AI時代に求められるエンジニア像とは
AI時代にエンジニアを目指すのは無謀か? Microsoft副社長の意外な助言
Microsoft副社長のスコット・ハンセルマン氏は、AIが普及してもソフトウェアエンジニアの仕事はなくならないとの見解を示す。ただし、これからエンジニアを目指すのであれば、ある経験を積み重ねることを薦める。
生成AIがコードを自動生成するようになり、「今からソフトウェアエンジニアを目指しても仕事はあるのか」と不安を抱く人は少なくない。企業の間では、AIによる生産性向上を理由に、若手エンジニアの採用を抑える動きも見られる。
一方、Microsoft副社長でGitHubやWindowsを担当するスコット・ハンセルマン氏は、AIによってソフトウェア開発という仕事がなくなるとの見方に否定的だ。AIがコードを書ける時代、ソフトウェアエンジニアには何が求められるのか。ハンセルマン氏の発言から、企業やエンジニアが押さえるべきポイントを紹介する。
それでもエンジニアの採用はなくならない理由
ハンセルマン氏によると、プログラミングを巡る「仕事がなくなる」という懸念は、生成AIの登場によって初めて生まれたものではない。
同氏がプログラミングを始めた1980年代には、アセンブリ言語を使わない開発者は「本物のプログラマーではない」と言われることがあった。その後も、シンタックスハイライトやコード補完、「Stack Overflow」などの新しい技術が登場するたびに、開発者の能力が低下するとの批判が起きたという。
ハンセルマン氏は、生成AIもこうした「新しい電動工具」の1つだと捉える。工具が高性能になっても、家具を設計し、品質を確かめ、完成品に責任を持つ職人の役割はなくならない。同じように、生成AIがコードを書いても、ソフトウェア開発という仕事の本質は変わらないという考えだ。
実際、ハンセルマン氏が現在作成するコードの約70%は、何らかの形で生成AIの支援を受けているという。ただし、生成AIが生成したコードも、人間が書いたコードや外部の開発者から届いたプルリクエストと同じ開発プロセスに通している。
ハンセルマン氏によると、生成AIは指示された機能を実装することには長けている。一方、システム全体の構造を考慮せず、機能を1つの巨大なオブジェクトに集約するなど、保守しにくいコードを生成することがある。ハンセルマン氏は「生成AIはアーキテクチャを生成しない」と指摘する。
生成AIを利用するほど、テストやコードサイニング、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)、依存関係の確認といったソフトウェア開発ライフサイクルの整備が重要になる。
AIが間違えたときに責任を負うのは誰か
生成AIが生成したコードによって障害が起きた場合、「AIが間違えた」と説明しても、製品を利用するユーザーにとっては意味がない。
ハンセルマン氏は、知らないエンジニアから届いたプルリクエストを確認せずにマージし、障害を発生させた場合を例に挙げる。この場合、責任を負うのはコードを送ったエンジニアではなく、確認せずにマージした製品側の担当者だ。
生成AIについても同様だ。生成AIも人間も間違えるため、生成されたコードを採用するかどうかを判断する人間が、最終的な責任を負わなければならない。
生成AIが短時間で大量のコードを生成すると、エンジニアは成果が急速に積み上がる感覚を得られる。しかし、その勢いに任せてコードを追加し続ければ、本当に解決すべき問題を見失ったり、品質の低いコードを大量に生み出したりする恐れがある。
重要なのは、生成量ではない。「生成AIは正しいことをしたのか」「この機能は本当に必要なのか」と立ち止まり、コードを確認することである。AI時代には、人間による判断と責任がこれまで以上に重要になる。
若手採用を止めれば「次のシニア」が育たない
AIが特に大きな影響を与える可能性があるのが、若手エンジニアの採用と育成だ。
定型的なコーディングを生成AIで代替できるようになれば、企業が若手採用を減らすのは合理的に見える。しかしハンセルマン氏は、若手を採用し続けなければ、将来のシニアエンジニアがいなくなると指摘する。
企業がシニアエンジニアだけを必要とするようになっても、経験豊富な人材が突然生まれるわけではない。他社が育成した人材を採用するしかなくなる。育成環境の整った企業では、従業員がその会社に定着する可能性も高いため、必要な人材を確保できるとは限らない。
ハンセルマン氏は、若手側を「能力が足りない人」と位置付けるのではなく、シニア側に「若手を育てる役割」を明確に与えるべきだと提案する。
参考に挙げたのが、看護の現場にある「プリセプター」という役割だ。新人看護師だけに研修中であることを示すのではなく、指導担当者を明確にし、新人が安心して質問できる環境をつくる。
ソフトウェア開発でも、若手がDNSやHTTPといった基礎的な質問をした際に、知識不足を責めるのではなく、質問を受け止める担当者が必要だ。シニアエンジニアの評価にも、何人の若手を成長させたかという観点を取り入れる余地がある。
Microsoftでは、シニアエンジニアに指導方法を教える仕組みや、若手の学習を促すAIモデルの研究を進めているという。AIがすぐに正解を提示するのではなく、ユーザーにコードを書かせたり、理解した内容を説明させたり、問題を出したりすることで、学習を支援する構想だ。
これから学ぶべきは「基礎、基礎、基礎」
では、これからソフトウェアエンジニアを目指す人は、何を学ぶべきなのか。
ハンセルマン氏が繰り返し強調するのは「基礎」である。HTTPやDNS、分散システム、デッドロックなど、ソフトウェアがどのように動くのかを理解する必要がある。
生成AIは、コードの生成や問題の解決を支援できる。一方、生成AIの回答が正しいかどうかを判断するには、利用者側に基礎知識が必要だ。仕組みを理解していなければ、もっともらしい誤りを見抜けない。
もう1つ重要なのが、コミュニケーション能力だ。プログラミングは、コンピュータに対して意図を明確に伝える作業だ。生成AIへの指示でも、要件を整理できないまま会話を繰り返すと、回答は迷走しやすい。
そこでエンジニアには、生成AIが生成したコードを説明し、どの部分を採用し、どの部分に異議を唱えたのかを他者に伝える能力が求められる。コードレビューや採用面接でも、正解だけでなく、どのように考え、判断したのかが評価の対象になる。
ポートフォリオでは「自分が解決した問題」を示す
生成AIを利用すれば、三目並べや有名ゲームの模倣版といったアプリケーションを短時間で作れる。しかし、こうした成果物だけでは、エンジニア自身が何を考え、何を工夫したのかが見えにくい。
ハンセルマン氏は、就職活動用のポートフォリオでは、自分が関心を持つ現実の問題を解決するよう勧める。
家族や地域社会に貢献するWebサイト、趣味のコレクションを管理するツール、健康状態を改善するアプリケーションなど、対象は小さくても構わない。重要なのは、実際に動作し、継続的に保守され、誰かの役に立っていることを示せるかどうかだ。
既存サービスの模倣ではなく、自分で問題を見つけ、解決方法を考え、完成後も改善を続ける。こうした成果物によって、エンジニアが自ら行動し、人間の問題を解決できる人物であることを伝えることができる。
AI時代もソフトウェアエンジニアを目指すべきか
生成AIによって、コードを書く作業の一部は自動化される。ソフトウェアエンジニアの仕事も、コードを一行ずつ入力することから、生成AIが生成した成果物を設計、検証、統合することへと変化していく。
ただし、何を作るのかを決め、適切な構造を設計し、品質を確認し、利用者への責任を負う仕事は残る。むしろ、生成AIが生成するコードの量が増えるほど、こうした役割の重要性は高まる。
企業に求められるのは、AIで若手を置き換えることではない。若手がAIを使いながら基礎を身に付け、シニアへと成長できる仕組みをつくることである。
これからソフトウェアエンジニアを目指す人に必要なのも、AIを使わずに全てを書く能力ではない。基礎を理解し、明確に意図を伝え、AIの出力を疑い、自分が関心を持つ現実の問題を解決する力だ。
本稿は、チャンネル名「Jean Lee」が2026年6月25日に公開した動画「Should You Still Become a Software Engineer in 2026? GitHub VP」を基に作成しました。
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