ハッスルカルチャーは廃れ、「静かな退職」(クワイエットクイッティング)を選ぶ動きが広がりつつある――。こうした現象が起きている背景には何があるのか。
要求されている以上の質や量の仕事をこなす「ハッスルカルチャー」は廃れ、「静かな退職」(クワイエットクイッティング)が台頭――。労働に関する調査から、こうした状況が明らかになりつつある。静かな退職とは、どのような現象なのか。それはなぜ起きているのか。
静かな退職を選んだ従業員は、ジョブディスクリプション(職務記述書)が定めた業務以上の量や質の労働を避けるようになる。必要最小限の作業で業務処理することを心掛け、公私の境界線を引きワークライフバランスを保つ。こうした従業員はやるべきことはこなすが、「仕事が生活の全て」という価値観とは対極にある。自分の働きぶりを上司に積極的にアピールすることもしない。帰宅すれば仕事のことは忘れる。
今のポジションに満足できない不満感や、業務に忙殺された結果、燃え尽きたような心情に至り、ストレスを緩和するために静かな退職を選ぶ場合もある。現職を見限り転職しようとしていたり、実際に転職活動中であったりする可能性もある。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを契機に、米国は従業員の離職が続く“大量退職時代”(The Great Resignation)に突入した。米国労働省労働統計局(BLS)によると、2021年4月から2022年4月までの大量退職時代の間に7160万人が退職した。
大量退職時代のさなかに、自分のキャリアや給与、職場での処遇を振り返った労働者もいる。調査機関Pew Research Centerが2022年3月に公開した調査結果によると、2021年に米国の労働者が仕事を辞めた理由のトップ3は、
だった。同調査結果は2022年2月7〜13日、米国で働く6627人の成人労働者に実施したアンケートに基づく。
パンデミックは、ハッスルカルチャーを前提とした仕事観に一石を投じる機会になった。ビジネス向けSNS「LinkedIn」が2022年1月に公開した年次調査レポート「Global Talent Trends」の2022年版によると、パンデミックで時間ができたことで、自分のキャリアを振り返り、ワークライフバランスを整えることにかじを切る労働者は増加したという。
コンサルティング企業Gallupは2021年7月、米国の従業員エンゲージメントに関する調査結果を公開した。その結果、「仕事や勤務先に熱意を抱いている」と答えた人は回答者の36%だった。この内容は、米国企業にフルタイムおよびパートタイムで勤務する18歳以上の2万7310人を対象に、2021年1〜6月に実施したアンケート調査に基づく。LinkedInが2021年2月に公開した調査は「現職を辞めずにいる理由」を聞いた。理由の1位として挙がったのは「安定した収入を得て、健康保険などの福利厚生の恩恵を受けながら、別の職場を探すため」だった。同調査では米国で働くLinkedInのユーザー5000人が回答した。
パンデミックを経て、働き方やコミュニケーションの在り方にも変化が生じた。「同僚と話したい」「上司に相談事がある」といった場面では、いきなり話し掛けるのではなく、事前のアポイントを取ってから「Zoom」や「Microsoft Teams」といったコラボレーションツールを利用するようになった。その場の流れで偶発的に始まるコミュニケーションは減り、雑談よりも堅苦しい内容が会話の話題を占めることになった。従業員と経営陣のコミュニケーションの機会が減れば、両者の関係には溝が生じかねない。経営陣や上司からの定期的なサポートや称賛が得られないために、自分が評価されている、心が通じ合っているという実感を失ってしまう従業員もいる。
賃金が理想通りに上昇しないことも、静かな退職を誘発する要因の一つになっている可能性がある。米国では2022年6月にインフレ率が9.1%に達した。一方で、人事・財務に詳しいコンサルティング会社Willis Towers Watsonが2022年1月に公開した情報によると、米国企業の2022年の給与増加率は平均3.4%だった。これは、2021年10〜11月に米国の企業1004社を対象に同社が実施した調査結果に基づく。収入が増えない中で、なぜ懸命に働かなければならないのかという疑問が従業員に生じている可能性がある。
中編は、静かな退職を選んだ従業員はどのような行動をするのか、具体例を紹介する。
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