外部から調達する必要が生じているとも主張している。これは、VMwareからの移行コストがライセンス費用の比較だけでは測れないことを示している。
Tescoによると、同社のVMwareソフトウェアとサポート契約は2026年1月に終了した。その時点でBroadcomは、Tescoに対してVMware Cloud Foundation 9.0の1年サブスクリプションを350万ポンドで提供する提案をしたという。
その後、VMwareとComputacenterとの契約終了後、さらにメインフレーム契約の期限が迫る中で、Broadcomから1740万ポンドの提案を受けたとTescoは主張している。この提案には、VMware Cloud Foundation 9.0とCA Technologiesのメインフレーム関連ソフトウェア、サポートサービスが1年分まとめて含まれていた。
Tescoは、この提案が従来の更新価格合意に基づいて受けられるはずだった価格より175%高いと主張している。さらに、メインフレーム関連ソフトウェアとサポートの価格については、更新価格を約300万ポンドと見込んでいたため、実質的に350%超の値上げに当たるとしている。
Broadcom側の主張や裁判所の判断は今後の手続きで明らかになるが、Tescoの訴えは、企業が基幹ITの価格交渉力をどのように維持するかという問題を浮き彫りにしている。
Tescoの事例から得られる教訓は、単純に「VMwareをやめるべきだ」という話ではない。VMwareは多くの企業で長年使われてきた成熟した仮想化基盤であり、運用ノウハウやエコシステムも厚い。一方で、基幹インフラを特定ベンダーに深く依存する場合、契約条件や販売方針の変更が事業継続リスクになることは避けられない。
情シス部門が考えるべきなのは、現在のベンダーを使い続けるかどうかだけではない。契約更新時にどの程度の価格上昇まで許容できるのか。サポート終了や製品体系変更が起きた場合、どの業務システムに影響するのか。代替基盤に移る場合、バックアップやDR、監視、セキュリティ製品まで含めてどの程度の移行負荷が発生するのか。こうした問いを平時から整理しておく必要がある。
特に大規模企業では、仮想化基盤やメインフレームの移行は、調達部門だけで判断できるテーマではない。CIO、情シス、セキュリティ、業務部門、法務、財務が連携し、契約リスクと技術リスクを一体で評価する必要がある。
TescoとBroadcomの訴訟は、今後の判決や和解の行方に注目が集まる。ただし企業ITにとって重要なのは、裁判の勝敗だけではない。基幹インフラの契約を見直す際に、「今の価格」だけでなく、「移行できないことのコスト」まで含めて評価することだ。ベンダーに依存しない選択肢を持つことは、コスト削減策ではなく、事業継続のための保険になりつつある。
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