「S/4HANA」離れを加速させたSAPの“ある失策”SAPのAI機能がユーザーに“刺さらない”のはなぜか

SAPはSAP S/4HANAやRIZE with SAPの最新機能やAI技術をアピールし、同社製ERP製品のクラウド移行を促している。しかしこの方策は、ユーザー企業に懸念を生じさせている。その懸念とは何か。

2025年02月13日 06時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 SAP製オンプレミスERP(統合基幹業務システム)のサポート終了期限が迫っている。同社のERP製品群「SAP ERP Central Component」(以下、ECC)は、2027年に保守サポートを終了する。SAPはクラウドERP「SAP S/4HANA」への移行を推進しながら、移行に苦心するユーザー企業のニーズにも応えようと模索を続けている。しかし“ある失策”がユーザー企業の懸念を招いていると、専門家は指摘する。

クラウド移行をためらうユーザー企業の懸念とは?

 ユーザー企業はSAPに対して、自社システムのクラウドサービスへの完全な移行が可能かどうかや、サードパーティーが提供する生成AI(AI:人工知能)といった最新技術を活用できるかどうかについて、明確な説明を求めている。

 2023年、ドイツ語圏のSAPユーザーグループ(DSAG)は、クラウド移行に関するSAPの方針に対し、会員が不満を抱いていることを明らかにした。最新機能の利用にはクラウド移行が必要とされることを、DSAGは指摘していた。しかし2024年には、DSAGのSAPのクラウド戦略に対する姿勢は軟化した。

 DSAGのイェンス・フンガースハウゼン氏は、2024年10月の年次総会のプレスリリースで「クラウドERPの導入は、さまざまなユーザー企業にとって正しい方向性だ」と述べている。同グループは、SAPユーザーがAI技術といった最新技術の活用を望んでいることを強調しつつ、必ずしもそれらがSAPから提供される必要はないと主張する。

 SAPに対して、DSAGは要求事項をリストで示した。これには、以下の項目が含まれている。

  • ユーザー企業がクラウドアプリケーションとさまざまな運用モデルをどのように利用できるかについての明確な回答
  • 2027年にサポート期限を迎える製品に関する明確な展望と新しいアプリケーションが充実していることの保証
  • クラウド版SAP S/4HANAの機能をオンプレミス版S/4HANAでも利用可能であることの保証
  • 新規または既存AI機能の提供計画の明示

 フンガースハウゼン氏は「SAPはAI活用の付加価値を向上させるために、ユーザー企業にとって実現しやすい利用例を提示することが必要だ」と話す。

クラウド移行とAI機能に関するユーザー企業の見解

 英国とアイルランドのSAPユーザーグループ(UKISUG)の会員は、S/4HANAへの移行には賛同しているものの、SAPに対して移行のリスクとメリットについてより明確な説明を求めている。UKISUGの調査によると、会員が所属する組織の約3分の1がすでにS/4HANAに移行しており、約3分の2が計画段階にあるという。

 UKISUGの議長であるコナー・リオーダン氏は次のように話す。「S/4HANAは、もはや『導入するかどうか』ではなく『いつ導入するか』の問題となっている。ユーザー企業にとって重要な課題は、ECCからクラウドへの移行のための確実な手順の構築だ」

 大規模で複雑なITシステムを保有するユーザー企業にとって、ERPのクラウド移行には重大なリスクと課題が伴う。ECCのサポートは2027年まで続くため、ユーザー企業が他の重要な事業計画を優先し、結果的に資金確保が困難になる可能性もある。「今から計画を始め、2026年までに移行を完了することを目指すべきだ」とリオーダン氏は述べる。

 AI機能を含むSAPが将来追加する機能の利用方法は、UKISUGの会員にとって主要な議論のテーマの一つだ。S/4HANAへの移行支援サービス「RISE with SAP」を利用しても、完全なクラウド移行には数年かかる可能性がある。「複雑なオンプレミスシステムを持つ組織にとって、SAP製品のAI機能がオンプレミスERPでも利用できるかどうかは重要な問題となる」と同氏は述べる。

 SAPの生成AIアシスタント「Joule」がどのような製品を介して利用できるかという点も、UKISUGの懸念事項だ。UKISUG会員の半数以上が、Jouleは組織全体でSAPの利便性を改善できると考えているものの、SAPは利用方法の案内を見直す必要があるとリオーダン氏は指摘している。同氏は次のように説明する。「例えばJouleはRISE with SAPで利用可能な機能という印象を持つユーザー企業もあるが、SAPの人材管理アプリケーション『SuccessFactors』など他のSaaS(Software as a Service)でも利用できる」

新機能の利用には必ずしもRIZE with SAPは必要でない

 ITコンサルティング会社Enterprise Applications Consultingの創設者ジョシュア・グリーンバウム氏によると、ECCのサポート終了期限は、SAPとユーザー企業の双方にとって問題となっている。ユーザー企業は自社のERPシステムを移行する必要性を理解しているものの、移行時期の調整がクラウド移行をより難しくしている。グリーンバウム氏は、クラウド移行を成功させるための適切な手法の構築を怠ってきた点で、SAPとユーザー企業の双方に責任があると主張する。

 SAPはユーザー企業のクラウド移行を促進するために、RIZE with SAPを最新技術の利用手段としてアピールしてきた。しかしグリーンバウム氏によると、RIZE with SAPは進化を続けているが、その主な焦点はSAPに好都合かどうかであり、ユーザー企業にとって都合が良いとは限らなかった。これは2025年に変える必要があると同氏は付け加えた。

 「AI技術やイノベーションをRIZE with SAPや最新のS/4HANAと結び付けることは、SAPの失策の一つだった」と同氏は指摘する。「ユーザー企業にとって、SAPの方針は競合他社のERPシステムへ乗り換えるきっかけとなった」

 グリーンバウム氏は「『最新機能はRIZE with SAPでしか利用できない』という認識は間違いだ」と述べる。同氏によると、ユーザー企業はRIZE with SAP の契約なしでもAI機能やその他の最新機能を実装できる。例えば古いバージョンのS/4HANAやECCをメインで運用しながら、Jouleといった最新機能を利用するために、S/4HANA Cloud Public Editionで構築したサブシステムを立ち上げるといった方法がとれる。

 リード氏は「SAPは同社の移行支援ツール『Grow with SAP』を通してS/4HANA Public Cloud Editionを利用できるという点をアピールすべきだ」と提言する。Grow with SAPはパブリッククラウドへのERPシステムの移行を支援するサービスで、RIZE with SAPと比べて小規模なERPシステムの移行に適している。

 実際にSAPは、「クリーンコア」(可能な限りERP製品の標準機能を利用し、パブリッククラウドに適したシステムを構築するというIT戦略)をユーザー企業に向けて提唱している。「ユーザー企業のERPシステムの標準化を進めることで、より多様なAI機能を提供できることにSAPは気付いている。そのため同社はパブリッククラウドへの移行をアピールしている」とリード氏は述べている。

 IT調査会社Constellation Researchのアナリスト、ホルガー・ミュラー氏は、「2025年はSAPがユーザー企業のビジネスに貢献するAIサービスを提供できることを証明するか、この役割をクラウドベンダーに譲るかを決定付ける重要な年になる」と述べている。同氏はSAPの課題が、オンプレミスシステムを使用し続ける顧客にAI機能を提供することだと話す。「2025年にはAI技術を使用したいというユーザー企業の圧力が増すだろう。SAPは、クラウドサービスを重視する事業戦略を見直す必要がある」

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