中国のDeepSeekが低コストで開発したAIモデルが、米国のIT業界に大きな衝撃を与えた。DeepSeekの開発手法がNVIDIAのGPU独占を揺るがし、AI普及を加速させる可能性について探る。
中国のスタートアップDeepSeekが開発したAI(人工知能)モデルは、その高度な性能(回答精度)でIT業界に大きな衝撃を与えた。この一つの影響として競争が活発になり、より多くの企業がAI技術を導入しやすくなる可能性があると専門家は指摘しているが、DeepSeekの登場にAI業界が動揺を隠せずにいるのはなぜなのか。
DeepSeekは、オープンソースの推論モデル「DeepSeek-R1」について、AI技術ベンダーOpenAIのチャットbot型AIサービス「ChatGPT」よりも格段に低いコストで訓練したと主張している。DeepSeekは、わずか600万ドル以下でDeepSeek R1を訓練したと述べているが、専門家の間ではその主張に懐疑的な声もある。それでも、米国の技術制裁の影響で中国が利用できるNVIDIAのGPU(グラフィックス処理装置)が制限されているにもかかわらず、ChatGPTに匹敵またはそれ以上の性能を持つAIモデルを開発したことに、多くの専門家は驚きを示している。
DeepSeekの発表を受け、NVIDIAの株価は急落し、同社の市場価値は5890億ドル(約91兆円)減少した。投資家は、より安価なハードウェアがNVIDIAの売上高を脅かす可能性を懸念している。NVIDIAの高性能GPUは、Amazon Web Services(AWS)やGoogle、Microsoftなどの主要クラウドベンダーが基盤モデルを学習させる際に使用しているため、今後の市場動向が注目されている。
米ITコンサルティング企業J. Gold Associatesのプリンシパルアナリスト、ジャック・ゴールド氏によると、より低性能で安価な製品でAIモデルを開発できれば、AI市場がより多くのスタートアップに開かれる可能性がある。半導体ベンダーのAdvanced Micro Devices(AMD)やIntelのプロセッサの企業向け導入が加速する可能性もあるという。
不動産サービス企業Jones Lang LaSalle(JLL)のデータセンター戦略担当バイスプレジデント、ショーン・ファーニー氏は次のように述べる。「市場の競争は、選択肢の多様化と低価格化をもたらし、企業の成長が促される。米国の企業も、他国の企業の台頭に対する危機感から開発を加速させる可能性がある」
DeepSeekは、GPUの性能で他の半導体ベンダーを引き離してきたNVIDIAの状況も変える可能性がある。従来の考え方では、多数の最も強力なGPUで学習したAIモデルの方が、より精度が高まるとされてきた。「より多くの計算能力とデータを投入すれば、いつかは魔法のように推論能力が得られるはずだと考えられていた」と、調査会社Gartnerのアナリスト、アルン・チャンドラセカラン氏は述べる。
しかしこのアプローチでは、人間の認知能力を再現し、人間と同じようにあらゆるタスクを実行できる「汎用(はんよう)人工知能」(AGI)の達成につながるわけではないとチャンドラセカラン氏は指摘する。「この方法はスケールアップするには非常にコストがかかる」とも同氏は述べる。
NVIDIAはDeepSeekの成功を歓迎するコメントを発表し、「優れたAI技術の進歩」と評価した。ただし、今後も「推論には、多くのNVIDIA製GPUと高性能ネットワークが必要だ」と自信を示している。
一方で、DeepSeekの学習コスト削減の具体的な手法については詳細が公開されておらず、専門家の間では懐疑的な見方もある。チャンドラセカラン氏は、「DeepSeekの発表をそのまま信じるしかない部分もある」と言う。
米国のAI研究者たちは、コスト削減とAIモデルの性能維持に関するDeepSeekの手法をよく理解しており、他の企業も同様の手法を編み出す可能性が高い、と専門家は見ている。
Gartnerのアナリスト、チラグ・デカテ氏は、「DeepSeekの手法には新規性はあるが、AI業界全体を一変させるような技術革新ではない」と指摘する。Forrester Researchのアナリストも、「この最適化手法は、世界中のモデル開発者によって模倣され、改良されていくだろう」と予測している。
DeepSeekは、中国がAI研究大国であることを改めて示すものとなった。「中国企業はここ数年でAI分野において大きな進歩を遂げている」(チャンドラセカラン氏)
(翻訳・編集協力:編集プロダクション雨輝)
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