IFRSのインパクト分析を始めよう【IFRS】本当に使えるIFRS適用ガイド【第2回】

様々な方法が指摘されるIFRS導入。しかし、その方法が自社に合うかはなかなかわからない。無理、無駄のないスピーディな方法を解説する。今回はインパクト分析の手順を説明する(清文社刊:『本当に使える IFRS適用ガイド』第4章からの抜粋記事です)。

2012年04月24日 08時00分 公開
[松橋香里,公認会計士]

 第1回では、適用の全体像、適用時に意識すべき考え方、そして各社の対応を説明しました。第2回は準備段階における会計基準差異の概要の把握について説明します。いわゆるインパクト分析(会社によっては影響度調査、差異分析、ギャップ分析ともいう)と言われるものです。インパクト分析は、IFRSが自社に及ぼす具体的な影響を知ることを目的として、おおむね以下の手順で行われます(前回記事:3ステップ! 最低限のIFRS導入プランとは)。

  1. 基準書のランク付け(この項の説明)
  2. 日本基準の財務諸表から影響をあぶり出す
  3. 基準書ごとに論点を抽出する
  4. 重要性の高い順に、採り得るオプションを検討

 

基準書のランク付け

1 どのIFRSが重要か?

 現在有効な基準書を参照しながら、どのIFRS

が自社にとって重要なのかを把握します。現在有効な基準書は、日本公認会計士協会や各監査法人のウェブサイトなどから入手することができます。下記を参考にしてください(ただし、社内利用にとどめてください)。

 IFRSでは、収益認識と固定資産(減損含む)、連結や企業結合、無形資産、従業員給付、といった項目の影響が大きくなる傾向があります。これらの重要度の高い項目について、初度適用の免除規定の利用も検討しながら、重点的に影響度を把握していきましょう。

 というのは、IFRSを理解するといっても、基準書や参考書をいちからひも解いてどの科目も同じように検討していたのでは膨大な時間がかかってしまうからです。

*現在有効な基準書(IFRS/IAS)

日本公認会計士協会ウェブサイト

各監査法人のウェブサイト

*基準書の解説

各監査法人のウェブサイトによる解説のほか、

IFRSテクニカルサマリー

2012年4月10日現在


 

2 論点のランク付け

 基準書自体のランク付けを行った後、1つの基準書の中でどの論点が重要なのかのランク付けを行います。

 実際に作業を行う際、自社に及ぼす影響の大きさの順にAランク、Bランク、Cランク、のようなランク付けを行うことは重要ですが、例えばBランクが極端に多くなる、など評価が偏ってしまい、上手くいかないことも多いと思います。

 そうならないためには、ランク付けの際に、まず“やらないこと”を明確にすることからスタートするのが重要です。例えば、業績へのインパクトと作業に要する時間の観点から自社への影響が乏しいと位置付けられるCランクの論点を抽出し、この論点については現状のまま変更しないという結論に持っていき、次回からの検討は行わないようにするのです。この作業は比較的容易に行うことができます。

 その際、下記に関連する論点は相対的に重要度が高いといえるので、これらの項目はCランクの論点からは外したほうがよいでしょう。

*重要な論点!

  • 数値が大きく変動する項目
  • 複数の部門が関与する項目
  • 会社の本業の成果に関わる項目
  • 取引の回数が多いため、システム化の検討を要する項目  など

 もちろん場合によっては、製造業における原価計算や減価償却に代表されるように、問題が大きすぎるためにすぐに結論を出せないこともあります。そのような場合にも自社のポリシーに照らし、より適合する会計処理を選ぶのか、それとも他社に追随するのか。自社でしっかり判断基準を持っていれば、複数のオプションを出した後の方向付けもしやすくなります。

Point

  • 論点のランク付けは、やらないことを明確にすることからスタート。
  • テキストを読んで差異を理解するだけでなく、現業務がどのように変わるかをイメージする。
  • 専門的内容の理解には、コンサルタントなどの助けを得ると効果的に進む。

日本基準の財務諸表から影響をあぶり出す

  1. 基準書のランク付け
  2. 日本基準の財務諸表から影響をあぶり出す(この項の説明)
  3. 基準書ごとに論点を抽出する
  4. 重要性の高い順に、採り得るオプションを検討

1 日本基準との差異と自社への影響の検討

 具体的な差異の把握は、日本基準の財務諸表をもとにして行います。最低限を実現するためには「必要なこと」だけをやればよいのですが、作業を削った結果、見落しがあっては元も子もありません。

 そのため、まず最初だけは網羅的に検討し、やらないことを決めます。その際に、見落としがないよう常に上位の視点から「余分なところ」「やらないこと」を判断するように留意してください。

 具体的な論点の抽出は監査法人やコンサルタントなどの専門家に任せることが多いと思いますので、企業側としては、最新の日本基準によって作成した連結財務諸表を参照しながら、自社に関連のありそうな基準書をピックアップすることになります。特に、本業に関係する基準書は重要度が高く、また、日本基準上の財務諸表に表れていないからといって、直ちに影響がないと判断することはできないので、注意しながら進めましょう。

 優先順位付けのポイントですが、1つの考え方として、どの企業でも問題になる収益認識、固定資産のほか、会社の主要な取引に関連する基準書、例えば不動産業であれば、固定資産、投資不動産、棚卸資産など、現在の日本基準の財務諸表に占める金額的割合が大きいものに高い順位を付ける、という考え方があります。

 また、別の方法として、他の多くの部門の関与が必要になる取引に関連する基準書を重要性が高いと位置付けることもできます。

 もちろん、ここで付けたランクは暫定です。詳細な分析をした結果、インパクトが少ないという結果になることもありますし、調査の過程で影響があることに気付く場合もあります。

2 差異の概要を知る

 インパクト分析の際は、まずは日本基準とIFRSの差異が大きい箇所に注目してください。そこが論点です。これについては、市販の書籍や監査法人のホームページからインパクト分析の手がかりを得ることができます(ただし、社内利用にとどめてください)。日本基準とIFRSの比較という意味では、『完全比較 国際会計基準と日本基準』(清文社、2011年)をはじめ参考になる書籍が多く出回っています。ただし、更新がリアルタイムに行われないという欠点がありますので、インターネットなどで常に最新の情報にキャッチアップすることをお勧めします。

 自社で重要と判定した結果と外部のコンサルタントなどの専門家が選んだ結果がずれていた場合には、外部の専門家にも、なぜ重要なのか理由を聞いてください。

 もし、外部にインパクト分析を依頼して、調査票への回答を求められた場合でも、自社にとって重要な論点がわかっていれば、メリハリを付けた対応ができるでしょう。逆に、重要な論点を判別していない場合には、膨大な質問票にうんざりしながら、目的もわからず受け身で調査を進めることにもなりかねません。こうならないためにも、調査の目的と調査対象をきちんと確認してください。

3 分析は親会社の連結担当を中心に行う

 まずは本社経理部の担当者数名を中心に、差異の分析を行います。現場のリーダーは、IFRSについて十分な専門的能力を持ち、他部門とのコミュニケーションを図れる人物が適任です。インパクト分析は、仕事の手戻りを避けるために、会計面への影響だけでなく、業務プロセスや情報システムへの影響についても併せて進めていきますので、他部門や子会社の担当者には、論点ごとの各項目について分析を行う段階で参加してもらいます。

 導入の全体像を完全に理解している人が誰もいない、という状態を避けるために、できるだけ会議や勉強会には同じ人が出るようにするのが望ましいでしょう。たとえ1人であっても社内に完全にIFRSの内容を理解した人をおき、その人が社内にノウハウを伝えるのが、適用の質を高めるコツです。

 責任者の知識や経験が不足する場合には、必要に応じてコンサルタントを利用しサポートにまわってもらい、質の維持ができるように努めてください。コンサルタントを上手く利用すれば、退職や配置換えによるノウハウの消失や質の低下といったリスクにも対応できます。

 経理部のメンバーは、事前に勉強会などでIFRS適用の概要を押さえておくのが理想ですが、なかなか実務のイメージまでは湧かないと思いますので、差異の抽出を勉強会形式で行い、実務に与える影響を理解していくのが効率的です。

 また、調査に他部門の協力が必要なときは、回答の正確性を期すために、初期の段階ではコンサルタントにも参加してもらい、専門知識のサポートを受けましょう。場合によっては業務担当とコンサルタント間で直接やりとりをしてもらい、結果のフィードバックを受けるということでも構いません。本来は社内の各部門の連携がとれているのが一番なのですが、不幸にして他部門との関係が悪い場合にも、この方法を採用したほうがスムーズにいきます。

Point

  • 自社の日本基準の連結財務諸表を出発点として日本基準とIFRSで差異が生じる箇所を見極める
  • 論点の理解は実務担当者も加わり勉強会形式で行い、実務に与える影響を検討すると効果が高まる。

 次回(第3回)は、IFRSのインパクト分析にて、論点の抽出方法と、実作業への落とし込み方をサンプルを用いて説明していきます。

『本当に使える IFRS適用ガイド』

本稿は清文社の書籍『本当に使える IFRS適用ガイド』(公認会計士 松橋香里氏 著)の第4章を抜粋して掲載しています。購入はAmazon.co.jpにアクセスしてください。

【清文社Webサイトから】IFRSの基礎知識から導入プラン、業務・システム対応、開示まで、各々の企業に合った実務をどのように進めていけばよいのかをわかりやすく解説。


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