最大半額でも「SAPのクラウド移行」をためらうユーザーの“不安”とは?ユーザーグループが示した見解

SAPがクラウドサービス型ERPへの移行コストを最大50%軽減する施策を発表した。しかし、この大胆な一手がユーザー企業の移行を促すかどうかは不透明だ。その背景に潜む、SAPユーザー企業が抱える“不安”とは。

2024年04月12日 07時00分 公開
[Marc Ambasna-JonesTechTarget]

関連キーワード

SAP | ERP |


 ERP(統合業務)パッケージベンダーのSAPは、同社製品のユーザー企業に対して、オンプレミスで運用するERPシステムからクラウドサービス型ERP「SAP S/4HANA Cloud」に移行するように促している。そうした中でSAPが直面しているのが、ユーザー企業の「変革疲れ」だ。

 調査会社Gartnerによると、2024年の世界におけるIT分野での支出は、前年比で6.8%増加する見通しだ。その一方、「企業の最高情報責任者(CIO)は変革疲れに悩んでおり、契約の遅延や長期的な取り組みの停滞につながっている」との見解を示す。

 こうした状況の中、SAPは2024年1月、ユーザー企業に対し、クラウドサービスへの移行にかかるコストを最大で従来の50%削減する施策を発表した。2024年末までに、ERPのクラウドサービス移行を支援するサービス群「RISE with SAP」「GROW with SAP」を導入するユーザー企業が対象だ。しかし、この割引がユーザー企業の意思決定を促すかどうかは不透明だ。ユーザー企業が恐れていることとは何か。

慎重にならざるを得ない“不安要素”

 オンプレミスシステムからクラウドサービスへの移行に取り組むようにユーザー企業を説得することが、SAPにとって課題なのは間違いない。とはいえ直近の同社の業績を見ると、移行は進んではいる。同社の2023年度通期業績は、クラウドサービス領域の売上高が前年比で20%増加した。同年度第4四半期(10~12月)には前年比25%増を記録した。

 SAPの英国担当マネージングディレクターであるライアン・ポッジ氏によると、2023年には以下の著名企業がRISE with SAPの導入に乗り出した。こうした著名企業がRISE with SAPの契約を結んだことで、「なぜクラウドサービスに移行すべきなのか」という問い掛けを他のユーザー企業にも広めやすくなると同社は考える。

  • ドラッグストアチェーンを手掛けるBoots UK
  • 百貨店を展開するHarrods
  • たばこの製造・販売メーカーBritish American Tobacco
  • 小売業者のMarks&Spencer
  • 携帯電話事業者のVodafone Group

 「2024年は幾つかの重大発表で幕を開けた」とポッジ氏は続ける。同氏は前述した移行コストを軽減する施策を挙げ、「この施策を通じて、オンプレミスシステムでSAPのERP製品を運用するユーザー企業のクラウドサービス移行を促すことを目指す」と話す。

 ポッジ氏によると、クラウドサービス型ERPを利用するユーザー企業のみが、今後SAPの先進的な機能を継続的に利用できるようになる。

 これに対して、ドイツのSAPユーザーグループは同社がクラウドサービスのみで利用できる機能を強化する方針を非難している。英国とアイルランドのSAPユーザーグループでバイスプレジデントを務めるコナー・ライアダン氏は、英Computer Weeklyの取材に対して次のように答えた。「今後も先進的な機能を享受できるかどうかという点を含め、SAPがクラウドファースト戦略を取るようになったことで、ユーザー企業は同社の製品ロードマップや機能導入のタイミングを予測できなくなった」

 SAPユーザーグループが恐れているのはベンダーロックインだ。特にオンプレミスのERPシステムをカスタマイズしながら運用し続けてきたユーザー企業にとって、クラウドサービスへの移行は大掛かりな取り組みになる。

 調査会社Forrester Researchでバイスプレジデント兼主席アナリストを務めるリズ・ハーバート氏は「クラウドサービス型ERPへの移行が進んでいるとはいっても、大企業の場合は数千万ドル、数億ドルという移行コストがかかる可能性がある」と話す。ハーバート氏によると、一部のユーザー企業はSAP S/4HANAのクラウドサービスにメリットがあることを理解しながらも、将来のERPシステムとして何を採用するのかを慎重に検討している。

 「中には、主要拠点でコアERPシステムとしてSAP S/4HANAを利用し、他の拠点にはSaaS(Software as a Service)を導入する『2層ERPモデル』や、複数のSaaSを併用してSAP S/4HANAに不足している機能を補強する『マルチベンダー』に移行しつつあるユーザー企業もある」(ハーバート氏)

 ハーバート氏は「SaaSへの移行を進めるユーザー企業は、ユーザーエクスペリエンス(UX)の改善、アジリティー(俊敏性)の向上、人工知能(AI)技術の活用などイノベーションの強化を目指している」と補足する。


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行して以降、アジリティーやレジリエンス(回復力)という言葉が飛び交っている状況だ。そうした中、ユーザー企業は様子見をしながら、選択肢を慎重に判断している。

 大手ITベンダー製品の導入・運用を支援するSpinnaker SupportのEMEA(欧州、中東、アフリカ)担当営業責任者を務めるジョン・ジル氏は、英Computer Weeklyに寄稿した記事で、「SAPが発するメッセージはあいまいだ」と述べた。こうしたあいまいさが、「クラウドサービスへのイノベーティブな機能追加を優先することは、オンプレミスシステムで同社のERP製品を運用しているユーザー企業を置き去りにする」という認識を生んでいるという。「SAPのメッセージは、ユーザー企業が技術上の意思決定を自律的に下すことの重要性を浮き彫りにしている」ともジル氏は語った。

 市場にはSAP以外のクラウドサービス型ERPも存在する。移行コストを最大50%軽減するというSAPの大胆な戦略は、“期待通り”の結果を生み出すだろうか。

Computer Weekly発 世界に学ぶIT導入・活用術

米国TechTargetが運営する英国Computer Weeklyの豊富な記事の中から、海外企業のIT製品導入事例や業種別のIT活用トレンドを厳選してお届けします。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

鬮ォ�エ�ス�ス�ス�ス�ス�ー鬯ィ�セ�ス�ケ�ス縺、ツ€鬩幢ス「隴取得�ス�ク陷エ�・�ス�。鬩幢ス「�ス�ァ�ス�ス�ス�、鬩幢ス「隴主�讓滂ソス�ス�ス�ス鬩幢ス「隴趣ス「�ス�ス�ス�シ鬩幢ス「隴乗��ス�サ�ス�」�ス�ス�ス�ス

製品資料 ストライプジャパン株式会社

顧客満足度の低下を防ぎ、安全なオンライン決済を実現するためのアプローチとは

クレジットカード支払いをはじめとするオンライン決済が広く普及した今。決済を安全かつ正確に行える仕組みづくりが不可欠となっている。その推進で直面しがちな課題と解決策について、5つのカテゴリーに分けて解説する。

製品資料 アルテリックス・ジャパン合同会社

待ったなしのサプライチェーン変革、鍵となるAI・機械学習の活用ガイド

サプライチェーンは市場の大きな変化と、自社IT環境における山積する課題に直面している。本資料ではその背景を考察しつつ、AIを活用したアプローチで、サプライチェーン変革を成功に導くデータインサイト実現の方法を解説する。

製品資料 アルテリックス・ジャパン合同会社

税務ミスによる平均損失額は1千万ドル、正確性を向上させるための方法とは?

企業の税務部門は、増大する業務量や表計算ソフトの利用による非効率性に直面している。これらは経営・運営・業務などに影響を及ぼし、組織全体のパフォーマンスを低下させる要因となる。そこで注目したいのが、税務業務の自動化だ。

事例 アルテリックス・ジャパン合同会社

加重平均演算やOLAP分析も可能に、加藤産業が原価管理の脱Excelに選んだ手法は

商流管理や原料管理などのデータを1つのExcelファイルに集約して計算していた加藤産業では、マクロ処理におけるメンテナンスの属人化などを解消すべく、新たな手段を模索していた。そこで選ばれたアプローチと、その効果とは?

比較資料 アイティメディア広告企画

勤怠管理システムはどう選べばよい? 製品比較時に見るべき9つのポイント

タイムカードやExcelによる勤怠管理を脱却すべく、システム導入を進める企業が増える一方、どのような製品を選べばよいか悩むケースもまだ多い。そこでユーザーレビューを基に、製品比較時に見るべき9つのポイントなどを詳しく解説する。

驛「譎冗函�趣スヲ驛「謨鳴€驛「譎「�ス�シ驛「�ァ�ス�ウ驛「譎「�ス�ウ驛「譎「�ソ�ス�趣スヲ驛「譎「�ソ�スPR

From Informa TechTarget

いまさら聞けない「仮想デスクトップ」と「VDI」の違いとは

いまさら聞けない「仮想デスクトップ」と「VDI」の違いとは
遠隔のクライアント端末から、サーバにあるデスクトップ環境を利用できる仕組みである仮想デスクトップ(仮想PC画面)は便利だが、仕組みが複雑だ。仮想デスクトップの仕組みを基礎から確認しよう。

最大半額でも「SAPのクラウド移行」をためらうユーザーの“不安”とは?:ユーザーグループが示した見解 - TechTargetジャパン ERP 髫エ�ス�ス�ー鬨セ�ケ�つ€鬮ォ�ェ陋滂ソス�ス�コ�ス�ス

TechTarget驛「�ァ�ス�ク驛「譎「�ス�」驛「譏懶スサ�」�趣スヲ 髫エ�ス�ス�ー鬨セ�ケ�つ€鬮ォ�ェ陋滂ソス�ス�コ�ス�ス

鬩幢ス「隴取得�ス�ク陷エ�・�ス�。鬩幢ス「�ス�ァ�ス�ス�ス�、鬩幢ス「隴主�讓滂ソス�ス�ス�ス鬩幢ス「隴趣ス「�ス�ス�ス�シ鬩幢ス「隴乗��ス�サ�ス�」�ス�ス�ス�ス鬩幢ス「隴趣ス「�ス�ス�ス�ゥ鬩幢ス「隴趣ス「�ス�ス�ス�ウ鬩幢ス「�ス�ァ�ス�ス�ス�ュ鬩幢ス「隴趣ス「�ス�ス�ス�ウ鬩幢ス「�ス�ァ�ス�ス�ス�ー

2025/06/09 UPDATE

ITmedia マーケティング新着記事

news017.png

「サイト内検索」&「ライブチャット」売れ筋TOP5(2025年5月)
今週は、サイト内検索ツールとライブチャットの国内売れ筋TOP5をそれぞれ紹介します。

news027.png

「ECプラットフォーム」売れ筋TOP10(2025年5月)
今週は、ECプラットフォーム製品(ECサイト構築ツール)の国内売れ筋TOP10を紹介します。

news023.png

「パーソナライゼーション」&「A/Bテスト」ツール売れ筋TOP5(2025年5月)
今週は、パーソナライゼーション製品と「A/Bテスト」ツールの国内売れ筋各TOP5を紹介し...